63・悪夢の意味
気が付くと俺は暗い建物の中に居た。
前にも似た感覚を覚えていた。そう、半月程前に盗賊を殺した夜に見た夢だ。
以前に見た夢の時とは、違う建物の中だった。
(ここは何処だろうか・・・)
辺りを見ると、程よく装飾されたホール。右には受付の様なカウンター。その奥には、エレベーターホール。
(ホテルかなにかか?・・・しかし、酷いな・・・)
俺の目の前には、既に無数の死体が散らばっていた。
その死体は老若男女問わず、全ての人が無惨に殺されていた。
恐らく、以前に見たあの男がした事だろう。
しかし以前とは違い、俺は冷静で居た。それは、俺も他者を殺したからなのかもしれない。
そのまま俺はエレベーターホールへ向かった。
やはり、そこも地獄絵図の様な惨状だった。
そして、俺はエレベーターに乗って上へ向かった。
何故かはわからないが、行くべき場所に誘われるかの様に向かっていた。
エレベーターが最上階へ着き、扉が開かれると、そこも下と変わらない状態だった。
「クハハハハハッ!」
愉快そうに笑う声が聞こえ、そちらに目を向けるとその男は居た。
「た、助けてくれ!金ならいくらでも出す!だから!グアッ!」
黒尽くめの男は、命乞いをしていた太った男の肩を小太刀で貫いた。
「金?金で命が買えるとでも思っているのか?クククククッ!おめでたい奴だ」
「ヒグァ!」
黒尽くめの男は、笑いながらもう一本の小太刀で逆の肩を貫いた。
「なぜだ!なぜ、私を狙う!」
「なぜ?さぁ、なぜだろうな?」
太った男の質問に、意地悪そうに笑いながら黒尽くめの男は言葉を続けた。
「組織は人の命なんかどうとも思っていない。ただ、殺した方が都合いいから・・・だろ?」
「そんな理由で!」
「・・・おしゃべりの時間は終わりだ」
黒尽くめの男は一言呟くと、太った男の両肩に差した小太刀で首を切り落とした。
一足遅く、紺や灰色のスーツを着た男たちが駆け付けて来た。
「首領!・・・貴様!」
「フッ・・・もう少し遊んでから帰ろうか」
その男達を見て、黒尽くめの男は少し笑うと、二刀の小太刀を向けて襲って行った。
俺は黒尽くめの男のその姿に目を奪われていた。
余りにも綺麗に、踊る様に周りの男達を殺していったからだ。
卓越したその技術は、黒尽くめの男が只者では無い事を物語っていた。
『すごい・・・』
思わずその姿に賞賛を送る俺もどうかしているのだろうが、同じ二刀を振る者としては学ぶべきモノが多いと感じていた。
「ゴフッ!・・・その白銀と漆黒の二刀・・・まさか、貴様が『狂鬼』だったとは」
転がった屍の中で、腹を斬られた男の一人が呟いた。
「ほう・・・部外者にまで俺の存在を知っている奴が居るのか」
「フッ・・・たまたまさ。俺はその二刀、『干将』と『莫耶』の前の持ち主を知っていた。それだけの事だ・・・」
「そうか」
「フンッ・・・風の噂で、その刀は『狂鬼』が持っていると聞いていたが、まさか最期にそれを、自分の目で見る事になるとはな」
「フッ・・・面白い事もあるもんだな・・・」
『狂鬼』と呼ばれた男は笑いながら、その場を離れようと背を向けた。
「ロクだ・・・」
「は?」
『狂鬼』は倒れた男に背を向けながら呟いた。
「ロク・・・それが俺の名前だ」
「そうか・・・俺はマナブだ」
「また、会う事もあるだろう・・・その傷で生きてればの話だがな」
「フッ・・・運が悪ければな」
「違いない・・・」
そう言って、ロクは静かにその場を離れた。
「フッ・・・『狂鬼のロク』か。変な奴だ・・・」
そう言って男が倒れると、俺の視界が暗くなっていった。
目が覚めると、見慣れた天井が映っていた。
起き上るとそこは、俺がゲンチアナの家に居た時に借りていた部屋だった。
ベッドの横にはフェンリルと鵺が仲良さそうに寝ていた。
窓から見える空は、これから陽が上り始める頃だった。
「今回は・・・覚えているんだな」
一人で呟いた俺は、さっきまで見ていた夢の事を思い出していた。
盗賊を初めて殺した夜に見た夢も、その時は思い出せなかったが、今はその時見た夢も思い出していた。
そして、一つわかった事があった。それは、あれはただの夢では無いという事。
それがなんの意味があるかは、わからなかった。
しかし、二つの夢には共通の人物が出て来た。
『狂鬼のロク』
恐らく、その人物に関係した事なのだろう。
そんな不思議な感覚を感じながらも、静かに明ける夜明けの空を眺めていた。
「ハッ!おっと!ハッ!」
俺は太陽が顔を出すと、外に出てアクアゴーレム相手に2対1で組手をしていた。
初めは1対1でやってみたが、昨日より体が軽く、的確に回避・攻撃が出来る様になっていた。
その内、一体相手では物足らなくなってきたので、2体相手にし始めた。
「やっぱり、ロクの様にはいかないか・・・」
組手をしている最中、ずっと考えて居るのは夢に出て来た『狂鬼のロク』の動きだった。
ロクは3人・4人相手でも余裕で捌いていた。
あの動きを取り入れられないかと試してはみたが、2体のゴーレム相手でもギリギリ対処出来る程度だった。
「ご主人・・・何しているんですか?」
しばらく組手をしていると、鵺が声を掛けて来た。
「いつも通り、朝の組手だ・・・」
俺は組手を止める事無く、鵺に答えた。
「なにも、こんな時までやらなくても・・・」
「いや・・・。ジッとしてると、余計な事まで考えちゃうからな」
「気持ちは・・・わからない事は無いですが・・・」
それからしばらく組手を続け、キリがいい所でやめて、水を浴びてから家に戻った。
家に入ると、寂しい程に静かだった。
俺が居た頃には、この時間になればコロハが「朝ごはんが出来た」と呼びに来ていた。
だが、台所にも誰も居なかった。
コンコンッ
「コロハ。起きてるか?」
俺は、昨日の夜にゲンチアナから頼まれた事をコロハに話す為、コロハの部屋を訪ねた。
しかし、ノックして声を掛けても返事がなかった。
「コロハ。入るぞ」
ガチャ
一向に返事が無いので部屋に入ると、ベッドの上に布団に閉じ篭ったコロハがいた。
俺は何も言わず、布団に閉じ篭ったコロハの横に腰を掛けた。
「コロハ・・・。大事な話がある」
声を掛けても、コロハは何も言って来なかった。
だが、布団の耳の部分が微かに動いたので、声は聞こえている様だった。
「昨日、婆さんと話した・・・。俺は婆さんに最期の頼みを言われて、それを受ける事にした」
「・・・・・・おばあちゃんの?」
「あぁ・・・。婆さんの最期の頼みは安らかに眠る事・・・そして、今日。婆さんを死者の国へ送り出す」
バッ!
俺が今日、ゲンチアナが死ぬ事を伝えると、コロハが布団から顔を出した。
その顔は、一晩中泣いていたようで顔を腫らして目は充血し、涙を流し続けていた。
「そんな!」
「婆さんの最期の願いだ。婆さんの病気は確実に強烈な痛みを伴って死ぬ。そうなる前に逝きたい。それが俺が受けた頼みだ」
「・・・・・・そんな」
「コロハ・・・。よく聞いてくれ。今回俺がやろうとしている事は、婆さんを単純に殺す事じゃないんだ」
「・・・え?」
俺の言葉に目を開いて、コロハが俺の目を見つめて来た。
「実は上手くいくかわからないが、フェンリルに頼んでフェンリルの妹を呼んで貰おうと思う」
「い・・・もうと?」
「あぁ、死者の国を管理する女神だ。もし、そいつが呼べれば、ゲンチアナを死者の国へ文字通り送り出せる」
「で、でも・・・そうしたら、おばあちゃんには・・・2度と」
「それが、そうとは限らないんだ」
「え?」
「その女神は、神様の中でも特殊なんだ。北の神の中で唯一、死者を生者に戻すことができる」
「ほ・・・ホントですか!?」
「あぁ。ただし、それにはいくつかの条件がある。それもちゃんと聞いて置かないとな」
「じゃあ・・・じゃあ!おばあちゃんに、また会えるんですか!?」
「あぁ・・・。ただし、その女神を呼ぶ事が成功したらだけどな?」
「わかりました・・・おばあちゃんを、よろしくお願いします」
そう言って、コロハは深く頭を下げて来た。
その顔は少し悲しみの色は薄くなって、口元は心なしか、緩んでいた。
「ほう・・・死者の国の女神様を・・・」
コロハの様子が落ち着いた後、俺はゲンチアナにも今日の事を話に来ていた。
「俺の国では冥界と現世を繋ぐ門・幽世の門と言われている門がある。その門と召喚陣で呼び出せれば、成功すると思う」
「儂は、普通に旅立てればそれでいいんじゃがな」
「そう言うな。婆さんだってコロハが心配なくせに」
「確かに、そうじゃな」
「恐らく俺の知識が正しければ、死者の国に行ったあと、すぐに呼び戻す事は出来ない。少なくとも1ヶ月半は掛かる。そしてこの世界に戻ったとしても、実体が無い以上、ずっと居続ける事は出来ないはずだ」
「なるほどのー・・・一種の召喚状態じゃな?」
「あぁ、多分そういう風になると思う。詳しくは、その女神に聞いてみないと何とも言えないけどな」
俺は一通り話が終わり、ヘルを呼び出す準備とその打ち合わせをフェンリルとする為に、イスから立ち上がって、部屋を出ようとしていた。
「そうかい・・・本当に迷惑を掛けるな」
「気にするな、俺も婆さんと別れるのは辛いからな。半分俺のわがままだ」
俺は苦笑いを浮かべながらも、ゲンチアナの部屋をあとにした。
「フェンリル。どうだ?そっちは」
「問題無さそうだ」
俺は今、フェンリルと一緒に家の横にある庭へ来ていた。
ヘルを呼び出す為の召喚陣を作っているのだ。
「しかし・・・フェンリルの魔法陣は複雑だな」
俺はフェンリルの書いた魔法陣を見て思わず呟いた。
フェンリルが書いた魔法陣には多くの四角や三角、そしてそれを包み込む様に三日月の形が書かれていた。その線に沿う様にルーンが刻まれ、そしてスペースを埋める様に細かい呪文のような物が書かれていた。
「ヘルヘイムと繋ぐとなると、やはりこれくらいの術式は必要になるのは当たり前だ」
「へぇ~・・・これって、神達はみんな書けたのか?」
「いや。ヘルヘイムを繋ぐ陣は俺と弟と親父ぐらいだ・・・あと一人居たが、俺の腹の中だ」
「あぁー・・・オーディンか」
「あぁ、懐かしい話だ・・・。よし!主よ、準備が終わった」
フェンリルが、魔法陣を大きく囲う様に長方形を描き、魔法陣を貫く様に縦に線を入れて、完了の報告をして来た。
「じゃあ、起こすぞ」
そう言って俺は魔法陣の端に手を触れて魔力を流し始めた。
ヘルを呼ぶのは夜だが、先に門だけは作って置く事にしたのだ。
普通に壁を作ってから書いてもいいのだが、魔法陣を壁に書くのは大変なので、一度地面に書いてから土魔法で起こす事にした。
俺が魔力を流し、大きな門の形をイメージすると、地響きと共に門が起き上る様に姿を現した。
ゴーォォン・・・
「よし、準備完了だな」
「あぁ。あとは俺の声がヘルに届けばいいのだが・・・」
「まあ、そうだな・・・それは夜にならないとわからないし、今はやれる事をしよう」
「そうだな・・・。さて、次だが・・・」
その後も、俺とフェンリルは着々とヘルを召喚する為の準備をしていった。
この規模の魔術なのだから当然かもしれないが、その門を中心にして周りの森の中や平原に魔法陣をいくつも書いて行った。
そして、それが全て終わった時には、もう陽が暮れる頃になっていた。