67・前の・・・
広間の中央に陣取る魔法陣の縁に立ち、気合を入れて大きく息を吸い込んだ。
鵺にはすぐに逃げられるように、広間の天井にある小窓で待機して貰った。
正直、『Grimoire de Grande mage』と記憶の片隅にある旧約聖書の文を繋げた詠唱なので、成功するかどうかわからない。しかし、広間の何処にも詠唱の文が無い以上は、考えるしかないのだろう。
目を閉じて集中し、広間の空間を魔力で満たしていく。
まだ魔法陣には魔力を通していないのにも関わらず、徐々に薄らと紫色の光を放ち始めていた。
広間を魔力行き渡らせたところで、いよいよ魔法陣に魔力を注ぎ始める。
薄く光っていた魔法陣はその光を強めていった。
ここまでの作業で違和感を感じていた。それは魔力の消費量が思ったよりも少ないのだ。
どうやら理屈はわからないが、この広間自体に魔力を補助する仕組みがある様だった。
魔法陣が強く光り出したところで、いよいよ詠唱を歌う為に息を吸い。言葉を紡ぎ始めた。
「Deus pulchra de humo omne lignum ad vescendum et in exemplum, et additionem suave lignum etiam vitae in medio paradisi lignumque scientiae boni compulsus est, et malum.(主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。)」
深く腹から出す声は広間に反響し、それに呼応するかのように魔法陣に組み込まれた文字が強弱を付けて光っていた。
「Ingentes arbores subrepat rei gratia in nos confirmata est, decem.(大樹は実を宿し、十の恵みを我らに授けられた。)」
呟く様に、そして歌う様に、魔力を送りながらの詠唱は流石にきついモノがあり、額からは汗が流れては足元に落ちていった。
「Sordida ulterius pro veritate, accepi iudicium dei suspicimus in hoc corpus.(卑しき我らは更に実を欲し、神の裁きをこの身に受けた。)」
やっと詠唱の半分まで来たが、魔力も残り半分と言ったところになってしまった。
「Sordida de paradiso vescemur provocabis ad aliudque.(楽園を去りし卑しき我らは、重ねて懇願する。)」
より一層魔法陣の光は強くなり、そして遠くから次第に詠唱に合わせる様に鐘の音が聞こえて来た。
「Manuducitur luce Saturni invitationis ad adipiscendum intellectu quaerimus matris supremus velit.(土星の光の誘いに導かれ、理解を求め、我は至高の母へと願い求める。)」
魔法陣が一層強くなり、そこから光の粒子の様な物が舞い上がって来た。
「Si haec vox in viis audita est. Zaphkiel. Volo videre soleat dominae tueri Elohim.(この声が聞き届けられたのなら。ザフキエル。エロヒムを守護する貴女に一目会いたい。)」
舞い上がって来た光の粒子は魔法陣から上がる光の柱となり、その奥から人型の様な影が次第に現れた。いよいよ最後の節に入った。
「Quid quaeris audire non vult. (どうか、願いを聞いてくれないだろうか。)」
「・・・いいでしょう」
最期の節を唱え終わると、そこには大きな白い羽を持った天使・ザフキエルが立っていた。
周りには光の粒子が舞い、幻想的な姿を際立たせていた。
既に相当な魔力を消費していた俺は片膝を折り、跪く形で対面していた。
「理解する者よ。良き歌声、しかと聞き届けた」
「勿体無いお言葉です」
「して、我を呼びし者よ。この神殿で我を呼んだという事は、そなたの願いは力か?それとも理解か?」
「・・・恐れながら、伺いたい事が御座いまして」
「ふむ、申してみよ」
ザフキエルの許可を得て一呼吸置き、一番の疑問を投げかけた。
「この神殿は時を司るクロノス様の神殿と認識しております」
「うむ。間違いない」
「では、なぜこちらにある記述がザフキエル様のモノなのでしょうか」
「・・・・・・それはどういう意味だ?」
俺の問い掛けに、ザフキエルが一瞬言葉を詰まらせた。
「恐れながら。私の微量に持つ知識から、時を司る天使様はアルケー様と認識しておりました」
「・・・して、それを聞いてどうする」
表情は逆光でよく見えないが、ザフキエルの声は明らかにこちらを疑っている様だった。
しかし、次の俺の言葉にそれも消えた。
「・・・なにも」
「なに?」
「なにもありません。ただ、愚かな私の知識欲の為に」
「・・・・・・プッ!アハハハハハハ!」
俺が理由を答えるとザフキエルが噴き出して笑い始めた。
「そのような事を聞く為に我を呼んだか」
「恐れながら」
「ククククッ!ひ、久しぶりにこんな愚かな奴を見たの~」
確かに呼び出した理由は下らないかもしれないが、そこまで笑う事では無い様な気がするが・・・
「まあ、良い。その疑問に理解を与えよう。そなたの知識は間違いではない。現在の時の天使はアルケーじゃ」
「そうでしたか」
「あぁ。では、なぜ我が時の天使としてこの神殿に記述があるかと言うとな、我は前任なんじゃ」
「・・・前任?」
「そうじゃ。アルケーが時の天使になる前、我がその任についていた。この神殿を作った子等は、その知識のままに我の導きの地としたんじゃ」
「なるほど、理解に及びました」
天使に後任制や昇格があるとは知らなかったが、確かにそういった理由があるならば納得できる。もっとも、人の記録は旧約聖書から始まっているのだから、それより前となると確認しようがない。
「はぁ~・・・久しぶりに笑ったの~。そなたのお蔭じゃな。我を楽しませてくれた礼と歌声と正しき理解を評価して褒美を与えよう」
最初とは違う明るい声で、ザフキエルが手を俺の頭に置いた。
「褒美として、そなたに力を与えよう。ここは時の神殿、時の力を与えよう」
「ありがたく、頂戴致します」
貰えるモノならば貰っておこう。そんな風に安易な考えをした事によって、俺はすぐに後悔する事になった。
「精々壊れない様にな・・・」
「え?」
ザフキエルが呟いた言葉に顔を上げると、既にその姿は何処にもなかった。
魔法陣は光を失い、広間の天井から光の粒子だけが静かに降りて来ていた。
「最後のは一体・・・ガっ!」
ザフキエルの最後の言葉に疑問を持った瞬間、強烈な頭痛が襲って来た。
気が狂いそうな程の激痛に息も出来ず、頭が割れる様に痛い。
近くで鵺が俺を呼ぶ声も微かに聞こえるが、それも耳に届かない程の激痛。
その激痛の中、早送りの様な映像が頭の中に流れ込んできた。
(こ、これは・・・!)
疑問が浮かんでも、すぐに考える事を強制的に中断させられる。
痛みで気が狂いそうになるが、やはり痛みで正気に戻る。
そんな繰り返しを何度しただろうか。悶えながらも近くにシンティラとエレアが近づいて来た事がわかった。
しかし、そこで俺の意識は途絶えた。
「・・・ク・・ロク・・・」
(ん・・・誰だ?)
「おい!ロク!」
「ん?誰だ?」
誰かを呼ぶ声で目が覚めると、目の前には銀髪の少年が居た。
「寝ぼけてんじゃねーよ!今日、定期試験だろ!」
「ん?・・・試験?」
「いつまで寝ぼけてんだ!遅れると殺されるぞ!」
最初は少年が何を言っているか解らなかったが、次第にハッキリと状況を思い出して来た。
辺りを見回して壁に掛けてある時計を見た瞬間。目がしっかりと覚めた。
「げ!集合15分前じゃねーか!」
「だから起こしてやったんだろ!」
「ハチ!起こすならもっと早く起こせ!」
「な!起こしてやっただけありがたいと思え!」
急いで洋服を着替え、ハチと一緒に部屋を飛び出して集合場所に急いだ。
「おら!急ぐぞ!」
「さっきまで寝てた奴が偉そうに言うな!」
集合場所は建物二つ先にある訓練場だ。ダッシュしてもギリギリである。
「仕方ない!ロク!飛び降りるぞ!」
「当たり前だ!」
ハチが叫んだ瞬間、俺はそれに賛同して廊下の窓からジャンプした。
飛び降りた窓は5階の高さだったが、3階建ての建物がすぐ横にあり、その屋根に飛び移った。
すべての体の動かし方や力を入れるタイミングが身に染み付いていた。
「よし!ここまでこれば、余裕だろ!」
「ハチ!余裕と言っても、あと5分だぞ!」
「そこの建物を降りれば、集合場所だ!もう余裕だろ!」
そして二人同時に訓練場へと飛び降り、着地と同時に前転して衝撃を殺した。
「「タッチダウン!イェーイ」」パンッ!
訓練場に集合3分前に到着すると、俺とハチは声を合わせてハイタッチをした。
さて、突然ですが主人公が交代しまして、これから予定では73話位まではロク編が続きます。
もしかしたら伸びるかも・・・
ロク編は全体的に戦闘シーンが主なので、そういうのが苦手な人は要注意です。
っと言っても、そこまでの文章力が自分にあるかどうか・・・
まあ、出来るだけ見て頂けると嬉しいです。意外と重要なので・・・