93・バール、双頭竜戦1
突如現れたのは巨大な体に頭が二つ付いた竜だった。
全体は赤黒い皮膚に覆われ、4本の脚にはそれぞれ鋭い爪を持っているのが、離れているここからでもハッキリわかった。
「そ、そんな、まさか!なぜあいつがここに居る!?」
皆が呆然とする中で、ブルホンだけが口を開いた。
「ブルホンさん。あいつを知っているんですか?」
「あぁ、あいつは遥か南の火山地帯にいる不死竜だ。どんな強力な魔法や武器を持っても、あいつは倒せない」
「そんなに硬いんですか・・・」
「そうじゃない。なんとか首を落としても、また生えてくる。正真正銘の不死竜だ」
「なんですか!?それ!」
ファンタジーや伝説の中にもアンデッドドラゴンは居たが、ここまでしっかりとして巨大な奴はそうそう居ない。大抵のアンデッドドラゴンは殆んど骨と皮だけだったり、肉が腐ってしまっているゾンビ化したドラゴンだ。しかし、そのどちらも首を落としたり頭を潰せば倒せる。それでも死なないとなると、神の領域だ。
「ミツルよ!あいつはいくら人間であるお前さんでも無理だ!悔しいが撤退するぞ!」
「そうした方が良さそうですね!フェンリル!」
「話は聞いていた!確かに俺でも、奴はキツそうだ」
フェンリルを呼ぶと既に粗方の魔物を始末して近くまで来ていた。
「シンティラ!エレア!ケイト!撤退するぞ!」
「「「はい!」」」
「コロハ!」
「はい!今行きます!」
コロハを呼ぶと、丁度相手をしていた魔物の首を刎ね飛ばしてこちらに走って来た。
「あとは・・・あれ?フーカはどこ行った!?」
「途中までは俺も見ていたが、その後はわからん」
「あ!ご主人様!あそこ!」
フーカも姿が見当たらないので辺りを見回すと、シンティラが声を出して指差した。その先には確かにフーカの姿があったが・・・
「なんで、あいつはあんなところに居るんだよ!」
フーカが居た場所は俺たちが居る所よりも大分前に進んでおり、既に魔物に周囲を囲まれている状態になっていた。しかし、それでもフーカは大剣を振り回して周りの魔物を切り刻んでいた。
「あいつは奴が見えてないのか!フェンリル!みんなを先に連れて行ってくれ!」
「主はどうする?」
「あのバカを迎えに行って来る!」
「あ!ちょ、主!」
俺はフェンリルにみんなを任せてフーカの方へ走り出した。
「悪いが道を開けて貰う!」
さっきまで使っていた銃は腰のホルダーにしまい。無詠唱の疾風刃で進行方向の魔物を容赦なく切り刻んでいった。
走るスピードを落とす事無くフーカに向かって行ったが、ふと視界に双頭竜の姿が目に入った。
「やば!」
巨大な竜の二つの頭は明らかに思いっきり息を吸い込む様に上を向き、そしてそこからチロチロと炎が見えていた。
考えてみたら何をするかは明白だった。ドラゴンの攻撃といえば、これは定番だろう。
「チッ!」パチン!
俺はすぐさま指を鳴らして時空間魔法を発動させ、全力で魔物の間をすり抜けた。
時間は1/30のスピードだが、既に竜の二つの口からこちらに向かって炎が迫って来ていた。
フーカもその事に気付いた様で剣を盾にして目を瞑っていたが、あんな物を剣で防げるとは到底思えない。
すぐさまフーカと剣を抱きかかえて回収し、急いでその場から離脱した。
その間にもゆっくり近寄ってくる炎は、モノクロの世界の中では只の白い塊にしか見えなかった。
魔物がある程度居ない安全圏に到着したところで時空間魔法を解除した。
グォオオオオオ!
時間が動き出すと、その瞬間にフーカが居た所は魔物諸共炎に包まれていた。
炎が紫色をしている所を見る限り、生き物が耐えられる温度の軽く30倍は超えている様だった。
その高温はある程度離れた俺たちにも襲い掛かり、俺は必死に加速魔法全快で走り抜けた。本当はもう少し離れてから時空間魔法を解除したかったが、そうも言えない事情があった。
外から見れば瞬間移動をしているにしか見えないが、何度も時空間魔法を使っているうちにわかったのだが、この魔法は発動している最中に激しい運動をすると、魔力の消費が格段に上がってしまい、長時間の発動が厳しくなる事がわかっていた。
「主様!?」
「喋るな。舌噛むぞ」
俺に抱きかかえられて居る事に気付いたエレアが驚きの声を上げていたが、驚愕の言葉なら後にして貰った。
走り続ける間にも後ろからは超高温の熱波が迫って来ているのだ。
「ご主人様!」
「主!」
「ミツルさん!フーカさん!大丈夫ですか!?」
俺がみんなのところまで走っていくと、それぞれに心配してくれたようで、駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。それより早くここから避難してくれ。フェンリル、みんなを頼む。それとギコさん」
「なんだ?」
「これを」
まだ避難せずに残っていたギコたちもフェンリルに乗せ、俺は赤い小瓶を渡して俺だけみんなを見上げる形で少し離れた。
「ん?ミツル、なんだ?これは」
「俺の血が入った小瓶です」
「「「「え!?」」」」「はぁ?」
渡した小瓶の中身を伝えると、メンバーの面々が声を揃えて驚きの声を上げていた。
「主!そんなの無茶だ!」
「ミツルさん!そんなのダメです!」
「おい!ミツル!どういう事だ!?」
全員が声を揃えて反対してきたが、みんなが逃げ切るにはもうこれしか方法は無かった。
「このまま逃げても、あの炎を向けられれば全員無事では済まない。少しでもあいつを食い止める必要があるんだ」
「そんな!ご主人様が一緒じゃなきゃ嫌です!」
「シンティラ、それにみんなも。別に死ぬと決まった訳じゃない。俺も頃合を見て逃げるから、先に行っていてくれ」
「そんな!!ご主人様!」
「お、おい!ミツル!?」
「俺にもしもの事があったら、みんなをお願いします。フェンリル!」
「わかった。武運を祈る!」
「ミツルさん!」
俺がフェンリルに行く様に促すと、フェンリルは体を起こして走り出して行った。
「全く・・・ご主人は、何を格好付けてるんですか?」
さっき、フェンリルの背中に姿が見えないと思ったら、何処からともなく鵺が飛んで来た。
「鵺、お前も一緒に向かった方が良かったんじゃないか?」
「僕が向こうへ行ったら、ご主人はどうやって戦うんですか?」
「魔法はあるが・・・確かに近距離の武器は有った方がいいな」
「でしょ?それに、ご主人以外に僕を使える者が居るとは思えませんしね」
正直なところで言うと、鵺の武器になった時の使い心地は自分で作り出す武器とは比較にならない程手に馴染んでいた。
まぁ、恐らくはこいつが残った理由としては、ただ単に暴れたいだけだとは思うが、それでも俺一人でここに残るよりは格段に安心できていた。
「さて、何処まで出来るかわからないが、はじめようか」
二刀になって貰った鵺を腰に差し、俺は改めて双頭竜へ目線を向けた。
双頭竜は未だに周囲の魔物を襲っている様子ではあったが、俺を待っていたかの様に、俺に向かって再度咆哮の声を向けてきた。
「あいつは、倒せそうにないな・・・」
「そうですね。でも、ご主人がここに残ったって事は、何か考えがあるんですよね?」
「まぁな。うまく行くかはわからないけどな」
不死竜である双頭竜を完全に退治する方法は恐らく一つしか無いと思っていた。
殺す事が出来ないのならば、封印するしか俺には考えが浮かばなかった。その為にはダメージを与える事が最初の課題となる。
「とりあえず、ダメ元でやってみよう」
俺は持っていたGrimoire de Grande mage(大いなる魔導師の魔導書)を取り出してページを捲り、一つの魔法の項目に目を落として集中した。
「Spiritus in aquae magnus Thor.(水の精霊にして、偉大な雷帝よ。)」
魔力を集中して詠唱し始めると、既に黒い雲で覆われていた空が所々光を放ちながら双頭竜の頭上に集まり始め・・・
「Nihilominus percussorem eius iuslilia et malleus!(神なる金槌で万物を駆逐せよ!)」
比較的短い詠唱を終えると、滝の如く豪雨が降り始めた。既に魔力を消費していた為、今の俺に出来る強力な魔法となれば、この一発が限度だろう。
「Cumulonimbus!(豪雷嵐!)」
ズッドーーーン!バリバリバリ!
「ギャアァァァアァアオオォォォ!」
魔法名を叫ぶと、空から無数の雷が双頭竜を始めとて、まだ残っている魔物へ降り注いだ。
いくら不死竜だとしても、体を動かす為に微弱な電気が体内に流れているはずなので、電気の攻撃は有効なはずだ。
その考えが正しかった事は、双頭竜の苦しみようからもハッキリと見て取れた。
「よかった。あんな化け物でも雷の攻撃は効くんだな」
「でも、ブルホンさんが言うには不死身って言ってますから、倒すまではいかないと思いますよ」
「そうだな。だから、あいつを召喚獣にする」
「え!?ちょっ!ご主人本気ですか!?」
「あぁ、今はそれしか方法はない」
「確かにそうかも知れないですけど!無茶にも程がありますよ!」
「悪いな。付き合って貰って」
「もう、どうなっても知りませんからね~!」
不服そうではあるが鵺にもやろうとしている事を伝え、俺は双頭竜へと走り出した。
みんなの協力と先ほどの豪雷嵐のおかげで大分大きい魔物は居なくなり、ゴブリンや小型の竜、体長2m程の犬などが残っているが、俺にしてみればそこまで危険な敵でもなかった。
鵺を両手に抜いて、双頭竜へ真っ直ぐに向かって行った。
これから召喚獣の契約もある為にも、魔力を温存する必要がある。
ここは魔力節約の為にも鵺で魔物たちを切り捨てて進む事にした。
「おぉ!やっぱり、ご主人は凄いですね~!コロハさんと違って的確に一撃で倒してきますね!」
「相手にして来た数が違うからな」
「そういうご主人だって、盗賊相手はヘタレだったくせに(プププッ)」
「あ!あれはしょうがないだろ!前世の事なんて忘れてたんだから!」
「まぁ、そういう事にしましょ(プププッ)」
一般者が見れば、目の前に居る敵の数に絶望を感じるだろうが、俺は鵺と緊張感の無い会話をしながら、作業の様に魔物を一撃で葬って、双頭竜へと向かって行った。
体が大きく中々倒れない双頭竜は雷の恰好の的になっており、未だにこちらへ攻撃する余裕は無い様だった。
「でも、ご主人。あんな相手をどうやって召喚獣にするつもりですか?」
魔物を使役するには3通りある。
・魔物の真名を探り、強制的に服従させる。
・魔物を極限まで弱らせて、契約印を魔物の体に刻み込んで使役する。
・特定の魔法陣を用いて、古より存在するモノを召喚して契約を結ぶ。
この3つだ。
「奴の名前は見当が付いているが、正式な名前かどうかはわからない。だが、契約印を魔物の体に刻み込んで使役する方法であれば、可能性が無くは無い」
「それって、とことん弱らせないとダメなんじゃなかったでしたっけ?」
「そうだな。だが、不死という事はどんなに攻撃しても死ぬ事は無いだろ?」
「そうですが・・・そもそも、契約印を魔物の体に刻み込んで使役するって言っても、不死の体に傷なんて付けられるんですか?」
「そうだな。だが、傷が付いてから直るまでには、多少でも時間は掛かる。時空間魔法を使えば何とかその問題はクリア出来るだろう。問題は・・・」
「どうやってそこまで弱らせるかですね・・・」
「そうだな・・・だが、兎にも角にも奴に近付かなきゃな」
再度、双頭竜が居る位置を確認すると、そこまでの道のりにはまだ多くの魔物が残っていた。
「さて、頑張りますか!」
再度、気合を入れ直して俺は魔物の群れに突っ込んで行った。