91・バール、スタンピード戦1
「今戻った」
「ミツルさん!」
「主!やっと戻って来てくれたか!」
「ご主人様!」
宿の部屋に戻ると、みんなが揃って荷物をまとめて待機していた。
「さっきギコさんに聞いたけど、南の森からスタンピードが来てるらしい」
「主も荷物をまとめてくれ!下でカームたちが馬車で待っている!」
エレア、シンティラ、コロハが焦っている中、妙に鵺、フェンリル、フーカは落ち着いた様子でベッドに座っていた。
「お前らは落ち着いてるんだな」
「そういう主様こそ、随分余裕そうですわね」
「そう見えるか?」
「僕はちょっと楽しみですけどね!それにご主人。何か面白い事考えてるでしょ?」
「鵺にはお見通しか・・・」
鵺には俺の考えている事がわかっている様だった。
「みんなはカームさん達と逃げてくれ、俺も後から行く」
「ご主人様はどうされるんですか!?」
「ちょっとやる事があるから、ちゃんと後から行くから先に行っていてくれ」
「わたくしも、街が無くなる前にしなければいけない事がありますの。主様、わたくしも後で向かうという事でよろしくて?」
先に避難して欲しい事を言うと、シンティラが不安げにしている中、フーカが口元を緩ませて自分も残るといい始めた。
「フ~・・・仕方ないな。何をするかはわからないが、ちゃんと避難しろよ?」
フーカが俺の奴隷になってからそれなりに経っているが、未だにフーカが何を考えているかわからない時がある。
しかし、従属の首輪もあるので逃げるだとかの考えはなかった。フーカの戦闘力を始め、みんなとのやり取りの中からもそれなりに信用していた。
それが理由かは自分でもわからないが、フーカに別行動の許可を出した。
「わかってますわ~。主様こそ無理をなさいません様にお願いしますわよ?」
「わかってる、無理はしないさ」
「あ、主。主の用事が終わるまでわたしも──」
「エレア。みんなと先に行け」
「・・・わかった」
エレアまで残ると口にしそうになっていたので、強い口調で言葉を遮った。
確かにエレアは戦力としては申し分ないが、エレアに行動を共にする許可は出せなかった。
それは、これから俺がやろうとしている事への危険性を考えれば当然の事だった。
「鵺。わるいが──」
「僕はもちろんご主人と一緒ですよね?」
「あぁ、悪いが来てくれ」
どうやら、鵺は完全に俺の考えている事を理解しているようで、俺が言い切る前に承諾してくれた。
「さて!早速行動してくれ!俺の荷物は魔法袋に入っておくから、それを持って行ってくれれば大丈夫だ!」
「わかりました。ミツルさん、どうか気を付けてください」
「あぁ、わかった。コロハたちも気を付けてな」
みんなに指示を出し、カームへ避難についてはお願いして、俺はみんなと別れた。
俺はみんなと別れた後、新しく作った武器とグリモワールを手に街の南にある草原へ来ていた。既にスタンピードはこちらに向かっており、遠くの空には飛行型の魔物が黒い靄のように見えていた。
「飛行してる魔物が多いな・・・」
「さすがに僕の縄鋲では届かないです」
「主様なら魔法があるから、問題は無いと思いますわ」
「まぁ、それはそうなんだけど・・・ん?」
俺は単独でここに来た筈だったが、余りにも普通に声を掛けられて普通に返してしまった。
しかし、はたと違和感を感じて目を向けると、そこにはなぜかフーカが居た。
「フーカ・・・何してるんだ?」
「主様と一緒ですわ。主様、あれを単独で相手にするつもりでしたの?」
「まぁな。試したい魔法もあったし、調度いい機会だったからな。それよりもフーカはみんなの所に避難していてくれ」
「主様は薄情ですわね。そんな楽しそうな事に声を掛けて下さらないなんて」
「別に薄情なワケじゃないが・・・」
俺としては、何かミスをして(俺の魔法で)被害が出る危険性を感じていたので、みんなには避難するように言ったのだが、フーカは笑顔で苦情を言ってきた。
「一応、広域魔法を使うから、巻き込まれない様にだけ気をつけろよ。俺も一応気を付けるから」
「わかりましたわ」
「主の広域魔法か・・・それはしっかりと見て置かないとな」
フーカへ気を付ける様に言うと、後ろから聞きなれた声が聞こえて来た。
「エレア!?みんなまで!」
驚いて振り向くと、そこにはエレアだけではなくシンティラとコロハ、それにフェンリルとケイトまで居た。
「それにケイトまで!なんでここにいるんだ!?」
「なんとなくこんな気がしていたので、ミツルさんの魔法袋を見たんですが、グリモワールがなかったので、もしかしたらと思ったんです」
「ご主人様の力になれるようにがんばります!」
「俺も微力ですが先生をお助けします!」
なんだか青春の一幕みたいになってしまった状況に、うれしい半分すこし恥ずかしくて苦笑いが出てしまった。
「みんな・・・ありがとう」
実際には一人でどうにか出来るとは思っておらず、それでもギリギリまで粘ろうと思っていた。
しかし、みんなの気持ちが嬉しく思うのと同時にみんなとならなんとかなりそうな気がして来てしまっていた。
「言葉に甘える前にシンティラとエレア、あとコロハにはこれを渡して置こうかな」
「なんでしょうか?」
ポケットから魔石が付いたブレスレットを4つ出してそれぞれ2つずつ、エレアとコロハに渡した。
「主!これって、もしかして!」
「あぁ、魔法具だ」
「わぁ~・・・綺麗です」
「あぁ、わたしのは赤で、コロハのはオレンジなんだな」
ブレスレット型の魔法具を渡すと、二人とも気に入ってくれた様で、それを嬉しそうに眺めていた。
「あ、主。これはどういう効果があるんだ?」
「エレアの物はウル(力)・ケン(炎)・エホ(補助)のルーンを刻んであって、炎の魔法を補助する効果がある」
「ミツルさん。私のはどういった効果があるのでしょうか?」
「コロハの物はハガル(変化・破壊)・ヤラ(大地)・エホ(補助)のルーンを刻んである。最近使えるようになった、土魔法の補助してくれる。まだ扱えないと思うが、それでも使う時が来たら助けになるはずだ」
「ありがとうございます!」
「エレアさんもコロハさんも、俺と一緒ですね」
エレアとコロハに魔法具を渡すと、ケイトが嬉しそうに言ってきた。
「ケイトもブレスレットを持っているのか?」
「いえ、自分の場合はこれですよ」
そういって嬉しそうに、帽子のつばを摘んで魔法具として巻いている布をエレアに見せた。
「その布が魔法具なのか!?」
「えぇ。これが有るのと無いのとでは、全然効果が違います」
ケイトの言う通り、ケイトに渡した布は水系魔法の効果を格段に上げる事が出来る。
渡した後で気付いたのだが、ケイトの魔法具には5種類のルーンが模様のようにビッシリと書かれており、小さい魔石に書くのより補助の効果が高い事がわかった。
それぞれにはメリットとデメリットがあり、魔石は小さいが永久的には使えず、魔石に含まれる魔力が無くなれば使えなくなる。一方でケイトの魔法具は布が燃えたり破れたりしない限り使えるが、相当な量のルーンを書き込むので小さくは出来ない。
今回は試験的にだがブレスレットにしてみたのだ。
「そして、シンティラ」
「は、はい!」
「シンティラにはこれを渡そう」
「これは何ですか?」
布に包まれて肩に掛けていたサーマルガンを中から出して渡すと、シンティラは凄く不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「シンティラの武器だ」
「ほう。主が言っていた銃とはそれか?」
「あぁ、早速だが使ってみてくれないか?」
「わ、わかりました!どうすればいいんですか?」
「まず、右手はここを握って人差し指をここに掛ける。左手はここの銃身の下を持つ。ここから電気を流してくれ」
「は、はい!」
「大丈夫。肩の力を抜いてリラックスして、肩をここ、ストックに当ててこの筒を覗き込んで・・・」
「あ!魔物が近くに見えます!」
「中に十字が二つ見える?」
「はい!」
「その二つと魔物を重ねて・・・」
「か、重なりました!」
「右の人差し指を引く!」
「はい!」
シンティラが引き金を引いた瞬間『バツンッ!ッパーーン!』という大きな音と共に強い閃光を発し、
その音の大きさや弾が撃ち出された衝撃にコロハたちが小さく悲鳴を上げていた。
撃ち出された弾は一瞬の内に遥か遠くの魔物へ向かって線を引き、大きな鳥の魔物を貫いた。
「おぉ、当たった!」
「凄い・・・主!シンティラのも魔法具なのか!?」
「いや、これは水や火にも理があるように、電気にも理がある。それを利用した物だ」
「シンティラちゃん!凄いです!」
「ありがとうございます!」
「フェンリル。最悪の場合は全員を載せて逃げるからな」
「わかった。任せて置け」
「じゃあ、それぞれのやる事を決めるぞ!」
「「「「はい!」」」」
俺達は個々の役割を決めて、それぞれのポジションについた。
俺・エレア・ケイトは魔法で大規模に魔物を減らし、シンティラが街の塀の上からその討ち零しを狙撃。基本的にはその体制で空の魔物は殲滅する。地上に関しての討ち零しは前衛も兼てフェンリル・コロハと鵺・フーカが担当する事になった。
「鵺。コロハをよろしくな」
「任せておいて下さい!」
「鵺ちゃん。よろしくお願いします」
コロハには念の為、鵺を持たせている。
コロハの使ってる武器は使い込んでいるせいもあって、刃もボロボロだし、細かいがヒビが入っていた。
そんな状況で使っていて戦闘中に剣が折れては危険なので、今回は鵺にお願いして付いて行って貰った。
ゲンチアナが「相性が良くないと拒絶反応がある」と言っていたが、コロハにはそういった反応はなかった様だった。
まあ、いつも仲が良さそうにしていたので、そこまで心配はしていなかったが、よかったと言える。
「シンティラ!大丈夫か!」
「はい!がんばります!」
「危なくなったら電気を全開にしていいからな!」
「はい!わかりました!」
シンティラには狙撃を任せているので、塀の上に待機して貰っている。
一人にするのも心配だが、そこは俺たち魔法組が如何にシンティラに魔物を近付けさせないかに掛かっている。
もちろん、ウチの可愛いシンティラに魔物が近付くなんて事は絶対に俺が許さない。
「フーカはどうだ?」
「どうだと言うのは?」
「いや、緊張していないかと思ってな」
「心配は要りませんわ。むしろ、久しぶりに大暴れ出来ると思うと、気持ちが高鳴って仕方がありませんわ」
奴隷市場の時は何かしらの事情があって他者に危害を加え、奴隷になってしまったのだと思ったが、最近のフーカを見ていると奴隷に落ちたのはただ暴れたくて暴れたからなのではないかと思えてしょうがなかった。
心配して声を掛けてみたものの、当の本人は非常に楽しそうにその時を待っているようだった。
「まあ、手加減は要らないが無理はしないでくれ」
「フフフッ・・・わかりましたわ」
「フェンリルもよろしく頼む」
「フン!任せて置け」
フェンリルにも声を掛けたが、こちらはこちらでわかり易い位に尻尾を振って楽しそうにしていた。
巨大化したフェンリルと見ていると、どうにも討伐すべき敵がフェンリルでなくて心底よかったと思えてくる。
「さて、そろそろ始めるぞ!エレア、ケイトも準備はいいか!?」
「あぁ、問題ない」
「大丈夫です!」
「じゃあ、遠慮はなしで完全詠唱で行くぞ!」
「「はい!!」」
「Pugna Start!(戦闘開始!)」