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ナインカウント  作者: 森崎緩
番外編
198/205

ボーイズアンドガールズ(安井伊都編)

 客室に、お布団を三組、並べて敷いてもらった。

 スペース的にぎりぎりだったみたいで、布団は隙間なくぴったりくっついている。

「修学旅行の時って、布団くっついてたよね?」

 ふと思い出して私が聞くと、ゆきのさんも藍子ちゃんもちょっと考え込んでから答える。

「そう、だったかも。六組くらい敷く必要ありましたし」

「結構きちきちでしたよね。でも、それがどうかしたんですか?」


 私は二人に、巡くんとの新婚旅行でのやり取りを打ち明けた。

 曰く、修学旅行の宿泊先で、男子は布団をくっつけ合わないものだという。

 でも男子と女子で部屋の広さが違うということもないだろうし、そんな中で人数分敷いたらやっぱりきっちきちだろうし、男子もくっつけてたんじゃないかって思うんだけど。


「男子もくっつけてましたよ」

 と、ゆきのさんは証言する。

「学校によって違うのかもしれないですけど、私が見た感じでは男子も女子も同じようにお布団敷かれてました」

 やっぱりそうだよねと私は納得する。巡くんは単に、記憶違いだっただけじゃないのかなあ。

 ところが藍子ちゃんはびっくりしたみたいで、目をまんまるくしてゆきのさんに尋ねた。

「ゆきのさん、男子のお部屋に行ったことあるんですか!」

「うん、あるよ。本当は駄目だったんだけど、こっそりね」

 いたずらっぽく笑うゆきのさん。学生時代もきっともてもてだったんだろうな、なんて思う。

 霧島さんが今の言葉を聞いたらどんな反応するか、ちょっと気になるところだ。

「藍子ちゃんはなかったの? 男子の部屋に遊びに行ったこと」

「な、ないですよっ。いつも違う階でしたし、それに恥ずかしかったですし……」

 突っ込んで聞かれて、藍子ちゃんは言葉通り恥ずかしそうにあたふたしていた。

「伊都さんも行ったことあるんですかっ?」

「そりゃあるよ。一緒に枕投げガチファイトとかしたよ」

「ええええ……な、何だか大人ですねお二人とも……!」

「えっ、そうかな。枕投げだよ?」

 男子の部屋に行くことを必要以上に意識しちゃってる藍子ちゃんが可愛い。私の場合、本当に枕投げしに行っただけなんだけどね。


 お夕飯を食べ終えて、私達は三人だけで部屋に戻ってきた。

 これから明日の朝まではゆきのさん、藍子ちゃんと一緒に過ごす。この『女子だけで一夜を過ごす』シチュエーションが本当に何だか久々で、妙にどきどきするしテンション上がってくる。本当に修学旅行の夜みたいだ。

 ちなみに巡くんも、今夜は別の部屋で石田さん、霧島さんと一緒に過ごすことになっている。明日まで会えないのは寂しいけど、明日、どんな顔で起きてくるのかは楽しみだったりして。

 何せ三人が三人、口を揃えて言っていたほどだ。

「今夜は寝られる気がしない」

 きっと男子らしいあのテンションで、夜通し大騒ぎするんだろう。明日の巡くんは寝不足の顔をしてると思う。賭けてもいい。


 女子部屋の方はさすがに夜通しというわけにはいかない。

 ゆきのさんは大事な身体だし、夜更かしは美容にも体調にもよろしくない。楽しい旅行を楽しく終える為には、ちゃんと睡眠を取ることだってとても大事だ。

 だけど時刻はまだ午後九時過ぎ、美容のことを考えたって寝つくには早すぎる。楽しい旅行を楽しく過ごすのには、こういう寝る前のお喋りというのもとても大事だ。必要不可欠だ。


「これからはガールズトークの時間でしょう!」

 ゆきのさんは入り口に一番近い布団の上で、お腹を支えるように枕を抱いて座っている。珍しくはしゃいだ様子で、私達に水を向けてきた。

「やっぱり旅行の夜と言えば……恋バナしちゃう?」

「えっ、そ、それはちょっと……」

 真ん中の布団にぺたんと座った藍子ちゃんが、困ったように頬に手を当てる。

「私、そういうの上手く話せないですし……」

「聞きたいなあ。石田さんとは、おうちでどんなお話してるの?」

「どんなって、ふ、普通ですよ」

 興味津々のゆきのさんに追及されて、あっという間に耳まで真っ赤になっている。石田さんが可愛い可愛いって言うわけだ。これは構いたくもなる。

 そして、そんな藍子ちゃんが口を割らないと見てか、

「伊都さんは恋バナってどうですか?」

 ゆきのさんは寝転がっていた私に話を振ってきた。

 当然ながら、私もそういう話はあんまり得意じゃない方だ。

「私もそんなにはしないかなあ……やっぱり、恥ずかしいしね」


 そもそも結婚してるし、籍入れてから半年になろうとしているし、そんな私達のことを『恋バナ』というのは何か違うんじゃないかと思う。巡くんへの気持ちを恋じゃないなんて言うつもりはないけど、恋だけでもない。そもそも私達はもう夫婦なんだから。

 いや、それ言ったらここにいる三人全員が既婚者か。


「伊都さんと安井課長は、落ち着いた大人のカップルって感じがしますよね」

 藍子ちゃんが目をきらきらさせて私を見る。

「落ち着いてるってほどじゃないけどね。うちも結構、はしゃいだりとかするよ」

 何となく照れて、私はそう答えた。

 年齢的には落ち着いていてもいい頃なんだろうけど、私も巡くんも『落ち着いた大人のカップル』という形容からはまだ程遠い。まあ、私よりかは巡くんは落ち着いてる方かな。時々、箍が外れたみたいに浮かれたりもするけど――それは多分、私しか知らない巡くんなんだろうな。

「落ち着いてるように見えますよ。長く一緒にいるんだなってわかります」

 ゆきのさんも藍子ちゃんに同調した後、くすっと笑って続けた。

「結婚式の誓いのキスだって堂々としてましたよね。一分四十七秒も」

「わ、わーわー! それは忘れて! 言わないで!」


 あれは何と言うか、勢いとか雰囲気とかうっかり盛り上がっちゃった気分とかそういうものがもたらした結果であって!

 別に嫌だったわけではないし、いざとなると感動しちゃって離れがたかったのも事実だし、何より体感時間はもっと短かったくらいなんだけど、後から考えるとやっぱり長かったのかなという気はしなくもない。


「とりあえず恋バナは危険だし、違う話しよう!」

 私は大慌てで話題チェンジを提案した。

「そ、そうですね! 恋バナ以外でお願いします!」

 幸い、私以上に赤くなってる藍子ちゃんが追随してくれたので、ゆきのさんもすんなり頷いてくれた。

「そっか、じゃあ……百物語する?」

「えっ、ひゃ、百物語?」

 次の提案が予想外のもので、思わずおうむ返しに尋ねてしまった。

「ゆきのさん、学生時代によくされていたそうなんです」

 藍子ちゃんが説明を添えてくれた。

 でも意外すぎる。

「怖い話好きなの? そんなキャラには見えなかったな」

「好きってわけじゃないんですけど、人に怖がってもらうのは楽しいですよね」

 ゆきのさんは屈託なく笑っている。ますます意外だ。

「伊都さんは怪談、どうですか?」

「駄目ってほどじゃないよ。やってもいいけど」


 だけど百物語、である。

 別の意味で私には抵抗がある。


「百物語って、三人でやったら一人当たり三十三物語だよね」

 気がかりなことを伝えると、ゆきのさんは今気づいたというように目を瞠った。

「あっ……」

「わあ、ノルマきついですね」

 藍子ちゃんも辛そうに呻いた。

 三十三物語は確かに大変なノルマだ。誰だって一つや二つ、怖い話の持ちネタはあるかもしれない。だけどそれに定番の怪談と見たことあるホラー映画のオチなんかを加えたところで二桁行くかどうか。三十三話はとてもじゃないけど消化できまい。

「『悪の十字架』とか『呪いの亀』とか入れてもいいならいけるかも」

 苦し紛れに私が言うと、二人の表情がぱっと明るくなって、

「懐かしい! 『悪魔の人形』とかありましたよね!」

「『恐怖の味噌汁』もですね!」

 口々にそう言われると、こっちはおかしくなって吹き出してしまう。

「それだと全然怖くなくなっちゃうね!」

 するとゆきのさんと藍子ちゃんも笑い始めて、私達はしばらくの間、布団の上で笑い転げた。

 箸が転がってもおかしい年頃、ってやつだろうか。もうそんなのとっくに卒業したと思ってたんだけどなあ。

「はあ……この分だと怪談もできそうにないですね」

 散々笑った後、ゆきのさんが目元に滲んだ涙を拭う。

 その横では藍子ちゃんがまだ笑いの衝動を抑えきれず、口を手で押さえてぷるぷる震えている。もう一押しすればまた笑い転げそうな雰囲気だ。

 私もそれ見てたらまた吹き出しそうになって、でも笑い過ぎでお腹痛いし喉乾いたし参ったなと思っていたら――。


 不意に、枕元に放り出していた携帯電話が鳴った。


 全員が一斉に振り返り、二人が私を見る。

「あ、私かな」

 私は寝転がったまま布団の上をローリング移動して、携帯電話を手に取った。

 画面に表示されていたのは巡くんの名前だ。二人に了承を得てから電話に出る。

『今、大丈夫か?』

「大丈夫だよ。三人で笑い転げてたとこ」

 そう答える私の後ろで、藍子ちゃんが小声でまた笑い出した。

 一方、電話の向こうは随分静かだ。巡くんの声がはっきり聞こえる。

『笑い転げるようなことを話してたのか?』

「うん、百物語しようって話になってね」

『百物語? それでどうして笑ってるんだ?』

「私達、怖い話よりそっちの方がレパートリーあるみたいで」

 そこで巡くんも少し笑ったようだ。

『すごく楽しそうだな』

「楽しいよ。巡くん達はどう?」

 私が尋ねると、彼は一瞬だけ言いよどみ、

『いや……実は今、ちょっと抜けてきたところだ』

「外にいるの?」

『ああ、ロビーにいる。外の空気吸いたくなってさ』

 もしかすると向こうの部屋も大いに盛り上がった後なんだろうか。巡くんの声は少しだけ疲れているようにも聞こえた。

 私が男性陣の大騒ぎを想像する間もなく、彼が声を潜めた。

『伊都、楽しそうにしてるとこ悪いけど、お前も抜けてこれないか?』

「え? 私も?」

『雨も止んでるし、一緒に散歩でもしよう』

 思いがけない提案に、私はちょっと返事に詰まった。

 それを見越したみたいに巡くんは優しく続ける。

『こっちで少し待ってるから、抜けられそうだったら来てくれ』

「う、うん」

 とりあえず頷いて電話を切った。


 そして振り向けば、ゆきのさんも藍子ちゃんも興味津々という顔でこっちを見ている。

「安井さん、どうかしたんですか?」

 そう聞かれて、どうしようか迷いつつ答える。

「あ、何か、一緒に散歩でもって誘われたんだけど……」

 私が答えた途端。

 二人の口からは、きゃあ、と可愛らしい悲鳴のような歓声が上がった。

「それって呼び出しじゃないですか伊都さん! 修学旅行のお約束!」

「ど、どうするんですか伊都さん! やっぱり行っちゃうんですか?」

「えっ、うん、どうしよっかなって思ってたとこだけど」

「行くべきです! 行って愛の告白されちゃうべきです!」

「あ、愛の告白……! やっぱり大人ですね伊都さん達!」

「いや、告白も何も私達結婚してるし」

「いいですよね夜の呼び出し! 抜け駆け! 二人だけの秘密!」

「秘密だなんて……私もう伊都さんの顔見るだけでどきどきしちゃいます!」

「さ、散歩に行くだけだからね! 変な誤解しないように!」

 ゆきのさんと藍子ちゃんが思いのほか盛り上がってしまって、何となく流されるように部屋を出る。二人はドアが閉まるまできゃあきゃあと可愛い歓声で見送ってくれた。

 本当に散歩だけ、なんだけどなあ。

 困った。静かな廊下に一人で出てきたら、今更のように私までどきどきしてきた。


 小さな旅館の小さなロビーには、巡くんしかいなかった。

 フロントさえ無人になるこの時間、嵌め殺しの大きな窓の向こうは真っ暗で、旅館の明かりが庭をほんのり照らしている。浴衣姿の巡くんは、その窓の傍に立って外の様子を窺っていた。

 ほんのちょっと会ってなかっただけなのに、夕飯だって一緒に食べたのに、その後ろ姿が無性に懐かしく思えた。


 私は一度深呼吸をしてから、

「巡くん」

 その背中にそっと呼びかける。

 彼はすぐさま振り向いて、見慣れた顔に柔らかい微笑を浮かべた。

「来てくれると思ってたよ、伊都」

「う、うん、まあね。せっかく誘ってもらったし……」

 普通に応じようと思ったのに、なぜだかぎこちない口調になる。

 浴衣姿の巡くんは素敵だ。姿勢のいい立ち姿は男らしいし、女物よりも短いつくりの袖から覗く血管の浮いた腕にどきっとする。スーツの時には見えない首筋が浴衣だと露わになるのも、少しの身じろぎだけで鎖骨がちらちら覗くのも気になる。こうして見ると意外と喉仏出てるんだな、って思ったり――何を見てるんだろう、私。

「雨、まだ止んでるみたいだ。足元に気をつけて」

 巡くんはそう言うと、まごつく私の手を取った。

 長く骨張った指にしっかりと握られ、どきどきが加速する。耳が熱くなる。

「な、何かちょっと、緊張するね」

「どうして?」

 平然と聞き返されて、私は慌てた。

「どうしてって、皆で来た旅行だし、こういう時間はないと思ってたから」

「こういう時間、って具体的にはどういうことかな」

「……巡くん、わかってて聞いてるでしょ」

 軽く睨めば巡くんは笑って、私の手を強く引く。

「少しくらいはいいだろ、こういうのも」


 夜の呼び出し。抜け駆け。二人だけの秘密。

 この後はやっぱり、告白、されちゃうのかな。

 いやいやまさか。もう結婚してるんだから。


 私達は手を繋いで、ロビーから旅館の外に出た。

 辺りには雨上がりの匂いが漂い、ひっそりと虫の声が響く、静かな夜が広がっていた。

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