80・〇次元ポケット
「あ!おはようございます!ご主人様!」
「ゴフッ!あ、あぁ。おはよう、シンティラ」
部屋の中の後処理を終えて、寝ているエレアを起こさない様にそっと部屋から出ると、丁度廊下に出て来たシンティラが俺に気付いて抱き着いて(タックルして)来た。
「ミツルさん。おはようございます」
「あぁ、コロハもおはよう・・・。あれ?鵺とフェンリルは?」
シンティラの後からコロハが声を掛けて来た。コロハにも挨拶を返すと、鵺とフェンリルが見当たらない事に気付いた。
「鵺ちゃんとフェンリルさんは、鵺ちゃんがお腹が空いて限界と言って下に行ってしまったので、フェンリルさんはそれを止めに行きました」
「あ、そう。まったく、あいつは・・・まあ、みんなも待たせて悪かったな」
「いえ、大丈夫です。それより、この時間までお部屋に居たって事は・・・その、エレアさんは大丈夫ですか?・・・体とか、意識とか」
俺がこの時間まで待たせてしまった事を謝ると、コロハは頬を染めながらもエレアの事を心配して来た。
「あ、うん。まあ、多分大丈夫じゃないか?意識は無いけど」
「も~!ミツルさんはもうちょっと女の子に優しくした方がいいと思います!」
「はい・・・、自重します」
「たしかに・・・あぁいうのも好きですけど・・・(ボソボソ)」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもないです!ほら!ミツルさんはエレアさんを起こして来て下さい!」
最後の方にコロハがボソボソと小声で言ったのが聞き取れなかったので聞き直したが、コロハがはぐらかす様に俺の背中を押して来た。
若干気になるところだが、コロハが目を合わせない様にはぐらかして来るあたり、あまり聞かないでいた方がいいのだろう。
とりあえず、みんなで飯を食べる為にも、出たばかりの部屋に戻ってエレアを起こす事にした。
「みんなすまなかった。そして、ありがとう」
みんなで遅い朝飯・・・と言うより昼飯を食べていると、エレアが謝って来た。
「いえ、大丈夫ですよ。それよりお体は大丈夫ですか?そ、その・・・ミツルさんは・・・」
「あぁ。大丈夫だ、ありがとうコロハ。確かに、その・・・主に殺されるかと思ったが・・・」
「やっぱりエレアさんにもそうだったんですか・・・。ミツルさん、もうちょっと優しくして下さい」
「す、すまん。優しくしようとは思っているんだが・・・途中から止まらなくて、な」
「もう!私はいいですけど、エレアさんとシンティラちゃんには気を付けて下さいね」
「いや、コロハ。わたしも構わない。むしろ、その・・・なんていうか。また、して欲しいと思ってる」
「わ、私もご主人様にまたして欲しいです」
「え!?シンティラちゃんまで大丈夫なんですか!?」
「はい。ご主人様にして貰うと、すごく幸せでした」
「あ!それはわかる!主に必要とされている感じがするんだ。それに───」
女性陣が姦しく話を始めたが、話している内容が内容なので、俺としては非常に居心地が悪かった。
っというか、宿の食堂で昼間から話す内容じゃない気がする。
「っという事で主!」
「ん?何が『っという事で』なんだ?」
「ムッ!主は話を聞いていなかったのか」
「いや・・・お前ら、時と場所を考えろよ」
「それはいいとして」
「いや、よくないだろ・・・」
「今日から輪番制になった」
「俺の話はスルーかよ・・・って輪番制?なにが?」
「それは勿論、主と一緒に寝る順番だ」
「・・・・・・は?」
一瞬、エレアが何を言っているのかわからなかったが、シンティラとコロハも少し恥ずかしがりながらも笑っていた事と、さっきの話から状況はすぐに把握が出来た。
俺としても大歓迎ではあるが、自重しないと俺の体力が底を突く恐れがあるので、やり過ぎないようにしようと、そっと心の中で決めた。
「そうなると、僕とフェンリルさんは女の子部屋ですね」
「そうだな。俺の場合は寝る時だけ行く事にする」
「フェンリル、すまんな」
「別に、構わん。それとも主の刻印に入っていた方がいいか?」
「いや・・・それは、流石に・・・」
「安心しろ、俺も遠慮したい」
フェンリルは俺の肩にある刻印の中に居ても、周りの音は聞こえるし話も出来る。いくらフェンリルが犬だと言っても、やはり知性を持った奴に情事を聞かれながら夜を過ごすのは猛烈に恥ずかしかった。
結局、他に客が居なかった事をいい事に女性陣は食事を取りながら姦しく色々と話していた。俺としては女性陣の仲がいい事は喜ばしい事だったので、しばらく居心地は悪かったが、その様子を見守って食事を終えた。
食事を終えた後、俺達はみんなで街の東にある平原に来ていた。
本当は「今日のところは休日にしよう」とみんなに伝えたのだが、俺が一人で街の東にある平原に出掛けようとした時にみんながついて来ると言い出したので、別に断る理由も無いのでみんなで来る事にした。
「ところで主。主がここに来たという事はまた格闘の練習でもするのか?」
「いや、今回は魔導書の練習だ」
「それは!」
エレアが、また格闘の練習でもするのかと聞いて来たので、俺の目的を言うと目を開いて驚きの声を上げた。
俺がこの平原に来たのはGrimoire de Grande mageに書かれた魔法を試す為だった。
Grimoire de Grande mage(大いなる魔導師の魔導書)
歴史上最凶の魔導書と言われていた、俺の知る限りでは伝説上の魔導書だ。内容としては、悪魔や天使を召喚したり、大地を溶かすほどの灼熱地獄を作り出したり、異空間を作り出したり、死者を操ったり等々、凶悪な事この上ない内容になっている。
「あ、主。その魔導書に載っている魔法は危険なモノばかりじゃないのか?」
「まあ、今回の空間魔法は失敗しなければ、そこまで危険じゃない」
「ク、クウカン魔法?」
今回は魔導書の中の「固有の異空間を作り出し、その異空間とこちらを自在に繋ぐゲートを作る」という魔法に注目していた。つまり、ファンタジー小説でよくあるなんでも入るバッグの様な物が出来ないかと考えた訳だ。
実は、この案は別の方法で試そうとして失敗していた。
エドの村を離れる前日、時間を操る事が出来る様になったので「時間と空間の関係性に干渉が出来れば部屋が何倍にも広く使えるのでは?」と考えて居た。しかし、結果から言うと出来なかった。
部屋の中だけに限定して『スローモーション』を掛ければ出来ると思ったが、時間が完全に停止している訳では無い為なのか、部屋の広さは変わる事は無かった。
その点、今回は完全に固有の異空間を作り出すので、問題は無いだろうと考えて居た。
それにこの魔法が使えれば、旅をする時に重い物を持たなくても大丈夫になるので、是非欲しい魔法であった。
「主。失敗しなければとは言うが、失敗したらどうなるんだ?」
「さぁ?」
「さぁ?ってどういう事だ」
「いや、失敗した時の事は書いていないし、だけど、空間に干渉するなんて事、失敗して何も起こらない何て事はまず考え難いからね」
「そ、そんな魔法を使おうとしているのか!?主は!」
俺があまりにも軽い口調で説明したせいか、エレアが怒って来た。
「大丈夫だって、失敗しても死にはしないだろ。多分」
「た、多分って!そんな───」
「エレア」
声がだんだん荒くなって来たエレアを真面目な顔で呼んで、言葉を遮った。
「心配してくれているのは嬉しいが、少しは信用もしてくれ。それに、魔術師を目指していたエレアなら解る筈だ。世界の真理を知ろうとすれば、その真理に触れなければならない。理を見つけた過去の者達もまた、そのリスクを負ったんだ」
「主が言いたい事はわからなくはないが、やはり心配だ」
俺の言いたい事を理解した上で、エレアはやはり賛成はしてくれなかった。
恐らくは俺が時の遺跡で倒れた事もあり、再度命の危険があるのではないかと考えて居た様だった。
しばらく、なんとか納得してくれないだろうかとエレアの目を見つめていると、エレアの目が徐々に潤んで来てしまっていた。
「はぁ~・・・しょうがない」
この魔法は俺一人で試したかったが、どうあってもエレアは引こうとはしてくれない様だったので、タメ息をついて妥協する事にした。
「わかったよ。エレアが心配なのはわかった。だから、俺が危険になったら助けられるように、傍に居てくれ。それでいいか?」
「うむ!絶対、主は私が守る!」
「あぁ、よろしくな」
俺とエレアが少しみんなから離れたところまで歩き、目を閉じて神経を集中して実験を始める事にした。
これからやろうとしている魔術、それは闇魔術と言われる魔術だった。
『Grimoire de Grande mage』に書かれていた闇魔法には「暗黒を深淵より汲み出し、すべての光と希望を闇へと変える魔術」と書いてあった。
通常科学からすれば鼻から息が抜ける話だが、宇宙理論科学の方面からすれば極メジャーな物質が普通に書いてあるので、中々に笑えない説明だった。
暗黒物資。
天文学的現象を説明するために考えだされた「質量は持つが、電磁相互作用をしないため光学的に直接観測できず、かつ色荷も持たない」とされる、仮説上の物質である。しかし、仮説上とは言ってもそれは観測出来ないだけで確かに存在する。それの最たるものがブラックホールであり、宇宙の闇でもある。
目に見えなくても存在を正しく認識していれば、この世界では魔法として使う事が出来る筈だ。
そこで俺がここに来る前に目を通して来た物が役に立つ。
それはこの世界に置いては魔導書と言っても差し支えは無い『科学辞典』だった。
この辞典には、あらゆる科学の事が書かれていた。あらゆる事と言っても、完全に書かれて居る訳では無く、概要と性質、結果などが書かれている。その中にあるダークマターの項目に目を通して、認識をしっかりと持つ事が出来た。あとは、それをイメージして魔力を操作するだけだった。
『Grimoire de Grande mage』に書かれた闇魔法の使い方は、とにかく闇を想像して内に秘めた闇を外に放出するというモノだった。
「な!なんだ!?これは!」
俺が目を閉じて静かに集中していると、後ろに控えていたエレアが驚きの声を上げて来た。
その声に俺も目を開けると、目の前には黒い霧の様な物が直径30m程のドーム状になって広がっていた。
「う~ん・・・こうも簡単に行くと、逆に恐いな」
とりあえず、ダークマターを作り出す事には成功したようだ。
「あ、主。あれは主が出したモノなのか?」
「あぁ、そうだ。あの中は昼間でも何も見えない本当の闇が広がっている」
「見ているだけで、震えが来るほど悍ましいモノだな」
汗ばむほど暑い陽気にも関わらず、エレアは寒さを感じているかの様に腕を組んで震えていた。
殆んど、力そのモノが見えている様な状態になっている闇で出来た霧は、まさに熱も光も吸い込んで行くこの世に存在しない恐ろしい姿だった。
「さて、これで第一段階は問題ないな」
「は?あ、主。あれが空間魔法と言うモノじゃないのか?」
エレアは恐ろしい闇で出来た霧を見て、そのモノこそが空間魔法だと勘違いしていた。
「いや、本番はこれからだよ」バサ!
「ん?主、その袋は?」
俺が本番だと言ってコートのポケットから出したのは60cm四方の布で出来た袋だった。
「今度はこの袋の中に闇を作り出して、異空間を作る」
「そんな事をして何が出来るんだ?」
「まぁまぁ、見てなって」
そう言って、『Grimoire de Grande mage』の中に書かれていた魔法陣を裏返しにした布袋へ丁寧に移し始めた。
魔法陣は少し複雑ではあったが、フェンリルと一緒に書いたヘルを呼ぶ魔法陣よりは格段に簡単な魔法陣だった為、そこまで苦労する事無く、スラスラと書き写して行った。
「よし。あとはこれを裏返しの状態から戻して、魔法陣が内側に来るようにして・・・さっきの闇魔法の要領で魔力を込めると」
ブワ!
「あ!主!」
説明しながらやっていたら魔力の調整をミスって、袋から多量の闇が漏れ出してしまった。
それを見ていたエレアが慌てて俺の手を掴んで来たせいでエレアも一緒に闇の中に入ってしまった。
「主!大丈夫か!?」
「あぁ、大丈夫だよ。って言うかそんなに危なくないから、慌てなくても大丈夫だよ」
そう言いながら、徐々に漏れ出した魔力も含めて、闇を魔法陣に集めて行った。
少しすると黒い霧が全て袋の中に完全に納まって収まって、その中で安定した。
「お?成功したかな?」
手応えを感じて袋の中を覗くと、何も見えない状態になって居た。
試しに腕を入れて袋を裏側から触ろうと試した。すると、手は袋に触る事無く空を掻いていた。
「お?おぉ!成功した!」
「主?どうなったんだ?」
「魔法の袋が出来たぞ!」
「魔法の袋?」
「あぁ!際限無く物が入る袋だ!」
「際限無くだと!?あ、主!それは本当か!?」
半信半疑のエレアだったが、その後に袋の中に魔法で作った1.5m程の氷槍を入れてみたり、それをエレアが手を袋に入れて引き出したりして実験をした。
その実験をしている時のエレアと俺は年甲斐も無く、はしゃいで色々試していた。