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64・女神

辺りには風で揺れる草と虫の音色が響き、空には雲一つない満天の星空が広がっていた。

いよいよヘルを呼び出す時が来た。


「これは、すごいの~・・・」

「これが・・・死者の国の門ですか・・・」


コロハと一緒に簡易的に作った車いすの様な物にゲンチアナを乗せて、昼間作った門の前へ連れて来た。

コロハ達は家の横に突如出来た高さ10m・幅5mの巨大な門の前に、驚きの声を上げていた。


「婆さんとコロハにここまで来て貰って悪いんだが・・・正直、成功するかどうかはわからない・・・。その時は、俺が責任を持って婆さんを・・・あの世に送る」


俺が術に失敗した時の事を伝えるとコロハが祈る様に目を瞑り、下を向いた。

しかし、俺も出来ればそんな事はしたくない。なにが何でも、成功させるつもりではあった。


「じゃあ、始めるぞ・・・」


そう一言伝え、俺とフェンリルは門の前に書かれた魔法陣の上に立った。

その魔法陣からはいくつもの線が、森や平原へ伸びていた。

その線の先には、昼間に書いた魔法陣へと繋がっている。そして一際太い線が一本、巨大な門へと繋がっていた。


魔法陣の中央に立って深呼吸をする。

俺だって、ゲンチアナを殺すのは嫌だった。

それだけに、失敗が許されない初めての魔法に緊張してしまっていた。


しばらくすると、俺の立っている魔法陣が光だした。それに続いて、森の中や平原のあちらこちらで発光が始まった。

周辺に作った魔法陣は全部で12ヵ所。そのすべてへ均等に魔力を注いでいく。

最初は少量を流して行き、次第に魔力の量を増やして行く。

初めてという事もあり、中々それぞれの魔力量が安定しない。

急激に魔力量を上げてしまうと、それぞれの魔法陣の均衡が崩れて、門の魔法陣が発動しないのだ。



どれくらいの時間が、経っただろうか・・・。

徐々に上げていた魔力量は魔法陣一つだけでも、とてつもない量になっていた。

フェンリル曰く、本来はこの儀式をする時は、大きな魔石をいくつも使ってやるモノらしい。

しかし、そんな物を用意する時間は無かったので、今回は全部自前の魔力でやると言う無謀極まりない事を行っている。

12ヵ所の魔法陣は魔力を蓄える役目をしており、それが溜まったら、一気に門へぶつけると言う様になっている。


「クッ!」

ザッ!


魔力の放出し過ぎで、体がフラついて来てしまう。

全身は既に汗でびしょ濡れになり、手足も震え始めていた。


(もう少し・・・もう少しで・・・)

「クッ!」

ザシュ!

「ミツルさん!」


その時、限界を迎えていた足がとうとう体を支えられなくなってしまって、膝から崩れ落ちた。

しかし、ここで魔力を止める訳にはいかなかった。

膝をついたところで、踏ん張り、俺は魔力の操作に集中しながら魔力を溜め続けた。



そして、その時が来た。



「フェンリル!」

「ワオオオオオォォォオォォオォォォォォン!」


俺が合図を送ると、鼓膜が破れるかと思う程の遠吠えをフェンリルは放った。

その声と共に、12ヵ所に溜めていた魔力が一斉に門の魔法陣に流れ込み始めた。


土色だった門は深い紺色に染まり、魔法陣だけが青白い光を放っていた。


ドサッ!

「ミツルさん!」

「来るな!」


俺が限界を迎えて倒れると、コロハが駆け寄ろうとして来た。その瞬間、フェンリルから怒号が飛んだ。


「まだ、終わっていない。魔法陣に入るな!」

「・・・・・・はい」


コロハが納得して、ゲンチアナの横に戻ったのを確認すると、再度フェンリルは大きく息を吸ってもう一度、遠吠えを放った。


「ワオオオオオォォォオォォオォォォォォン!」

「二回も呼ばなくても聞こえてますわ」


遠吠えの直後、女性の声がどこからともなく聞こえて来た。

その瞬間、あたりは時間を停めたかの様に音が無くなり、先ほどまで風に揺られていた草木もピタリと止まっていた。

そしてゆっくりと、重く鈍い石の擦れる音と共にその巨大な門が開き始めた。


「フッ・・・久しぶりだな、ヘル。元気そうで何よりだ」

「フェンお兄様こそ、お変わりない様で・・・」


門の中から出来たのは体の左半分が大きな痣のように黒い色をした少女だった。

この少女こそ、俺たちが呼ぼうとしていた女神。フェンリルの妹にして、死者の国の管理者のヘルだ。


「お会いするのは3000年ぶりでしょうか?」

「いや。ラグナロク前からだから、4000年は会っていないだろう」

「そうでしたか・・・ヨルお兄様は?」

「さぁな。今は何処に居るかもわからん」

「そうでしたか・・・それで、フェンお兄様?私をお呼びになったという事は、何かあるのでしょうか?」


少女は可愛らしく首を傾げて、フェンリルに問い掛けて来た。


「あぁ。老婆を一人、預かって貰う事は出来ないだろうか?」

「預かる・・・ですか。っと言う事は、(のち)に呼び戻すという事でしょうか?」

「あぁ、そうなる」

「そうですか・・・」


フェンリルの言葉にヘルが口元に指を当て、少し考える様にした後、顔を上げて返答を口にした。


「わかりました。フェンお兄様の頼みです」


その言葉を聞くとコロハの顔が喜びの色に変わった。


「助かる。ありがとう、ヘル」

「ただし、いくつか条件があります」

「だろうな・・・バルドルやその他の蘇生の時もそうだった」

「えぇ。まあ、大概はお父様が送られた方達でしたので、今回はそこまで難しい事を言うつもりはありません」

「お手柔らかに頼む」


フェンリルが頭を下げると、ヘルは優しく笑顔で頷いてゲンチアナの方を向いた。


「あの者ですね?」

「あぁ」

「祈願者はフェンお兄様自身でしょうか?」

「いや。そこに倒れている者と老婆の横に居る少女の願いだ」

「そうですか・・・」


しばらく、相変わらず倒れたままの俺とコロハを見た後、静かにゲンチアナの元へ近づいて行った。


「はじめまして。フェンお兄様の依頼で貴方を死の国へお招きしましょう」

「お初にお眼に掛かりる。儂はゲンチアナという者じゃ」

「ゲンチアナ・・・名前が逆なのではないですか?」


ゲンチアナが名乗ると、ヘルが不思議そうな顔をしてゲンチアナに質問していた。

俺もコロハも、ヘルの言っている事がわからなかったが、ゲンチアナだけが少し口元を緩ませていた。


「生来の名前と言うなら『チアナ・ゲン』と申す。ただ、随分と長い時間を『ゲンチアナ』として生きて来たんでの。今はこれが儂の名前じゃ」


コロハと俺は一瞬驚いたが、それを察したのか、ゲンチアナが目線を送って少しだけ申し訳なさそうに笑って来た。


「そうでしたか・・・隣のあなたはゲンチアナの孫かしら?」

「は、はい!コロハと言います!」

「そう・・・では、二人に蘇るにあたっての条件を伝えます」

「は、はい!」

「まず、ゲンチアナ。3年の年月はこちらの世界へは来れません。そして来れる様になったとしても、この世界に居続ける事は出来ません」

「・・・あぁ、わかった」

「次にコロハ」

「は、はい!」

「ゲンチアナの血を継いでいる貴方しかゲンチアナを呼ぶ事は出来ません。そして貴方の孫が生まれる迄、それが呼び戻せる期間とします」

「わ・・・わかりました」


ヘルの条件にコロハは緊張と共に少しだけ落ち込んだ顔を見せた。

そんなコロハに、ヘルは優しく右手を頬に差し伸べて微笑んだ。


「そんな顔をしないで下さい・・・。呼び戻す時は貴方の力が必要ですが、一度しか逢えないと言う訳では無いのですから」

「え?」


コロハは、ヘルの言葉に驚いて顔を上げた。どうやら、コロハは一回しか呼べないモノだと勘違いしていたようだった。


「体力と魔力を相当消費しますし、ゲンチアナの霊力回復もあるので頻繁にとはいきませんが・・・半年に1回、3日間程度であれば会えるでしょう」


その言葉にコロハは安心したような顔を見せた。


「では、コロハ。貴方にゲンチアナを呼ぶ時の言葉を授けます」

「は、はい!お願いします!」

「この世界に干渉しやすい様に、この世界の魔法言語にした方がいいでしょう・・・では、授けます」


そう言うと、コロハの頭にヘルが右手を乗せた。

そこから淡い光が漏れたと思ったら、すぐに収まってその手を退かした。


「これで詠唱は大丈夫でしょう・・・。名残り惜しいのですが、そろそろ門の魔力も少なくなって来ましたし、ゲンチアナ・・・あなたをお連れしましよう」

「あぁ、よろしくお願いする」


ヘルがゲンチアナの手を取ると、今まで立つ事も出来なかったゲンチアナを立ち上がらせ、誘う様にゆっくりと門へと歩き出した。


「おばあちゃん!」

「大丈夫じゃ、コロハ」

「おばあちゃん・・・」


旅立とうとしているゲンチアナをコロハは泣きそうな顔で呼んだ。


「また、会えるんじゃ。そんな、顔をしないでおくれ」

「でも!でも・・・」

「コロハ・・・コロハはこれから思う様に生きるといい。好きな様に生きなさい」

「お、おば・・・おばあちゃん・・・」


コロハは大粒の涙を流しながら、ゲンチアナに抱き着いた。

ゲンチアナはそんなコロハの頭を優しく撫でながら、言葉を続けた。


「コロハ。コロハはオッチョコチョイじゃ、後先考えずに飛び出すんじゃないよ」

「はい・・・」

「しっかりと、自分に出来る事をしっかりと見定める様にの」

「はい・・・」

「それから、ミツルに付いて行くことは止めんが・・・」

「お、おばあちゃん!?」


ゲンチアナに抱き着いて泣いていたコロハだが、ゲンチアナの言葉に驚いて顔を上げた。


「ミツルにはミツルのやる事がある。あまり、ミツルに迷惑を掛けるんじゃないよ」

「お、おばあちゃ~ん」


ゲンチアナが意地悪そうに笑うと、コロハは恥ずかしそうに頬を赤くしていた。


「3年したら、儂を呼んでくれるんじゃろ?」

「はい!絶対に!」

「しばらくのお別れじゃ。また会えるのだから、その時に色々話しておくれ」

「はい・・・」


そういって名残惜しそうではあるが、そっとコロハはゲンチアナから離れた。


そしてまたゆっくりと門へ向かって歩き出し、俺の倒れている横で立ち止まった。

最期の挨拶・・・まぁまた会えるのだが、しばらくの別れの挨拶の為に俺は力を振り絞ってうつ伏せの状態から仰向けの状態へ転がって、ゲンチアナとヘルを見上げた。


「わるいな、こんな格好で・・・力が入らなくて起き上れそうにない」

「フッ!・・・じゃろうな。こんな大魔法を成功させただけでも、あり得ん。やはり、お主は人間じゃの~」


ゲンチアナは少し笑うと、優しい目で見て来た。

俺にはすでに親はいないが、きっと親が居たらこういう眼差しで見守られる事もあったのだろう。


「ミツル。お主に一つ頼みがあるんじゃが・・・」

「婆さんを死の国に送るので、最期の願いは聞いたつもりだが?」

「フッ・・・そうじゃったな」


俺が笑いながら皮肉を言うと、ゲンチアナも少し笑って返してきた。


「いいぜ・・・なんだ?願いって言うのは・・・」

「コロハを頼んでもいいかの?」

「・・・その願いには、すぐには答えられそうにないな」

「そうか・・・」


俺が答えると、ゲンチアナは寂しそうに言って来た。それを見て俺は言葉を続けた。


「俺は、元の世界に帰る方法を探しに旅に出る。その願いを叶える為だけに、コロハを連れて行く訳には行かない」

「そうか・・・もし、コロハの意思で付いて行くと言い出したら・・・お主はどうするんじゃ?」

「ん?そんな事は無いと思うが・・・もしそうなったら、その時は守ってやる」

「そうか・・・ありがとう」

「もしもの話だ・・・まぁ、3年後の時にはまた会いに来る。その時に色々話そう」

「そうじゃな・・・フッフッフッ」


なにがおかしいのか、ゲンチアナは俺の言葉を聞いて笑っていた。

それを見た後、目線をヘルへと向けた。


「こんな格好でわるいな。君が、噂のヘルか」

「噂・・・ですか?」

「アングルボザに似て美人だと聞いていたが・・・噂通りらしい」

「な!なにを言っているんですか!?」

(ぬし)よ・・・妹まで(たら)し込むのはやめてはくれないか?」

「は?」


俺が伝承で聞いていた内容では大人しくて美人な女神と聞いていたので、そのままの感想を言ったのだが、フェンリルから何かを勘違いされた様だった。


「別にそういうつもりはない。伝承に聞いた通りだと思っただけだ」

「はぁ~・・・これでは、コロハも大変そうだな」


なぜか、俺の答えにフェンリルが大げさにため息を付いて、何かを呟いていた。

そんなやり取りをしていると、ヘルがしゃがみ込んで俺の頭に手を乗せて来た。


「あなたにも、詠唱を授けましょう」

「なんで俺にも?」

「それは・・・その・・・そうすれば、またお兄様に会えるからです」


ヘルが若干頬を染めながら、俺にだけ聞こえる様に呟いて来た。

どうやら、ヘルはブラコn・・・


「べ、別にそこまでじゃないです!」

「・・・・・・そうか」

「で、では授けます!」


なぜか、俺の思考を遮ってまで否定された。

まぁ、神なのだから心位読めるモノなのかもしれない。

そして、俺にもコロハの様に詠唱を授けて来た。


ヘルが触れて来たところから、何かが流れ込む様な感覚があった。

そして、それは文字となって頭の中で強制的に認識させられた。


しばらくすると、ヘルが頭から手を退かして立ち上がり、またゲンチアナの手を引いて歩き始めた。


そして門の中に入ると、最期にゲンチアナと一緒にこちらへ向き直った。

そして、次第に門はその扉を閉じ始めた。


「じゃあ、コロハ・・・ミツル・・・元気での」

「あぁ、またな」

「おばあちゃん!」


コロハがゲンチアナを呼んで走り出したが門は止まる事無く閉じていき、『ゴウゥン・・・』という音を立てて完全に閉まった。

門に刻まれた魔法陣は消え、普通の土の壁に変わってしまった。


辺りには風で揺れる草と虫の音色が響き、空には雲一つない満天の星空が広がっていた。

そして、土の壁に変わってしまった門の前には、少女の泣く声だけが響いていた。

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