表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

第1話「エンカウンター①」

 ガタンガタンという電車が線路を走る音と、それによって発生する心地よい揺れが、俺の中の睡魔を調子に乗せる。

 だがここで寝ると負けだ。

 電車で寝落ちすれば、確実に終点まで持って行かれるのは目に見えている。

 そんな経験は1度や2度じゃないからな。


 いやしかし、頭で分かっていても眠い……。

 瞼が鉛のようだ。

 夜中の3時頃までディスプレイとにらめっこしてた昨日の自分をしばき倒したい。


 このままでは流石にヤバイ。

 そう思った俺は、ポケットからスマホを取り出した。

 何をするわけでもないが、何もしないよりは眠くない筈だ。

 とりあえずネットを見ようかと思ったその時、ふとバッテリー残量の数値に目が行き驚愕した。


 何だこれ……風前の灯火とはこの事か⁉︎

 まさか俺とした事が、充電し忘れたのか⁉︎


「…………」


 俺はスマホを、そっとポケットにしまい直した。


 クソ、何とかこの睡魔を倒す術はないのか……?

 窮地に立たされた俺の耳に、車掌独特の妙に聞きづらいアナウンスが流れてきた。


合町(あわせちょう)〜、合町です。お降りの際は忘れ物にご注意ください」


 来た!

 今『合町』って言ったよな?

 俺の聞き間違いじゃなきゃ、もうこの睡魔を後押しする要素から逃れられる!

 どうだ俺の勝ちだぞ睡魔!


 1人頭の中で勝利の雄叫びをあげながら、俺——『向井命(むかいみこと)』は席から立ち上がった。







 俺とその友人たち6人はかつて、自分の住む町で起きていた事件の首謀者たちと対立した。

 それはもう、生死に関わるほど壮絶で、中二病が考えてノートに書き溜めた痛い小説のような突拍子のない出来事だったのだが、紛れもない現実だ。


 あれから2年。

 当時高2だった俺は、現在大学生である。


 2年も経てば、大抵の事は思い出として処理できるだろう。

 だが、俺たち6人はそう思えなかった。

 あの出来事が完全に解決したと確信しきれていないのだ。


 俺たちは結果的に勝利した。

 それは万々歳だ。

 しかし不明な点がいくつもある。


 その不明な点を心に留めて、2年間の日常を謳歌してきた。

 遊んだり、くだらない事を言い合ったり、勉強したり……本当に普通の日常をだ。


 それがずっと続いて欲しい。

 俺も他の奴等も、同じ事を考えている。


「眠い怠い……でも着いた」


 で、そんな俺は今、長い夏休みを利用してとある町にやって来た。


 町の名前は『合町(あわせちょう)』。

 俺が今住んでる場所から電車を乗り継ぎ約3時間程。

 雰囲気的には……どっちかと言うと田舎、と言えばしっくり来るだろうか。

 高いビルやマンションは殆ど目につかないが、ゲーセンなんかの娯楽施設やファミレスのような飲食店は割とあるらしい。


「……暑い‼︎」


 ……のだが、今の俺にそんな事を気にする精神的余裕などなかった。

 ただでさえ眠い怠いの二段構えなこの状況。

 隙を与えぬ三段目とでも言わんばかりに、暑いまで加わって来やがった。


 電車の中はクーラーのお陰で幾分か快適だった。

 それなのに駅を出てまだ5分も経たない内に、俺の体は濡れたスポンジを絞ったかのように汗を放出し始めた。

 ジャージの袖を折った位じゃどうしようもねーよこれ!


 いかん……。

 このままだと目的を果たす前に干上がる。

 一応持って来てはいるが、保険証はまだお呼びじゃない。

 出来れば呼びたくない。


 よし、まず涼もう。

 脳がそう指令を出すと同時に、俺は視界の隅にタイミングよくコンビニを発見した。

 軍人のようなキビキビとした動作で体の向きを変え、急ぎ足気味に自動ドアへ足を踏み出す。


 距離が近くなるにつれ、嫌が応にも歩は強くなっていく。

 すぐ近くに楽園があるという逸る気持ちを誰が抑えられる?

 いや、誰にも抑えられない!


 自動ドアが俺を迎え入れる為に開いた。

 あと一歩。

 それだけで俺は救われる。


 そんな思いが原因で前方が不注意になっていた。


「……!」


 俺の進路上真正面に人がいた。

 丁度買い物を終えたのか、まっすぐ出入り口に向かってきている。

 その上向こうも前を向かず俯いており、俺に気づいていない。

 しまった。


 これは避けれな——


「……い?」


 避けられないと思った。

 だが俺は誰ともぶつかっていない。

 さっき正面を歩いていた相手は、既に俺を通り過ぎていた。


 いや、まさか……。

 あのまま進んでたら確実にぶつかってた筈だぞ?

 俺は止まれなかったし、向こうも俺を躱したりしていない。


 俺は振り返り、通り過ぎていく人影を見た。

 後ろ姿なので顔は見えないが、制服を着ていたので女子高生かと直感した。

 肩より高い位置の薄い茶髪で、背は俺より少し低いくらいだろうか。


「…………」


 少女は無言で、俺の方を振り返らずに遠ざかっていった。


 ……別に変わった所はない。

 ひょっとすると俺が気づかなかっただけで向こうが身を躱したのかもしれない。


 そう結論付け、俺は涼むついでに何か買おうと思い、少女から目を離した。







 周囲が暗くなってきた。

 スマホのGPSを使い町を回っていたのだが、遂に限界が来たらしい。

 画面は暗転し、うんともすんとも言わなくなってしまった。

 だが、よくぞあれからここまで持ち堪えたと称賛を贈りたい。

 お前はよく頑張った。


 さて、これからどうするか。

 俺は訳あってしばらくここに滞在するつもりだ。

 泊まる場所の目星も付いている。

 やりたくもなかったバイトのお陰で予算も一応ある。

 どの位いる事になるのか……それはまだ分からんが。


「……にしても静かだ」


 俺は周囲をぐるりと見回し、閑散とした様子に声を漏らした。

 暗くなってきたとはいえ、まだ真っ暗って訳でもない。

 この時間なら遊んでる学生くらいいそうなものだが、目につくのは帰宅を急ぐ者が数人程度だ。


 やっぱり(・・・・)警戒してるんだな。

 事が事だし。


 俺もさっさとネットカフェでくつろぎたいところだが、そうもいかない。

 俺がここに来た理由は、長い夏休みの暇を潰すためなんかじゃねーからな。


 俺は歩いた。

 人の少ない町を黙って歩き、その内辺りはどんどん暗くなり、出歩く人はいなくなってくる。

 それでも俺は歩き続けた。


 これから出くわすかもしれない出来事は、俺とは関係ない事であって欲しい。

 かつて経験した、あの(・・)常軌を逸した力。

 アレ(・・)がこの町に潜んでいるかもしれない。

 こんな嫌な予想は当たらないでくれ。


 俺は歩き続けたが、この日はついぞ何も起こらなかった。

 この日は。







 町の徘徊も程々に、俺はネットカフェの一室に落ち着いていた。

 この町にいる間は、ここを拠点にするつもりだ。

 寝るのにはあまり適さないだろうが、安い上に携帯が充電切れでもネットが使える。

 因みに俺のスマホは、現在充電器でエネルギー補給中だ。


「さて」


 今ディスプレイ上には、あるニュースの記事が映し出されている。

 検索をかければ、それは簡単に見つかった。


 検索した内容は、『合町 事件』。

 即ちこの町で起きている事件についてだ。


 約1ヶ月前、この町の路上にて男性の変死体が発見された。

 死亡推定時刻は発見前日の夜10時で、男性は一通りの少ない場所で倒れていたという。


 そしてこれが変死体と呼ばれた所以は、その死因である。


 分からないのだ。


 首元に小さな擦り傷があったが、それ以外に外傷は無し。

 体内から毒物の類は検出されず、持病などもなかったらしい。

 つまりどう探しても、何故死に至ったのかが全く分からないのだという。


 結局その時は心臓麻痺という結論で落ち着いたらしいが、事件は終わっていない。

 その日を境に、同じ様に死因の分からない死体が次々と見つかるようになったのだ。


 共通点は、夜中に人気の少ない場所で死亡している事。

 そして、擦り傷程度の小さな外傷。

 中には首から上が持ち去られている凄惨な事例もあったそうだが、直接の死因とは無関係らしい。


 この明らかに異常な事件を住民達は不気味がり、日が暮れる前に人通りは一気に少なくなる。


 俺は普段ニュースなどには疎いが、1週間前にこの事を偶然知った。

 そして、妙な胸騒ぎがした。


 通常理解出来ないような、奇妙な事件……。

 杞憂かもしれないが、2年前の出来事が俺の脳裏をよぎった。


 あの時のような事が、この町で起こっているのかもしれない。

 この事件は、あの時と同じ類のものなのか?

 それを調べるために、俺はこの合町に来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ