61・説明
遅くなってしまって、申し訳ないです。
リアルが忙しすぎて禿げそうになってます。
前まで4日に1話を続けてきましたが、5日に1話位にペースダウンしようと思ってます。
気付けば涙が流れだし、それは止め処なく流れていた。
それでも、拳を握り締めて婆さんの病名を口にした。
「──悪性肉腫瘍、全身に転移している・・・末期のガンだ」
「ガン・・・それはどういう病なんじゃ?」
俺は病名を口にすると、更に流れる涙の量が増えていった。
袖で拭いても拭いても、止まる事は無く。只々湧き出る様に溢れ続けた。
それでも、ゲンチアナの以前と変わらない様に聞いてくる質問に答えようと,
声を絞り出す様に言葉を口にした。
「生物の身体は、多量の細胞と言う粒からなっている・・・。
この細胞は、正常な状態では細胞数をほぼ一定に保つように出来ている。
分裂・増殖しすぎないように生まれつき出来ているんだ・・・。
だが、ガンは生体の細胞のその役割に異常がおきて、正常なコントロールを拒否して勝手に増殖するようになったモノだ。婆さんの場合・・・この異常な働きをする細胞が正常な細胞を浸食増殖して、血の流れに乗って体のあっちこっちに移動している・・・。魔力を流して診ないとわからないが、婆さんは・・・婆さんの体は・・・」
そこから先がどうしても言えなかった。頑張ってガンについては説明出来たが、そこから先を言うのが恐ろしくなってしまったのだ。
俺が必死に涙を堪えようと震えながらも、病気についての説明をして、それを聞いていたゲンチアナが、俺が言えなかった事を口にした。
「儂の体は、もっても3・4日じゃろ?」
「・・・っ!!」
「言ったじゃろ?自分の身体の事ぐらい、自分が一番わかっていると・・・」
ゲンチアナの言う通りだった。
現代医学の抗生物質や抗ガン剤はこの世界には無い。そしてゲンチアナの部屋に来る前、居間に置かれた薬草として使われる実と道具も見ていた。
そして、この部屋に充満している独特の匂いから、何をしているのかはわかっていた。
ゲンチアナが服用している物。それは芥子の実・アヘンから作られる麻酔薬・モルヒネだ。
恐らく、今のゲンチアナは痛覚を含めた感覚が全身に渡って無くなっている筈だ。
きっとコロハには何も言わず、ただ指示を出して作らせて居たのだろう。
コロハにはこの薬の意味は残酷すぎる。
「昨日からコロハが戻らなかったが、お主を呼びに行ったんじゃな・・・まったく、あの子は・・・会えたからいいモノだが、もしすれ違いになったらどうするつもりだったんだか・・・」
ゲンチアナが安心したようにため息を吐きながら、ボヤく様に言って来た。
「なんで・・・俺がコロハと会えた事を?」
「お主の服。コロハの毛が付いていたからの・・・」
そうは言っているが、ゲンチアナの目も大分白く濁っていた。そんな状態で本当に見えるのかは怪しい。きっと勘の様なモノなんだろう。
「すまんが、そこの薬を飲ませてくれんか?この歳で純粋な魔力を飛ばすのは堪える」
ゲンチアナが頬を緩ませながら、とんでもない事を言って来た。俺は空気中の物質を理解して操作していると言うのに、この死に掛けている婆さんは純粋な魔力だけで薬を自分で飲んでいたらしい。
「マジか・・・婆さんその体でそんな事してたのかよ・・・やっぱり、婆さんはとんでもない魔術師だったんだな」
一向に涙は止まらないが、俺は苦笑いしながら薬をゲンチアナに飲ませてやった。
「じゃが、歳には勝てんのー・・・」
そう言って、ゲンチアナは落ち着いた息をしながら眠った。
恐らく、薬には睡眠薬も多少入っているのだろう。
眠ったゲンチアナの体に触れて検査魔法を掛けると、ゲンチアナが言った通り、持っても3・4日だった。
ガンは、胃・腸・肺・食道・喉頭・膵臓・肝臓・子宮・乳腺・左腕の皮膚・右足の皮膚に転移して居た。正直、なぜ今も生きているのかが不思議なほどだった。
ガンの進行具合から言えば、早ければ今夜にでも死んでもおかしくは無い。
『もう、どうしようも無い』
その言葉しか出て来なかった。そして、ゲンチアナが寝ている横で俺は、床に膝を付き、声を殺しながらも、只々止まる事のない涙を流し続けていた。
やっと止まった涙を拭いて気持ちを落ち着かせた俺は、静かに部屋を後にした。
居間に向かうと、ソファーにシンティラとエレアが座っていた。
二人と目が合うと、少し驚いた顔をして目を背けられた。
きっと今の俺は酷い顔をしている事だろう。
「コロハさんは部屋に運びました・・・。ご主人。ゲンチアナのお婆さんは・・・」
「ありがとう。婆さんは、今は寝ているだけだ。ただ・・・・・・もう、長くはない」
「そんな!ご主人だったら!ご主人だったら何とか出来ないんですか!?」
ゲンチアナがもう長くはもたない事を伝えると、鵺は大きな声で言って来た。
自分に出来る事であれば、なんだってしようと思う。
だが、どうにもならないのだ。
すぐに、死者蘇生術や死霊術も思いついたが、それで蘇ったとしてもそれは魂が無いモノにしかならない、それはゲンチアナの骸を玩ぶ事にしかならないのだ。
それに、治療魔法でも治す事は出来ない。
ガンは細胞が異常増殖によるモノだ。治療魔法は本来その体が持っている、細胞分裂による治癒力を高めて治すにしか過ぎないからだ。
つまり・・・
「ゲンチアナを救う方法は・・・無い」
「そんな!・・・」
鵺の悲痛な一言を最後に、部屋に沈黙が生まれた。
長い沈黙だった・・・。
いつまでも、その場に居てもしょうがないので、コロハの様子を見に居間をあとにした。
部屋を出る時、鵺はシンティラの膝の上で、体に顔を埋めていた。
コンコンッ・・・ガチャ
部屋に入ると、コロハは未だに眠っていた。
俺がコロハの部屋に来たのは、様子を見に来る為でもあるが、ゲンチアナの病状記録を取っているだろうと思い、それを見に来た。
そしてそれはすぐに見つかった。
机に置かれた紙の束が置かれており、それに目を落とした。
よくまとめられている、すごく読みやすい病状記録だった。
ただ、途中からは殆ど日記のような書き方になっていた。
それは薬の処方記録にゲンチアナから指示されて始めて作った薬の項目の所からだった。
そして治療法がわからず、どうしようもなくなって「俺なら治療法がわかるのでは無いか」と手紙を送った事も書かれていた。
それが今日から5日前の事だった。そしてその夜から、ゲンチアナの苦しみ方が酷くなった。さらに強い薬を作る上でゲンチアナから言われた薬の調合に猛毒を持つ薬草が含まれていて、薬を調合する時に不安と緊張で手が震えた事も書いてあった。
そして昨日、病状記録は朝の記録で止まっていた。
「ん・・・」
丁度、病状記録を読み終えたところで、コロハが声を発した。
薬が抜けたのかと思い目を向けると、ゆっくりとコロハが目を開いた。
「目が覚めたか?」
「・・・ミツル、さん?」
声を掛けると、コロハはゆっくりこちらに顔を向け、信じられないと言う様に目を丸くしていた。
「あぁ、ただいムァ!」
俺が帰ってきた事を言おうとするとコロハに飛びつかれ、床に押し倒された。
「ミツルさん!私!私!」
「わかったから、落ち着けって・・・とりあえず」
ベシ!
「キャン!」
抱きついているコロハを優しく剥がしたあと、思いっきり強烈なデコピンをプレゼントしてやった。
「お前、武器も持たずに森に入るとか何考えているんだ!仕舞いには攫われて従属の首輪付けられて!もうちょっとで売られる所だったんだぞ!」
「はうぅぅ・・・ごめんなさい」
コロハはデコピンをしたところを手で押さえながら、涙目になっていた。
少し強すぎたのかもしれないが、今回はこれぐらいで十分だろう。
「とりあえず、詳しいゲンチアナの容体はわかった。詳しい話は居間で話す」
「ミツルさん!」
コロハ部屋を出ようとすると、呼び止めるように声を掛けて来た。
「ん?」
「お帰りなさい!」
「あぁ、ただいま」
その声に振り返ると、若干涙目ではあったが笑顔のコロハが俺の帰りを迎えてくれた。
「さて、みんな揃ったところで、色々と話さなければいけない事があるな・・・」
「えぇ、色々お聞きしたいです。ミツルさん?」
ゲンチアナの事を改めて話す為に、全員居間に集まった。
それこそ全員なので、その場には関係ないシンティラ、エレア、フェンリルも居た。
そして、その状況で笑顔ながらも、確実に機嫌が悪くなっているコロハの雰囲気に、全員気まずくなっていた。
「え~っと・・・どこから話そうか・・・」
「とりあえず、そこの方達はどちらさまでしょう?」
(あ~・・・やっぱり気になるのはそこだよね・・・)
「そ、そうだな。まずは、お互いの紹介だな・・・彼女らは色々あって俺の奴隷になったんだが・・・」
「へぇ~・・・イロイロですか」
(コロハさん?なんか怖いよ?驚いた顔ならわかるけど、口元だけ笑っているのは怖いですよ?)
「ま、まずは、向かって右から。彼女は雷獣族のシンティラ・・・奴隷市場で一悶着あって、俺の奴隷になった」
「し、シンティラです。よろしくお願いします」
「・・・そうですか。よろしくお願いします」
「は、はい」
(コロハさん?シンティラが怯えているから、もっとフレンドリーにして欲しいかな・・・)
「で、隣の彼女は狐族のエレア・・・エレアとは決闘して勝ったら、本人の意思でこうなった」
「・・・え?」
さっきまでの雰囲気から一変して、拍子抜けしたような顔でコロハは疑問符を浮かべた。
「『決闘して勝ったら、本人の意思で・・・』って、どういう事ですか?」
「うん。俺もよくわかってないから、その辺はエレア本人から聞いてくれ」
「エレアさん?どういう事でしょうか?」
「む!主にも、わたしはちゃんと説明したはずだが?」
「いや。いまいちあの説明を聞いても、意味がわからない」
エレアについては本当に意味がわかっていないのだ。
仕方ないので、もう一度自分もじっくり聞く為に、エレア自身に奴隷になった理由を話して貰った。
「そもそも、なんでエレアさんはミツルさんと決闘する事になったんでしょうか?」
「そうだな・・・。まずは、そこから話すべきか。
出来事の発端を辿れば、ここに居るフェンリルを封印していた遺跡が発端だった」
「え~っと・・・」
「先に俺の挨拶が必要だったみたいだな」
「しゃべった!?」
エレアがフェンリルの事を話しに出すと、コロハはフェンリルに目を向けた。
それに気付いたフェンリルが口を開くと、コロハが驚いていた。
(すでに鵺がしゃべってる事を知っているんだから、驚く事でもないと思うが・・・)
「俺はフェンリル。これからの話の中で詳しく話すが、封印されていた俺を馬鹿な魔法使いが召喚獣にしようとしていてな。俺の出す条件にそいつは合わなかったが、主ミツルはその条件を満たしたので、主の召喚獣になった」
「は、はぁ・・・。って事はミツルさん、魔術師に成ったんですか!?」
「まぁ、そうだな。詳しくはまた話すが、俺は魔術師になった」
(本当は、ここにいる時、すでに魔術師になっていたんだが・・・)
「へぇ~」
俺がゲンチアナから聞いてる事と同じ事を聞いているコロハは、俺は街へ居て魔術師になったと思っているようだった。
「ゴホン!話の続きを話してもいいか?」
コロハが驚きの眼差しを俺に向けていると、話が逸れた事を正すように、エレアがワザとらしい咳を一つして、話を再開した。
「あ!すみません。お願いします」
「さっきも話した様に、ここに居るフェンリルは遺跡に封印されていて、その遺跡には特殊な文字が刻まれていた。魔術ギルドの魔法使いがそれを無理やり解いたはいいが、フェンリルの出す契約条件である『自分を知る者』に合わなかった為、フェンリルに殺された。その時わたしは、フェンリルが封印されていた遺跡の文字が解明出来れば、その条件を満たすのではと考えたのだ」
「はぁ・・・」
「そんな時に一つの甕型の魔法具が街で販売された。その魔法具は魔方陣はおろか、魔石すら使われていない特殊な物だったんだ」
「はぁ・・・」
説明に熱が篭もるエレアだが、それに対してコロハは「はぁ」しか発していない。まあ、この時点ではどうしてそこで俺に繋がるのかがわからないのだろう。
「そして、その仕組みを調べていると、傷のようにも見える文字が入っている事がわかった。そしてその文字は、フェンリルが封印されていた遺跡の文字と酷似していたんだ。それを販売した店に行き、作者がわかれば文字の意味もわかると思って、店主に作者を尋ねた時に、そこで主に会ったのだ」
「ちょっと待て、エレア。あれは『尋ねる』じゃなくて『尋問』だ」
「ム!あまり変わらないだろ」
エレアの言葉に訂正を入れると、反論してきたが、明らかにそれは間違っていた。
「いやいや、変わるから・・・」
「まぁ、いい」
(いいのかよ・・・)
「その店主にわたしが魔法を撃った時、主によって返り討ちにあった。だが、わたしはその時、負けたとは認められなくて再戦を挑んだワケだ」
そこまでは、俺も理解している部分であるので、特に改めて聞く事も無かったが、コロハは不思議そうな顔をしたまま、質問を投げかけた。
「それは、わかりましたが・・・そこから、なんで奴隷に?」
(そう!そこ!そこが俺にもわからない!)
俺もその部分がわかっていなかったので、エレアを不思議そうに見ていると、なぜかモジモジし始めて、次第に顔が赤くなっていった。
「そ、それはだな・・・その、わたしは、強い男が好きなのだ」
「「・・・・・・うん。それで?」」
それはわからなくもないので、俺とコロハが声をそろえて頷いた。
「自分より強い異性を求めていた。そして、わたしは決めていたのだ・・・。もしも、そういう存在に正々堂々と戦って負けたら、わたしはその男性に生涯を捧げようと決めていたのだ」
「・・・・・・え~っと、そこで何で奴隷に?」
コロハの疑問はもっともだ。俺もそこがわからない。
「わたしは女性らしい性格では無いし、相手にして貰えないのではないかと・・思って・・・」
印象、馬鹿。
これしか思い浮かばなかった。強い男性と一緒に居たいと思うところまではわかる。
しかし、なぜ一生涯を奴隷契約までして捧げるのかがわからなかった。
もしかしたら、もっと強い相手が居るかもしれない。もっと好きな男性が現れるかもしれない。
だが、その可能性を捨ててまで、突っ走る行為。それは、暴走としか思えなかった。
「なるほど・・・気持ちは、わかりました」
「え!?コロハ、今のでわかったの!?」
「はい」
俺が驚くとコロハは肯定して来た。
「これは、私の予想ですが・・・エレアさん。それを実行しようと決めたのは、最初に店で負けた時じゃないですか?」
「!?」
コロハの言葉にエレアは驚きの表情をし、そして無言でコクンと首で肯定した。
「やっぱり、そうでしたか」
「『やっぱり』ってどういう事?」
俺は未だに状況がわからないで居ると、コロハにジト目で見られた。しばらく見られた後、なぜかため息を吐かれてしまった。
「はぁ~・・・つまり、エレアさんは最初から強ければ誰でもいい訳ではなかったという事です」
「ん?どういう事?」
「はぁ~」
「コロハさん。ご主人が鈍感なのは今に始まった事じゃないです」
「鵺ちゃんの言う通りでしたね・・・」
なんか俺への扱いが酷いような気がして来た。ふとシンティラとフェンリルにも目を向けたが、目を逸らされてしまった。
(あっれ~?)
「つまり、エレアさんはミツルさんに一目惚れして、尚且つ理想の強さを持っていたから強行手段を取ったと言う事です」
コロハの説明を聞き、そうなのかと思ってエレアを見ると、耳まで真っ赤にして俯いていた。
「そうだったのか」
「まあ、ご主人の鈍感は今に始まった事じゃないですしね」
「おい、鵺。あたかも『昔からそうでした』みたいに言うのはやめろ」
「だって、そうじゃないですか!この家を出発した時だって、コロハさんのムグ!」
鵺が何かを言おうとしたところで、コロハが慌てて鵺の口を塞いだ。
まあ、また余計な事でも言おうとしたのだろうと思い、そのまま話を続ける事にした。
「さて、みんなの紹介はこの位でいいだろ。コロハ関しては既にみんなへは話したが、改めて紹介しよう。俺の命の恩人でもあるコロハだ」
「コロハです。よろしくお願いします」
コロハが挨拶すると、それぞれから手を差し伸べられて挨拶を交わして行った。