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第2話「エンカウンター②」

 ネットカフェで一夜を明かし、俺は町に繰り出していた。

 現在午前11時半頃、曜日は日曜日、場所は名も知らぬ舗装された道。

 俺から見て左手には公園が、右手には車が走るための道路がある。


 ……暑い。

 下手すりゃ昨日より暑い。


 俺の目的を果たすチャンスがあるのは暗くなってから。

 とはいえずっと個室にこもりっきりなのもどうかと思い出歩いたのだが……これは失敗した。

 大人しくオンラインゲームでもやってりゃよかった。


 というか常々思うのだが、日本の四季って最近狂ってきてるんじゃねーか?

 夏は今みたいにバカほど暑いし、冬は逆に死ぬほど寒い。

 奴らは加減を知らないのだ。


 じゃあ春と秋は?

 間をとって丁度いい気候になるかと思えば全然そんな事ない。

 あくまでも俺の感覚でしかねーけど、もう四季ってかニ季でいいんじゃなかろうか?


 なんて事を以前姉貴に愚痴った事があるが、その時は全否定された。

 曰く、春には花粉が、秋には色々あるらしい。

 全くフォローになってないし、秋に関しては詳細が分からない。

 結局色々ってなんだったんだ。

 まあ、姉貴らしいといえばらしいが。


 ……1人でいるとどうでもいい事ばっかり考えちまうな。

 1週間持つだろうか。


 何の気なしに、左手にある公園に目を向けた。

 遊具は滑り台に砂場、それにブランコしかない。

 近頃は安全云々とうるさいからか、あまり大仰な物を設置するのに抵抗でもあるのだろうか。


 にしてもジャングルジムもないのか。

 最近のは全部そうなのか?

 ……なんかこう、来るものがあるな。


 謎の寂しさを覚えつつ更に見渡すと、木陰の下にベンチが2つ並んでいるのに気づいた。

 更に、その脇には自動販売機が備え付けられている。


「おお……!」


 思わず声が漏れた。

 木陰で涼めて、しかも喉も潤せる。

 涼しさも飲み物の値段もコンビニに軍配があがるが、こっちにはこっちの良さがあるのだ。

 何より落ち着いてのんびり出来るというのが一番大きい。


 どうせ何をする予定もない。

 俺は一直線にベンチの方へと向かった。

 歩きながら財布を取り出し、自販機の前で立ち止まる。


 手堅く炭酸にするか?

 それとも偶にはお茶にするか?

 心を弾ませながらラインナップを眺めていると、中段の右端に気になるものを見つけた。


 非常にカラフルかつ何だか不安を煽られる模様の缶が特徴的で、宣伝シールが貼られている。

 通常その手のシールは、買い手に買ってもらうために貼るものだが、これは何やら様子が違った。

 黄色と黒が交互に配置された枠の中に、赤字で大きく『興味本位での購入はご遠慮ください』と記されている。

 その商品名は『ミリオンジュース』。


「…………」


 俺は何も言わずに財布から野口を取り出し、コーラのボタンを押した。

 うん、俺は何も見ていない。

 俺は普通の自販機で、普通のコーラを買っただけだ。

 2年前のとある出来事がフラッシュバックしかけた気もするけど、多分気のせいだ。


 お釣りとコーラを自販機から取り、ベンチに腰掛けた。

 相変わらず太陽は燦々と輝いているが、木陰の下は心地よい空気を演出してくれている。


 缶のプルトップに指をかければ、炭酸特有の空気が漏れる音と缶の開く音が俺の耳をくすぐった。

 あとはゴチャゴチャと考えずに、その魅惑の飲料を本能のままに喉へと流し込む!


 うん、うまい。

 涼むのに理想の環境に、喉を潤すのに理想の飲み物。

 頬が緩むのも致し方ない。


 そんな風に一時の安らぎに身を委ね、二口目を飲もうとした時だ。

 こちら側に近づいて来る人影に気づいたのは。

 別に誰かがここに来ても不思議じゃないが、俺はソイツを見て何かがひっかかった。


 女の子だ。

 明るい茶髪のセミショートにヘアピンをつけ、少し影のある表情……。

 どっかで会ったような気がする。

 いや、この町に来たのは今回が初めてだし、元より狭い俺の人脈を探ってみても、思い当たる顔はない。

 完全に赤の他人だ。


「……?」


 けどなんか変な感覚だ。

 まあ多分俺の勘違いだと思うが……。


 彼女は自販機で何か買って、俺が座っているのと別の方のベンチに腰掛けた。

 互いにベンチの両端に腰掛けてるため、結構距離が離れている。


 ……いや、やっぱり何か引っかかるな。

 絶対初対面のはずなんだが。

 気のせいだろうけど、どっかで見た事ある気がするんだよな……。


 コーラを飲み終わるまで記憶を探ってみたが、結局答えは出なかった。

 やっぱり気のせいか。

 そう結論付けて、ベンチから腰を上げ、自販機の横にあるゴミ箱に缶を捨てる。

 そのまま公園を後にしようと数歩進んだ時、男4人の集団とすれ違った。


「ねぇ、君今なにしてんの? 暇そうだねー。俺等と遊びに行かない?」

「……⁉︎」


 気にせず更に進んでいこうとしたのだが、背後から冗談みたいな台詞が聞こえて思わずブレーキが掛かってしまった。


 オイオイ……今何時だと思ってんだ。

 もうすぐ午後になる位だぞ⁉︎

 そういう事はもうすぐ暗くなる位の時間帯にやれよ!

 あ、いや……最近のこの町は暗くなると危ないしな。

 ならそもそもナンパとかすんなって話だが。


「返事くらいしてくれてもいいじゃん?」

「怖がんなくてもいいって。俺等すげえ優しいからさ」


 てかそのベタな誘い方止めろお前等!

 ちょっと面白いじゃねーか!


 吹き出しそうになるのを空気を読んで堪えつつ、チラリとその様子を確認した。

 4人は少女を囲むように立ち、テンプレみたいなナンパを敢行している。


 少女の方はというと、一切男達の顔を見ようとせず、伏し目がちにダンマリを決め込んでいた。

 かと言って、怖がってるような雰囲気ではない。

 表情を変えずに、時間が過ぎるのを待っているという感じだ。


 うーん……助けた方がいいか?

 けどあの娘は割と大丈夫そうだし。

 いや、このまま立ち去るのは流石に……。


 てかそもそも近くに()がいるのに何晒してくれてんだコイツ等!

 時間もそうだけど周りの状況も考えろ!

 俺の前で面倒事を起こすな!


「?……オイお兄さん。さっきからこっち見て何ですかぁ?」

「え……」


 うわ、見つかった。

 4人がワラワラとコッチに近づいて来る。


 改めて見ると、コイツ等高校生か?

 それぞれワックスで髪を逆立ててたり、ゴチャゴチャとヘアピンをしてたりと、ギリギリ校則違反にならない程度のオシャレを身に纏っている。

 大方ちょっと粋がってみただけで、そんな大したワルじゃなさそうだ。


「ハア……面倒だな」

「ん? それどういう意味?」

「いや……まずこの現場に居合わせたのが面倒ってのと、お前等を出来るだけ穏便にあしらうのが面倒っていう2つの意味だよ」

「ッ!」


 少し睨みながらそう言うと、4人は若干萎縮してたじろいだ。

 顔の傷が睨みに箔をつけたのだろう。

 根が健全な学生なら、まあ普通はそんなもんか。


「さてと……」


 関わっちまったなら仕方ない。

 チャチャっとあしらうか。

 暴力は振るわず、可能な限り穏便に。


 俺は右手を開き、小さな声でその名を呼んだ。


「——『ツクヨミ』」


 俺の右手の空間に、真っ黒な刀身を持つ日本刀が現れる。

 前触れもなく、突然にだ。

 だが誰もその事に気付かない。

 気付くはずがない。


「立ち去るなら今だぞ。どうすんだ?」


 俺は睨み続けながら警告を口にした。

 4人は怯みながらも、こちらを睨み返してきた。


「オイ……」

「ッ……ちょっと年上だからってあんま舐めると痛い目見るぜ⁉︎」

「そうだ! 4対1でコッチが有利だ!」

「あっそ」


 なら遠慮なく脅かす事にしよう。


「今日はいい天気だな。雲ひとつない。お陰で暑いったらねーけど」

「……?」

「こんだけ太陽が照りつけてると……影もクッキリと地面にできるよな」

「……⁉︎ オイ……足元……!」

「あ?」


 1人が異変に気付き、全員つられるように足元を見る。


「え……なんで日陰みてえになってんだ?」

「影になるものなんてない……のに……⁉︎」


 俺と彼等4人の足元は、そこの木陰のように薄暗くなっていた。

 だが見ての通り、ここに日光を遮る物なんてないし、俺達はガンガンに照りつけられてる。

 コイツ等にとっては、まさしく怪奇現象だろう。


「足元が気になるのか? ならもっとよく見てみろよ」


 俺が促すまでもなく、4人は動揺を隠せない様子で地面を凝視している。

 それじゃあ仕上げとするか。


 存在し得ない日陰から手が伸び、4人の足をガッシリと掴んだ。


「うわあああ⁉︎」

「なんだ⁉︎ なんだよこれ⁉︎」

「ヒッ……‼︎」

「嘘だろ⁉︎」


 あまりの事に4人は揃って腰を抜かし、地面に尻餅をついた。

 それを狙っていたかのように、影から何本もの手が伸び、4人の体を掴もうと襲いかかる。


「「「「ああああああああああああああ‼︎」」」」


 4人は気を失い、バタリとその場に倒れ伏してしまった。


「……やべ、やり過ぎた」


 脅かして逃がすつもりだったんだが……余計面倒になってしまった。

 どうしよう、ほっとくわけにはいかねーよな。

 別にそんな悪い奴等じゃなさそうだし……。

 仕方ない、救急車でも呼ぶか——


「あの……‼︎」

「⁉︎」


 そう思い、ポケットから携帯を取り出そうとした時だ。

 突然少女が立ち上がり、俺に声をかけてきた。

 さっきまで完全無視のスタンスだったとは思えない程声を張り上げて……。


「……ハッ‼︎」


 てかヤベッ‼︎

 そういやこの娘がいたんだった‼︎

 絶対今の見てたよな⁉︎

 しまった俺とした事が……‼︎

 そりゃ今のがどういう事か問い詰めたくもなるわな‼︎


 ど、どうする⁉︎

 正直に答えるわけにもいかねーし……。

 えーとえーと…………。


 よし、逃げよう!


 この決断に至るまで、僅か1秒足らずである。

 俺は電光石火の速度で回れ右し、公園を出ようと駆け出した。


「! あ、あの……! 待ってくだ……ああ!」


 制止も無視して走り去ろうとしたところ、少女の呼び止めようとする声が不自然なタイミングで途切れ、ついでに小さな悲鳴と砂利に足を取られたような音が聞こえた。


「…………」


 立ち止まって後ろを振り向くと、案の定少女は転んでいた。

 飲んでたジュースはベンチの上に置いていたので無事らしい。


 えーと……これ、俺にどうしろと?

 少年4人と少女1人が公園でぶっ倒れてるんですけど。

 その場に俺がいたんじゃ、まるで俺がなんかしたみたいじゃねーか。

 いや実際そうだけどさ……。


 このまま立ち去るのは変に後味が悪いので、俺は仕方なく引き返した。


「おい、大丈夫か?」


 転けたまんまの少女に手を差し出す。

 うつ伏せなので表情は見えず、見えるのは後頭部だけ。

 って……。


「あ」


 思い出した。

 見た事ある気がすると思ってたら……。

 この娘ひょっとして、昨日コンビニでぶつかりかけた娘か!

 そうだそうだ、後ろ姿こんなだったなそういや。


「教えて……ください……」


 突っ掛かりが取れて内心興奮していると、少女はさっきと違ってか細い声を漏らした。

 倒れたまんま。


「あ……いや。教えろって言われても。とりあえず立とうぜ?」

「わたしに教えてください……」

「だからそれは……え……?」


 倒れたまま、少女は顔だけをこちらに向ける。

 その目には大粒の涙を溜め、すがるような表情で俺を見上げていた。

 あまりに予想外で、俺は言葉を失うと同時に固まった。


「初めて会えたんです……! わたしと……わたしと、同じような力(・・・・・・)を持ってる人に! だから、お願いします……!」

「なに……? 今、なんて言った⁉︎」


 噎ぶのを我慢する声から、衝撃の言葉が発せられた。

 この時、ふと俺は思い出した。

 2年前の、全ての始まりとなった……あの『偶然の出会い』を。


 俺が『ブレード』に関わる切っ掛けとなった、あの時の事を。

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