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白幻夢  作者: 咲倉ゆら
3/7

 すっかり陽が落ちて暗くなった空は、あっという間に雲に覆われ、しとしとと雨が降り出した。乾いた地面をほどよく濡らす、恵みの雨だ。


 豊穣を願う民衆の熱はそれに消されることはないらしい。祭り囃子の音は止むことなく、川岸にある小屋に住まう男の耳にも届いていた。


 踊るような笛の音はまるで男を誘っているかのようだが、しかし今年はまだ喪に服していたかった。冬に亡くした師匠に思いを馳せながら、船頭仲間が届けてくれた徳利を開け、静かに杯を傾ける。


「……まずい」


 男は酒が得意ではなかった。飲んでも悪酔いすることはないのだが、きつい香りと辛みを舌と喉が受け付けない。


 そう言うと、周りの者たちは馬鹿にしたように大声で笑うのだ。「それはまだお前が餓鬼だからだ」、と。


 口を尖らせながらも、確かにそうなのかもしれないとも思う。みなしごだった男は、樵として働き出すまでずっと寺で生活をしていて世間知らずだった。おまけに師匠にからかわれるほど怖がりで臆病で。身の丈もなく、童顔で。夕刻の出来事のように、落ち着きなくて。


 あの醜態を思い出すと落ち込んでくるので、この辺りで思考を止め、うまいとは思えない酒を食らった。


 ──やっぱりまずい。


 べえ、と舌を出し、そのまま吐き出してしまいたくなる。


 しかし酒好きだった師匠を思うと、今日くらいは飲んでやりたいと思うのだ。そうすることで、一緒に祭りを楽しんでいるような気がするのかもしれない。


 掘っ立て小屋と言ってもいいような古く狭い家の中、煤けた壁に背を預け、しとしとと地面を叩く雨音と祭囃子の音に耳を傾ける。


 ゆっくりと、祭りの夜は更けていく……。





 どれくらい時が経ったのか。誰かに呼ばれたような気がして、男ははっと顔を上げた。


「……ん?」


 よく耳を澄ませてみると、いつの間にか外の雨音はざあざあと激しさを増し、祭り囃子の音も聞こえなくなっていた。


 しん、と静まり返る闇の中、ただ雨音だけが響く。


 誰かの声が聞こえたよな気がしたが、空耳だったのだろうか。


(まあ、こんな夜更けに尋ねてくる者もないだろう)


 大きな口を開けて欠伸をしたところで、今度は間違いなくはっきりと戸を叩く音が聞こえてきた。


 びくり、と肩が震える。


 空耳ではなかった。


 一体、誰だろうか。


 酒がほどよく回り、はっきりしない頭を振りながら土間へ下りる。そうしているうちに、ガタガタと戸が揺れだした。


(──物取りか!?)


 こんな掘っ立て小屋に、何も取るものなどありはしないが。それでも命まで取られては大変だと、何か武器になりそうなものを探す。この家にあるのは、戸締りに使うしんばり棒くらいだ。


 ガタガタを戸が揺れるのを恐ろしく思いながら、しんばり棒に手を伸ばす。


 ひとつ、ふたつ呼吸をして、みっつめで棒を握った。途端にガラリと引き戸が開く。それと同時に棒を振りかぶった。


 ──だが。


 開いた戸の向こうに立っていた人物を目にして、ぐっと動きを止めた。


「あ……あれ、あんたは……」


「あなたは……」


 男と同時に声を上げたのは、昼間船に乗せた美しい女だった。


「あ……す、すみません、人が住んでいらしたのですね。てっきり空き家かと……」


「え? いや、あの……こんなボロ屋ですが、一応、住んでます……」


 男はしどろもどろに答える。だが、すぐに女が雨にそぼ濡れていることに気づいた。濡れた白い肌は更に色を失くし、黒い髪がその頬に張り付いてしまっている。傘もささずに歩いてきたのだろう。


 男は昼間、女が宿を探していたことを思い出す。


「あ……もしかして、宿が?」


「はい。船頭さんの仰ったとおり、祭りでどこも一杯で。ここまで引き返してきたら、誰も住んでいなさそうな小屋がありましたので、一晩、雨風を凌ごうと……」


 そこまで言って、女は口元を手で隠しながら「すみません」と謝った。


「あはは、いえ、確かにボロですから」


 男は笑い、女を家の中へ招き入れた。


「それは難儀でしたね。せま苦しいですが、良かったら中へどうぞ。雨風は凌げますから」


「……ありがとうございます」


 女はほっとした表情で頭を下げた。



 だいぶ暖かくなってきたとはいえ、雨の夜は冷える。微かに震えている女を温めようと、男は囲炉裏に火を熾した。


 濡れたままでは寒いだろうと、何か着るものはないかと思考を巡らせるも、この家に女物の着物はない。


「あの、着物は……」


 どうしますか、と振り返り、そこで動きを止めた。


 土間に足を投げ出したまま床に浅く腰掛けている女は、長い黒髪を横にひとつに束ね、雫をはらっていた。その白い項が、パチパチと燃え上がる火に照らされて妖しく輝いている。


 髪を撫でる白く細い指の滑らかな動き。それを見つめていると、ふいに上げられた女の目と視線がかち合った。


 パチパチと爆ぜる炎。


 外から聞こえる、川の流れのような静かな雨音。


 ──夜は更ける。


 静かに、静かに。


 男と女を包み込むように……。






 仰ぎ窓から朝の光が差し込んでくる。柔らかだけれども容赦なく朝を告げるその光を顔に受け、女は億劫そうに薄く瞼を上げた。


(──眠っていたのか)


 人間の住処などで無防備に眠るつもりはなかったのだが。まだひとつ目鬼と戦ったときに消耗した妖力が戻りきっていないらしい。


 小さく吐息を零し、光の届かぬ方へごろりと寝返りを打つ。僅かに気だるさを感じて再び瞼を閉じてみたが、眠気はもうやってこなかった。


 薄い布団の中で軽く伸びをし、むくりと起き上がる。剥き出しになった白い肩や背を、朝の冷えた空気が心地よく撫でてくれた。


 寝ていた煎餅布団も、雪女たる女の冷たい体温に冷やされて肌に心地よい。継ぎ接ぎだらけの薄い布団の中には、輝かんばかりの白い肌が隠されていた。


 そう、女は一糸纏わぬ姿で布団の中にいた。冷たい布団は夕べの出来事を思い出させてくれる。するりと着物を脱ぎ、白い肌を晒した数刻前の出来事を。


 それを思い出す女は、苦虫を噛み潰したかのような渋い顔になる。垂れた黒髪を後ろへかき上げながら、盛大な溜息が漏れた。


(あの男……!)


 何事も起きることなく更けていった夕べの出来事を思い出し、わなわなと震える。


 ──そう、夕べは何もなかった。


 色気を振りまいて、さあおいで、と内心ほくそ笑みながら手招きしていたのに。


 男がしたことと言えば、火を熾して家の中を暖め、高いところに縄を張り、女の着物を干してくれて、着るもののない女に布団を貸してくれて。そして自分は土間の隅に蓑を被って小さく丸まり、眠ってしまったのだ。


 その男の姿は土間にはない。朝早くからどこに出かけたのだろうと思っていると、がらり、と引き戸が開いた。


 朝の光を背負うようにして入り口に立った男は。


「う、あぁああぁあぁあ──!」


 素っ頓狂な声を上げ、ぴしゃーんと戸を閉めてしまった。


「す、すすす、すみません、起きていたんですね。あ、あの、あの、着物、乾いているようでしたから、はや、早く着替えてくださいっ……」


 戸の向こうから、物凄い早口が聞こえてきた。


「……ありがとうございます」


 女は引きつった笑みでそう返した。


(この腰抜けがっ! 女の肌を見たくらいで動揺するな!)


 しかも男の位置からだと、布団から出た肩しか見えていなかった。男は女人にまるで免疫がない様子だった。しかも笑えるほど純情らしい。


「作戦を変えねばならんではないか……」


 うまいことねんごろな仲となり、ついでに精気を貰いながら傍で監視してやろうと思っていたのだが、これではすぐに追い出されてしまいそうだ。内心舌打ちながら着物に袖を通した女は、苛立ちを胸の内に隠し、玄関の戸を開けた。


 開けると戸のすぐ横に、壁に背を向けた男が立っていた。着物を着て出てきた女を見て、ほっとしたような表情になる。


「おはようございます、小雪さん。よく眠れましたか?」


 落ち着きを取り戻したのか、笑顔でそう言う男。女は夕べのうちに『小雪』と名乗っていた。


「はい、おかげさまで。本当にありがとうございます。草太さんの布団を占領してしまって……」


 しおらしく頭を下げれば、男──草太はぶんぶんと首を振った。


「気にしないでください。あ、顔洗いますよね? そこに水を汲んでおきましたから、どうぞ」


 下げた頭を元に戻せば、きらきらと輝かんばかりの笑顔がある。


(ああ、この男……)


 そういえば、酷く澄んだ瞳をしていたのだったな、と今更のように思い出した。ガタガタと震えながらも、決して光を失うことのなかった美しい黒曜の瞳。瞼が閉じられ、それが隠れてしまうのを残念に思い──命を奪うことが出来なかった。


(それでこの体たらくか……)


 我ながら情けない。そんな一瞬の気の迷いで、自分の居場所を知られるかもしれないという畏れを抱かなくてはならない、面倒な事態になっているのだ。


 けれど──けれど。


 命を奪わなくて良かったとも思っている。


 朝日を横から浴びる草太の笑顔は、その力強い光と同じくらいに眩しい。


 優しい瞳をした、朝の光を背負う男。整った顔立ちではあるが、特別美丈夫だというわけでもない。どちらかと言えば頼りなさそうな、柔な印象。


 それでも、眩しいと感じる。その光を雲で覆ってはいけないと、感じてしまう。


(なんのせいだろうな)


 心の内で自嘲気味な笑みを浮かべながら、面には柔和な笑みを浮かべる。


「なにからなにまで、本当にありがとうございます」


 そう言い、用意して貰った桶の方へ足を向けた。そして顔を苦痛に歪めてみせる。


「痛っ……」


「どうしました!?」


 心配して手を差し伸べた草太の腕につかまり、小雪は小さく呻いた。


「あ、足が……」


「足?」


「夕べ、歩き回っているうちに痛めてしまったらしいのです。昨日は宿を探すのに必死で、気づかなかったのですが……」


「それはいけませんね」


 草太は心配そうに眉を顰めると、ひょい、と小雪を抱き上げた。


「っ!?」


 予想外の草太の行動に、小雪は目を丸くする。そうしている間に家の中に連れて行かれ、床の上にそっと座らせられた。


「足を見せてください。腫れていたら冷やした方がいいかもしれませんね。あんまり酷いようでしたら、隣町まで行けば腕のいい骨接ぎの先生がいますので……」


 言いながら小雪の白い足に手をかける。


 小雪は慌てた。見られたら怪我が嘘であることがバレてしまう。


「お、お待ちくださいっ……!」


 か細く声を上げる。草太は足から視線を上げ、小雪の顔を見た。


「その……あ、足を見られるのは、その……少し、恥ずかしいので……」


 白い頬をほんのりと赤く染め、着物で口元を覆いながら少し顔を逸らしてやる。草太は気立てが良さそうなので、嫌がる女の足を無理に見ようとはしないだろう。そう思い、チラ、と草太に視線をやると。


 予想以上に顔が茹蛸のようになっていた。


「す、すみません! あの、決して触ろうとか思ったわけではなくて! あ、いや、違! ……っ、すみません、仕事に行ってきます!」


 少し仰け反りながら立ち上がった草太は、足をずるりと滑らせて後ろに引っくり返った。良く転ぶ男だな、などと思っているうちにわたわたと立ち上がり、小雪の方を見ることなく外へ飛び出していった。


 しかしすぐに戻ってきて。


「あの、飯……! 飯は、釜に入っていますので、適当に食っててください。夕餉までには戻りますので、それまで養生していてくださいっ……」


 土間の隅にある竈の方を指差し、やはり小雪の方は見ることなく、慌しく出かけていった。


 ──恐らく。


 普段はもう少し落ち着いた男なのだろうが。小雪を『女』と意識してしまうと駄目らしい。


 筋金入りの純朴さ。


(……面倒な男だ……)


 小雪はひっそりと溜息をついた。





 それから草太は甲斐甲斐しく小雪の世話をした。仕事が終われば真っ直ぐに家に帰ってきて食事の支度をし、水を汲んできたり、洗濯をしてやったり。


 家の中にばかりいたのでは気が滅入るだろうと、抱き上げて外に連れて行ってくれたりもした。足の具合を心配し、生まれ育った寺から薬草を貰ってきた日もあった。


 そんな風にして七日が過ぎ、さすがにこれ以上足の痛みを理由にこの家に留まるには無理があるな、と小雪が思い始めたとき……。


「少し、外に出てみませんか?」


 草太がそう誘ってきた。




 さらさらと流れる川の土手を、二人並んでそぞろ歩く。天からの日差しは柔らかく、土手の下を見やれば、見事な菜の花の黄色が続いていた。そよ風に撫でられるたび、ざわわと音がする。


「もうすっかり春なのですね」


「そうですね。川からの眺めも綺麗になってきました」


 草太は小雪を気遣って、ゆっくり、ゆっくりと足を運んでいく。その半歩後ろを歩く小雪は、風に揺れる花たちを眺めながら、しゃんと背筋を伸ばして歩いていた。


「……足は、もう良さそうですね」


「おかげさまで。本当にお世話になりました」


 小雪が微笑めば、草太も同じく微笑みを返す。しかし今日の彼の微笑みは、いつもの眩しさが鳴りを潜めてしまっていた。どこか陰りのある、憂いを含んだ微笑みだ。


(……おや?)


 小雪は小首を傾げる。


「では、もうすぐ江戸へ発たれてしまうんですね……」


 どこか遠くを眺めているかのような目でそう呟く草太の横顔を見て、はたと気づいた。


(もしやこの男、妾に惚れたな?)


 雲がかったように輝きを失ってしまったその笑顔は、惚れた女と別れ難くて思い悩んでいるからなのだ。


 ということは。


(引き止めてくれるな?)


 小雪は胸を逸らせながら草太の横顔を見つめた。これからも草太が雪女のことを思い出さないという保障はないのだ。なんとかして傍で監視していなくてはならない。せめて妖力が完璧に戻るまでは。


 その草太は笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうな顔で、じっと道の先を見つめている。


「江戸まで、大丈夫そうですか?」


「はい、おかげさまで。なんとか歩けると思います」


「そうですか。それは良かった」


 そこからしばらく沈黙が続く。


 しばらく歩いたところで、再び草太が口を開く。


「……親戚がおられるんですよね」


「はい。そこを頼りに行くつもりです」


「そうですか……」


 またしばらく沈黙。


「親戚の方たちは良い人たちですか?」


「……そう、ですね」


「それは良かった」


 曖昧な笑みの後、更に沈黙。


「あのっ、本当に足、大丈夫ですか?」


「……自信はありませんが、休み休み、ゆっくり行こうかと思います」


「そうですか……」


 更に更に沈黙。


(……じれったい……!!)


 小雪はだんだん苛々してきた。


 花の香りを含んだ暢気な風が通り過ぎていったが、それすら腹立たしい。


 拳をぎゅっと握り締め、時折何か言おうと口を開きかけては俯いて。何か決心したように顔を上げては俯いて。何度もそれを繰り返す草太の中では、色々と葛藤があるようだ。


(惚れた女を手放したくないのなら、がつんと「行くな!」と言ってみろ!)


 それを横目で見ている小雪は、いつの間にやら彼の応援だ。


 そのうち何故応援しているのか分からなくなってくるほど長い間歩き続けて。やっと草太が言葉を発した。


「江戸で、幸せに過ごしてくださいね……」


 優しいけれど力のないその声に、ぴくり、と小雪の形のよい細眉が釣り上がった。ざっと土を鳴らし、俯き加減に立ち止まる。


「……小雪さん?」


 立ち止まってしまった小雪を振り返った草太は、小雪の細い肩が小刻みに震えているのを見た。


「……わたし、は」


 今にも消えそうな声が、小雪の薄い唇から漏れた。


「名は申せませんが、とある武家の娘でした。ですが、色々とありまして、家はお取り潰しとなりました。家臣も散り散りとなり、頼れる者もなく……」


 ぱたり、と地面に落ちていく雫に、草太は戸惑う。


「しかし、親戚の家に行くのでは……?」


 小雪は両手で顔を覆い、ふるふると首を横に振った。


「本当は……遊郭へと売られてゆくのです。もうそれしか生きる道がないのです」


 両手で覆われたその下から、はらはらと零れ落ちていく涙。それを見る草太の顔も歪んだ。


 色々と無理のある設定なのは分かっている。売られていく娘が暢気に一人旅などするはずもない。しかし草太は世間知らずなところがあるし、なにより情に厚い。きっと騙されてくれると、小雪は顔を覆いながら泣き続ける。


「江戸へ行く前に草太さんに会えたことは、私の生涯で一番の幸せでした。貴方のことは、どこへ行こうと決して忘れません……」


 覆っていた両手をそっと外し、顔を上げる。涙を流し続けるその顔に、儚げな笑みを浮かべる。すると戸惑い気味に揺れていた草太の瞳が、意を決したかのようにきっと鋭くなった。


「そんなところに行く必要はありません!」


 いつも優しい声音で語りかけてくれる彼の、初めての怒声だった。


「貴女とは身分が違うと思い、諦めていましたが……そんな事情ならっ……!」


 射抜くような鋭さで見つめてくる黒曜の瞳。その中に、ふっと慈しみが灯る。小雪の白い頬を濡らす涙を節くれだった大きな手で優しく拭い、そして震える彼女を労わるように優しく微笑んだ。


「……ずっと、俺の傍にいてください」


 そっと囁くように紡がれた言葉は、ふわりと吹き抜ける春風のように、甘い。


 その優しい甘さが、小雪の涙を自然に止めた。


「……はい」


 何も考えなかった。


 思うように事を運べて、喜ぶべき心は時が止まったかのように何も感じない。ただ、その返事だけがするりと口から滑り落ちた。


 草太はそれを聞いて少しだけ照れたように笑い、ぎゅっと、小雪を抱きしめた。


「必ず、幸せにします」


 耳元で囁かれる言葉は、やはり甘い。


 甘くて、甘くて──胸の奥に、とくり、と痛みをもたらした。


(……なんだ)


 急に頭が回らなくなった。それが不思議で不思議でたまらなかった。


 不快なはずの温かさ。人のぬくもりなど、雪女には無用の長物。それどころか、忌み嫌うべきものだ。


 なのに。


 冷たい身体を温かく包み込んでくれる草太の肩に。甘えるように、こてん、と頭を乗せてしまった。




 ざわざわと揺れる。


 黄色の花たちが、優しく、謡うように揺れる……。





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