第12話「学校のブレード使い」
仮に。
仮にだけど、これがブレードによる現象だとしよう。
じゃあ一体何のために? という事になって来 る。
だって窓ガラス1枚に食べかけの料理を消したところで、嫌がらせくらいにしかならない。
わたしに至っては、あのカレーは辛くて食べきれなかったからちょっとラッキーとまで思っちゃってる。
……うん、それは今あんまり大事じゃない。
分からないのは、どうしてこんな事をしたのかという事だ。
というか、まず本当にブレード使いの仕業なのかどうかも分からない……。
教室に戻って授業の準備をしながら、わたしは新しい不安を頭の中でこねくり回していた。
そんなわたしを、伊代ちゃんは物言いたげに見ている。
「ねえ、本当に何も知らないのね?」
「知らないよ。1度にあんなにたくさんの物を隠す方法なんて、どうやっても思いつかないもん」
なんでだか、伊代ちゃんは中々食い下がらなかった。
どうにも納得出来ない様子で、頭を掻いたり腕を組んだりと落ち着かない。
「まあ……いいわ。本当に知らないんなら」
「……?」
かと思えば、少し残念そうな表情を作り、すたすたと自分の席に戻って行った。
「ごめんね、しつこく変な事聞いて。ただなんとなく気になっただけだから」
「うん……」
伊代ちゃんの背中に対し、わたしは気の抜けたような返事を返す。
あとから思い返せば、この時の伊代ちゃんは何かおかしかった。
*
放課後になり、わたしは帰り支度をして席を立った。
食堂の怪事件は、この頃には校内で話題になっていた。
面白がってたり不気味がってたり、反応は人それぞれだ。
先生達も詳細を調べようと、この後会議があったりするらしい。
もしかしたら、明日には緊急全校集会があるかもしれない。
これがブレード使いの仕業かどうかはさておき、結構大事になってきた。
黒フードの『しどう』の起こしてる事件もある し、みんな神経質になってるみたいだ。
わたしはどうしよう。
確証はないけど、ひょっとすればブレード絡みなのかもしれないし、一応命さんに話してみたほうがいいかな?
携帯を取り出そうとポケットに手を入れた時、わたしは丁度教室から出るタイミングだった。
そしてこの時、伊代ちゃんに何度か指摘されたにも関わらず、わたしの注意力は散漫だった。
「わあ⁉︎」
廊下を渡っていた生徒とぶつかった。
お互いによろめいたものの、なんとか転けずに体勢を立て直す。
「ご、ごめんなさい……!」
「ああ、いえいえ。気にしないでください」
頭を深々と下げるわたしに対し、その女生徒は軽く許してくれた。
飄々とした口調と敬語がなんだかアンマッチで、耳に残りやすい声だ。
でも無理に喋ってる感じでもなく、板についてると感じた。
きっと普段からこんな喋り方なんだ。
なんて呑気な事を考えてる間に、ぶつかった人はさっさと歩いて行ってしまった。
顔を上げるも、もうその人の後ろ姿しか見えな い。
伊代ちゃんより短めの、毛先を散らせたポニーテールが目に残った。
はあ、と大きくため息をつく。
ダメだなあ、わたし。
最近は特にこういう事が多い。
いや……もしかすると、前までは能力のお陰で避けられてただけで、わたしはこれまで誰かとぶつかりかけ続けてきたのかもしれない。
これは由々しき問題だ。
今後改善していくようにしないと……。
「……ん?」
決意を新たにしたところで、ふと足元に何かが落ちているのに気づいた。
しゃがんで拾い上げてみる。
大きさは手のひらサイズとそこまで大きくない。
形は立方体の枠組みたいだ。
一辺が割と太い上に鈍い金属光沢を放っていて、ものすごく無骨な雰囲気を醸し出している。
なんだろうこれ……?
オブジェ?
見慣れない物体に困惑するも、どうやらさっきぶつかった人が落としたらしいと推測する。
用途はよく分かんないけど、学校に持ってきてるんだからいらないものじゃない筈だ。
じゃあ早く届けた方がいいよね。
確か教室から出て右に行って、そのまま下足の方に行ってたっけ。
彼女の進んだ道を思い出しながら、わたしは足を動かした。
でもこれ、本当何に使うんだろ——
「!」
突然、オブジェを持つ手に違和感を感じた。
硬い金属で出来ている筈なのに、グネグネと動いた。
金属製の小動物を手で覆ってるみたいな感覚だ。
妙な表現だけど、硬いままなのにうねっている。
気味が悪くなったのと驚いたのとで、わたしは思わずオブジェを目の前に放ってしまった。
宙に浮くそれは、やっぱり輪郭を不安定にして動いている。
「え? え……⁉︎」
訳が分からず混乱しかけた時、オブジェはわたしの目の前で弾けた。
直後、ガコンという音と共に何かが落下した。
「これは……」
椅子だ……。
オブジェが椅子になった。
それだけじゃない。
これは、食堂にある丸い椅子と全く同じだ。
確か昼休みに無くなった物の中には、椅子も含まれてた気が……。
ぶつかった人が落としていったオブジェが、昼休み食堂で無くなった椅子になった。
わたしの中で、点と点が繋がった。
わたしは走って、彼女の行った道を進んだ。
追いついてどうするのかは知らない。
今から追いつけるかも分からない。
でも放っておくのはダメだと強く思った。
下足に着き、急いで靴を履き替える。
足が絡まりそうになりながらも、勢いよく外へと飛び出す。
少ししか走ってないのに疲れた。
肩で息をしながら周囲を見渡す。
時間が時間なので人が多い。
帰宅中の生徒に、部活中の生徒。
後ろ姿しか確認出来てない人を探すのには、かなり無理があった。
それでも見つけなくちゃいけない。
「ハア……ハア……」
心でそう思っても、やっぱり無理だという気持ちが浮き上がってきた。
この状況で顔を知らない人を見つけるなんて、やっぱり条件が悪すぎる。
ダメだ、見失った……。
そう諦めかけた時、1人の人影が視界に入った。
校庭から見て校舎の右端の方だ。
その人は自分の鞄の中を探っている。
目的の物を取り出す、というよりも、入れたあった物が無くなっている。
先入観のせいかもしれないけど、そんな焦りが表れているように見えた。
それにあの髪型。
先を散らせた短いポニーテール。
間違いない、あの人だ。
彼女は慌てた様子でキョロキョロと周囲を確認し始めた。
そして、わたしが見ている事に気づいたのか、走って校舎の裏へ回った。
「っ……!」
やっぱりそうだ!
何が目的なのか分からないけど、彼女はブレード使いだ!
わたしはすぐに後を追った。
絶対逃しちゃダメだ。
それは無闇に使っちゃいけない。
必死に走り、校舎の角を曲がる。
体力をたくさん使ったからか、すごく長い間走ってる気がした。
膝に手を付きつつ正面を見るも、あの人はいな い。
逃げられた……?
折角見つけたのに……。
「…………」
今すぐ走って探したい。
でも呼吸が整わない。
暑さのせいで体力がどんどん無くなっていく。
どうすれば……。
「秋穂‼︎」
「⁉︎」
切羽詰まった声で、いきなり名前を呼ばれた。
かと思えば、その声の主であろう人が思い切りぶつかってきた。
不意の事に、わたしは思い切りバランスを崩してそのまま突き飛ばされた。
突き飛ばした本人も、そのままわたしの上に覆いかぶさるように倒れこむ。
「い、伊代ちゃん⁉︎」
その人物の正体を確認したのとほぼ同時に、ガラスが割れる大きな音がした。
丁度わたしがさっきまでいた場所からだ。
「な……」
「大丈夫⁉︎ 怪我は⁉︎」
反応を取れずにいるわたしに、伊代ちゃんは必至の形相でわたしに言った。
肩を掴んでわたしをゆさゆさと揺する。
「あうう……大丈夫だから落ち着いて」
「! ゴメン」
伊代ちゃんは落ち着きを取り戻し、パッとわたしから手を離して立ち上がり、倒れたままのわたしに手を差し出した。
「……わたしの上から落ちてきたの?」
手を借りて立ち上がりながら、砕けたガラス片を見て呆然とした。
あのままだと、ブレードを使う間もなく直撃だった。
「ありがと。危なかった……」
さっきの息切れとは違う理由で、心臓が速くなった。
「無事ならそれでいいのよ。ただ……」
伊代ちゃんは苦い顔で上を見上げた。
そしてわたしの方を見て、その後俯いた。
「伊代ちゃん?」
「…………」
伊代ちゃんはしばらく黙ったままだったが、やがて意を決したようにわたしを見た。
「……やっぱり何か知ってるんでしょ? あの時の事」
「え……」
「あれが普通の事じゃないって、気づいてたんじゃないの?」
わたしはさっきみたいにシラを切れずに固まっ た。
この問いかけに、伊代ちゃんはかなり確信を持っていると感じた。
その感情は、わたしにはぐらかす事を許してくれなかった。
「えっと……それは」
「……言いにくいわよね、分かってる。さっきまでも私の聞き方が悪かったわ」
ふう、と息を吐き、伊代ちゃんは1度目をつぶってから改めてわたしを見た。
「私にはあるわ。あれの正体について心当たりが」
「……!」
今、なんて言った……?
わたしは更に体を強張らせた。
「1ヶ月位前……私はそれの存在を知った。あんたもそうなの?」
理解がようやく追いついてきた。
つまり伊代ちゃんはこう言ってるんだ。
自分はブレードを知ってるって。




