86・ガールズトーク
ギルドを出ると、外は既に暗くなり始めてしまっていた。
「もうこんな時間か。ラークの店に今日中に行くのは無理そうだな・・・鵺!」
「はいは~い!」バサ!
「なっ!!?」
鵺を呼ぶと、俺の腰に下げていた刀が突然鳥に変身したので、フーカが驚愕の表情で固まってしまった。
「悪いが、ラークさんのところに行って、従属の首輪を3つ頼んどいてくれ」
「わかりましたが、どんなのにするとかありますか?」
「シンティラの色違いって言えばわかると思う」
「わかりました!じゃあ、その後は宿に帰っていいですか?」
「あぁ、コロハたちも心配しているだろうからな。ヨウウの店に行ったら帰ると伝えてくれ」
「わかりました!じゃあ、フーカさん!また後で、改めて挨拶しますね!」
「え、えぇ・・・」
鵺がラークの店に飛んで行くのをフーカは呆然と見送っていた。まぁ、気持ちはわからないでもないが、こればかりはなれて貰うしかない。
そんな事を考えていると、フーカが目を丸くしたままこちらを見つめて来た。
「あ、主様?」
「なんだ?」
「主様は一体何者なんです?それに今の鳥、喋って・・・と言うか武器が鳥に・・・」
「その話は大分長くなるから、宿に着いたらゆっくり話すよ。とりあえず、先を急ごう」
「え、えぇ・・・」
俺は戸惑うフーカの手を引いてヨウウの店へ急いだ。フーカの姿はシンティラの時と同じでボロ布で出来たワンピースを1枚着ているだけだった。今日のところは寝巻きと動きやすい服を買って、明日の夕方にでもゆっくり見ようと思っていた。
「いらっしゃいませ。あ!ミツルさん!」
「ヨウウさん、こんばんわ。ご無沙汰してます」
服屋に入ると早速、羊の角が生えた女性店員のヨウウが声を掛けて来た。
「早速私の仕立てた服を着て頂いて、ありがとうございます。使い勝手で何か気になるところとかございましたか?」
「いえ、全く問題ないですよ。すごく動きやすいですし」
「それは良かったです。では、今日はどういったことで?」
「今日は、簡単に彼女の寝巻と動きやすい服を買いに行きました。明日の夕方にまた来るので、今日はとりあえずで」
「え!?わ、わたくしのですの!?」
まさか、自分の服を買いに来たのだとは思ってもみなかったようだった。
「あぁ、そんな恰好でフラフラさせる気はないからな。明日の午後は少し実力も見がてら手合せするから、動きやすい服を選んでくれよ」
「手合せって、あれだけいい様に遊ばれては勝てる気がしませんわ」
「大丈夫、そこは手加減するさ」
「まあ、いいですわ。・・・すぐに選びますわ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
シンティラの時とは違って、俺が一緒に選ぶ必要は無さそうなので、少しホッとしながら自分のシャツの替えなどを見る事にした。
「主様。これでお願いしますわ」
そんなに時間が経たない内にフーカが声を掛けて来た。てっきり女の子の買い物は長いモノだと思っていたが、意外と速い様だった。
「あぁ、どんな服に・・・」
「動きやすい服にしましたわ」
声に目線を向けると、俺は声が詰まって固まってしまった。
フーカが選んだのは、服というより黒い水着の様にブラとパンツしか穿いて居なかったのだ。
「おい、フーカ。服はどうした」
「ですから、動きやすい服にしましたわ」
「・・・・・・」
俺の認識が間違っているのだろうか、俺の認識ではそれは服とは呼ばず下着と言うのだと思っていたが、流石異世界。世界は広いという事を思い知らされた瞬間だった。
「フーカさん。いくら動きやすいと仰ってもその恰好は・・・いささか、はしたないかと・・・」
俺の異世界への認識が狂いそうになったところで、ヨウウが申し訳なさそうに言って来た。
やはり、俺の認識は正しかったようだ。
「フーカさんや、そのままの格好は流石に・・・」
「フフフッ!冗談ですわよ。もうちょっと見て来ますわ」
「会って間もないんだから、冗談か本気かわかる訳ねぇだろ・・・」
悪戯っぽく笑うフーカに、これから振り回されるのではないかと、少し頭を押さえてしまった。
また、しばらくすると、今度はちゃんと服を選んで来てくれた。
ちゃんとと言っても、上の服は袖が無く、脇からのスリットが大分大きいので、脇から先ほどの黒い下着が見えている状態だった。ズボンも股下がほぼ無いに近いホットパンツなので、露出度は超が付くほど高かった。正直、目のやり場に困る恰好だが、本人は「やっぱりこういう恰好が一番ですわね」と言っているので、恐らくは本気で選んだ結果なのだろう。
「うん・・・まあ、明日また来るから今日はそれでいいや・・・」
俺も俺でもう面倒臭くなっていた。あまり、そう言った自由を押さえ付けたくないが、俺の精神衛生上、あまりにもなモノに関しては少し諦めて貰おうと思っていた。
エレアたちも夕食を食べずに待っているので、さっさと会計を済ませて早いところ宿へ戻る事にした。
コンコン!ガチャ
「ただいま~」
「ご主人様!」
「ゴフ!・・・あ、あぁ。ただいま、シンティラ」
みんなの部屋へ入ると、いつものようにシンティラの抱き着く(タックル)攻撃を受けた。気のせいかもしれないが、最近喰らったダメージはシンティラの攻撃しか喰らっていないような気もして来た。
「お帰り主」
「お帰りなさいミツルさん。遅いから心配してました」
「心配させて、わかったな」
「いえ。あ!あなたがフーカさんですね?鵺ちゃんから聞きました。はじめまして」
「え。あ、あぁ」
コロハが俺の後ろで呆然としているフーカに目を向けて挨拶をした。
対するフーカは、何に驚いているのか呆然としていた。
「とりあえず、立ち話もあれだ。座って話そうか」
「え、えぇ」
フーカの背中を押してイスに座らせてから、全員の紹介を一通りする事にした。
「まあ、一通り挨拶も済んだ事だし、飯を食いに行こうか!」
「ま、待って下さいません?主様」
「ん?」
自己紹介もあらかた済んだので、夕飯を食べに行こうと立ち上がると、フーカが止めて来た。
「まだ、主様の事が何もわかってませんわ!先ほどお名前は伺いましたが、それ以外の事が何もわかりませんわ!一体、主様は何者なんですの?」
「え?あぁ、その話か。う~ん・・・今のところは、魔剣使いの魔術師という認識でいいよ」
「なんか、意味有り気ですわね」
「まあな。その話はもう少ししたら話すよ」
先程の自己紹介では、結局俺が異世界の人間である事は言わなかった。
フーカを信用していない訳ではないが、会って間もない者に話す事でもなかったと判断したからだ。
他の面々もその事を察してくれたのか、誰も俺の事を話そうとはしなかった。
コンコン!
「カームです。ミツルさんはこちらに居ますかい?」
「あれ?なんの用だろ?はい!居ますよ」
「ちょっと、お話があるんですが」
みんなで夕飯を食べに行こうとしていた時に、カームが部屋を訪ねて来た。
「わかりました。じゃあ、先にみんなはご飯食べてて」
「いえ、ミツルさんを待ってます」
「いや。コロハはそう言うが、長く掛かるかもしれないし・・・」
「ミツルさんは自覚が無さ過ぎです。ミツルさんは私たちのご主人様なんですから、私たちに気を使わないで下さい」
「だけど・・・」
「コロハの言う通りだ。主はもう少しわたしたちへの接し方を下に見てもいい位だ」
「う~ん・・・」
そうは言われても、すぐに接し方を変えるなんて事は出来ない。
むしろ、今の奴隷としてではなく普通の人としての待遇は俺の精神衛生上の為でもあるのだから、そこを変える事はなんのメリットも無かった。
「そうは言われてもな~・・・」
コンコン!
「ミツルさん?」
「あ、すみません!」
みんなに言われた事を悩んでいると、待たせてしまったカームが声を掛けて来た。
「じゃあ、悪いけどちょっと待っていてくれるか?カームと話してくる」
「わかりました」
「そんなに急がなくてもいいからな。主」
「いってらっしゃーい」
みんなはそう言うが、やはりみんなは物とは違うのだから、みんなには悪いと思いつつ俺はカームと話す為に部屋を出た。
「ふ~・・・主は、もう少しわたし達を奴隷として扱ってもいいと思うのだがな」
「まぁ、それがミツルさんらしいと言えばそうなのでしょうけど」
「コロハの言う通り、それが主なのだろう」
「ご主人は、好きでそういう風にしていると思うので、みなさんが心配する程じゃないと思いますけどね」
「ご主人様はお優しい方です。わ、私はご主人様のそういう所も大好きです」
「まぁシンティラの言う通りではあるが」
「ちょっと、聞いてもよろしいですか?」
残された従者組で話していると、フーカが申し訳なさそうに声を掛けて来た
「どうしました?フーカさん」
「結局のところ、主様は何者なんですの?それに、さっきの自己紹介でも不思議でしたが、この子以外は自分の意思で奴隷になったりと、よくわからない事が多すぎますわ」
フーカが疑問に思っている事は至極普通の事ではあった。この世界では奴隷になるという事は、身体も含めて自由が無くなるという事だ。どんなに辱めを受けても、どんなに虐げられても抵抗する事は許されない。そんな状況に自ら身を投じるなんて、到底理解出来るモノではなかった。
「ミツルさんが何者なのかは、ミツルさんが話さなかった以上は私たちから言う事が出来ません。ただ、私とエレアさんが自分の意思でミツルさんの奴隷になろうとした理由は簡単な事です」
「それは?」
「あぁ、それは主が主だったからだよ」
「・・・はぁ?」
「フフフ。エレアさんのいう通りですね」
エレアとコロハはお互いに通じた様に笑い合っていたがフーカにはわからず、訝しげに眉をひそめていた。
「それでは答えになっていませんわ」
「そうですね。詳しく言うなら、その存在に魅かれたんだと思います」
「わたしの場合は、主の強さに魅かれた。わたしもある程度名の通った魔法使いだが、自分より強い者を追い求めていた。そんな時に会ったのが主だ。わたしは決闘を申し込んで戦ったが、惨敗したよ」
「それで、奴隷にさせられたと?」
「いや、自己紹介の時にも言ったが、奴隷になったのはわたしの意思だ。むしろ、奴隷契約を終えるまで、主はわたしが奴隷になる事など、考えても居なかった様だがな」
「また、大胆な事をしましたのね」
フーカはエレアの説明に思わず呆れたとばかりにため息が漏れた。
「あぁ、わたし自身も少々強引だったと思っている」
フーカの呆れるような言葉にエレアもその頃の事を思い出して自嘲するような苦笑いを浮かべていた。
「それで、コロハさんはどうして?」
「わ、私ですか!?私は、その・・・」
話の流れ的に話が降られるのは当然の事だったが、話を振られたコロハは一瞬耳と尻尾を反応させた後、真っ赤になってしまった。
「私は・・・ミツルさんの全部、ですか・・・ね」
話を振られたコロハがモジモジしながらの返答に、フーカが面白い物を見つけた様にニヤリとした。
「あらあら、奴隷になる前に愛奴隷になってしまいましたのね」
「そ、そんな。愛奴隷なんて・・・」
コロハの反応が面白かったのか、フーカが意地悪そうに手を口に当てて笑いながらからかうと、顔から湯気が出るほどコロハは真っ赤になって俯いてしまった。
「そういうフーカも主の強さを認めたから、主の奴隷になったんだろ?鵺からあらかた聞いたぞ」
「えぇ、そうですわ。あそこまで遊ばれては、認めざるを得ませんわ」
コロハの救済とばかりにエレアがフーカに話を振ると、フーカは奴隷市場での戦闘とも言えない戦いを思い出しながら、ため息交じりに肩を竦めて答えた。
「らしいな。鵺は結局出番がなかったそうだがな」
「ホントですよ!折角僕を使って貰えると思ったのに、ご主人ったら僕はおろか、魔法すら使おうとしませんでしたしね」
「確か、アイキドウとか言ってましたわね」
「アイキドウ?なんだそれは」
合気道という言葉はエレアも初めて聞く言葉だったので、それに反応した。
「わたくしもわかりませんわ。ただ、気付いた時には投げられてましたし」
「それを魔法も無しにやったのか・・・いや、主なら可能そうだな」
エレアは話を聞く限りでは信じがたいと思ったが、すぐに『ミツルであれば考えられる』と自分の主人に対しての可能性を口にした。
「そう言えば、僕はご主人がアクアゴーレムを相手に組手をしていた時に、聞いた事ありますよ?たしか、シンティラちゃんに教えるとかなんとか言ってました」
「え!?わ、私にですか!?」
鵺が以前にミツルから聞いたのを思い出し、そこで急に出た自分の言葉にシンティラが驚いた。
そして合気道によって倒された本人であるフーカはどうして倒されたかもわからなかったので、合気道について気になっていた。
「それで?どういうモノなんですの?そのアイキドウってモノは」
「はい。ご主人曰く、相手の力を使って敵を倒す方法らしいです」
「確かに、主様は『相手の力を使って倒す方法だ。俺は攻撃をしていない。君が勝手に飛んだだけだ』って言っていましたわ」
「その通りなんですが、僕も近くで見て居ても全く仕組みが解らなかったです。ただ、護剣と一緒だと言っていました」
鵺の説明に新たに出て来た知らない言葉『護剣』についてさらに一同が頭の上に?マークが浮かんだ。
「ゴケン?鵺。それはなんだ?」
「相手が剣を振って来た時に、その剣に自分の武器を当てて軌道をそらす方法らしいです」
「??益々意味が解らない。そんな事可能なのか?」
「さぁ~。だけど、それをシンティラちゃんに教えると言っていましたから、特別な力は必要ないんだと思います」
鵺の説明に、益々わからないと言った様にみんなして首を傾げていた。
「ところで話は変わるが、今日は誰が主の所へ行くんだ?」
「順番的にはシンティラちゃんでしょうか?フーカさんは来たばかりですし」
「はい♪」
「なんの話ですの?」
これ以上この話を続けていても答えは出ないと判断し、強引にエレアが話題を変えたが、話が急に変わったのでフーカは意味がわからず、首を傾げていた。
「それは・・・その、なんといいますか」
フーカの質問にコロハがまた頬を赤くしてしまっていた。
「ご主人様と寝る順番です!」
「主様と?」
シンティラが元気よく答えるとフーカが不思議そうにしていた。
「あぁ、全員で主と寝る順番を決めているんだ」
「別に全員一緒に寝てもいいのでは?」
「いや、それでは主も気を使うし、何より私たちがお互いに恥ずかしいからな」
「あぁ、そういう事でしたの」
フーカがエレアの説明で理解したようで、拳で手のひらをポンと叩いて納得していた。
「それに主は、その・・・なんと言うか、すごくてな。流石に日を空けないと、こちらが持たない」
「なるほど、主様は絶──」
「あ~!それ以上は言ってはいけませ~ん!」
フーカがナニかを言おうとすると、コロハが両手でフーカの口を塞いで止めて来た。
「そんなに、恥ずかしがる事はありませんわ。強い殿方であればそれぐらいはむしろ普通ですわよ」
「そ、そういうモノなんでしょうか」
フーカが当たり前の事のように言うと、シンティラがその言葉に赤面して両手に頬を当てていた。
「当然ですわ。強い者が種の繁栄に秀でているのは当たり前の事ですわ」
「た、確かにミツルさんは強いですけど・・・」
「力が強ければ体力もありますし、主様のような方であれば2者位は同時に相手しても不思議ではありませんわ」
「そ、そんな事可能なのでしょうか!?」
「勿論ですわ」
コロハもフーカの言葉に赤くなって驚いていた。
「じゃあ、今日はシンティラとコロハで行くか?」
「あら?エレアさんはご一緒しなくていいんですの?」
「わたしか?わたしは遠慮して置く。まあ、フーカが思ってる様にはならないと思うがな」
「それは、相当ですわね」
エレアはフーカが口に出した言葉の意図を察していたのか、二人して悪戯でも企む様に笑っていた。
「じゃあ、主には秘密にして寝る時に一緒に行くといい」
「わ、わかりました!シンティラちゃんとなら、ミツルさんに勝てる気がします!がんばりましょうね!」
「は、はい!コロハさん!」
ガチャ!
「待たせて悪かったな・・・ん?どうした?」
俺が遅くなってしまった事を詫びながら入ると、なぜかコロハとシンティラが手を強く握り合っていた。
「い、いえ。何でもないです!ね!?シンティラちゃん!」
「は、はい!コロハさん!」
「フフフ・・・」「クスクスクス・・・」
「???」
なぜか顔を赤くする二人に疑問を抱いたが、エレアとフーカが笑っているところを見ると、何やら女の子同士で仲良く話していたのだと思い、そこに関して男があれこれ聞くのも野暮だろうと思って気にしない事にした。
ただ、それに対して鵺とフェンリルが必死で笑いを堪えているのは妙に気になる所ではあった。
またまた遅れました~。すみません。
最近リアルが忙しすぎて、執筆が出来ない状況ですが、なんとか続けていきます。
気長に読んで頂けると嬉しいです。