62・コロハの状況
コロハが挨拶すると、それぞれから手を差し伸べられて挨拶を交わして行った。
「っで、次にコロハの首に付いてるそれをどうするかだな・・・」
「そう言えば、私の主人は今、誰の登録なんでしょうか?」
「あぁ、コロハの首輪は主の血が登録されている。この中で主しか主人登録出来ないからな」
「ミツルさんしか?」
「あぁ、奴隷の主人登録に奴隷は登録出来ない。そして魔獣も登録出来ないから、必然的に主しか主人登録出来ない」
「そうなんですね・・・」
エレアの説明を聞いたコロハは、何かに納得したように首輪に触れていた。
表情には変わらないが、なぜか少しだけ尻尾が動いていたのに気付いたのは、俺だけだろう。
「っで、エレア。これの外す方法は無いのか?」
「従属の首輪は一度ハマったら、決められた期間がクリアされるまで外れないようになってる」
「そうか・・・ちなみに、エレアはこの首輪の期間がどの位かわかるか?」
「そうだな・・・ちょっと、見せて貰ってもいいか?」
「は、はい!」
エレアがコロハの首輪に触り、何かを探す様にして1周見ると結果がわかった様だった。
「この首輪は1週間だな」
「1週間か・・・よかったな、コロハ」
「え・・・あ、そうですね」
「?」
1週間で首輪が外れるのだから本来は嬉しいはずなのだが、コロハはなぜか浮かない顔をしていた。
そこについては、今は触れて居てもしょうがないので、次の話に移る事にした。
最後の話・・・この話が言い難いが為に、今までの話を出した様なモノだった。
「さて・・・最後の話をしなくちゃな」
「主、その前にいいか?」
ゲンチアナの話をする前に、エレアが手を上げて声を掛けて来た。
「なんだ?」
「その話に関しては、わたしやシンティラが聞く話では無いと思う」
確かにエレアの言う通り、関係ない者まで聞く必要はない話だ。
「それで、わたしとシンティラは村の宿に泊まろうと思うのだが・・・いいだろうか?」
「あぁ、それは構わないが・・・わるいな。気を使わせちまって」
「主はわたし達の主だ。わたし達が気を使うのは当然だ。むしろ、主が使う必要はない」
「すまんな・・・ありがとう」
そう言ってエレアとシンティラはエドの村へ向かった。
そのやり取りの流れから、コロハは薄々気付いて居た様だった。
これから、俺が話そうとしている話の内容を・・・。
鵺とフェンリルも席を外し、俺とコロハだけになったところで話を切り出した。
「コロハ・・・もう気付いていると思うが、婆さんの体について伝える」
俺たちだけになった時から、コロハは俯いたまま服の裾を握り締めたままだった。
それは俺が話を始めても変わらなかった。
「婆さんは・・・もう長くない」
「な・・・長くないって・・・長くないってどの位なんですか?」
コロハは服の裾を握り締め、俯いたまま、震える声で聞いて来た。
「長くても、3日・・・・早ければ明日だ」
「ッ!?」
俺の言葉にコロハは驚き、そして上げた目からは涙が多量に溢れていた。
「そんな!そんな・・・早すぎます・・・」
「すまん・・・俺にもどうしようも出来ない」
つい先ほど、散々涙が枯れるまで泣いたはずの俺だが、話すとまた涙が溢れそうになって来ていた。
だが、しっかりとコロハにだけは話し、覚悟を決めて受け入れて貰わなくてはいけなかった。
なので、話がすべて終わるまで、俺がまた泣く訳にはいかなかった。
「いえ・・・私が・・・私が、気付けなかったのがいけないんです・・・」
「それは違う。それを言うなら、俺だってそうだ・・・この病は急に発病するモノじゃない・・・恐らく、俺がこの世界に来た時には既に、この病は始まっていた」
「そ、そんな!」
「コロハ。コロハは、薬師だ。患者が誰で在ろうと、ありのままを受け入れなくちゃダメだ」
「そんな事・・・出来る訳・・・無いじゃないですか!」
「コロハ・・・」
「ミツルさんがそんな事言えるのは!・・・」
淡々と話す俺をコロハが非難しようと顔を上げて叫んだ瞬間、言葉が止まった。
それは、間違いなく俺の顔を見ての事だろう。
出来る限り我慢はしているがそれでも俺の体はいう事を聞かず、涙が両目から溢れていた。それでも涙を堪えようと握り締めた拳からは、血が滲んで滴り落ちていた。
「そうだな・・・俺がこんな事言えるのは、別の世界から来た者だからかもしれないな・・・」
「あっ!・・・」
コロハは俺の姿を見て、何かを言い掛けて口を噤み、顔を伏せた。
「今の俺は残酷な事を言っている自覚はある。だがコロハにとって、今受け入れなければいけない事だ・・・」
コロハは口を噤んだまま、しばらく黙り込んでいた。
そしてゆっくりとその顔を上げると、その目は涙を流しながらも真剣な眼差しになっていた。
「ミツルさん・・・」
「なんだ?」
「教えて下さい・・・お婆ちゃんは何故、死んでしまうのか・・・その病気の事を」
「・・・あぁ。わかった」
それから俺たちは共に、目から溢れ出る涙を堪えて、頬の雫を拭いながら、コロハにゲンチアナのガンについて教えた。
説明の最中も、そして説明が終わった後も、コロハは一言もしゃべる事無く、自分の部屋に戻った。
俺はコロハを見送った後、ゲンチアナの部屋へ向かった。
コンコン!
「起きてるよ」
「俺だ・・・」
ガチャ
ゲンチアナの部屋へ入ると、顔だけをこちらに向けて来た。
「婆さん・・・気分はどうだ」
「フッ・・・いいワケがなかろう」
「それもそうだな・・・」
もう起き上がる事が出来ない体になったのにも関わらず、口調だけは元気に返してくるゲンチアナに少し頬を緩めて、ベッドの近くにあった椅子に腰を掛けた。
「フッ・・・なんだい。その酷い顔は・・・」
「え?あぁ・・・そんなに酷かったか?」
「あぁ。まったく・・・男の子がそんなに泣くモンじゃないよ」
「うるさいな。俺だって我慢したんだ」
「・・・・・・コロハに話したんだね?」
「・・・・・・あぁ」
「・・・すまなかったの。嫌な役をさせてしまった」
「別に気にする事じゃない・・・。婆さんから受けた恩を考えれば、まだ足らない位だ」
「そうかい。そう言ってくれると助かる・・・もう一つだけ、儂の最期のわがままを聞いてくれるかの?・・・」
「あぁ、聞いてやる・・・」
しばらく沈黙が流れ、ゲンチアナが最期の頼みを口にして来た。
「明日、儂を殺してくれんか?」
初めは自分の耳を疑ってしまった。いや、聞きたくなかったと言った方がいいかもしれなかった。
「ミツル。儂の体に触れて病状を診たんじゃろ?」
「・・・あぁ」
「お主の見立てでは、儂の命はどれ位と診た?」
「・・・長くて3日。早ければ・・・明日だ」
「フッ・・・お主の診断は正確じゃの・・・。その通り・・・しかも、長くなる可能性は低いのじゃろ?」
「・・・あぁ」
「どうせ、明日死ぬか明後日死ぬかの違いじゃ。それなら、苦しまない内に逝きたいからの・・・」
「・・・そうか」
再度、沈黙が流れた。
それは先ほどよりも長い、蝋燭の芯がチリチリと小さく鳴る音がヤケにハッキリ聞こえる程の静寂だった。
しばらくして、俺はゲンチアナの顔を見て覚悟を決めた。
「わかった・・・」
「すまんの・・・」
「なにか、希望はあるのか?」
「特に無いが、苦しまずに逝きたいのー・・・」
「わかった・・・」
「辛い役割ばかり頼んで、すまんの・・・」
「いや。コロハにはさせたくないからな・・・俺に頼んでくれてよかった」
「そう言ってくれると助かる・・・」
ゲンチアナに薬を飲ませた後、俺はゲンチアナの部屋を出て、家の外に向かった。
外に出ると、空には無数の星が輝いて、夜の虫達が悲しげに鳴いていた。
恐らく、虫達の音が悲しげに聞こえたのは、俺の思考がそうさせたのだろう。
「ふ~・・・」
「強いな、主は」
ため息を付くと後ろから、フェンリルが声を掛けて来た。
「強くないさ・・・弱いからこそ、思い悩む」
「それでも、逃げないのだな」
「あぁ、そうだな・・・」
しばらくフェンリルと空を眺めていると、不意にフェンリルが明日の事で提案を出してきた。
「明日の老婆の事だが、俺に少し提案がある・・・」
「・・・聞こえてたんだな」
「フン・・・狼だからな」
フェンリルは、鼻で一つ笑うと自笑気味言って来た。
「それもそうか・・・で?」
「成功するかどうかわからないが、我が妹に案内を頼んでみようかと思うが?」
「ヘルか・・・」
北欧神・ロキの末の娘。ヘル。
北欧神話における老衰と病気による死者の国・ヘルヘイムを支配する女神で、フェンリルの妹だ。
そして、北欧神話の中で唯一、死者を生者に戻すことができる人物。
「俺はヘルの話は聞いた事があるが、ヘルヘイムが実際どういう所なのか知らない。そこの死者達は安らかに過ごせているのか?」
「まあ、派手好きな戦士には向かない、長閑な場所だと親父から聞いてる」
「そうか・・・」
たしかに、死者の国・ヘルヘイムに送り出すという事は、殺す事以外の何物でもないが、本当にそれでいいのだろうか?
それが世界の理から離れた世界であれば、輪廻からゲンチアナを切り離してしまう事にもなる。
本当にそれでいいのか、悩んでしまう。
「まあ、主が決めてくれればいい。実際のところ、この世界から呼べるかどうかもわからないしな・・・」
「あぁ、考えておくよ・・・ありがとう」
「あぁ。じゃあ俺は寝るとするか・・・小娘のすすり泣く声は、子守唄に成りそうにないがな」
「そうか・・・迷惑掛けるな」
「フッ・・・」
俺が謝ると、フェンリルは少し笑って尻尾で「気にするな」と言う様に振りながら家に入って行った。
俺も今日は色々と疲れているので寝ようと思い、少し空を見上げた後に家に入った。