74・おはようの挨拶
「ここは・・・どこだ?」
目を覚ますと外は暗くなっており、見覚えのある天井が目に映って来た。頭がボーっとして状況が中々思い出せないでいた。
目を閉じれば、イツの最期が鮮明に浮かんできた。
「イツ・・・」
もう二度と会えないのだと思うと、自然と涙が零れた。
ガチャっ
扉が開いた音に顔を向けると、そこには信じられないモノが目に飛び込んできた。
「・・・イ・ツ?」
髪を長くしたイツがタライを持って立って居た。
イツは持っていたタライを落として驚いた顔をした後、目に涙を浮かべて近づいて来た。
「ミツルさん!!」
ミツルの名前を呼んで少女が抱き着いて来た。
「ミツルさん!ミツルさん!よかった!ミツルさんが!ミツルさんが居なくなっちゃうと思って!私!私!」
少女が俺に抱き着きながら、何度も何度も名前を呼んで大泣きして来た。
何度も何度も名前を呼ばれて、次第に頭がハッキリして来た。
この少女はコロハ。そして・・・
今の俺はミツルだった。
「ミツルさん!よかった!もう目を覚まさないんじゃないかって!私!心配で!不安で!」
「コロハ・・・ゴメンな・・・心配を掛けた」
俺は強く抱き着いてくるコロハに腕を回し、強く抱きしめ返した。
その時、俺も何故だか涙が止まらなかった。
それはイツと瓜二つなコロハに、記憶の中の悲劇を重ね合わせていたせいでもあった。
少し落ち着いてから、コロハに俺がどうなったかを聞かされた。
俺はザフキエルと別れた後、突然頭を抱えてのたうち回り出したという。
その時近く居た鵺がエレアとシンティラを呼びに行き、二人が到着した直後に気を失ったそうだ。
二人は俺をコロハの家まで運んでコロハが対処してくれたそうだ。
それから俺は3日間眠っていたらしい。
「本当に・・・心配したんですから」
「わるかった・・・コロハ」
これまでの話をした後、コロハが再度抱き着いて来たので、謝りながらもコロハを抱きしめ返した。
「ん・・・朝か・・・」
どうやら昨日はいつの間にか寝てしまったようだった。
窓の外は既に明るくなっていたが、まだ早い時間の様だった。
「とりあえず起きるか・・・ん?」
体を起こそうと思って力を入れると、なぜか体が起き上らなかった・・・っと言うより何かが体を締め付けてる感じがした。
「なんだ?・・・ん?」
掛けてあるシーツをめくって見ると、そこには俺の体に抱き着いているコロハが居た。
別にやましい事をした記憶も無いし、お互いに服は着ているので何も無かった筈だ。
よく昨日の事を思い出してみよう。
昨日の夜に俺は3日ぶりに目を覚ました。そして、その事を心配していたコロハに泣き付かれた。そこまでは記憶にあるが、その後・・・
俺も泣き出してしまい、二人でそのまま寝てしまったのだった。
改めてシーツの中を覗き込んでコロハの顔を見ると、コロハは幸せそうな顔をして寝ていた。
「ミツル・・・さん・・・」
コロハは寝言で俺を呼びながら、体を擦り付ける様に抱き寄せて来た。
なんともイケない事をしたくなる衝動を全力で押さえながら、俺はコロハを起こさない為にも、2度寝する事にした。
しかしイツの姿をし、ミツルとしてのコロハを愛おしく思う気持ちから、コロハの頭を抱く位は許されるだろう。
「ん~・・・ふぁ!ふあああぁぁぁぁ!」
コロハが少し動いた感触があったので薄目を開けてみると、コロハが顔を赤くしながら小声でよくわからない声を発していた。
どうやら冷静になった状態で今の状況が恥ずかしくなったのだろう。
しかし、未だに俺の体からは離れようとはしない所を見ると、抱き着いている状態からは離れがたいようだった。
そんなコロハが可愛く思えた俺はまだ起きていない振りをして、さらにコロハの体を抱き寄せた。
「ミ、ミツルさん!あ、え!?」
さらにコロハは慌てだし、どうしていいかとオロオロし始めた。
もうちょっと反応を見て遊んでいたいところだが、下のリビングから音が聞こえるので誰かが上がってくる前に起きて置いた方が得策だろう。
「おはよう。コロハ」
「え!?あ!おはようございます、ミツルさん!って起きてたんですか!?」
「ん?・・・まあね。だけど、まだ寝惚けてるかな」
挨拶をした後に再度抱き寄せると、コロハは小声で「はわわわわ・・・」と言って顔から湯気が出そうな程、真っ赤になっていた。
「と、とととととりあえず、朝ごはんを作って来ますね!」
耐え切れなくなったコロハが起き上り、急いで部屋を出て行ってしまった。
「あんまり走ると、あぶな───」
ドタン!バン!
「はうううぅぅぅ」
「コロハさん!大丈夫ですか!?」
あまり走ると危ないと言おうとしたが、すこし遅かったみたいで転んだ音の後にコロハと鵺の声が聞こえて来た。
「どうしたんですか!?コロハさん!」
「はうううぅぅぅ・・・実は・・・」
「え!?ご主人が!?」
下から聞こえた会話の後、バサバサと飛ぶ音と微かな動物の足音が近づいて来た。
バン!
「ご主人!」「主!」
勢いよく開いた扉から鵺とフェンリルが入って来た。
「ご主人!大丈夫ですか!?」
「あぁ、心配かけたな」
「主よ。エレアと鵺から聞いたぞ、神格召喚を一人でやったそうだな。無茶をしたモノだ」
「あぁ、フェンリルにも迷惑を掛けた様だな」
「俺と鵺はまだいいが、主の奴隷たちは大変だったんだぞ。まあ、愛情の一撃を貰う事は覚悟して置いた方がいいだろう・・・特にシンティラのは強烈になるだろうからな」
「あー・・・うん・・・そうだな」
フェンリルがニヤリと笑って忠告して来た内容に、俺は苦笑いしか出来かなかった。
確かに俺はシンティラの電気が殆んど効かない様にはなっているが、本気で攻撃されれば多少ダメージを食らう。それがコロハと同様な形で抱き着かれてやられれば、結構キツイ。
これは少し覚悟をして置いた方がいいだろう。
「ともかく、主が無事で何よりだ」
「ホントですよ!で!?あの女神さんは『時の力』を与えるとか言っていましたが、どんな力を貰ったんですか!?」
鵺が興味津々に目を輝かせながら聞いて来た。
「は?」
「だ・か・ら!力です!あの時、女神さんが与えると言っていた力です!」
鵺に言われてようやく思い出した。確かに気を失う前にザフキエルは、俺に力を与えると言って去って行った。
しかし・・・
「そう言われてもな~・・・まったくそんな力を感じないからわからん」
「え!?だって、そのせいでご主人は倒れたんじゃないんですか!?」
「多分、そうなんだけどな~・・・」
俺は胸の前で腕を組みながら考えてみたが、やはりよくわからなかった。
確かに、ロクの記憶が力と言うのであればそうなのだろうが、『時の力』と呼べるかが微妙だった。
「まあ、その内わかるだろ・・・さて、3日ぶりにコロハの朝飯でも食べるかな」
「ちょっと!ご主じ~ん!」
今まで通り、考えてもわからない事は後回しにして、まずはコロハの作った久しぶりの朝ごはんを食べる事にした。
「ふ~ぅ・・・ご馳走様でした」
「フフフ・・・どういたしまして」
3日ぶりの食事という事もあり、今日の朝飯は小麦粉を練って団子状にしたものが浮いたスープだけだった。その団子も溶ける寸前の柔らかいモノで、まさに病人食と言ったところだった。
ダンダンダン!
飯を食い終わると、激しくドアを叩く音が聞こえた。
「なんだ?こんな朝早くに・・・は~い!」
ダンダンダン!
「今開けるよ・・っと!」
ガチャ!
「ご主人様!」「主!」
「おわ!」
ダン!
扉を開けると、シンティラとエレアが二人して飛びついて来た。不意打ちを食らった俺は二人を支えきれず、倒れてしまった。
「ご主人様!よかった!よかった~!」
「は!」
「ん?どうした?エレア」
涙を流して俺に抱き着くシンティラを見て、エレアが何かに気付いたように俺からすぐに離れた。
エレアの行動に俺が一瞬首を傾げたが、その答えはすぐにやって来た。
「ご主人様!ご主人様~!」
パリッ!パリパリッ!
抱き着きながら俺を呼んで泣いていたシンティラの背中から、放電が始まった。
「あっ・・・シンティラ!わるかったから、な?一回!一回落ち着こう!」
パリパリパリッ!バチッ!バチバチッ!
俺は必死に頭を撫でて、落ち着かせようとしていたが、段々と放電は強くなる一方だった。
「私!ご主人様が死んじゃうと思って!不安で!」
「わかった!わかったから!な!?このままだと確実に死んじゃうから!」
「ヒックッ・・・ご主人様~!エーン、エンエン!エーン、エンエン!・・・」
バリバリバリバリバリバリッ!
「痛い痛い痛い痛い!シンティラ!わかった!俺が悪かったから!痛い痛い!」
俺も電気を発生させてダメージを緩和させる事は出来るが、暴走させるほど生まれつき力が強いシンティラには勝てず、ダメージを食らってしまう。
シンティラがある程度落ち着いてから聞いたのだが、エレアがあの時急いで俺から離れたのは、俺が倒れた時もシンティラが強力な電気を発生させて大泣きしたからだと言う。その時は唯一、電気に耐性効果がある魔法具を付けていたエレアが俺に近づかない様に押さえてくれていたそうだ。
確かに俺自身も電気を発生させればダメージは少ないが、完全に意識を失った状態では命の危険もあっただろう。
激痛を感じながらも、必死にシンティラを押さえてくれたエレアには感謝しないといけない。
「ありがとう。助かったよ・・・エレア」
「あ、主が死んでしまっては・・・わたしも困るしな」
「心配を掛けて悪かったな」
俺の腰にしがみ付きながら、泣き疲れて寝てしまったシンティラを撫でながら、横に座ったエレアが今までの経緯を細かく教えてくれた。侘びも含めてエレアの頭を引き寄せて、頭を撫でてながらお礼を言うと、エレアは顔を赤くしながらも怒っているのか、若干頬を膨らませていた。
「主はズルい・・・」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもない・・・」
エレアがなにかポツリと零したが、聞き返すと「なんでもない」と言って俺の胸に顔を押し当てて来た。