73・因果
2話同時投稿です。
10年間行動を共にした相棒・ハチと別れ、俺は船舶庫の奥へと走った。
目から零れる涙を袖で拭いながら走っていると、頭に浮かぶのは6歳からのハチとの思い出ばかりだった。
笑いあったりケンカしたり、演習中は二人で作戦を考えたりお互いを助け合ったり、共に兄弟の様に過ごしてきた思い出が、涙と共に溢れてきた。
しかし、俺は全力で走っていた。
ハチやナナ、フタやサンの命を無駄にしない為に・・・。
「あった・・・」
船舶庫の最深部にあるドックに出ると、そこは置いてある4隻の船を見下ろすデッキになっていた。奥を見ると、倉庫唯一の入口が瓦礫に埋まっていた。
「フタの予想通り・・・あったな」
「あぁ・・・」
俺がイチに声を掛けると、イチは短く答えて悲しそうに船を見下ろしていた。
「ロク・・・急がないと、敵が来る」
少し感傷に浸っていると、イツが注意して来た。
聞こえていた地雷の爆発音からすると、敵は手榴弾などで誘爆させてこちらに向かっている様だった。
「そうだな、今は急ごう!イチと俺は爆弾をセットする!イツは燃料を集めて船に載せてくれ!」
「どの船にするの?・・・」
「そうだな・・・」
イツの言う通り、4隻の船はそれぞれ違う形だった。
「あれはどうだ?」
イチが指を向けた方を見ると、魚雷艇があった。確かに、ここから脱出した後、敵の船に遭わないとも限らない。
「そうだな。イツ、あれに積んでくれ!」
イツに指示を出すと、俺たちはそれぞれの作業に取り掛かった。
俺とイチは一度、別口から出て外の様子を見に行った。
「そんなに多量じゃないな」
塞がっているドックの入口を外から確認すると、大きな岩が塞いでいた。
しかし、手持ちのプラスチック爆弾で問題なく破壊出来る程度だった。
「どうやって仕掛ける?」
「そうだな・・・岩を割る爆弾と、一瞬遅れて瓦礫を吹き飛ばす爆弾に分けよう」
「わかった。じゃあ私が持っている方を吹き飛ばす様にしよう」
イチと短く打ち合わせると、早速作業に入った。
手分けをしてみんなが持っていた爆弾を岩にセットして、遠隔信管を挿していく。
岩には縦に大きく一本の亀裂が入っていたので、そこに手を差し込んで素早く上まで昇り、全体の爆発を予想しながら、爆薬の量を調整して仕掛けて行った。
「ロク!こっちは終わった!」
「よ!」
イチが声を掛けて来たタイミングで丁度、俺も作業が終わって岩から飛び降りた。
「こっちも終わった!」
「急ごう!」
俺たちは急いでドック内へ戻ると、丁度イツも終わった様だった。
「こっちも終わった・・・」
「よし!船を着水させよう!」
ドーーーーン!パラパラ・・・
「「「!!!」」」
突然、爆発音と共に建物が揺れた。
恐らく敵が建物に侵入して来たのだろう。
「急ぐぞ!」
二人に声を掛けて、船が乗った台車を力一杯押した。
台車は錆びついて動きが悪いが、少しずつ前へ進んでいた。
ガンガンガンガン!
俺たちが出て来た倉庫の扉を叩く音が鳴り響いた。
降りてくる時に鍵を掛けて正解だった。
「よし・・・もうちょっと・・・」
少しずつ進んでいた台車が、もう少しで水中へ続く下り坂に差し掛かろうとしていた。
倉庫内に響く、敵が扉に体当たりしている様な音が気持ちを焦らせていた。
そして・・・
ガクン!ゴロゴロゴロ・・・
ザバーーン!
台車の前輪が下り坂に落ち、勢いよく坂を下って船が着水した。
「よし!乗り込むぞ!」
バン!
二人に合図した瞬間、勢いよく倉庫の扉が開いた。
俺たちは船が浮かんでいる所まで岸壁を走り、次々に船へ飛び乗った。
ガン!ダダダダダダダダ!
イツが丁度乗り込んだところで敵が俺たちに気付き、発砲して来た。
「イチ!」
「ああ!伏せろ!」
イチが手に持っているスイッチ二つのスイッチをカチカチと一瞬の誤差を付けて押した。
ドッドーーーーン
凄まじい爆発音と爆風が俺たちを襲った。そして、そこからは眩い光が差し込んでいた。
「全員掴まれ!」
まだ爆発の煙が晴れていない中を、俺はフルスロットで突っ込んだ。
ガン!ガン!ガン!
後ろから発砲音がするが振り向く事は無く、真っ直ぐに光の元へ加速していった。
ガラガラガラ!
崩れるような音に目を向けると、進行方向の上に巨大な岩が落ちてこようとするのが見えた。しかし、スロットを落とす事無く突っ込んだ。
「クソーーー!間に合えーーーー!」
俺は叫びながらスロットとハンドルを握り締めた。そして・・・
ズッドーーーーン!ガラガラガラガラ・・・
巨大な岩が海に落ちて、多量の水飛沫が上がった。
それを合図に旧第8船舶庫が落盤に埋もれて行き、爆発音が微かに混ざった崩落音が鳴り響いていた。
俺たちは、海へ逃げ切った。
「フー・・・何とか、脱出したな。みんな無事か?」
「頭を少しぶつけただけが、私は心臓が止まるかと思ったよ・・・」
イチが額を抑えながら起き上がった。
「ロク、イチ・・・成功ね」
イチが立っている後ろから、イツも声を掛けて来た。
「あぁ、よかった・・・」
俺たちは島を出て西へ舵を向ける事にした。
西にはこの国の同盟国・コウがある。コウ国は基本的には混沌としていて、治安は決して良くは無い。
しかしニホンの本土に戻ったところで、別の訓練所に入れられるのが目に見えている。
だから俺たちは別の国で暮らそうとしていた。
「イツ。ちょっと、話したい事があるんだけど・・・イツ?」
しばらく船を操縦していた俺は、イツに気持ちを伝えようと船を自動操縦に切り替えてイツが居る船の最後部へ行った。
イツは船の最後部にある柵に寄り掛かって、目を閉じていた。
夜通し走っていたので疲れているのだろうとは思ったが、俺はイツの左隣にそっと腰を下ろした。
「なぁ、イツ。しばらく一緒の暮らそうって言っていたけど・・・しばらくじゃなくて・・・ずっと一緒に暮らさないか?」
「・・・・・・ロク・・・ごめん・・・ね」
「イ、イツ!?」
俺が、聞いているかわからないイツに気持ちを伝えると、イツがいきなり寄り掛かって来て・・・・・・
倒れた
「イツ?おい。おい!イツ!?」
よく見るとイツの息は荒く、苦しそうにしている様だった。
「おい!イツ!どうしたんだ!?イツ!しっかりしろ!」
「どうした!?」
俺がイツの名前を叫んでいると、船内からイチが出て来た。
「わからない!イツが!突然倒れて苦しそうにし始めた!」
「おい!イツ!私がわかるか!?イ・・・!!」
イツの右側に行ったイチの声が詰まった。
「イツ・・・お前、撃たれていたのか」
「なっ!イツ!しっかりしろ!」
イチの言葉に血の気が引いて行った。
イツが死んでしまう。
急いで傷口を確認すると、丁度胃の右側辺りに弾痕があった。
「イツ!しっかりしろ!」
「ロク・・・ごめん、ね・・・。約束守れなかった・・・」
「なに言ってるんだよ!イツ!」
「ロクも・・・もう、わかってるで、しょ?敵の弾・・・私の体の中で、広がってる」
イツの言う通り、ダムダム弾が胴体に当たれば助かる可能性は低い。
「ロク。イツの言うとおりだ・・・しかも受けたところは肝臓と膵臓・胆嚢があるところだ。恐らく、イツの体の中は、消化液が漏れて溶け出している」
「イツ!・・・」
俺はイツを強く抱き締めて、泣き出してしまった。
そんな俺の頬をイツの手がそっと撫でてきた。
「ロクって・・・そんな、泣き虫だった・・・っけ?」
「イツ!」
イツが上げた手を俺は強く握った。
「ロク・・・あなたは生きて。そして・・・来世で絶対に、私を恋人にして・・・ね?」
「イツ!わかった!わかったから!何でもするから!だから・・・だから!」
「イ・チ・・・」
「・・・なんだ?」
「ロクの事・・・お願い、ね」
「・・・あぁ。わかった」
イツがイチに微笑み掛けると、イチが強く頷いて答えた。
「イツ。おい・・・逝くな」
「ロク・・・ロク・・・スキ、だよ・・・」
「あぁ、俺もだイツ。俺もイツの事が好きだ」
「ロク・・・最期に、お願い・・・」
「・・・なんだ?」
「キス・・・してくれる?」
「あぁ・・・」
俺は涙を流しながらもイツの願いを聞いて、そっと唇を重ねた。
お互いの唇を求める様に口付けをしてからお互いを見つめると、イツは幸せそうに笑った。
「ロク・・・またね」
「イツ?」
微笑みかけて俺に別れの挨拶を言うとイツの体から力が抜けて、俺が握っていたイツの手がスルリと抜けて落ちた。
「おい・・・なぁ・・・おい!イツ!イツ!目を開けろよ!イツ!」
何度も声が枯れるほど大きな声で呼びかけても、イツは二度と目を覚ます事は無かった。
「イツとお前が羨ましい・・・私はフタと最期の言葉も交わせなかった・・・」
イチがそんな風に後ろで泣きながら呟いていた気がした。
もう動く事は無くなってしまったイツの体を抱きしめながら泣いていた俺は、突如意識が遠退き始めて倒れてしまった。
薄れていく意識の中で、イチが必死に俺の名前を呼ぶ声だけが聞こえていた。