81・帰って来た
「───と言うわけで、脈診の種類は以上だ。まずは平脈、つまり普通の脈をしっかりと認識することが大切だ」
コロハを連れてバールの街に戻ってきてから、5日が経った。
戻った翌々日には街を離れる前の日課に戻り、午前中は薬師の授業。午後からはエレアとシンティラの特訓も開始していた。コロハの午後の時間はミーナへの薬師の授業と戦闘の特訓を1日毎の交互にする事になった。ちなみにコロハはミーナへ検査魔法も教えようと思っているようだ。
「これだけの脈の種類が同時に起きたりするから、最初はいろんな人の脈を触って慣れていくのがいいと思う。それに、朝起きた時と昼を食べた時、夜寝る時に自分のを触っても違いがわかると思うから、みんなも練習の為に触ってみて欲しい。っと言う訳で今日はここまでにしよう。お疲れ様でした」
「「「「ありがとうございました」」」」
俺が授業の終わりを告げると全員の息が抜ける声が聞こえた。自分としてはなるべくわかりやすく教えているつもりだが、真ん中に少し休憩があるにしても、4時間も続けて授業をするとみんなの疲れも相当なモノになっていた。
ちなみにコロハも薬師ではあるが、脈診は出来ない。
ゲンチアナからは触診と問診、検査魔法での診察を教わっており、脈診はやった事が無かった。
そもそも、ラークに聞く限りでは脈診というモノ自体がこの世界では知られていなかった。
確かに検査魔法があれば、レントゲンやCTが無くても、それを上回る精度で体の異常がわかるので、大抵の病気はそれで事が足りていた。
しかし、体質や病気の根本的な原因を知るには脈診が大きく役に立つと俺は考えて居た。
「お疲れ様です。ミツル殿」
教材を片付けているとラークが部屋に入って来た。
「いえ、俺よりもみんなの方が大変だったと思いますよ」
「いえいえ、この様な高等的な知識を教えて下さるミツル殿が一番神経を使う事でしょう。上の部屋に食事を用意してありますので、召し上がって行って下さい」
「あ、いつもすみません」
「とんでもない。私の方こそ、いつもありがとうございます。・・・あぁそれと、ミツル殿にお客さんが来てますよ」
「え?俺にですか?」
ラークがご飯を用意してくれていると言うのでそちらに向かおうとすると、思い出したように俺に客が来ていると伝えて来た。
この街で俺を訪ねて来るとしたら、ギルド関係はラークの店に居る事は伝えていないので、ギコかアイリ位だろう。そう思って、その客人が待つと言う店の裏口に行くと、そこには懐かしい馬車が停まっていた。
「あ!先生!」
「ケ、ケイト!?」
その馬車の脇に立って居たのは、薄らと柄が付いた紺色の布を巻いてある少し汚れた魔法使いの帽子を被ったトカゲ族の少年、ケイトが立って居た。
「お!ミツルさん!ご無沙汰してます!」
「お久しぶりです、ミツルさん。お元気そうで何よりです」
ケイトの声で、馬車の中からカームとサーニャも顔を出して挨拶して来た。
「あ!そう言えば近々バールに着くって言ってたモンな」
「はい!本当は一昨日位には着く予定だったんですけど、魔物退治の依頼が入ってしまって大分遅くなってしまいました」
「ほ~。魔物退治って事は、出来る様になったのか?」
「へへへっ!はい!」
ケイトが遅くなった理由を「魔物退治」と言うので、もしや魔法に進展があったのかと思って聞いてみると、照れ臭そうに返して来た。
「おう、カーム。品物は全部問題は無かった。コメが200kg・麦が300kg・塩が50kgとあと胡椒が10kgだから・・・全部で40,982パルだな。支払いは銀貨81枚・銅貨48枚・石貨2枚だな。確認してくれ」
俺たちが再会の挨拶をしていると、ラークが店か出て来てカームに声を掛けて来た。
「あぁ、大丈夫だ」
「それにしても、カーム。今回ちょっと少な過ぎるんじゃないのか?」
「まぁな。他の売る物が想像以上に大変でよ」
ラークがニヤケながら言うと、カームも笑いながらそれに答えていた。
そして、そのまま俺に目を向けて早速その話をして来た。
「ミツルさん。早速ですが、例の件を報告させて頂きます」
「わかりました。ですが、立ち話もなんですから、中で話しましょう」
「あぁそうだ、カームとサーニャさん、それとケイトの分も上に食事を用意してあるから、それを食ってから話をすればいい」
「お!?それはありがてぇ!じゃあ、ご馳走になるぜ!ラークさん!」
「お言葉に甘えて、ご馳走になります。ラークさん」
「頂きます!」
どうやら、ラークたちの分も同じ部屋に用意されている様なので、こちらとしてもみんなを紹介するのに丁度いいと思いながら、みんなが先に待つ食事が用意されている部屋に向かう事にした。
「なんと言うか・・・ミツルさんの周りがスゲー事になってたんだな・・・」
一通り、メンバーとカームたちがお互いの自己紹介を終えると、カームが唖然として声を漏らしていた。
確かに、今現在のメンバーの自己紹介をおさらいするとかなりスペックが高かった。
まず鵺は魔剣なので、そもそも規格外だ。単独でも滑空して切りつけるなどの攻撃が出来るし、刀・小刀二本・槍・鎖分銅・縄鏢と変形できる。
シンティラは雷獣族でありながら、他の生物の脅威となる電気を意識的に発生させて攻撃する事が出来るようになっている。最近ではギコに格闘を習っているので、電気ありであれば下位の冒険者は相手に出来るようになっていた。
フェンリルも実際、神の息子なので規格外だ。槍・弓矢・剣は勿論、4段階ぐらいの魔法ではかすり傷さえ付けることは出来ない。しかも、巨大化して高さ30m体長60m程の図体で攻撃されれば、ドラゴンだって無事では無い。
エレアは元々魔法使いと言う事もあって、すでに火・水魔法に関しては3段階まで完全無詠唱で使える。威力としてはまだまだ足りないが、慣れていけば相当強くなる。
最後にコロハだが、実は元からの戦闘力は高かった。薬師でありながら二刀の短剣を使い、しかも実力がかなりあった。最初に午後の特訓を一緒にした時、その素早さに驚かされたのは記憶に新しい。ギコが言うには冒険者ランク下Ⅰ程度の実力があるそうだ。そんな奴が違法奴隷商に捕まったとはなんとも信じがたいが、あの時はゲンチアナが大変な事になっていたので仕方がなかったのかも知れない。
全員の実力を平均すると、十分中スクワッド(隊)として依頼を受けられるレベルになっていた。
・・・俺?俺自身のスペックとしては、火・水魔法は5段階。風魔法は4段階。特殊魔法としては電気魔法、水から水素と酸素を生成し爆発させる水爆、土魔法、魔力操作による不可視の強壁(Turres Invisibilium)と探知魔法等々、体に魔力を通して使う検査魔法と加速魔法、時間操作魔法、闇魔法としてはナイトバード(一定範囲を完全な闇にする)とインフィニティーポケット(異空間に物を収納出来る)が使える様になっている。治療魔法使いとしては通常の治療魔法3種類が使える。
そして、格闘などの戦闘力に関しては、ロクだった頃の感覚を3/4程度取り戻していたので、ギコを相手にするならば、武器は要らない位までは強くなっていた。
そして、対するケイトはと言うと・・・
「つい先日ですが、冒険者ランク中Ⅴに上がる事が出来ました」
「・・・はぁ!?」
「へぇ~・・・」
ギルドランクが上がった事にラークは驚きの声を上げていたが、俺は関心の声を上げていた。
「ケイト君!幾らなんでも早すぎじゃないのか!?」
「ん?早いのか?」
俺の場合は登録直後に中Ⅲだったので、通常のランクアップの基準を知らなかった。
「それはそうですとも!ミツル殿は例外中の例外です。通常は初から下に上がるのに早くとも半年。そこから中に上がるには最短で5年は掛かります」
「なるほど・・・」
そう言った常識を考えると、通常ではありえない事をして来た証拠、と考えれられなくもなかった。
「ケイト。もしかして何か事件とか起こったのか?」
「は、はい!先生!実は行った先の街近くでスタンピードが起こったんです!」
「ス、スタンピードだって!?おい!本当のなのかカーム!」
ケイトが口にした言葉に、ラークが椅子を倒して立ち上がってカームに問い質した。
するとカームが頷いて肯定して来た。
「あぁ、間違いねぇ。スタンピードが起こった」
俺のメンバーも含めて、その言葉にザワついたが、俺だけがその言葉の意味が解らず、首を傾げていた。
いや、正確には意味は分かっているが、ラークがそこまで驚く理由がわからなかった。
スタンピードとは
直訳すると大挙して逃げ出したり押し寄せたりする、群衆などの突発的な行動の事だ。まぁ、ゲームやファンタジー小説では魔物の集団暴走を示す事が多い。
「ご、ご主人様・・・」
隣に居たシンティラがフルフルと震えて涙目で服の裾を掴んで来た。
俺は少し微笑んで、安心させるように優しくシンティラの頭に手を乗っけて撫でてやった。
「すみません、ラークさん。みんなの反応から見ると、スタンピードと言うのは只の魔物の集団暴走では無いんですか?」
「あぁ、ミツル殿は知らなかったのでしたね、すみません。この世界では魔物の集団暴走はまず、あまり起きません。起きたとしてもそこまで大規模では無く、数は20~100程度で、魔物自体もそこまで強くありません。この場合はランアウェイと呼びます。それに対してスタンピードと言うのは災害の領域です。魔物の個々の強さは中の冒険者が複数でやっと相手に出来る程で、その数も200~1000と言う状態です。多くの街や都市はそれに襲われれば甚大な被害、運が悪ければ消滅します」
「それはまた、恐いですね」
「実はスタンピードの怖さはそれだけではありません」
「っと言うと?」
「魔族の侵入です」
「なるほど、魔族が来てるかもしれないという事ですか・・・」
ラークが深刻そうな顔をして答え、その言葉に全員緊張したような顔をしていた。
自分が初めてこの世界に来た時、コロハが異常なほど魔族を恐れていたのを思い出した。
その理由をゲンチアナに聞いた事があるが、確かに恐怖の対象と言っていい存在だった。
魔族は獣人が居る陸地から海を遥かに東に行ったところにある陸地に住んで居るらしい。その力は強大で、獣人よりも魔法に優れている。そして何よりも厄介なのは魔物を使役する能力を持つ者が多いという事だった。そんな獣人より圧倒的に力が強い魔族だが、こちらの陸地にはそう簡単には来れない様になっていた。その地から来る方法は2つ、広大な海を渡って来るか、北の最果てにある溶けない氷で覆われた大地を通るかだった。魔族は獣人よりも寒さに弱いらしく、その大地を越えて来る事が難しいそうだ。しかし、極稀にその大地を越えて来た者もいると言う。そうなれば街は壊滅され、多くの犠牲者を出したそうだ。その度に冒険者ギルドや魔法ギルドは多くのギルド登録者を集めて撃退に当たっていた。
そんな存在が近くに来ているかもしれないと言うのだから、みんなの緊張も頷ける。
しかし・・・
「っで、ケイト。そのスタンピードが起きて、どうしてランクが上がったんだ?」
「は、はい!その撃退の為に強制召集が掛けられたんです。もちろん俺も行きました。その戦いで力を認めて貰えて、特別にっていう事で上がったんです!」
「なるほど」
ケイトは俺と別れる前に教えた氷槍を一回で詠唱魔法として成功させていた。しかも、その数は20本以上。普通の魔法使いに比べて5倍程はあった。
それが自身でも胸を張って成長したと言える程になっている事を考えると、今回の戦績は納得できるものだった。
「っで?短縮詠唱は出来たのか?」
「はい!」
ケイトが力強い返事を返した後、片手を上にかざして完全な無詠唱で氷の槍を4本出現させて見せた。
「へぇ~・・・ケイトもやるな~」
「え!?ケ、ケイト君!い、今、無詠唱で!?」
俺がその成長ぶりを嬉しく思いながら笑って感心すると、ラークがまたもや驚いて席を立った。
「ラークさん。そんな驚かなくたって・・・ケイトに魔法を教えたのは俺なんですから、俺が出来る事がケイトにも出来て、普通ですよ」
「いや、主。そもそも無詠唱自体がかなりの難易度なんだ。ラークの反応が普通だ」
エレアに突っ込まれてしまったが、そのエレアだって氷槍は普通に無詠唱で使える。
まあエレアの場合は元々魔法使いだったので、使える様になるまではそんなに時間は掛からなかった。
「まぁ、それはいいとして。今の話から行くと、そのスタンピードは撃退したんだな?」
「はい!何とか撃退する事が出来ました!」
「それは良かった。それで───」
「ご主じ~ん!」
俺が話の続きをしようとすると、鵺が言葉を遮って来た。
「どうした?鵺」
「『どうした?』じゃないです~。もうお腹空いちゃいました~!早くご飯食べないと、ギコさんが来ちゃいますよ!?」
「あ!いけね!」
鵺に言われて、俺達は相当長い事話しているのに気付いた。
「鵺の言った通り、この後に約束もあるので、昼食を頂きましょう。よかったらケイトも一緒に特訓に来るか?」
「え!いいんですか!?」
「あぁ。それに、まだまだ教えたい事もあるしな」
「お願いします!」
「じゃあ、まずは食事を頂きましょう」
ギコとの約束もあるので、俺達は昼食を食べた後、少し急ぎ気味で街の東にある平原へ向かった。