第8話「秋穂の新しい問題②」
このままじゃいけない。
わたしだって友達欲しい。
せっかく命さんが背中を押してくれたんだから。
独りじゃなくていいって言ってくれて……それを証明してくれたんだから。
命さんのためにも、わたしは変わっていくんだ!
「…………」
という決意を固めたはいいけど、結局なんの打開策も思いつかないまま、わたしは自分の席にポツンと座っているだけだった。
だっていきなり話しかけたら、絶対変だと思われるよ。
ほとんど話した事ないどころか、話したかどうかも分からない……最悪の場合、話しかけてくれたのにシカトしたかもしれない人達相手にそんな……。
ハードルが高すぎる。
教室をキョロキョロ見渡すと、いくつかのグループが雑談しているのが見えた。
ホームルームが始まるまでの一時を、仲のいい友達と過ごしているのだろう。
……なんとかならないかなあ。
机に顎を乗っけながら頭を抱えてみても、特にいいアイディアも浮かんでこない。
「はあ〜……」
大きな溜め息を吐いてみても、やっぱり何も浮かばない。
こんな事考えた事もなかったから、いきなり思いつかないのは当たり前かな……やっぱり。
軽く憂鬱になっていると、チャイムの音が耳に届いた。
それとほぼ同時に、担任教師の千里先生が教室に入ってきた。
「ハイハイ、チャイム鳴ったぞお前等。すぐ終わるから一旦席に着け」
出席簿を脇に、先生は教卓の前に立つ。
生徒は速やかに席に着いていった。
一声で全員が大人しくなるのは、千里先生の人柄によるものだろう。
生徒目線で色々考えてくれると評判だし、実際全く誰とも関わろうとしないわたしを気遣ってくれる事もよくある。
要するに、わたしでも顔と名前が一致する程人気者の先生だ。
「休んでる奴は……いないな。さて、いよいよ夏本番って感じに暑くなってきたわけだが……熱中症のニュースもチラホラ聞くから気を付けろよ。あと、授業終わったら暗くなる前にさっさと帰れ。ハイ終わり、1限目の用意しとけ」
おお……なんという手際のよさ。
いつもは何言ってるかほとんど聞いてなかったけど(ごめんなさい)、こんなにも手短で分かりやすいホームルームは中々ないんじゃないかな。
別にホームルームに詳しいわけでもないけど、なんとなくそんな気がする。
先生が出て行ったのと同時に、教室はまた話し声でざわつき始めた。
わたしは……特に考えも浮かばないし、とりあえず授業の用意しようかな。
えーと、月曜日の1限目ってなんだっけ。
鞄を漁っていると、生徒達が何やら荷物を持ってぞろぞろと教室を出て行くのに気づいた。
一瞬なんだろうと思ったが、すぐ分かった。
そう言えば月曜日の1限目は、休み明けなのにいきなり体育だった。
……休み明けなのに。
大事な事だから2回言ったよ。
時間割を組んだ人は、何を思ってここに体育を入れたんだろう。
そう考えながら、わたしも体操服を持って教室から出て行った。
*
着替えて体育館に集合し、準備運動も終わった。
そして他の生徒が2人組でバスケットボールのパス練習をする中、わたしは1人ボールを持って立っていた。
まあ……そうなるよね。
乾いた笑いしか出てこない。
でも1つ疑問がある。
今までのわたしは、どうやってこの時間を切り抜けてたんだっけ?
誰かと組んでた事はないだろうし、でも授業には出てたわけで……。
つまりずっと突っ立って、時間が過ぎるのを待ってたとか?
うーん、全く記憶にない。
そもそも昨日以前のわたしって、どうやって生活してたんだっけ……?
「どうした桧笠、遂にやる気が出たか?」
「!」
何もせず突っ立ったままのわたしを見かねてか、体育の先生が声をかけてきた。
「えと……遂にって?」
「いやだってお前、今まで『体調悪いんで』の一点張りだったじゃないか」
「え……」
「最初の授業の時も、俺が声かけるのを遮るようにそう言ってきたろ。それ以降は俺何も言ってないのに、毎回事前通達があった」
「ええー……」
わたしは無意識のうちにそんな術を……⁉︎
ぼっちを極めると人は無意識に人を拒む……。
どうしよう、なんか自分の事が怖くなってきた。
これは早くなんとかしないと、取り返しのつかない事になるんじゃ⁉︎
「今日は通達がなかったからもしやと……ん? なんか顔青くないか? 本当に体調良くないのか?」
「あ、いや! 全然そんな事は! 大丈夫です、ダイジョウブ!」
「……そ……そうか……? ならいいが」
必死に弁明すると、何故か先生は凄い怪訝な反応をした。
ちょっと言い訳っぽかったかな……?
それとも今までのキャラとの格差?
うーん、多分後者だろうな……。
「確か3人でやってるとこがあったから、そこから相手を……」
「……!」
その言葉に、わたしの活路が見えた気がした。
体育は男女で別れてやるから、2人組を作りやすいようにそれぞれ人数は偶数の筈。
いつもわたしはほぼ参加してなかったから、どうしても3人組が1つ出来てしまっていた。
で、その内の1人がわたしと組む……。
これならまだ自然に会話出来るかもしれない。
そんな淡い期待が生まれ、
「お、あそこだ。おーい道篠」
瞬く間にそれが怪しくなった。
先生が呼んだ先にいた娘が、今朝見た顔だったからだ。
つまり、図らずもわたしが無視してしまった娘である……。
同じクラスか隣のクラスか分からないけど、まさかこんな所で⁉︎
それは気まずい……!
「…………」
いや、そう決めるのはまだ早い。
あれが道篠って娘だと決まったわけじゃない。
道篠って娘がいるグループに、偶然あの娘が混ざってるだけに違いない。
うん、きっとそうだ。
「あれ、聞こえてないのか? しょうがないな」
3人が誰も反応しなかったのに対し、先生は大きく息を吸い始めた。
それはもう、酸素を鼻から取り込む音が聞こえる程の勢いで、まるで掃除機みたいに。
「スゥーーーーー……」
「…………」
「…………」
「……?」
あれ?
いや、ちょっと……長すぎない?
「あ……あの、先せ——」
「道篠ーーーーーーーーーーーッ‼︎‼︎」
大音量。
ゴ○ラが吠えたかのような大声に、わたしの声も他の生徒の声も、ボールが弾む音までも、音という音が全て掻き消された。
「〜〜〜〜⁉︎」
驚きすぎて、髪の毛が全部逆立ったおまけに、心臓がどこかに飛ばされるかと思った。
他の生徒も同じみたいだ。
みんなお化けに会ったような顔をして、先生の方へ振り向いた。
きっとわたしも似たような顔をしてる。
「ふむ……声大きすぎたな」
「やる前に気づいてください……」
この人かなりの天然?
「! 危ない!」
「え?」
突然どこからかそう声がした。
その方向を向いた時……バスケットボールがわたしの方へ、一直線に飛んできていた。
それも中々のスピードで。
「わ⁉︎」
咄嗟に持っていたボールを盾にした。
ボール同士はぶつかり、飛んできた方は上に跳ね上げられた。
びっくりした……。
一体なんでまたボールが——
「はうっ⁉︎」
それを考える間も無く、何かがわたしの脳天に落下してきた。
グワングワンとした衝撃が、わたしの脳を揺さぶる。
あ……自分の体が倒れていくのを感じる。
なんだか景色も遠くなる……。
今日だけで既に2回も大ダメージを受けていたわたしの頭部は、ここで限界が来たらしかった……。
*
目を覚ました時、そこはどうやらベッドの上みたいだった。
白い天井と照明が眩しくて、少し目を細める。
ええと、ここは……保健室かな?
多分わたしは、あの後倒れたから保健室に運ばれたんだ。
まさか跳ね上げたボールが、丁度わたしの頭に落ちてくるとは。
その上気絶するなんて……。
知ってたけど、わたしも天然でドジなのかもしれない。
「ううー……」
上体を起こし、大きく伸びをした時。
「目が覚めた?」
と声をかけられた。
そこにはあの娘が、今朝みたいな心配そうな顔をして座っていた。
「…………!」
慌てて伸びの姿勢を解く。
脳が起き始めると同時に、わたしは状況を飲み込み始めた。
もしかして、ここまで運んで来てくれたの?
今朝無愛想な態度とっちゃったのに……。
「あ……」
そうだ……今度こそちゃんと言わないと。
「あの、えと……ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって今朝……心配してくれたのにうまく返せなくて。無視する気なかったのに……ごめんなさい」
俯きながらも、なんとか言えた。
ちゃんと伝わったかな……。
上目で彼女の反応を伺ってみる。
「いいわよそんなの、悪気はないみたいだし。それに私も悪かったわ。ボール投げ損なって」
彼女は優しくそう言ってくれた。
ホッと胸をなでおろす。
でも、あのボール投げたのこの娘だったんだ。
なんであんな事に……。
「全く……あんな大声で呼ぶ事ないじゃない。私まで恥かいた気分だわ」
彼女はイライラした様子で、腕を組んで人差し指を小刻みに動かしていた。
そっか、先生の声にびっくりして投げ損なったんだ。
「……それにしてもあんた、何だかイメージと大分違うのね」
「え?」
彼女はフッと表情を和らげ、私にそう言った。
イメージと違う……。
まあ、あんまりいいイメージ持たれてないだろうけど。
「……一応聞くけど、どんな風に思ってた?」
「そうね、とりあえず近寄りにくかったわ。たまに話しかけた人もいたけど、全員浮かない顔で帰って来てた」
「うう……」
「因みに私もその内の1人」
「ゴメンナサイ……」
わたしは苦笑いを浮かべた。
やっぱりそんな感じなんだ。
「でも、一部の男子に人気あるわよ?」
「ええ⁉︎」
それは予想外!
わたしのどこにそんな要素があったの⁉︎
「なんで⁉︎」
「さあ……その手の輩が考える事は分からないわ」
「……?」
彼女は頭を抱えて苦い顔をした。
どういう意味だろう。
「まあ1つ言うなら、顔は可愛いからじゃない?」
「か……⁉︎」
それも予想外……。
どう反応したらいいんだろう。
なんか顔が熱くなってきた。
彼女はわたわたするわたしを見て、少し呆気にとられたように笑いながら言った。
「ふふ、なによその反応。本当にイメージ変わるわね。今までのはなんだったの?」
「それはその……複雑な事情が」
わたしは毛布で顔を半分隠し、返事を濁した。
わたしにとってはまだデリケートな部分だし、ブレードなんかの関係もあるし……ちょっとこれは言えない。
「……そう。まあ言いたくないならいいわ。誰にでもあるわよ、そういうの」
彼女はそう言いながら、椅子から立ち上がった。
気のせいかもしれないが、その時の彼女はなんだか物悲しげに見えた。
「…………」
「まだ頭痛む?」
「え? うーん……大丈夫」
軽く自分の頭を撫でてみたが、特にコブにもなってなさそうだ。
わたしはベッドから降りて立ち上がる。
並んで立ってみると、彼女はわたしより背が低いみたいで、首を少し上に傾けてわたしを見ている。
「なんか、あんたとちゃんと話せて良かった。じゃあ戻りましょうか」
「うん……!」
彼女の後を付いて、わたしは保健室を出た。
なんか緊張する。
歩きながら話とかした方がいいのかな……?
「そうだ」
「?」
「あんたって呼ぶのもアレだし、名前で呼んでもいいかしら? 私の事も名前でいいから」
「!……うん。道篠……ちゃん?」
「伊代。道篠伊代。伊代でいいわ、秋穂」
「うん……伊代ちゃん」
ちょっと泣きそうになったけど、グッと堪えた。
流石にこれ以上は脱水症状になっちゃう。
「ねえ」
「なに?」
「……わたし達って、その……これから友達になれるかな?」
「さあ。分からないけど、そういうのはいつの間にかなってるものよ」
「そういうもの?」
「そういうものよ。まあ前向きに考えなさい」
「うん、分かった」
こういう時は、普通笑うものだと思う。
だからわたしは笑顔を浮かべて歩いた。
「あれ? そう言えばなんでわたしの名前……」
「クラスメイトだし……そうでなくても有名よ?」
「ええー……」
またまた予想外だった。




