第10話「2年前の話」
『師藤……確かにそう言ったのか?』
「はい、オレを知りたければそう聞けって……」
家に帰るや否や、わたしは命さんに電話をかけた。
ドアにもたれて息を切らしながらも、どうにかあった事をまとめて伝えられた。
そして深刻気に話を聞いていた命さんは、『しどう』というワードが出た時、電話越しにも分かる程動揺した。
「やっぱりなにか知ってるんですね?」
『……ああ、知ってる。つっても同じ姓の奴を1人知ってるだけだが』
「知り合いですか?」
『いや、そんなんじゃない。そうだな……何処から話すか……』
重たい声だ。
その『しどう』という苗字にどんな意味があるか、わたしには分からない。
でも少なくとも、あの黒づくめの男は狂ってる。
その人が自分に関するヒントとしてわたしに教えたんだ。
きっと碌なものじゃないんだな、という事は理解している。
命さんの反応からしても、きっとそういう事なんだ。
「命さんが知ってる『しどう』は、今どうしてるんですか?」
『……死んだ』
短くも衝撃的な答えが、わたしの耳に飛び込んできた。
死んだ……?
え、それって……。
「……聞いてもいいですか? いや、何があったのか教えてください」
わたしは食い気味に携帯へと話しかけた。
聞かなくちゃいけないような気がした。
きっとブレードに関係ある事なんだ。
そう思うと、なんだか自分も無関係じゃないように感じた。
『構わねーけど、多分長くなるぞ』
「いいです。詳しく知りたいんです」
『……分かった』
命さんは一層声のトーンを落とし、語り始めた。
かつて自分に起きたという、数週間の出来事を。
*
「…………」
わたしは話を聞くうちに、圧倒されてか玄関に座り込んでいた。
なんだか、物語でも聞いていたような気分だ。
「……凄い話ですね」
『現実感ねーだろ?』
「まあ、はい」
当事者の命さんが言うように、それはあまりにも現実離れした話だった。
事は2年前まで遡る。
まず、命さんは元々ブレード使いじゃない普通の人だった。
それがある日、当時連続して起こっていた事件に巻き込まれる形で、偶然ブレードを手にしたらしい。
奇妙な連続事件なんて、まるで今の合町みたいだ。
自分がブレード使いになった事、事件の犯人達もまたブレード使いである事。
それを知った命さんは、なんと彼等に立ち向かう事に決めたという。
そんな決断、わたしなら出来るだろうか?
今まさに似たような状況だけど……。
やっぱり怖いかな。
あの男の事を思い出すだけで、体が少し震えてしまう。
更に命さんとわたしとじゃ、決定的に違う部分がある。
それは、独りじゃなかった事。
命さんには仲間がいた。
肩を並べて歩ける仲間が。
その人達も命さんと同じく、巻き込まれるような形になったらしい。
その全員が敵に立ち向かおうなんて……。
凄い以外の言葉が浮かばない。
そして数週間程の死闘の末、遂に命さん達は勝った。
大きな怪我も負ったとの事だけど、全員が生きて勝利した。
あの目を引く顔の傷も、その時の傷なんだとか。
そんな死線を潜り抜けてきたのなら、昨日の戦いぶりも頷ける気がする。
けれど、それで終わりじゃなかった。
その犯人達のボス……『しどう』という人が、殺された。
彼等と命さん達にブレードを与えた張本人が、突如その場に現れて……命さん達の眼の前で、何の躊躇いもなく殺した。
その人は犯人サイドを全員殺す事を仄めかせ、全身に銃弾を受けつつ突然消えた。
彼等がどうなったのか、命さん達は今も知らないという……。
「漫画か小説みたいです。これが現実に起きた事なんて、突飛にも程があります」
『だな。でも全部本当の事だ』
「分かってますよ。あなたを疑ったりしません」
わたしは少し笑いながら、携帯を握る手を強め た。
これは作り話じゃない。
命さんが経験した、本当の話だ。
事情を知らない人が内容だけ聞けば、そう思わないだろう。
でもわたしには分かる。
この人の心を知ってるから。
本気でわたしの方に手を伸ばしてくれた、あの真摯な気持ち。
それが、電話越しに聞こえる声から伝わってきた。
「わたしは命さんを信じてます」
『……ありがとよ。なんか照れるな』
「命さんがこの町に来た理由、なんとなく分かりましたよ。ここで起きてる事件に、なにか思うところがあったんですね?」
数秒の間が空く。
顔は見えないけど、多分命さんは真剣な顔をしてるんだと思う。
『ああ。例の変死事件、ひょっとしてと思ったんだが……本当に当たりだったらしい』
「…………」
『あの時と似たような事が起きてるんじゃないかって、嫌な予感が的中しちまったわけだ。やれやれ……』
こんな確証のない事に。
そもそも自分とはほとんど無関係と言ってもいいのに。
聞き流してもおかしくないし、誰も責めないのに。
それでもこの人は、合町にやって来た。
「凄いですね……」
『……凄くねーよ。そうしなくちゃいけないって事を、俺は自分で分かってんだ』
「どういう意味ですか?」
『気にすんな、大した事じゃねーよ』
大した事じゃない、か。
機会があれば、聞いてみたい気もする。
『にしても、師藤か……。ブレード絡みってのは、最悪の場合として考えてたけど』
「やっぱり良くない事ですか」
『最悪以上かもしれない。何よりヤバイのは、その師藤がブレード使いを好きに生み出せるって事だ』
最悪以上……。
わたしはふと、点と点が繋がったように考えが浮かんだ。
「あの人、命さんの事を知ってる風でしたよ。もしかして、その2年前の事も知ってるんじゃ!」
『多分そうだろうな。でないと説明がつかない』
たくさんの複雑なものが絡み合ってる。
2年前、命さん達にブレードを与えた人。
それに、今この合町でブレード使いを増やすあの男。
この2人には、なにか繋がりがあるって事?
ブレード使いを増やして何をするつもりなのだろう。
それに『しどう』という人達。
一体何者なんだろう……。
「話してくれてありがとうございます」
『いいって。お前も無事でよかった』
「はは。それじゃあまた」
『おう、またな』
そう言いあった後、通話は切られた。
なんだか『またな』という言葉が嬉しくて、少しにやけてしまう。
それは置いといて。
どうやらこの町で起こるかもしれない事は、予想以上に大規模なのかもしれない。
わたしだけの事だと思っていたこの能力……。
もっと色々、命さんも知らない何かがあるんだろうか。
わたしには、出来る事はないんだろうか。
「うーん……」
戦う?
ほんの昨日まで、自分の能力すら碌に扱えなかったわたしが?
想像がつかなすぎる。
どうすればいいんだろう?
あ……。
そう言えばあんまん食べちゃわないと。
無我夢中で走ってたせいで、形は崩れちゃったけど。
とりあえず食べて、ゆっくり考えよう。
*
翌朝。
わたしはあくびをしながら通学路を歩いていた。
どうやらわたしはあれこれ考えるのは得意じゃないみたいだ。
考え込んで寝付けなかった上に、方針なんか全く決まっていない。
お陰で重い瞼をなんとか持ち上げながら、こうして登校している。
そりゃあわたしだって、役に立つ事ならやってみたい。
こんな能力でも誰かの為に活かせるのなら、わたしはやってみたい。
でも、まだ完全に扱えてるってわけでもない。
今は抑えられてるけど、何かの拍子に暴走なんてしたら……。
それにあの『しどう』という男。
この事に関わるという事は、あの男とも戦うという事。
想像しただけで身震いがする。
「はあー、どうしよう……」
「なにが?」
なにがって、そんなの決まってるよ。
これからブレードにどう関わっていくか——
「……わあっ⁉︎」
わたしは思わずその場から飛び退いた。
そして勢いあまり、後頭部を電柱に思い切りぶつけてしまった。
「いぅっ!」
わたしは強打した部分を抑えながら、その場に蹲る。
どうしよう、また涙出てきた……。
「そ……そんなに驚かなくても。大丈夫?」
見上げると、驚きと呆れが混じった表情の伊代ちゃんが立っていた。
「ゴメン……考え事してた…………」
「そう……。なんにしても、もう少し周りに気を配った方がいいわよ? でないとあんたの身が持たない気がする」
伊代ちゃんはため息混じりにそう言う。
うう……おっしゃる通りで。
というかよく見ると、ここって昨日もわたしが顔ぶつけた所だ。
妙な因果関係を感じる。
「考え事ね……。重要な事?」
「え? まあ、それなりに……?」
「……私にどうこう出来るか分からないけど、相談してくれてもいいのよ?」
「!……ありがとう」
差し出された手を取りながら立ち上がる。
相談か……。
なんか友達っぽくていいな。
「でも大丈夫! これはわたしが決めるものだか ら」
わたしは小さくガッツポーズを取りながらそう 言った。
伊代ちゃんはそれに対して小さく笑う。
「そう。ならいいんだけど。それでも悩むようならなんでも言って」
「うん! ありがとう」
心なしか、気分が軽くなった気がする。
わたしは伊代ちゃんと並んで歩き、ひとまず学校へと向かっていった。




