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ナインカウント  作者: 森崎緩
番外編
202/205

社内報ラブストーリー:石田編

「営業の石田主任に聞いてみます」

 真っ先に浮かんだ名前を口にすると、東間さんが眉根を寄せた。

「石田主任? 前にもお願いしてたけど、大丈夫かな」


 以前、社内報のリレーコラムの書き手が見つからなくて困っていた時も、やっぱり石田さんにお願いしていた。

 それに『あの時君は若かった』でも写真提供に協力してもらっていたし、一本釣りの依頼も三度目となるとさすがに申し訳ないような気はしてくる。

 でも、石田さんだったら快く引き受けてくれるのもわかっている。


「同期なんで頼みやすいんですよ」

 前にも言ったような理由を挙げた後、私は更に言い添える。

「それに石田主任、カメラが趣味なんです」

「ああ、コラムにも書いてたね」

「だから写真もすぐに提供してもらえると思うんです」

 解像度の問題だって、石田さんなら適切な画像にして寄越してくれると思う。まさに今の悩みを解決してくれる、ベストマッチな人選だ。

「あとはまあ、ラブストーリーですから」

 ラブと名のつくものに、あの人は特にぴったりだ。

「愛妻家だって評判だもんね」

 東間さんも、納得した様子で頷いていた。


 私は即座に石田さんと連絡を取った。

 社内報の為に写真が必要なこと、写真のテーマは『ラブストーリー』であること、その他欲しい写真のサイズなどを伝えると、予想通りのご快諾をいただいた。

 なんと今日にでも写真を用意して持ってきてくれると言う。ありがたい!


 石田さんが画像データと共に現れたのは午後八時過ぎのことだった。

「園田、いるか?」

 広報課に一人居残っていた私は、恩人の来報を席を立って出迎えた。

「石田さん、待ってたよ!」

「待たせて悪い。仕事が俺を離してくれなくてな」

「ううん。こちらこそ、急なお願いしちゃってごめんね」

「気にすんな、困った時はお互い様だ」

 やぶからぼうの依頼だろうに、石田さんは気にしたそぶりもなく笑っている。

 私は平伏しつつ、恭しくメモリーカードを受け取った。

「ありがとう、神様仏様石田様!」

「まあな。我を崇めよ民草よ」

 そういう台詞がさらっと出てくるところも実に石田さんらしい。


 そんな石田神のメモリーカードをパソコンで読み込むと、案の定出てくるのは最愛の奥様、藍子ちゃんの写真ばかりだ。

 ずらずらとフォルダに並ぶその数は、あっという間に目で追い切れなくなった。

「これ、何枚くらい入れてるの?」

「四ギガバイトだしな。ざっと三千枚は入ってんじゃないか」

 三千枚! おお神よ!

「えっと、石田さん、この中のどれを使わせていただけるのかな……」

「ああ、俺はこれなんか一押しだ」

 石田さんは私の手からマウスを受け取ると、写真の並び順を覚えているかのようにスムーズに移動し、約三千枚の中からたったの五秒で一枚を選び出してみせた。


 クリックして表示された写真には、石田さんと藍子ちゃんが大きな嵌め殺しの窓を背に並んで写っている。

 窓ガラス越しにはミニチュアのような街並みの遠景が見える。

 展望台みたいなところで撮ったんだろうか。


「これ、どこで撮った写真?」

 私が尋ねると、一緒に画面を覗き込む石田さんが頷く。

「函館の五稜郭タワー。新婚旅行の時にな」

「ああ、そうなんだ。自分で撮ったの?」

「いや、居合わせた親切な人に撮ってもらった」

 それではその親切な人も、新婚の石田夫妻には大いにあてられたことだろう。

 写真の中の二人はくっついて立つだけでは飽き足らず、石田さんが藍子ちゃんの肩をぎゅっと抱いている。藍子ちゃんはその距離の近さが気になったのか、カメラを見ずに、旦那さんを可愛いびっくり顔で見上げていた。

「藍子ばかり撮るのに夢中になって、つい自分の写真を忘れててな」

 石田さんは照れもせず堂々と語る。

「気づいたら新婚旅行の夫婦写真がこのくらいだったんだよ」

 夢中になって撮り続けた結果がこの大容量のフォルダなんだろうか。

 多分、いや百パーセント確実に、三千枚のほとんどが藍子ちゃんの写真に違いない。

「いい写真だね。まさにラブストーリー」

 画面の中で目を丸くしている藍子ちゃんを見ながら、私は率直に感想を述べた。

「だろ? なかなかいい藍子が撮れてる」

 石田さんは頷いた後、少し悔しそうな顔を覗かせた。

「俺もカメラの腕に関しちゃ自信あるんだがな。藍子の写真だけはなかなか実物を超えられないと思ってたら、あっさり収められてびっくりだ。きっとあの人は名のあるカメラマンに違いない」

「藍子ちゃんも石田さんと写る方がいいってことじゃない?」


 好きな人に撮ってもらうのと、好きな人と一緒に写るのは、どっちがより幸せだろう。

 その辺りは人それぞれかもしれないけど、私だったらやっぱり一緒に写る方がいいな。

 撮ってもらうだけだと、何だか、片想いみたいだから。


「いい藍子を撮る為には俺も写ってなきゃ駄目ってことか」

 納得したように石田さんが唸る。

「カメラ道、究めるのも一筋縄じゃいかねえな」

「三千枚撮ってもまだまだだなんて、険しい道のりだね」

「実際はもっと撮ってる。家のパソコンにも保存してあるからな」

 石田さん家の藍子ちゃんフォルダがどのようになっているのか、ものすごく気になる。

 と言うか今日だって、お願いしたらその日のうちにさっと持ってきてもらえたわけだから、つまりそれって。

「普段から藍子ちゃんの写真、持ち歩いてるの?」

 興味本位で尋ねてみた。

 当然、石田さんは大きく頷く。

「まあな。疲れた時こそ甘いものは必要だろ」

 ものすごい台詞を真顔で口にする人だ。

「休憩時間中とか、残業中とか、自分へのご褒美にあるいは肉体疲労時の栄養補給に時々見てる。やっぱ藍子の可愛さ以上に癒されるものなんてないからな。とは言え糖分を取りすぎると仕事ほっぽりだして帰りたくなるから、程々にしてるが」

 惚気砲の直撃を食らった気分だ。

 私はもはやツッコミを放棄して微笑ましい思いで石田さんを見ていた。

 ここに巡くんがいたらどんなふうに突っ込んでくれたんだろう。ちょっと聞いてみたかった。

「にしても、三千枚か……。藍子ちゃん愛されてるねえ」

「ああ、愛してる。もう目に入れても痛くない」

 きっぱり言うところはさすが石田さんだ。

 ラブストーリーのタイトルにふさわしい夫婦と言えよう。


 かくして、石田さんの協力もあって特集記事は無事完成した。

 様々な愛をテーマにした特集において、石田夫妻の仲睦まじさはひときわ眩しく輝いていた。たった一枚でこの上なく愛に溢れた写真だ。お願いしてみてよかったなとしみじみ思った。


 翌月、社内報が更新されると、巡くんは早速読んで感想をくれた。

「読んだよ、『社内報ラブストーリー』」

 仕事を終えて帰宅して、夕飯を食べて一息ついたタイミングで切り出してきた。

「タイトルはともかく、面白い内容だったな。ラブストーリーって触れ込みなのに、いろんな写真が見られるのもよかった」

「本当? ありがとう、読んでくれて!」

 巡くんはあの記事を楽しんでくれたみたいだ。

 この分だと社内でも楽しく読んでもらえるかな。ほっと胸を撫で下ろしていると、巡くんはそこで眉を顰めた。

「けど、石田に代打を頼んだんだって?」

「そうだよ」

「俺に言ってくれれば、頼りになるとこ見せたのに……」

 何やら不満そうにされたけど、巡くんに頼むということは少なからず私に絡むということではないか。だって『ラブストーリー』なんだから。

「巡くんがレコードやCDの写真を用意してくれるなら考えたかも」

 そう言い返したら、巡くんは苦笑して、

「ラブストーリーだろ? お前の写真にするに決まってる」

「だから頼まなかったんだよ。恥ずかしいもん」

「せっかく結婚式や新婚旅行の写真があったのに、もったいないな」

 そんなに社内報に載りたかったんだろうか。載ったって金一封が出るわけでなし、特にいいことがあるわけでもないのに。それとも巡くん、石田さんが羨ましくなっちゃったのかな。


 いい写真だったもんなあ、石田さんと藍子ちゃん。

 あの石田さんが三千枚以上撮っても敵わなかった、とびきりの一枚。


「……そういえば、巡くんってさ」

 石田さんとのやり取りを思い出して、私はふと尋ねた。

「私の写真、今でも持ち歩いたりしてる?」

 昔、最初に付き合っていた頃は私の写真――あの森林公園で撮った一枚を持ち歩いていたんだって、弟さんから聞いていた。

 すると巡くんはすぐさま答えた。

「してるよ」

「即答だ! え、本当に?」

「当たり前だろ。肌身離さず持ってるよ、お守り代わりに」

 そこで巡くんは私の髪を撫でながら、とても優しく微笑んだ。

「でも、どんな写真かは秘密だ」

「何で? 私の写真なんでしょ?」

「そうだよ。だから、伊都には秘密だ」

 そんなふうに言われるとますます気になる。

 巡くんは一体、私のどんな写真を持ち歩いてるっていうんだろう?

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