第3話「向井命と桧笠秋穂①」
『私と同じような力』……。
今確かにこの娘はそう言った。
「……君、これが見えてるのか?」
俺はブレードを彼女の前に見せた。
「その黒い日本刀の事は、よく知らないけど…………はい、見えてます」
「……!」
カマかけなんかじゃない。
俺の『ツクヨミ』の形状をバッチリ言い当てた。
本当にブレードが見えてる。
まさかこんな事が……。
昨日すれ違った娘が、たまたま『ブレード使い』だっただと?
そんな偶然があるのか?
「……とりあえず、どっか落ち着ける場所行こう。話はそこでする」
「…………」
改めて俺は手を差し出した。
彼女は少し躊躇いつつ、俺の手を取って立ち上がる。
「……ありがとうございます」
こぼれ続ける涙を拭いながら、彼女は色々と聞きたげに俺を見上げた。
う……そんな涙目で上目遣いとか止めろよ。
耐性ねーんだよそういうの。
つい視線逸らしちまったじゃねーか。
「いや、まあ……お礼とかいいって。ブレード見えてなかったらそのまま逃げる気だったし」
「ブレード……?」
「そう、ブレード。詳しい話は……」
この瞬間、俺は問題点に気づいた。
俺がこの町に来たのは昨日が初めて。
それなりに町の散策はしてみたが、1日でどこに何があるかなんて覚えられない。
つまりどういう事かというと。
「えーと……どっかいい場所知らないか? 落ち着いて話せる場所」
「え?」
こういう事だ。
*
『ブレード』とは。
それを一言で説明するなら、超能力や異能力の一種だ。
刃物の形状で具現化し、持ち主に様々な力を与える。
外見は正に千差万別で、俺のようにシンプルに日本刀の物もあれば、アーマーリングやランス、何と例えるか迷うような物もある。
そんなブレードを扱える者の事を、『ブレード使い』と呼ぶ。
ブレードはブレード使いにしか視認できない。
ブレードによる恩恵は、主に2つ。
1つは『身体強化』。
能力発動中は、あらゆる身体能力が強化される。
その度合いには個人差があり、人によっては凄まじいパワーが発揮できる。
そうでなくとも、基本的にある程度戦える位の身体能力を得られ、常人よりも打たれ強くなる。
もう1つの恩恵は、ブレード毎の『能力』だ。
ブレードにはそれぞれ、特殊な固有能力が1つ備わっている。
ブレードの形状同様に様々な能力があり、恐らく同じ能力はない。
「——まあ、大体こんな感じだ」
「…………」
俺は彼女に案内され、町の喫茶店にいた。
そしてそこで、口が上手い方ではないなりに何とか一通り説明した。
俺の向かいに座る彼女は相槌を打ったりせず静かに、だが少し驚いた表情で俺の話を聞いていた。
「…………ええと……いくつか聞いても、いいですか?」
「ああ」
辿々しくそう言い、彼女は1人でうんうん唸り始めた。
質問の内容と順序を脳内で整えているのだろう。
何というか、この娘は人慣れしてない印象だ。
さっきからあまり俺の顔を見ないだけじゃない。
ここへ来る道中にファミレスがあったが、彼女はそこを足早に通り過ぎてしまった。
つまり、人の多い場所を避けている。
単に人見知りなだけか?
それとも、何か別の理由があるのか……。
「うーん……ええと……」
俺がそんな風に考えている間も、彼女は唸り続けている。
「1回落ち着いた方がいいぞ? ジュース飲めよ」
「すいません……」
彼女は申し訳なさそうにして、注文したアップルジュースのストローを咥えた。
やっぱり人付き合いは苦手みたいだ。
うむ……この娘の事情はよく分からんが、ここは俺が上手く回さねばなるまい。
「なあ」
「!……はい?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……?」
か……会話が浮かばない‼︎
何故だ、口は上手くなくとも別に下手なわけじゃないはずなのに……。
いや頑張れ俺、話しかけたんなら気の利いた事1つや2つ言ってみせろ!
降りて来い、この沈黙を破るイカした台詞よ!
「えーと……」
「…………」
「…………」
降りて来ねぇッ‼︎
嘘だろ俺⁉︎
『今日はいい天気だな』レベルの台詞しか浮かばねぇーー‼︎
「?」
ああ止めろ!
そんなキョトンとした顔で小首を傾げるな!
羞恥心で焼け死ぬから!
「スマン……声かけただけだ」
俺は肘をテーブルに乗せ、頭を抱えて項垂れた。
カッコ悪い……。
俺ってこんなに童貞臭酷かったっけ?
「……フフ」
「ッ! 笑うなよ……」
「あ、いや……すいません。つい」
俺が顔をあげると、口を押さえて謝った。
しかし笑いは堪えきれていない。
「誰かと話すの、久しぶりで。なんだか楽しくて」
「……久しぶり、なのか」
「はい。それもわたしの方から声かけたなんて。あの時以来初めて……あ」
彼女はそこで言葉を途切れさせ、表情に影を落とした。
そして何か嫌な事を思い出したかのように、俯いて口を閉ざしてしまった。
俺は、さっきの公園での事を思い出した。
必死に俺を呼び止め、すがるように懇願したあの態度を。
普段人と話さないこの娘をそうさせた何かが、ブレード能力にあるのか?
「嫌じゃなけりゃだけど、詳しく聞いていいか? 君の事」
「……あの時は思わず引き止めちゃいましたけど、本当は今もずっと不安なんです。こうしてあなたといるのは」
「それは……君の能力と関係があるのか?」
「…………」
彼女はコクンと頷いた。
その時、より一層悲しげな表情を浮かべて。
「物心ついた時には、わたしは他人と違うって気づいてました。きっと……生まれつきそうだったんだと思います」
「……!」
生まれつきだと?
叶恵と同じか。
「最初のうちは別にどうとも思ってなかったん……です、けど…………っ‼︎」
「⁉︎」
彼女は声を震わせ、肩を縮こまらせる。
更に目を大きく見開き、メデューサと目を合わせたかのような絶望の表情を顔に貼り付けた。
「オイ……!」
この娘の中の『何か』は、軽く触れてはならない程重くデリケートな事だと俺に悟らせるのに、その反応は十分過ぎた。
「もういい。余計な詮索してすまなかった」
俺は身を乗り出して彼女の肩に触れ、なるべく柔らかい声色で諭した。
彼女は数秒間硬直した後「ハッ」と我に返り、荒く息をした。
この光景に、俺は軽く既視感を覚えた。
知ってる。
後悔してもしきれない事をずっと背負って、生き地獄を味わってた奴を……俺は知ってる。
俺は、過去の自分をこの娘に重ねた。
けど多分この娘の『何か』は、かつての俺とは比べ物にならないだろう。
今の反応ですぐに分かる。
同時に、迷いが生じた。
俺は出来る範囲で、この娘の力になれるよう話をする気だった。
だが駄目だ。
この娘が抱えている物は、そんな心持ちでどうこう出来る物じゃない。
俺みたいなちっぽけな奴が、この娘の抱える物に手を出す資格があるのか?
俺なんかが……土足で入っていい領域なのか?
「……ごめんなさい。迷惑かけてますね」
「え?」
「いきなり話しかけて。わたしの方から声かけたのに、自分の事何も答えられなくて……。こっちだけ『教えて欲しい』なんて頼んで。身勝手でしたね……。すいません、わたしもう帰りますね」
「…………」
彼女は俺の顔を見て、儚げにそう言った。
そして諦めたかのように、自分はやっぱりどうしようもないんだとでもいうように、寂しい笑顔を作って席を立とうとする。
「待て」
「……?」
俺はそんな顔を見て、考えるより先に彼女を呼び止めた。
呼び止めずにはいられなかった。
俺とした事が。
なに馬鹿みたいに迷ってんだ。
あの時心に決めてた筈じゃねーか。
1度関わった事には、最後まで付き合い続けるってな。
俺は自分を鼓舞する意味を込め、顔の傷を指でなぞった。
「いいんだよ、迷惑かけたって。俺は好きで君に関わったんだからな」
「……でも」
「でもじゃねーよ。あそこで出会ったのも何かの縁だ。それもかなりただならぬ縁だな」
「っ!」
彼女は一瞬びっくりした後、恥ずかしそうに顔を逸らした。
最初は笑顔を作っていた俺も、言ってから台詞の恥ずかしさに気づいてやや表情が引きつる。
ただならぬ縁ってなんだ。
「優しいんですね、あなたは……ええと?」
彼女は困ったように小首を傾げる。
ああ、まだ名前も言ってなかったか。
色々あって忘れてた。
「俺は向井命。君は?」
「……桧笠秋穂、です」
彼女改め秋穂は、そう言ってやんわりとした笑顔を浮かべた。
少しは距離が縮まっただろうか。
まあ公園で見た時とは……。
「……?」
んん?
公園……。
「‼︎」
血の気が一気に引いた。
立て続けに衝撃的な事があり過ぎて、完全に記憶の片隅に追いやってしまってたが思い出した。
ヤバイ……スッゲーヤバイ。
さっきまでの暑さによるものとは違う汗が流れ出した。
「? どうかしました?」
「……さっきの公園で…………呼ぶの忘れた」
「呼ぶ?」
「ナンパしてた4人に、救急車…………」
「あ……」
4人全員、俺のせいで気絶してしまった。
仮にあのままずっと放置されているとすれば、彼らはこの猛暑の中で天日干しにされ続けているという事に……。
俺は迅速な動作で席を立ち、財布を取り出しながらレジへ向かった。
秋穂も慌てて俺についてくる。
「落ち着け俺、とりあえず一旦戻れ、流石に誰かに発見されてるだろうが万一見つかってなかったら俺が救急車呼べばいいだから落ち着けでも本当に熱中症とかになってたらどうしよう俺のせいだよこれマジどうしよういや落ち着け」
「本当に落ち着いてください。怖いです……」
テンパりすぎてボソボソ独り言を口走る姿に、秋穂はやや引き気味だった。
*
「う……」
「あれ、俺たち何やってたっけ?」
「なんか、とんでもない物を見たような……」
気絶していた少年達3人は、ほとんど同時に目を覚ました。
全員記憶が混濁したのか、気を失う直前の事を覚えていないようだ。
「やっと起きた? お前ら」
「「「!」」」
その3人に、既に起きていた1人が声をかけた。
彼は随分落ち着いた様子で、ヘアピンを複数付けた頭を掻く。
「いきなりぶっ倒れた時はどうした事かと思ったけど、まあ大丈夫そうじゃん」
「なあ、俺たちなんでぶっ倒れたんだ? お前覚えてないのか?」
「さあ? 本当にいきなりだったぞ。調子悪いんなら、今日のところは帰って寝たほうがいいんじゃない?」
困惑する3人に対し、彼はやはり平静な態度を崩さない。
「うーん……?」
「まあ、また倒れたら大事だからな」
「お大事になぁー」
状況を飲み込み切れていない3人を、彼は怠そうに手を振って見送った。
そして3人が立ち去っていった後、装っていた平静が剥がれ落ちた。
「アイツ……いきなり日本刀を出したぞ。さっきの影はアイツがやったのか! ククク、聞いたぞ……『ブレード』……っていうのか? あの男の力は。俺と同類か! クハハハ! あの3人にゃ分からんだろうが……俺には分かるし見えたぜ……!」
彼は堪えきれない笑いをこぼしながら、1人言葉を紡ぎ始めた。
腹を抱え、目を血走らせるその様は、どこか狂気的ですらあった。
「しかもあの可愛い娘も言ってたなぁ……。『自分と同じような力』だとかなんとかさぁー。クククククク、さっきはビックリして思わずアイツ等に合わせちまったが……借りってのは返さなくっちゃなぁー! お兄さんよぉ!」
彼はベンチに腰掛け、待つ事にした。
さっきの男がここに戻ってくるかもと予想して。




