68・育成所
「「タッチダウン!イェーイ」」パンッ!
訓練場に集合3分前に到着すると、俺とハチは声を合わせてハイタッチをした。
俺を起こした銀髪の少年。彼はハチと言って、俺のルームメイトだ。
そして、この施設は『第3特殊工作員育成所』と言って、戦争を行っているこの国・ニホンの命令で要人を暗殺したり、他国に潜入してスパイ活動をさせる為の人員を育てる為の施設だ。
ここに集められたのは親を無くした孤児や、戦地から連れて来られた子供ばかりだ。
こういった施設はここだけじゃなく、国内幾つか存在する。いずれも島などの隔離された所で、その中であらゆる格闘術・銃火器や武器・言語・情報収集などの知識を埋め込まれる。
その中でも、ここ『第3特殊工作員育成所』は暗殺・戦闘の名門とされている。
俺がここに来たのは7年前、6歳の時に連れて来られた。
その時から一緒に生活しているのが、ルームメイトで相棒でもあるハチだ。
「全く・・・あんたはなんでいつも忙しないの?ロク」
「あぁ、おはよう。ナナ」
後ろから声を掛けて来た同い年の女に振り向いて挨拶をした。
この金髪でベリーショートヘアのボーイッシュな女はナナ。俺とハチとナナは同時期にこの施設にやって来た。
それからというモノ、いつも一緒に行動している。そしてもう一人・・・
「おはよ・・・ロク」
「おう。おはよ、イツ。相変わらず眠そうだな」
この眠そうにしている銀髪のショートボブヘアの女がイツ。
こいつは俺らの翌年に来た奴だ。大体この4人で一緒に行動していて、ナナとイツはルームメイトでペアを組んでいる。
「ねむい・・・試験なんてめんどくさい」
「そう言うなって、これでも命がかかった試験なんだから」
そう言って周りに目を向けると、緊張している奴や顔を青くしている奴が殆んどだった。
「まぁ、俺たちは楽勝だろ?」
「ハチ!そんなに余裕ぶってるけど、この前の試験でクーに負けそうになったんでしょ?」
「ゲッ!ナナ、知ってたのか・・・」
「今回はしっかり勝ちなさいよ!」
「ヘイヘイ・・・」
ナナがハチに目くじらを立てながら怒っていると一人の男が一段高い台の上に立った。
「整列!」
号令と共に集まっている64人全員が縦横8列で整列した。
「これから定期試験を開始する!不合格の者は、どうなるかわかっているだろう!全員覚悟して取り掛かる様に!」
「「「「「はい!」」」」」
「それでは、組手から始める!イチからジュウまでは教官と行う!以下はこちらで決めた組みで行え!では、イチからジュウまでは佐々木教官について行け!」
「「「「「はい!」」」」」
そう言って俺たち4人を含め、10人はスキンヘッドの教官の元へ向かい、その場を離れた。
「イチからジュウ」と言うのは番号でもあるが、名前でもある。
ここに居る奴は全員名前が無い。それぞれは番号で呼ばれる様になっている。
つまり、五・六・七・八が俺たちの名前でもあり認識番号だ。
施設にやって来てから、上の番号が居なくなったら自動的に上がって行く仕組みになっている。
俺たちも30番台の頃があったのだ。
しばらく移動して別の訓練場に付くと、俺たちは一人一人教官の前に立った。
「それでは試験を始める!教官への有効な攻撃を与えられれば、合格とする!以上!それでは、始め!」
「「「「「お願いします!」」」」」
こうして定期試験が始まり、俺の相手は強面の角刈りの教官だった。
「さて、いつでもいい。噂の腕前を見せて貰おうか、ロク」
「はい」
俺は返事をして、構える事も無く立っていた。一方で教官は半身を引き、両肘を曲げて構えていた。
「・・・それが、噂に聞くお前のスタイルか」
「・・・」
俺は特に何も答えず、只々立っていた。教官が言う様に、これが俺の戦い方なのだ。
特に構える事も無く、相手の出方を伺う。
「チッ!」
教官の方が痺れを切らして、俺の方に走って来た。
その中で俺は教官の目や腕を見つめて、体の力を抜く。
そして、あと3歩にまで近づいて来たのを見計らって、俺も肘を曲げて迎え撃つようにした。
教官の目線は俺の鳩尾を狙っている様に見ているが、これはフェイクだとわかる。
この教官は4歩前を踏み込んだ瞬間、俺の左頬を見ていたのだ。
教官の拳が届く間合いに入った瞬間、教官の左手が一瞬動くがすぐに止まり、予想通り右手のフックが向かって来た。
その手に俺は左手の手刀で手首の関節を打ち込むと同時に、その手首を掴んで引いた。
この状態で俺は教官の体へ右腕の肘打ちを腹に入れようとしたが、既に教官の左手はそこをガードするように防がれていた。
このままでは間合いが短すぎて、俺も攻撃出来ないのでそのまま、右肩に教官の体を乗せる様にして投げ飛ばした。
ザザッ!
「なるほど・・・大した眼と判断だ」
「ありがとうございます」
投げた教官は地面で一回転すると、すぐに体制を立て直して話し掛けて来た。
「次はそうはいかないぞ!」
教官が言葉を口にすると、一気に間合いを詰めて拳打を撃って来た。
右からのフックを左手で流す様に捌き、左から来たストレートを左手で外側へ弾く様に腕に打撃を与え、その弾かれた腕が続けて左からのフックとして戻って来たのでそれを右手で再度外側に弾いた。
その反動を利用してか、間髪入れずに右からもフックが飛んで来たので、その手首に左手を添えて捻りながら自分の左側に引き、教官の右側から腹に右手の裏拳を打ち込んだ。
裏拳は体に接触したと同時に引き、腕を掴んでいた左手を離して教官の右顎に掌底を打ち込んだ。
教官の体勢が崩れた所で、右肘で教官の脇下を打ち、その衝撃でこちらに体が向いた瞬間肝臓にボディアッパーを入れてすぐさま体ごと引いた。
「ウッ!ァ・・・」
ドサ!
教官は腹を抱えて涎を垂らしながら、倒れて動かなくなった。
それもその筈。
初めは教官からの攻撃を捌いて、最後の右からのフックが来た時に腕を掴んで引きながら、鳩尾に裏拳をクリーンヒットさせている。その時点でも相当キツイだろうが、そこから左掌底で顎を打っている。
人間は顎をサイドから殴られると脳震盪を起こし、立って居るのもつらくなる。そして、最後にダメージが内臓に残る様に打った瞬間に引いたレバーフック。
人間の急所を3連撃されれば、いくら鍛えている男でもノックアウトしてしまう。
「ありがとうございました!」
最初の立ち位置に戻り、倒れている教官に向かって大きな声で礼をすると、他の職員が駆け付けてその教官を担架で運んで行った。
「ロク!合格!」
「はい!」
合格通知を貰った後に周りを見てみると、組手が終わって居たのは俺の他に2人だけだった。
一人は俺と同時に終わったイツ。もう一人は、恐らくこの施設最強だろう明るいブロンドの髪をショートカットにした女、イチだった。
横目で見ていたが、イチの奴は開始30秒で組手を終了していた。
こいつはとにかくヤバイ。いつも無表情で、攻撃に容赦がない。
過去に試験中の教官を殺している実力の持ち主だ。厳重注意を受けて以来は手加減しているようだが、教官を殺した時なんて10秒で終わらせていた。
「あいつは化け物か?」
「お前も・・・人の事、言えないけどな。はぁ・・・はぁ・・・」
俺がイチを見ながら呟くと、ハチが息を切らしながら声を掛けて来た。
「お!終わったのか」
「あぁ。なんとかクーとナナには勝ったぜ!」
「え!?ナナに勝ったのか!?」
ハチの言葉に驚いてナナの方を見ると、丁度教官が担架で運ばれて行くところだった。
「悔しい!ハチに後れを取るなんて!」
「まぁまぁ。5分切ってるだけいいだろ?」
そう言って周りを見ると俺たち4人とイチ、それと二は試験が終わって居たが、残りの4人はまだ戦っていた。
「ロクとイツは相変わらずスゲーよな!」
「私はそんなにすごくない・・・。有効打を入れて終わりだもん・・・。ロクの場合は完全に教官を倒してたし・・・」
「いや、イツ。あんたもロクも本気でやったらもっと早いでしょ・・・」
「俺はともかく、イツは楽勝だろ?俺より強いんだし」
俺たちの番号は特に数字が若いから強いと言う訳では無いが、俺よりイツの方が強いのは事実だ。
だが、イツはいつもやる気が無いので手を抜いている。基本的には合気道を主として、相手の力を利用して勝つやり方を取っているのだ。
そうこうしている内に他の4人も組手を終えて、全員無事合格した。
その後も、射撃・ゴム弾を使った模擬戦・木刀を使った試合(教官と1対1・二十以下の認識番号の奴5人対1)・2人一組で森の中での戦闘などの試験を通過して行った。
「あぁ~~~疲れたな!」
「あぁ。ハチは前回に比べて成績、良かったんじゃないか?」
「当たり前だ!相棒のロクに追いつく為に、これからも強くならなきゃな!」
「フンッ!期待してるよ」
ハチがガッツポーズをして気合を入れているのを鼻で笑いながら、俺たちは最後の試験場に向かっていた。
「これで最後か・・・今回何人居るんだろうな?」
「さぁ。この前は1人につき、2人だったか?」
「いや、それは成績上位3人のお前とイツとイチだけだ。あとは1人ずつだったぜ」
「まあ、とっとと終わらせよう」
「そうだな」
そう言って俺らは最後の試験場に入ると、そこには二つの扉があり、そこに一人の教官が立って居た。
「ロク、ハチ!これから最終試験を行う!」
「「はい!」」
「ロクは右側、ハチは左側の扉へ入れ!」
「「はい!」」
俺らは教官の指示に従いそれぞれの扉に入って行った。
中に入ると鍵が閉まり、試験が終わるまで外には出られない様になっている。
20m四方の部屋の片隅には太刀・短刀・槍・棒・ナイフ・斧等々、銃等の遠距離武器以外の物が並んでいた。
その中から短刀を二本選んで待っていると、扉が開き2人の少年が入って来た。
「今回は2人か・・・」
入って来た2人の少年は顔を青くして怯えていた。その顔は見覚えのある顔でもあった。
朝、集合場所に並んでいた時に青い顔をしていた少年たちだった。
「さて、もうすぐ試験が始まる。武器を選んでおきな」
俺が言葉を発すると、少年たちはビクッと体をビクつかせ涙目になっていた。
しばらくすると二人の少年は意を決したように、それぞれに武器を手に取り始めた。
「これより、ロクの最終試験を始める!」
少年二人が武器を取ると、天井付近の小窓から教官の声が響いた。
「三二、並びに六五の生命活動停止を合格基準とする!三二、並びに六五はロクを生命活動停止にすれば、訓練復帰を認める!以上!試験開始!」
教官から試験の合否基準と試験開始が伝えられた。
そう、最終試験は『武器を使っての戦闘、及び殺害』だ。