84・黒猫は凶暴
83話と同日更新です。
「あ~。すっかり忘れてた・・・」
夕方になって街に戻り、ギコたちと別れて宿へ足を向けると、目の前にはウンザリする光景が広がっていた。
辺りには鉄格子かついた馬車や檻状になっている馬車が沢山居て、中には獣人が入っている。
そう、今日は奴隷市の日だったのだ。
「ひどい・・・」
その光景を見たコロハが悲しそうな顔をして、呟いた。
「コロハは初めてだったか。奴隷の多くは罪を犯した者がなる。わたしやコロハみたいな状態は稀だ」
「え!?」
エレアの説明にコロハが驚きの表情をしてシンティラを見た。それもその筈、シンティラは俺が奴隷市で買ったのだから、必然的にシンティラも犯罪者という事になる。
「まあ、シンティラの場合は、他者にどうしても危害が加わってしまう体質で、無意識と言うか、本人は全くその気が無いのに周りを傷つけてしまったんだ」
「そうだったんですか・・・」
「はい。で、でも!ご主人様に出会えて、それも今では自分で抑える事が出来る様になったんです!」
そう言って俺の腕に嬉しそうに抱き着くシンティラを、コロハは笑いながらそっと頭を撫でていた。
「さて、俺はこの雰囲気が好きじゃないから、早めに宿へ───」
ッドーーン!
俺が宿へ行こうと言い掛けた瞬間。
市場の方からとてつもない音が鳴り響いた。
「おい!奴隷が暴れて、客を殺しているぞ!」
音の方から走って来た男がそんな事を大声で言いながら、俺達の横を走り抜けて行った。
「とりあえず、宿に戻るか」
「「「「「スルーした!?」」」」」
俺が何も聞いて居ないし何も見なかった様に、先ほど続きを口にすると、シンティラ以外の全員からツッコミが入った。
「先生・・・。先生なら鎮圧出来るんじゃないですか?」
「いや。面倒臭いし、奴隷商は嫌いだし、奴隷商なんて一層の事死ねばいいと思ってるし、・・・ん?」
俺が面倒臭そうに言って歩き出そうとすると、服を引っ張られた。
それに目を向けると、シンティラが涙目になってこちらをジッと見詰めて来ていた。
「え~っと・・・シンティラ?」
「ご主人様・・・お願い出来ないでしょうか?」
「なんと言うかだな、その・・・」
「ご主人様・・・」
絶対に面倒事に決まっているので自分からは首を突っ込みたくないところだが、シンティラの言いたい事はよ~くわかる。シンティラも似たような状態で助けて貰った口だ。そして、俺はシンティラがこの表情でお願いして来た事を断われた試しが無かった。
「あ~!もうわかった!助けに行けばいいんだろ!?」
「ご主人様!」
俺が諦めて、シンティラのお願いを了承すると、シンティラが笑顔で勢いよく抱き着いて来た。
「はぁ~・・・最近思うんですけど、ミツルさんってシンティラちゃんに甘くないですか?」
「うむ。そうかもしれないが、わたしは妹みたいで何となく主の気持ちはわからないでもないな」
「まあ、私もそうですけどね」
俺とシンティラのやり取りを見ていた二人がため息交じりで何か話していたが、気にしない事にした。
「じゃあ。とりあえず行って来るから、みんなは宿に戻っていてくれ。鵺!」
「はいは~い。最近出番が無いから、寂しかったですよ~」
「悪かったな」
「ミツルさん!気を付けて!」
「よろしくお願いします!ご主人様!」
「おう!」
刀になった鵺を持ってみんなに返事をすると、俺は加速魔法全開で奴隷市場に向かって走り始めた。
普通は街中でそんな事をすると、人が避け切れないのでしないが、ロクの頃の記憶が戻った今ではそれも容易に出来る様になっていた。
まあ、銃弾や弓矢、対戦相手の武器を避けていた頃と比べれば、寝起きでもこれぐらいは余裕だった。
しばらく走り抜けると、奴隷市場が見えて来た。
見えて来たのだが・・・
「なんだ、あれ?」
そこには、重さが1tはありそうな檻を片手でぶん投げる黒髪の女が居た。
その檻は勢い良く近くの建物に刺さっていた。
「おいおい。どうやれば、あんな重い物が投げられる」
速度を緩めて、少し離れた所で立ち止まった。
こちらから見えるのは後姿だけだが全体的に細身の体をしており、黒い猫の様な尻尾と耳が付いていた。どう考えてもその細腕から、金属製のデカい檻を片手で持ち上げる様には見えなかった。
「ご主人・・・あれ、なんですか?」
「いや、俺も聞きたい。どうやれば、あんな細い腕であんな物が持てるんだよ」
「もしかして、ご主人と同じ様に魔法で強化しているとか?」
「まあ、それが妥当だろ。っていうかそれしか考えられん・・・。お?」
鵺と呆然とその姿を眺めていると、周囲から冒険者や騎士たちが集まって来た。
「ご主人。あれ、ヤバくないですか?」
「う~ん・・・でもあれって、シンティラと違って自分で暴れてないか?」
「た、確かに・・・」
「おい!そこの女奴隷!」
俺達が首を突っ込むか悩んでいると、騎士の一人が奴隷に向かって叫んでいた。
「貴様!奴隷の分際で、こんな事して!ただで済むと思うな!」
「フフフッ!」
「なにがおかしい!」
「いえ、失礼。わたくし、自分より弱い者に仕えるなんて我慢出来ませんの。そんな事なら死んだ方がマシですわ」
「なんだと!?奴隷の分際で!もういい!奴を殺せ!」
「あ・・・」
なんか雲行きが急激におかしくなったとは思っていたが、騎士が周囲に物騒な号令を発した。
その瞬間、女奴隷が近くにあった馬車の荷台を片手で握り締めて居たのが俺の位置からハッキリとわかった。
「(騎士たちが)マズイ!」
すぐさま時空間魔法を使かって女奴隷の横を通り過ぎ、騎士前に出て片手で不可視の強壁を展開させた。
準備が整ったところで時空間魔法を解除した瞬間、ドーンと言う音と共に不可視の強壁に馬車の荷台がぶつかった。
『は?』
「え?」
傍から見れば、女奴隷がブン回した馬車の荷台を、いつの間にか現れた俺が片手で受け止めた様に見えていた。
その姿に、騎士や冒険者たちは勿論だが、女奴隷本人も驚いた表情をしていた。
「おいおい。こんなデカ物を振り回しちゃ、あぶねーだろ」
「あなたは?」
「俺?只の冒険者だよ」
女奴隷の前に来た事によって初めて顔を見たが、胸は大きいし中々に整っている美人さんだった。
頭には軽くウェーブ掛った黒いロングの髪に黒い猫耳が付いていた。
(あれ?黒猫さんってこんなに凶暴だったかな?俺のイメージだと大人しくて、泣きボクロがあって、ゴスロリで・・・って、そうじゃなくて。この場所をどうやって治め様かな・・・)
「クスッ」
そんな事を考えて居ると女奴隷が口に手を当てて、笑って来た。
「あ~・・・とりあえず、暴れるのは止めてくれるとありがたいんだが」
「えぇ、いいですわよ」
ドーン
俺がとりあえずダメ元でお願いすると、女奴隷はあっさりそれを承諾して荷台を下した。
「それはありがたい」
「ただし」
「ん?」
俺がお礼を言うと、女奴隷が言葉を続けて来た。
「あなたが、わたくしより強いと証明出来れば。ですが・・・ね!」
女奴隷が言葉を言い終わると一瞬で間合いを詰めて来た。
「おっと!」
「ぐあ!」ドーン!
「あ・・・ヤベ」
素早く女奴隷の拳を避けたが、真後ろに騎士が居た事をすっかり忘れてしまい、そのパンチを食らった騎士が30m程吹っ飛んでしまった。
「おいおい。だから、あぶねーだろって」
「そういうあなたは、全然余裕そうですけど?」
「いや、俺じゃなくてさ。周りに被害を出すのは止めて欲しいんだが」
「その余裕。いつまで出せるかしら?」
又もや会話が途切れると物凄い速さで間合いを詰めて攻撃して来た。
特に時空間魔法や加速魔法を使わなくても、十分に躱せる程度ではあった。確かに速度や重さは半端じゃないが、攻撃が直線的すぎるのだ。
「なあ、ちょっと落ち着いて話をしないか?」
「戦って、居る時に、そんな、余裕が、まだありますの!?」
中々に戦い慣れをしているのか、避けた所への追撃は早かった。
しかし、目線が狙っている所を見ているせいで、避けるのは簡単ではあった。
「いや。美女に危害加えるのもなんか気が引けるし」
「な!?」
俺が話を続けていると、女奴隷が顔を赤くして手を止めた。
「俺は攻撃しない。君の攻撃は俺に当たらない。これじゃあ、終わらんだろ。大人しく負けを認めてくれねぇかな?」
「いや。ですわ!」
「はぁ~、仕方ない」
俺が終戦を提案すると、再度女奴隷は殴り掛かって来た。
こちらから攻撃するのは何となく気が引けていたが、このままでは終わらないと思い、ため息を付きながら諦めて、相手の力を利用する事にした。
向かって来た拳の横に手を添えて、力に抵抗せずに方向だけを円を描く様に逸らす。そして、もう片手でさらに腕に力を加えて、投げ飛ばした。
ダーン!
「え?」
女奴隷は自分がどうして投げ飛ばされたのか、いつ投げられたのかが分からずに、放心状態になっていた。
「あなた・・・何をしたの?」
「ん?合気道って言って、相手の力を使って倒す方法だ。俺は攻撃をしていない。君が勝手に飛んだだけだよ」
「なにを!」
すぐさま女奴隷は飛び起き、再度殴り掛かって来たが、何度やっても同じ事。
またもや、気付けば彼女は地面に転がっていた。それが何度か繰り返され、周りからは先程まで暴れ回っていた女が、子供の様に扱われている様子に静まり返っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「もういいだろ?君の攻撃は俺に当たらない。君は地面に転がっている。これで充分だろ」
俺は殆んど力を使って居ないので一切疲れて居なかったが、対する女奴隷は息を切らして地面に大の字で転がっていた。
「えぇ・・・十分ですわ。こんなにいい様に遊ばれたのは、お父様以来ですわ」
「親父さんって中々の化け物なんだな」
「あなたに言われたくないですわ」
「ほら、立てるか?」
「えぇ、ありがとうございます」
相手が負けを認めた所で、俺は倒れている女奴隷に手を差し伸べた。