82・弟子たち
「おい、ミツル!遅いぞ!」
「あ、すみません」
みんなでラークの店で昼食を取った後、俺たちメンバーとケイトは街の東にある平原へ向かった。
少しいつもより遅くなってしまい、着いた頃にはギコとアイリがすでに来ていた。
「ミツル様、お気になさらないで下さい。私たちも先ほど来たばかりですから」
「アイリ。そういうのは真面目に答えなくていいんだよ。それより、なんかまた一人増えてんな」
ギコがケイトに気付いて覗き込む様に体ごと傾けて聞いてきた。
「彼はケイトと言って、俺がバールの街に来る時に縁あって馬車に同乗させてもらった行商人のメンバーです。そして、俺が他者に魔法を教えた始めての相手でもあります」
「ケ、ケイトと言います!よろしくお願いします!」
「へぇ~、ミツルの教え子か・・・じゃあ、いっちょう───」
「ギコさん、ケイトは武器が使えないので手合わせは出来ませんよ」
「チッ!」
ギコが手合わせの申し出をしようとしていたので、その前に釘を刺したが、正解だったようだ。
「じゃあ、近距離戦闘の練習組みと魔法の練習組みで分かれてやろうか」
「すみません、ミツルさん。ちょっといいですか?」
早速、分かれて練習をしようとした時、コロハが声を掛けて来た。
「ん?どうした?コロハ」
「もしよければ、私にも魔法を教えて頂けませんか?」
何の話があるのかと思えば、コロハからの申し出は魔法が使いたいと言うものだった。
そうは言っても、コロハは魔法が全く使えない訳ではなかった。一応、普通に詠唱する魔法だが、照炎と流水が使えるほかに治療魔法の手当と治癒が使える。
「別に、コロハは魔法を習わなくても大丈夫なんじゃないか?」
「いえ。私も攻撃魔法を習って、ミツルさんの役に立ちたいんです」
「う~ん・・・」
そうは言っても俺の魔法はまず、科学の座学から入るので直ぐに教える事は出来なかった。
「わかった!」
「本当ですか!?」
「ただし。今すぐに教えられる訳じゃ無いから、今日の夜に知識から教えよう」
「はい!わかりました!お願いします!」
「じゃあ、今日はギコたちと練習していてくれ」
「はい!」
コロハは嬉しそうに返事をしたあと、尻尾を千切れるのではないかと心配になるほど振って、ギコたちの所へ向かって走って行った。
「さて、コロハには何を教えようかな」
そんな事を独り言のように呟きながら、俺もエレアとケイトの方へ歩き出した。
「さて、練習を始める前に一つ話したい事がある」
「何でしょうか、先生」
「どうした?主」
俺はエレア、ケイトと一緒に魔法の練習をする前に二人に声を掛けた。
「ちょっと考えがあって、二人にはそれぞれの属性を優先的に伸ばして欲しいと思っているんだ」
「っと言うと?」
「二人も知っている通り、俺が魔法をここまで使えるのは恐らく人間である事が大きいと思う。そして、ケイトとエレアは人間で無い以上、複数の魔法を高レベルで使うのには限度が出て来てしまうと思う」
「なるほど、確かに。それに、主の魔力は総体的に高いと感じる事が多いからな。そこまで魔力が無いのは自覚があるから、わたしもその方針でいいと思う」
「そうですね。先生やエレアさんの言う通りだと思います。俺も2属性を同時に高めて行くのは自信が無いです」
「じゃあ、その方針で進めていこう。相性的にはケイトは水魔法がいいだろう。エレアはどうする?」
「う~ん、そうだな~・・・わたしは火の方が性に合っている気がする」
「わかった。じゃあ、そこを重点的に伸ばして行こう。じゃあまずはいつも通り、座学からで」パチン!
ゴゴゴゴ・・・ゴリゴリゴリ・・・ゴン!
早速、次のステップの魔法に進むために野外座学を始める事にした。
立ったままでは授業に集中出来ないと思い、指を鳴らして土魔法で大きな傘のような物で日陰を作り、椅子と机、お手製の黒板を作った。
「主の魔法を毎回見ていると思うのだが・・・本当に人間という種族は物語だけの者じゃないんだなってつくづく思うよ」
「それはわかります。先生の魔法が自分に対して、本気で攻撃に使われたらと思うとゾッとしますね」
「早速はじめるぞ」
「「は、はい!」」
俺が魔法を使っている様子を見て、エレアとケイトが冷や汗を流しながら、二人で口を開けていた。そのままにしても、先に進まないので、二人を促して席に座らせて授業を始める事にした。
「さて、これからはエレアが火、ケイトが水を使う訳だが、どちらもこの先に必要な知識は共通している。それは熱だ」
「先生。熱っていうと、奪えば冷えて与えると熱くなるモノで合ってますか?」
「お!よく覚えていたな。そうだ。じゃあその熱の事を詳しく話して行こう───」
前回教えた『熱』をより詳しく教える授業が始まった。
内容としては、各物質・目に見える物も見えない物も熱を加えたり奪ったりすれば、固体・液体・気体になる事をまずは説明した。
これは『水の理』の授業で軽く触れていたが、さらに踏み込んで話を進めていく。
今回は融点と沸点の話も含めて詳しく話していく。
ケイトには氷結結界(Gelid Obice)を教える為、エレアには焔旋風(Flamma Turbo)を強力にする為に必要な内容だった。
そして、二人の魔法に共通して使うもの。それは・・・
「「サンソ?」」
「そう、酸素だ。ケイトとエレアにはもう教えていると思うが・・・」
「あぁ。確か、水は酸素と言う物と水素と言う物が合さっていると聞いた」
「エレアもちゃんと覚えていたね。あと、エレアには他のことも教えているよね?」
「あぁ。それもちゃんと覚えている。物が燃えたり、生物が生きるのに必要な物だ」
「その通り。ケイトの魔法はこの酸素の熱と言う力を奪って行く魔法。そして、エレアはこの酸素を使って火の魔法を強化する。まずは、ケイトには酸素の性質を理解して貰おうと思う。エレアは復習だと思って聞いてくれ」
「「はい」」
手始めにエレアに行った火の授業を行い、その次に薬学の授業で触れた生物の呼吸に必要な物として授業を進めた。
「さて、ここからがエレアも知らない話になってくる。酸素と言うのは気体だ。つまり冷やさば液体にもなる」
「そうですね。『水の理』から言えば、酸素も例外では無さそうです」
「ケイトの言う通り。酸素も例外では無い。ただ、普通はどんな間違いが起こってもそれが液体になる事は殆んどない。しかし、それは普通での話だ」
「主。つまり、それを起こすのが魔法と言う事か」
「そうだな。じゃあ、実際に酸素を液体にしてみようか」
「「え!?」」
俺は数歩その場から離れて両手を前に向けて集中し始めた。要領は氷結結界(Gelid Obice)と同じだが、それを酸素に特定するイメージを持って、ひたすら熱を奪って行った。
発動している俺自身も指先が痛くなる程の寒さが周囲を襲い、更に冷たくしていく。
すると、手を伸ばした1m程先に青色の液体が浮かび始めた。
さらに冷やして行き、それが拳大程の大きさになったところでやめる事にした。
「あ゛あ゛あ゛~さっむ!何とか出来たな!これが液体の酸素だ!」
二人に目を戻すと、二人ともガチガチと歯を鳴らし、体を丸くして震えていた。
「ぜ、ぜんぜい。ざむいでず」
「あ、あるじ・・・これは・・・」
それもその筈、液体になった酸素の温度は-183℃。それに影響して、周りの温度も-5℃位になっていた。
「悪い悪い。だが、ケイトがこれからやる魔法はこれよりもさらに極寒になる」
「え!?」
そう言いながら、俺はその酸素の液体を二人の2m程前に落とした。
その瞬間、ジュワ――!と音と共にその酸素の液体が蒸発して消えてしまった。
その後、少し風魔法で冷えた空気を流すと、辺りはさっきまでの暑さを取り戻した。
「さっきのが液体になった酸素だ。あの液体が近くにある時はどんな小さな火でも、使えば只じゃ済まなくなる。エレアはあの酸素を液体にしないまでも、圧縮して火の魔法に組み込めば、その威力は今の数十倍になる。そして、ケイトはあそこまで冷やさなくてもいいから、一定の範囲を冷やしてそこにあるモノをすべて凍らせる。それが次のステップだ」
「「・・・・・・」」
これからの習得魔法の内容を伝えると、二人は呆然として座っていた。
「あ、主。そんな事が可能なのか?」
「確かに・・・先生が目の前でやった事なので、不可能ではないでしょうが、本当に俺に出来るんでしょうか・・・」
どうやら二人にはまだそれぞれの才能に自覚が無いようなので、ここらで元気付けの為に教えてあげた方が良さそうだ。
「エレアとケイトは自信が無い様だが、それぞれに才能があるから平気だと思う」
「さ、才能ですか?」
「あ、主。自分で言うのもなんだが・・・わたしには才能なんて・・・」
「そんな事は無い。まず、ケイトは魔法を使い始めて2日で氷槍を放った。そして、エレア。エレアは初めて俺が『火の理』を教えた後、完全無詠唱で照炎を一発で成功した時の事を覚えているか?」
「あぁ、あの時は本当に衝撃的だった」
「その時『照炎を大きくしてみようか』って言って、やって貰った時どうなった?」
「どうって・・・いきなり炎が巨大になって・・・あ!」
「そう、エレアは既に一度出来ているんだよ。それも『火の理』を知って数時間もしない内にね。今回はそれを故意的にやろうってだけなんだ」
「なるほど、それなら出来そうな気もして来た」
俺の言葉に納得がいったのか、エレアの顔には自信と好奇心が混ざってニヤけた顔になっていた。
「さて、今回の座学はこんな感じでお終い!ここから実践だ。まずは詠唱が必要なケイトから教えるぞ」
「は、はい!お願いします」
ケイトはまだ不安の色が残っていたが、しっかりと頭を下げて気合十分な声で返事をして来た。
エレアにはその間、少し離れた所で照炎を大きくしたりして感覚を掴んで置いて貰う事にした。
「さて、ケイト。さっきの凍えた感覚を思い出して、あの岩を中心に周囲の酸素の力を奪って行くイメージで詠唱して欲しい」
「あの岩って・・・先生、あれ結構遠いですよ?」
俺が指差して指定したのは、ここから300mは離れた所にある岩だった。
「大丈夫だ。って言うかここでも近いぐらいだから」
「そ、そうなんですか」
「じゃあ、詠唱を教えるよ?」
「は、はい!」
「詠唱はそこまで長くない『Amictus gelu per aerem operiendo omnino』意味は『凍える冷気の衣よ、覆い尽くせ』だ」
「はい!え~っと『Amictus gelu per アレム?』」
「aeremだ」
「はい!『aerem operiendo omnino』」
「よし!じゃあ、さっきの寒い感覚で、酸素を液体にまでしようと言う気持ちでやってみよう」
「はい!・・・・・・」
返事をすると、ケイトは目を閉じて集中し始めた。以前教えていた時もそうしていたが、恐らくその集中がより正確なイメージを想像させ、成功率を上げているのだろう。
しばらく、深呼吸をした後、徐にケイトが両手を前に突き出した。
「Amictus gelu per aerem・・・(凍える冷気の衣よ、)」
ケイトが詠唱をゆっくりと始めると、急激に周辺の空気が冷たくなっていくのがわかった。
その空気は、目標にしていた岩へ流れ込む様に向かって行き、既に岩の周りの草は凍り始めていた。
「operiendo omnino(覆い尽くせ)」
詠唱を進めると更に空気の流れは加速し、自分たちが立って居る所の草まで凍り始めた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
残りは魔法名のみだが、ケイトは白い息を吐きながら、辛そうにしていた。恐らくは魔力が限界に近いのだろう。しかし、ケイト自身は手を前に突き出したままやめようとはしなかった。
(本当にケイトは強いな・・・)
そんな事を思いながら見守っていると、ケイトが後ひと踏ん張りするかのように、歯を食い縛って、最期の魔法名を唱えた。
「Gelid・ Obice!!」
バキバキバキンバキバキ・・・
魔法名を言った瞬間、更に気温が一気に下がった。
草はガラスの様に凍り、俺達の服まで若干凍り始めていた。
「よし!成功だ!ケイト!」
「ハァ、ハァ、ハァ、・・・あ、ありがとう・・・ございます」
バキバキバキッドサッ
「あ・・・」
成功を喜んでケイトに答えると、目の前に広がる凍りついた世界を見たあと、俺に振り返ってお礼を言いながら倒れた。
「あー・・・また、倒れちったか・・・まあ、氷槍の時も倒れたし、慣れれば大丈夫だろ」
「あ、主」
異様な光景が出来上がった事にエレアも心配になったのか、寄って来た。
「その少年は成功したのか?」
「あぁ、魔力切れで倒れてしまったが、危険な程じゃない・・・。まさか、本当に1回で成功させるとはな。大したモンだよ」
「あぁ。確かケイトと言ったか?本当にとんでもない魔法使いだ・・・いや、広域魔法を使えたんだ。魔術師と言った方がいいかもしれないな」
そう言ってエレアは、先ほどケイトが放った氷結結界(Gelid Obice)に目を向けていた。
目標の岩までは300m程だったが、実際に凍結した範囲は前方の直径1.5km程の広域魔法と呼べるに相応しい規模だった。
もしもこれが街に向けられれば、確実に多くの命が奪われる。まさに死の世界そのモノの光景だった。
「本当に・・・大したモンだよ」
そう言って覗いたケイトの顔は、気絶しながらも満足そうな顔をしていた。