そして駐在に出会った。
終末ものとしては物足りないかと思いますが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
みーんみんみんみん…
真夏の風物詩とも言える蝉の鳴き声は今日も景気よく響いていた。太陽はほぼ真上にあり、容赦なくじりじりと照りつける。
天気予報ではきっと今年は猛暑になりますと言うところであろう。天気予報なんてものがまだ有ればの話だが。
そんな炎天下の道を歩く人影がひとつ。あれ以来往来の無くなったアスファルトの道路は所々ひび割れ、雑草が己の生命力を誇示するように生えまくっている。その為若干歩きにくいが、その人物の足取りはしっかりしていて危なげな様子もない。
身長は170㎝ほど、迷彩の帽子に同じ迷彩柄のTシャツにズボン、これまた同じ迷彩の上着は腰に巻かれ、ごつい軍用ブーツを履いているその人物は女性だった。Tシャツの胸を盛り上りが自己主張している。
「暑い」
彼女は天を見上げて呟く。
朝から歩き詰めでこの暑さはやはり堪える。
「お風呂入りたい」
至極真っ当なご意見である。残念ながらあれ以来ゆっくり入浴なんて行為は夢のまた夢になってしまったのだが。それでも女性である以上、抗えない欲求である。
そんな事を考えながら歩いていると、アスファルトの道路は何処かの集落に入っていた。人気は感じないが、彼女は背負っているリュックから四角い金属の塊を取り出した。9ミリ機関けん銃、自衛隊で採用されているサブマシンガンである。
何時でも撃てるように安全装置を外し、そのまま集落の中を進む。やはり無人のようで、誰一人歩いていない。もっともこの暑さではあのことが無かったとしても好き好んで出歩く者も少ないだろうが。
油断無く歩いていると集落のメインストリートらしい場所に入った。コンビニは無さそうだが、商店位はありそうだし、田舎ゆえに略奪も無かったかもしれない。少しは物資の補給ー主に食料だが―もできるだろうか。手持ちの食料は心細くなっていたが、最近通った所はどこも略奪し尽くされていてろくに食料は手に入らなかったのだ。
道路の両側には心持ち古い商店兼住居という出で立ちの建物が並ぶ。警戒しつつ見てみるが、目的の缶詰などの保存用食料を売る店は見当たらない。がっかりしていると、信じられないものが目に入った、交番である。田舎だから駐在所なのかもしれないが、それ自体は珍しくもない。珍しいのは交番の前で立番する警察官の姿である。
あれ以来、人を見かけるのも少ないが、生きている警察官を見たのは初めてである。まさか幽霊ではあるまいが、驚きのあまり固まっていると、警察官が話しかけてくる。
「やあどうも。自衛隊の方ですか?」
「え、あ、はい。西本三等陸曹です」
思わず敬礼して答える」
「ご苦労様です。富山村駐在所の東谷巡査部長です」
警察官が律儀に答礼してくれる。
「いやあ、今日は暑いですねえ。良かったら少し休憩して行きませんか?」
女性、もとい西本三等陸曹はただこくこくと頷くだけであった。
駐在所の事務所部分には事務机があり、向かい合うように椅子が置かれていた。そして信じられない事に室内はエアコンが効いており西本は文明の力に感動した。さあどうぞと警察官、もとい東谷が座るように促してくれる。ありがとうございますと答え彼女は座った。
事務所の奥に消えた東谷がすぐにお盆を持って戻ってくる。彼女の前に麦茶らしい飲み物が入ったコップが置かれた。それもただの麦茶じゃない、氷まで入っているではないか。エアコンにも驚いたが、この駐在所では冷蔵庫も使えるらしい。
「喉乾いたでしょう。どうぞ飲んでください」
そう言いながら東谷は机の向かい側の椅子に座った。どうやら定位置らしい。
「い、いただきます」
言うが早いが西本は一気にコップの中身を飲み尽くした。久しく飲むことが無かった冷えた液体が心地よく喉から胃に流れていくのがわかった。
「ははは、いい飲みっぷりですねえ。おかわり持ってきましょう」
さっと飲み終わったコップを取り、東谷は再び事務所の奥に消えて行く。どうやら事務所の奥は生活スペースになっているらしい。すぐに戻ってきたが、今度は大き目のマグカップがお盆に乗っていた。
「ありがとうございます」
マグカップを受け取ると今度はじっくり味わうように少しずつ飲む。向かいに座った東谷も同じように麦茶を飲んでいた。
「ところで西本さんはあれからどうされていたのですか?」
まるで知り合いが久しぶりに会ったような話しぶりだが、あの事が起きてからの事を聞いているのだとわかった。西本は机に置いたマグカップを両手で包むように持ち、麦茶の表面にゆらゆら写る自分の顔を見つめながらあれが起きた日からの事を思い出してた。
今から10か月以上前、日本が終わったあの日の事を。