97・フーカとデート
「ふぁああぁ~・・・。流石に、ねむいな・・・」
ベッドから起き上がって大きな欠伸をしながら背伸びをして窓の外に目を向けると、外は完全に朝になっており、もうそろそろ朝ごはんを食べている時間になっていた。
いつもなら朝のトレーニングを終えて戻ってくる時間を過ぎているのだが、未だに眠気で頭がぼんやりしていた。
それもその筈。つい2・3時間前まで俺とフーカは起きていてからだった。
今回はシンティラ達と初めて体を重ねた時とは比にならないほど、酷い状態になってしまっていた。
改めて昨日の夜の事を思い出すと自分の言動に頭を押さえてしまった。
どう考えても今回の一件は俺が悪い。そして昨日の言動は誰が見たって俺が逆切れしているだけだ。
フーカから迫って来ないから俺はフーカを無理に誘おうとはしなかったが、フーカからすればその言葉を待っていたのかも知れない。
所詮女心のわからない俺には理解出来ないが、きっとそういう事なんだろう。
だから昨日の夜も抵抗はしなかったし、その後もフーカから求めて来る様に俺を放さなかったのだと思う。
「こんな主人で悪かったな・・・」
寝ているフーカの髪を撫でながら謝った後、俺は静かに部屋を出た。
「じゃあ、フーカさんも一緒に行くんですね?」
「あぁ。そうなる」
フーカ以外のメンバーは1階の食堂に集まり、朝食がてらフーカも旅へ一緒に連れて行く事をみんなに伝えた。
それぞれにどういう反応をするのかと思えば、みんな一様に安心するかの様に胸を撫で下ろしていた。
「もしかして、フーカの気持ちに気付いてやれて居なかったのは俺だけか?」
「まぁ、結構わかり易かったと思いますが・・・」
「あぁ。だが、主とフーカの問題だからな。言われれば協力するつもりだったが、フーカも主もそれを言って来なかったからな。みんなでそっとして置こうと言う話になって居たんだ」
フーカの気持ちに対して、俺だけが気付いて居なかったのかと思って聞いてみると、コロハからは困った笑みで返され、エレアからも当然の事の様に話されてしまった。
確かに3人とも自分から行動し、他のメンバーとも相談していた。そして、毎回計画的犯行で関係に至っていた。
「まぁ、ご主人ですからね。仕方ないと言えばそうなのかも知れませんが、フーカさんも気の毒ですよ。今回は自分から行こうとしなかったフーカさんも悪いですけど、気付けない鈍感なご主人も悪いですよ」
「言いたい事言いやがって・・・今回は鵺の言う通りで、言い返せないだけに余計腹立つな。しかし、フーカに好かれるような事をした記憶もあまり無いんだが、いつからだろう?」
ふと疑問に思った事を口にすると、みんなから一斉に驚いたような目線を送られた。
「はぁ~、ご主人はそこからですか・・・」
「ミツルさんは何も考えていなかったかも知れませんが、女の子はあれをやられてしまうと誰でも好きになってしまうと思いますよ?」
鵺から益々『ダメだこいつ』と言った様なため息を吐かれてしまった。
少しイラッとしたが、コロハが困った様に続けて言ってきたので、恐らく解り易い出来事があったのかもしれない。しかし、俺には心当たりが無かった。
「ん?あれって?」
「ご主人様がフーカさんを助けた時だと思います・・・」
「確かに、わたしもフーカだったら間違いなく主に惚れ直しているな」
「ん?」
シンティラの言葉にエレアもそれが原因だと言ってきた。コロハと鵺もそれに頷いていた。
どうやら、みんなは原因に心当たりがあるようだった。因みに、口を出してこないフェンリルは我関せずと言った様に俺の横で寝て欠伸をしていた。
「詳しい事は本人から聞くといい。主、今日は何か予定はあるのか?」
「いや、必要な物はラークさんに頼んでいるからな。明日は少しやる事があるが、今日の所は何も無い」
「そうか・・・。なら、主。今日はフーカについていてくれ」
「そうですね。今日ぐらいは、ミツルさんは付いていた方がいいかも知れませんね」
エレアがフーカに付き添うように言って来ると、コロハが優しく笑いながらそれに賛成して来た。どうやら、鵺とシンティラもそれに賛成の様だ。
「昨日の夜、聞こえて来た取り乱した声から察するに、その方がいい」
「聞こえてたのか・・・。まあ、あれだけ大声を出してれば聞こえるか。わかったよ、みんなの言う通りにした方が良さそうだ」
俺だけフーカの気持ちに気付いてやれなかった事から、今回はみんなの言う通りにした方が良さそうだった。
「ん・・・主、様?」
「あぁ、起きたか」
寝ているフーカの横に座ってグリモワールを読んでいると、フーカが目を覚ました。
「俺が言うのもなんだが、体の方は大丈夫か?」
「大丈夫・・・と、言いたいところですが、今も起き上がろうにも力が入らない状態ですわ」
「色々、すまなかったな」
「わたくしこそ、主様へ気持ちを伝えもせずわかって貰おうなどと思っていましたから、こちらにも非がありますわ」
「いや、気付けなくて悪かった。鵺たちが言うには、俺は自分で思っている以上に鈍感らしい。だからこれからも、何でも言って欲しい」
「そうですわね・・・。今度からはそうさせて貰いますわ。早速ですが、お願いしても構いません?」
「あぁ、いいよ」
「では・・・わたくしを抱きしめて頂けますか?」
「・・・いいよ」
フーカの頼みを聞き入れて俺もベッドに横になり、フーカの体を抱き寄せた。
「ん・・・他者の温もりと言うのはこんなにいいモノだったとは、始めて知りましたわ」
「そうか?」
「えぇ。なんと言いますか、安心しますわ」
「あぁ、確かにそうだな」
確かに他者の温もりを感じるというのは心地いいモノである事は間違いなく、俺もその安心感は十分感じている。
だが、俺の場合はそれだけで済まないのが厄介ではあった。
「あら?」
「なんと言うか、すまん。気にしないでくれ」
フーカは朝から同じ恰好で、今起きたところだ。つまり何も着ていない状態だった。そんなフーカを抱きしめれば、男の俺は当然として体が反応してしまう。
「あれだけ昨夜はわたくしを可愛がって置いて、主様はまだわたくしを可愛がって下さろうと言うのですか?」
「いや・・・その、なんていうか。これは、フーカがきれいだから・・・」
「まぁ、嬉しいですわ」
「気にしないでくれ。そのうち収まるから・・・って、おい。なんで俺の服を脱がそうとする」
「いいじゃありませんの。減るものじゃあるまいし」
「いや、体力が減るんだが」
「その分わたくしが満たして差し上げますわ」
そんなやり取りをしながらも服を脱がされまいと攻防しているがフーカの力は昨夜とは違い、俺が力を入れても全くの無駄となっていた。
「おい・・・。さっき、力が入らないとか言っていなかったか?」
いつの間にか、フーカが俺の上に乗っかる形に移動していた。
「そうですわね。でも、それはさっきの話ですわ」
「フーカ。お前騙したな?」
「全てが主様にやられっ放しと言うのも癪ですから」
「フンッ!人間を舐めるなよ?」
そこから俺とフーカで第二戦が始まった。
結果としては、勿論俺が勝ったが結構厳しいところまで行っていた。これが誰かと2対1で共闘を組まれたら結構危ないかも知れない。
昼過ぎまで宿に居たが、やらなくてはいけない事も思い出したので、食事を済ませてから午後はフーカを連れて回る事にした。
最初に向かったのは冒険者ギルドだった。
昨日、ラークの商会でギコと別れた時に「明日ブルホンさんのところに行く」と伝えてあったのだ。
「なにもわたくしが一緒でなくとも、いいのではありませんか?」
「いや、今日はフーカと居ようと思ってな」
「ふ~ん・・・そうエレアさん達が言ったんですわね?」
フーカの疑問にそれとなく返したつもりだったが、簡単に見抜かれてしまった。
「うぐ!いや・・・その、なんというか・・・」
「クスクスッ・・・まぁ、みなさんには感謝して置きましょう!」
言い当てられた事に戸惑っていると、フーカはなんだか楽しそうに笑って俺の腕に抱き着いて来た。
そんな行動に少し顔が熱くなりながらも、俺達はギルドに入って行った。
俺達がギルドに入ると、そこに居た冒険者たちの目線が集まり、何やらザワザワし始めた。
『お、おい。あれ』『あぁ・・・“魔導師ミツル”と“大剣のフーカ”だ』『俺、初めて見たぜ・・・』
そんな声が聞こえて来た。どうやら、みんなが昨日の朝に言っていた「魔導師として有名」と言うのは本当の様だった。
「俺は魔導師と名乗った覚えは無いんだけどな・・・」
「あら、素敵じゃありませんの。『魔導師ミツル』、主様にピッタリだと思いますわ」
少し照れ臭さも感じながら呟いた言葉に、フーカは相変わらず腕に抱き着きながら楽しそうに笑って来た。
「フーカも『大剣のフーカ』なんて呼ばれてるんだな」
「わたくしのは余り好きではありませんわ。皆さんいい二つ名なのに、わたくしだけ安直ですわ」
「へぇ~・・・みんなって───」
「あ!ミツルさん!」
仕返しとばかりにフーカへ二つ名の話を振ったが、若干呆れたように反応されてしまった。
それに「皆さん」という事は他のメンバーにも二つ名が付いたのだろう。その事を聞こうとした瞬間、ミリがこちらに気付いて声を掛けて来た。
「ギコさんから聞きましたよ!旅に出られるとか」
「えぇ、そうなんです。それで、ブルホンさんに挨拶しようと思いまして」
「そうでしたか。ギルド長はギルド長室に居ます」
「わかりました。あとでまたミリさんのところに来ますね」
ミリにブルホンがギルド室に居ると聞いたので、そのまま俺たちは受付の横にあるドアから中に入ってギルド長室に向かった。
「待っていたぞ『魔導師ミツル』」
部屋に入ると、ブルホンがニヤケながら魔導師と言って来た。
「ブルホンさんまで・・・俺は魔導師と名乗ったつもりはないんですが」
「フンッ、二つ名なんてそんなモンだ。自分から名乗る奴も居るが、普通は周りから次第に呼ばれて有名になる。当の自身の好みに関わらずな」
俺が肩を竦めて困った様に言うと、ブルホンは鼻で笑い。最後にチラッとフーカを見てニヤケていた。恐らくブルホンもフーカの二つ名に対しては感じる所があるのだろう。
「さて、話は聞いた。王都へ、そして魔大陸に行くのだな?」
「はい、色々お世話になりました」
「なに、儂は何も世話はしておらん。むしろ、こちらの方がこの街を救ってくれたお前さんに世話になった。礼を言う」
ブルホンが笑いながら顔を下げて来た。
「それで、いつ街を発つんだ?」
「明後日の朝に出発しようと思ってます」
「そうか。メンバー全員が二つ名持ちだからそこまで心配はしていないが、やはり魔大陸は危険な場所だ。気を付けて行けよ」
「わかりました」
その後、少し雑談をしてからブルホンの部屋をあとにした。その後ミリのところにも寄ったが、なぜかミリが泣き出してしまって困るという事態が発生したが、問題なく挨拶を済ませた。
「フーカ。ちょっと寄り道するぞ」
ギルドを出ると、大分太陽が傾いてきていた。
このまま帰ろうかと思ったが、隣に歩くフーカが自分の腕に抱き着いて来た時から気になっていた事があった。
「別に構いませんが・・・」
「じゃあ、よっと!」
「あ、主様!?」
フーカの了承を得た所で、フーカをお姫様だっこの形で抱き上げた。
「ちょっと、急ぐからな」
「ちょ、ちょっと!」
そう言って俺は、フーカを抱えたまま加速魔法全開で街の外に向かって走り始めた。
街の門を出て、しばらく行ったところの森の中に着いた所で足を止めた。
「こんな所に何かあるんですの?」
「あぁ、ちょっと待っていてくれ」
俺に抱かれているフーカが首を傾げて来たが、そのまま答えずに足元から魔力を流して土魔法を使って地面に深さ1m程の穴を作り、そこを温かいお湯で満たして行った。
「主様?これは一体?」
ここまで来れば大抵はこれが何かはわかる筈だが、フーカは未だにこれが何かわかっていなかった。それもその筈、この世界には基本的に湯船に入るという習慣が無いのだ。
「これは風呂って言って、これに浸かると疲れが取れたりしていいんだ」
「このお湯に浸かる?だ、大丈夫ですの?」
「温度は熱くないし、普段体を拭くだけでは落ちない汚れも落とせるからいいぞ?」
「へぇ~」
感心しているフーカをゆっくり降ろすと、恐る恐ると言った感じで即席露天風呂に手を入れていた。
「じゃあ、入るぞ!」
「え?」
「いや「え?」じゃなくて、フーカも入るんだよ」
「いえ、わたくしは・・・」
「俺とフーカの為に来たんだから。自分では気づいて無いかもしれないけど、フーカ、昨日の匂いが残ったままだぞ?」
「な!?」
俺が気になったのは匂いだった。流石にやり過ぎたせいもあって、フーカが俺の腕に抱き着いて来た時、あの独特の匂いを感じたのだ。
「まぁ、そう言う訳だから。ほら、早く服を脱いで」
「そうは言われましても。こんな、外でなんて・・・」
森の中とはいえ、外で服を脱ぐのには抵抗があるのだろう。仕方がないので、即席の脱衣場を土魔法で作って、そこで服を脱ぐように言った。
「ど、どうしても入らなきゃダメですの?」
「うん!ダメ」
顔を赤くしながら上目使いでダメかと言われると、もう少し虐めたくなるが、そこはいい笑顔で却下するだけに留めて置いた。
その言葉に諦めた様で、少し足を重そうにフーカが脱衣所に向かって行った。その姿を見送った後、俺は特に気にせずにその場で手早く服を脱いで先に湯船に入った。
「フー・・・やっぱり、風呂はいいな。体を拭くだけじゃ、スッキリしないもんな」
よく考えてみれば、前の世界以来の風呂になっていたので、その気持ち良さを一入に感じていた。
「あ、主様。失礼しますわ・・・」
久々の露天風呂を堪能していると、フーカが俺の隣に入って来た。
「フ~・・・」
「どうだ?風呂は気持ちいいだろ?」
「そうですわね。温まりますし、なんだかホッとしますわ」
「それはよかった」
その後しばらくフーカと俺は言葉を交わす事無く、露天風呂の気持ち良さを満喫していたが、フーカから徐に話を掛けて来た。
「主様の居た世界ってどんな場所だったのでしょうか・・・」
「ん?この間、ラーク商会で話したと思うんだが?」
「そうですわね。だけど、主様の居た場所の事や何をしていたかまでは聞いてませんわ」
「そうだな・・・」
「もしよければ、聞かせてくれません?」
「あぁ・・・いいよ」
そこから少し思い出すように目を瞑ったあと、ゆっくりと前の世界の生活を話す事にした。
魔法も剣もない世界の話を・・・