66・時(とき)の遺跡
ゴブリンを倒しながら森の中を歩く事2時間、ようやく『時の遺跡』に到着した。
「やはり住み着いてすぐだから、昼間に動いているゴブリンが多かったな」
「ん?そういうモノなのか?」
エレアが呟いた言葉に俺は疑問を投げかけた。
エレアが言うにはゴブリンは基本的には夜行性なので、道中の遭遇率もそこまで多くなかったが、普通よりは活発になっている様だった。
「さて、これから中に入る訳だが・・・正直全員で攻撃すると遺跡が崩壊しかねないので、基本的には誰か一人が攻撃。残り二人がサポートって形にしようと思う」
「わ、私が攻撃してもいいですか?」
遺跡内の行動について提案すると、シンティラが手を上げて立候補してきた。
「うん・・・そうだな。シンティラの攻撃はサポートに向かないから、攻撃役の方がいいかもな」
エレアもシンティラの電撃を特訓中に何度も見ているので、その性質を理解しているようだった。
シンティラの攻撃は問答無用で前方向に殆ど致死量の電流を放出する。
俺は微弱な電気を発生させていれば直撃しても問題はないが、エレアそうではない。
一応、エレアにはルーンを刻んだブレスレッドを渡しているが、完全に無効に出来る物では無いので当たれば痛みを伴う。
「じゃあ、シンティラが攻撃役、俺とエレアはサポートだ。エレアは魔法具があると言っても、当たればダメージを食らうからな。絶対シンティラの前に出るなよ」
「あぁ、わかってるよ。わたしもあれを食らいたくないからな」
一度特訓中にエレアはシンティラの電撃を受けてしまった事があった。
水魔法の練習をしていたエレアには、シンティラと大分距離をとって練習するように言っておいたが、その理由を言わなかった俺のミスだった。
練習していた場所に若干の高低差があり、シンティラの攻撃している先にエレアが練習で出していた水が流れてしまったのだ。
距離が離れていた事もあり怪我も特に無かったが、相当な激痛が全身を駆け巡ったそうだ。
その日中に急いで、エレアのブレスレットを作った事は記憶に新しい。
ブレスレットを作っている間、エレアは興味深々で作業を見つめて、渡した時なんて女の子らしく興奮して喜んでいた。
「しかし本当にこんなブレスレッドで、シンティラのあの攻撃が効かなくなるとは・・・」
「ご主人なら当然です!」
「別に効かない訳じゃなくて、大幅に軽減できるだけだ。さっきも言ったがダメージは食らうからな」
「わかった」
エレアがブレスレットの機能に改めて感心すると、毎回の如く鵺が得意げに言って来た。
もう毎回の事だから反応するのも面倒になって来たが、エレアやシンティラに影響しない様にだけ気を付ける事にしよう。
「じゃあ・・・」
パチン!ボボボッ!
「行きますか」
前回のゴブリンの掃討戦で使った『照炎』を指を鳴らして周りに10個ほど浮かべて、早速遺跡の中へと足を向けた。
「なんだ、これは・・・」
奥から時偶来るゴブリンを倒しながら進むと突然、通路の雰囲気が変わり、エレアが驚きの声を上げた。
そこには2つから4つの小さい丸を線で繋いだ模様が左右の壁にビッシリ書かれていた。
シンティラは首を傾げて何事かと不思議そうにしていたが、エレアには衝撃的の様だった。
それもその筈、エレアはルーン文字を解読しようと研究していたせいもあって、この壁に書かれた模様が只の模様で無い事に気付いたのだ。
「天使文字か・・・」
「テンシ文字?主にはこの模様の意味がわかるのか!?」
「あぁ」
俺が壁に彫り込まれた模様に触れながら呟くと、エレアが驚愕の声を上げたので、俺は短く肯定した。
天使文字とは
文字通り天使が使用しているとされる文字(アルファベット)である。現在では、ジョン・ディーが使用していたものを「エノク文字」、『モーセの剣』の中でも出て来る『ラジエルの書』などに使用されていたとされる文字を「天使文字|(天使のアルファベット)」と呼んでいる。ただし、ジョン・ディーは自身では「エノク文字」という言葉は使用しておらず、彼が水晶玉の中に見た文字こそ、「天使文字」と同じものであると信じていた。
俺の持っている『Grimoire de Grande mage(大いなる魔導師の魔導書)』は『モーセの剣』とソロモンの小さな鍵(レメゲトン)を元にして作られた魔導書なので、その中にももちろん天使文字で書かれたページも存在していた。
「これって文字なんですか・・・ご主人様。なんて書いてあるんですか?」
「ここの神殿が何の神殿なのかが書いてある」
「主、ここは『時の遺跡』と聞いていたが違うのか?」
「う~んと・・・今読んでみるよ」
バリバリ!
「「ギィイイィィ!」」
俺が壁の文字を読んでいる横から、ゴブリンの悲鳴と電撃の音が聞こえていた。
ここに来るまでにもシンティラが攻撃していた。前は肉片も残らない程の電撃だったが、今は即死するだけに留められるようになっているようだ。
そんなシンティラの成長を心の中で喜びながら、俺は文字に目線を移した。
「どうやらこの遺跡の名前は『クロノスの神殿』らしい」
「クロノス?それは、フェンリルの様な奴が居るって事なのか?」
「いや、クロノスは人型の神の名前だ。それにフェンリルとは違う地域の神だし、封印されているとは限らない」
クロノスはギリシャ神話に出て来る神の名前だ。
ギリシャ神話では、「時」を司る神にクロノスとカイロスの二人がいる。クロノスは「時間」を、カイロスは「時刻」を司っている。
クロノスは、過去から未来へと一定速度・一定方向で機械的に流れる連続した時間を司り、
カイロスは一瞬や人間の主観的な時間を司っている。
「なるほど・・・神の神殿という事は、昔の教会の様なモノと考えていいのか?」
「そうだな。ただ、村の伝承によると、遺跡には神を呼び出す方法が隠されていると言われているらしい」
「な、なんだと!?そんな事が可能なのか!?」
「いや。ここに書かれている限りでは、クロノス本人を呼び出す訳ではないようだ」
俺自身も『クロノスの神殿』という記述を見た瞬間、エレアと同じ事を考えた。
しかし、読み進めて行くと「神の御使いに声を届け、汝との契約を果たす約束の地」という文があった。つまりクロノス本人ではなく、クロノス仕える使者を呼び出す為の神殿のようだ。
「そうなのか。それで主、その使者って言うのは何者なんだ?」
「う~ん・・・それが、名前が書いていないんだよね」
「え?」
そう。さっきから文を読み進めているのだが、一向に名前が出て来ないのだ。
時間を司る天使としては権天使のアルケーが思いつくところだが、どうやら壁の文字を読んでいる限りではそうでは無いようだ。
「ご主人様~!」
「オァ!」
文字を見ながら考え事をしていると、シンティラが抱きついて(タックル)来た。
「全部終わりました~!」
「え!?奥まで一人で行ったの!?」
「はい!」
どうやら、俺が壁に彫られた文を読みふけっている間に、シンティラは一人でゴブリンの掃討を済ませてしまったようだ。
シンティラは満面の笑顔で報告してきた。
「シンティラ、すごいな!よくやった!」
「エヘへへへ・・・」
「や~、シンティラちゃんすごいですね!」
俺と鵺が少々大げさ気味だが、シンティラを褒めて俺が少し強めに頭を撫でてやると、照れ臭そうに笑って来た。
やはりシンティラはかわいい。
「主。主ならこの神殿で神・・・というか神の使いを呼び出す事が出来るのではないか?」
「そうです!ご主人なら楽勝ですよ!」
「う~ん・・・そうだね。まあ、折角ここまで来た事だし試してみようかな?」
「ご、ご主人様!がんばってください!」
「あぁ、ありがとう」
エレアと鵺の提案に安易に乗っかり、シンティラのエールを貰ったところで、本気で召喚をしようと再度文字に目を向けた。
「お~・・・結構中は広いな」
壁に彫られた文字を読み進めて行くと、最深部の広間に出た。
最深部には窓が幾つかあり薄暗さはあるモノの、その光の具合が広間の神秘性を強調させていた。
辺りにはゴブリンの死体が無数に転がっているが、壁などには特に被害は無かった。
そういった部分が、シンティラが力の加減を覚えてきている証拠でもあって、少し嬉しさを感じていた。
とりあえずゴブリンの死体が邪魔なので、ゴブリンのリーダーが持っている小振りの剣の様な石を探し、後のゴブリンは首を飛ばしてから窓の外へと放り投げていった。
「よし、全部片付いたな・・・しかし、また大きいし複雑だな・・・」
ゴブリンの死体を全部片付けると、広間の床には大きくて幾つもの円が重なったような魔方陣が出てきた。
俺はとりあえず、魔方陣に書かれた呪文を読み解く事からはじめた。
「ふむ~・・・」
「主。何かわかったのか?」
魔方陣に書かれた呪文を一通り見て呻っていると、エレアが横から顔を出してきて聞いてきた。
「まぁ、この魔方陣が何を呼び出すのかはわかったけど・・・そんな能力あったかな~」
「ん?それはどういう事だ?」
「あぁ。この魔方陣は間違いなく天使を呼び出す魔方陣なんだけど、その呼び出す天使がちょっと引っかかるんだよね~」
エレアは何がなんだかわからず首を傾げていた。
そして、俺も同時に首を傾げていて、その様子を見ていたシンティラもなぜか首を傾げていた。
俺が疑問に思っている事。それは召喚される天使がザフキエルだったからだ。
座天使・ザフキエル
その名は「神の番人」を意味していて、生命の樹のビナー(理解)の守護天使であり、座天使の指導者ともいわれる。ビナーとは至高の母と呼ばれ、成熟した女性で表される事が多い。
さて、問題はこの天使の役割である。
俺の知っている記録や『Grimoire de Grande mage(大いなる魔導師の魔導書)』にも載っている記録だと、この天使が時間を司っている記録は無い。7大天使である権天使のアルケーであればまだわかるのだが、そもそもクロノスとの親和関係もどの書物にも載っていない。
つまり、『時の神殿』と『クロノスの神殿』がイコールだという事は疑いようもない。しかし、『クロノスの使者』と『ザフキエル』がイコールでは無い事が疑問に感じてしまっているのだ。
「ご主じ~ん!ここにも何か書いてありますよ~!」
俺が悩んでいると、鵺の呼ぶ声がした。そちらに目を向けると何やら別の字体で書かれた文があった。
「これは、魔法語で書いてあるようだ」
「ん?エレアはこれが読めるのか?」
「これでも魔術師になろうとして勉強はして来たからな!・・・うーん、少しだけ読める」
魔法語、つまりラテン語で書かれた物だとエレアがわかったので、もしやエレアもラテン語が読めるのかと思ったが、最初は勢いがよかったが、最後の方は声が小さくなっていってしまった。
「つまり、ほとんど読めないんだな・・・」
「わ、悪かったな!魔法語は難しくてわかり難いんだよ」
エレアの図星を突くと恥ずかしかったのか、顔を背けてしまった。
最近ではあるが、言葉使いこそ悪いが、こういうちょっとした女の子っぽいところが段々かわいく見えて来ていた。
まあ、あまりいじめるのも可哀想なので、今はそっとして置こう。
「えーっと・・・なるほど。召喚する時は詠唱を歌で唱えて捧げよって書いてあるな。・・・なるほど、だから『奥にある石碑の文字はわかっても呼び出せない』か」
ここでやっと前にコロハが『言い伝えでは選ばれた者以外は何も起こらない』と言っていた理由がわかった。ラテン語だけ読めても、壁に彫られた物や魔方陣の天使文字に変換された古代ギリシャ語が解らなければ、何が召喚されるのかすら解らないのだ。
「とりあえずやるだけやって、わからない事は本人に聞いてみるか!」
考えていてもしょうがないので、とにかく呼び出してみてから直接本人に聞いてみる事にした。
「悪いがエレアとシンティラは遺跡の外で待っていてくれないか?」
「「え!?」」
『Grimoire de Grande mage(大いなる魔導師の魔導書)』を開き、
何が起こるか解らないという事もあって、一旦神殿から出て貰おうと思ってエレアとシンティラに外で待つように言うと、声を揃えて目を向けて来た。
「ご、ご主人様・・・大丈夫なんですか?」
「主!神格召喚を一人でやるなんて危険すぎる!」
エレアの心配する事もわかる。つい先日ヘルを召喚する時に身を持って思い知っていた。確かに神レベルを召喚するのは膨大な魔力を消費するのだ。しかし、ここまで古い建物だと崩壊する事も考えられるので、何かあった時に二人を守れない可能性が大きいのだ。
「言いたい事はわかるが、何か起きた時にシンティラとエレアを守れる自信が無い。念の為、外に居てくれた方が安全なんだ。まあ、もし何かあったら鵺が呼びに行くよ」
「しかし!・・・・・・・・・わかった」
「え!?」
エレアが一瞬反論しようとしたが、言葉を噛み殺して頷いた。
エレアの横に居たシンティラは驚きの声を上げていた。
「なんで!?エレアさんはご主人様が心配じゃないんですか!?」
「心配だが、わたし達が居ると主の邪魔になってしまうんだ」
「そんな!」
「シンティラ、大丈夫だ。何かあったら、すぐに鵺が呼びに行くから・・・」
シンティラは納得いっていない様だが、宥める様に頭を撫でてやると渋々顔を立てに振って了承してくれた。
「さて・・・はじめますか!」
二人が神殿の外へ向かうのを見送ったあと、召喚陣の縁に立って気合を入れた。