57・格闘の特訓
エレアが無詠唱の火属性魔法を練習している脇で、俺はシンティラの電気の操作を特訓していた。
ゴブリンの巣へ行く前に特訓してから殆んど訓練をしていなかったので、あれから何も変わっていなかった。
相変わらず電撃は強いし、当たらない。10回中5回は外れている状況だった。
しかし今のところ、これと言って解決方法も思い当たらないので、このままひたすらに撃たせていた。
だが、今後の予定としてはいつまでも電撃を飛ばす事ばかりをさせる訳のも行かなかった。
電撃は確かに強力だが、敵が近くに来て、尚且つ近くに味方もいる時は使う事が出来ないのだ。
つまり接近戦、具体的には格闘と組み合わせて使うのが一番理想的と言えるのだ。
「シンティラー!」
「はい!」
数十発の電撃を撃ったところで、シンティラに呼び掛けた。
「今後の予定としては、長距離の電撃と一緒に格闘も覚えて貰おうと思う」
「か、格闘・・・ですか?」
「あぁ。ただ、残念だが俺は格闘を教える事が出来ないから、ちょっと他の者に教わって貰おうと思って・・・お!?丁度いいタイミングに来た!」
「え?」
シンティラの後方に指南役の者が見えたので、そっちへ目線を移した。
それに合わせてシンティラも振り返ると・・・
「ギ、ギコさん!?」
そこにはギコが居た。
「ったく。朝っぱらに来たと思えば、5つ時(15時ぐらい)過ぎに街の東にある平原に来てくれって・・・肝心な内容を俺は何も聞いていないんだが」
「すみません、ギコさん。実は朝は急いでいたモノでして」
実はアクアゴーレムの練習をした後、寄ったのはギコの部屋だった。
しかし急いでいた事もあって、肝心の内容を伝え忘れていたのだ。
そのせいで、若干ボヤキながら来たギコは何も知らないのだ。
「っで?俺が呼ばれた理由を聞いてもいいか?ミツルが俺のところまで来て頼むんだ。なんか理由があるんだろ?」
「えぇ、実はシンティラに格闘を教えて欲しいのですが、お願い出来ないでしょうか?」
「・・・・・・・・・はぁ?」
俺の依頼の内容を聞くと、ギコは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして間を置いた後に不思議そうに言って来た。
「お前が教えればいいだろ!?ミツルは俺より強いんだから、ワザワザ俺が教える必要性が無いだろ!?」
「実は俺の戦い方は特殊で、シンティラには使えないんですよ」
「はぁ?・・・あぁ、まぁミツルの規格違いは今に始まったことじゃねぇか」
ギコは最初は不思議そうにしていたが、直ぐに俺の特殊性に納得してくれたようだった。
そもそも、俺の攻撃は小さい頃からやっていたテコンドウと剣道が元にアレンジしたオリジナルになっている。
自身では動けるが、他者に教える程のレベルには達していないのだ。
それでも、ギコ以上に動けるのは偏に加速魔法のおかげである。
「それで?なんでまたシンティラに格闘なんか?あれだけの攻撃が出来れば問題ないだろ?」
「実は、シンティラの攻撃は方向性が不安定なので、味方に当たってしまう可能性があるんです。なので、敵だけに当てられる様に近距離に近付かないといけない事も出てくるのですが、そうなれば敵の攻撃受ける可能性も大きくなります。ですので実力のあるギコさんに基本だけでも教えて頂きたんです」
「しかしな~」
理由を聞いたギコは今ひとつ、答えを決めかねているようで、後頭を掻きながら複雑な顔をしていた。
「勿論、事情は俺もわかっているので、1日に2・3時間程度で大丈夫です。それにずっとではなく、中間で2日の休みを挟んだ12日間だけお願いしたいんです」
「まあ、それは有難いんだが・・・」
「勿論、お礼もお支払いします。基本的なところだけでもいいので、金貨2枚でどうでしょうか?」
俺の提案にギコは考え込むように腕を組んで目を閉じた。
ギコは今現在、ワケあって家をずっと留守にする事が出来なくなってしまっているのだ。その中で、12日間・1日2,3時間で金貨2枚の報酬は非常に魅力的な相談ではあった。
しかし、ギコは乗り気ではなかったのだ。
「確かにその提案は、今の俺にとって有難い提案だ」
「じゃあ・・・」
「だが、10日間の日に3時間で基本的な事を教えられる自信は無い。中途半端になってしまう可能性があるんだ。そんな状態で依頼を受けるワケには行かないな」
ギコが言う事も、もっともである。
さすがに10日間で初心者から飛躍的な成長というのは無理があるだろう。
しかし、俺にも考えは有った。
「確かに、10日間では極初歩的なモノしか無理だと思います」
「ああ」
「でも、今回はそれでいいんです」
「は?」
その言葉にギコが首を傾げていた。
「それはどういうことだ?」
「実は12・3日したら、しばらく出掛けようとしているんです。7日位で帰って来る予定ですが、帰って来た時に続きを教えて頂ければと考えてます」
「なるほど・・・そういう事か、それならこっちも何とかなっているかもしれないしな。いいぜ!」
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます!お願いします!」
俺がギコに頭を下げると、それに続いてシンティラもギコに頭を下げてお願いした。
こうしてシンティラはギコとの格闘特訓に入った。
エレアは相変わらず無詠唱の練習をしていたが、見る限りでは練習する毎に徐々にではあるが、魔法の発動までの時間が短くなっている様だ。
この調子ならば、明日にでも爆炎(火属性魔法2段階目)の無詠唱も出来るだろう。
エレアは無詠唱の練習。シンティラはギコと格闘の特訓。
そうなると、今度は俺が暇になってしまった。
しかし、この時間も無駄にするのが惜しいので、自分もアクアゴーレム相手に格闘の特訓をする事にした。
「おーい!鵺~!」
俺たちが色々と練習している間、暇だったのでフェンリルと昼寝をしていた鵺を呼んだ。
バサバサ!
「はい。なんですか?」
寝ていたところを呼んだからか、いつもよりテンション低めでやって来た。
「寝ていたところ悪いな。久しぶりに刀の練習をしたいから付き合ってくれるか?」
「え!?本当ですか!?いや~久しぶりですね!ところで何を相手にするんですか!?」
俺が刀の練習をすると言った瞬間、鵺が目を覚ましてワクワクし始めた様にテンションが戻って来た。
「今回はアクアゴーレムだ」
「え?エレアさんに出して貰うんですか?」
「いや、俺が出す・・・出て来い!アクアゴーレム!」
俺がゴーレムを呼ぶと、急速に水の塊が人型に集まり、身の丈4m程の2体と2m程のゴーレム1体がその姿を現した。
ゴーレムが姿を現すと、それぞれに練習していた3者が手を止めてこちらを注目していた。
「で、デカい・・・」
「私が出すゴーレムより大きい・・・しかもまた無詠唱だと!?」
「わー・・・大きい・・・」
エレアのゴーレムより大きくするイメージで作ったのだが、自分としては大きさよりもフォルムに驚いて欲しい所ではあった。
今回は剣の様な物を持たせた形にしたのだ。
「さて、鵺。準備はいいか?」
「はい!いつでも大丈夫です!」
「じゃあ、始めますか!ゴーレム!訓練開始!」
自分の加速魔法を発動させて、ゴーレムに命令を発すると途端に2体のアクアゴーレムは、その大きさに似合わない程の速さで攻撃して来た。
「おぉ!このゴーレム早いですね!」
「殆んど自立させてるからな、油断してるとやられるぞ!鵺!太刀!」
「了解です!」
鵺に号令を出すと、一本の日本刀へ変身した。
大型のゴーレムの攻撃は確かに早いが、大きさ故に懐に隙が生まれてしまう。
その定石に則って、攻撃を躱して懐に飛び込むと・・・
「うお!あぶね!」
そこには小型のゴーレムが構えていて、横薙ぎの一線を放って来た。
それを屈んで躱すと、それを見計らったように大型ゴーレムから拳が迫って来た。
咄嗟に後ろに飛んで回避するが、止まろうとしたところにも、もう一体の大型ゴーレムの拳が振り下ろされた。
「チッ!」
自分で作ったゴーレムではあるが、あまりにも厄介なコンビネーションに思わず舌打ちをして、そのまま転がる様にゴーレムの足の間に飛び込み、足を通り掛けに斬り付けた。
斬られたゴーレムは一度体制を崩すモノの、元は水なので、すぐに治る。
体制を立て直して斬り付けたゴーレムの動きを確認しようと顔を上げた。
その瞬間・・・
「げ!!」
ゴーレムは事もあろうか、後ろ向きのままジャンプして、そのまま背中で潰しに来ていた。
咄嗟に横へ飛んで避けると、そこには小型のゴーレムが剣を振りかぶって構えていた。
「くそ!」
前転で転がった体制から無理矢理立ち上がり、振り下ろしてきた腕を斬り飛ばした。
剣諸共手が無くなったゴーレムを続けざまに首を飛ばして、ゴーレムの動きを一時的に止めた。
その直後、
「ゴフッ!」
横からの打撃をモロに受けて吹っ飛ばされた。
さっき斬り付けた大型のゴーレムではなく、もう一体のゴーレムから攻撃をモロに受けてしまったのだ。
「はぁ、はぁ・・・はぁ、はぁ・・・やっぱり、3体はキツイな・・・」
「ご主人、大丈夫ですかww?」
息を荒くしながら立ち上がると、鵺は笑いながら声を掛けて来た。
「あぁ・・・大丈夫だ」
ゴーレムに訓練開始の命令をしてから1撃を食らうまで、1分と経っていなかった。
「フー・・・まだまだだな。じゃあ、2ラウンド目を始めようか!」
息を整えて気合を入れなおすと、再度ゴーレムに向かって刀を構えて突っ込んだ。
「あいつに勝てる気がしないな・・・」
「た、確かに・・・あのゴーレムさん達に勝てる気がしません」
その様子を見ていたギコが、ぼそりと呟いた言葉にシンティラが同意するように答えた。
「いや、ゴーレムもそうだが・・・それを相手にあそこまで動けるミツルにも勝てる気がしないんだが・・・」
「そ、そうですね・・・わたしもご主人様に勝てる気がしません」
「まあ、あそこまでとは行かなくても、シンティラも強くなろうな!」
「は、はい!」
「じゃあ早速、さっき教えた通りに打拳の出し方から練習だ!」
「はい!」
そうして、シンティラはシンティラでギコと練習を再開し、それと同じくアクアゴーレムとミツルに見惚れていたエレアも練習を再開し始めた。
そうして陽が暮れ始めるまでそれぞれに訓練をして、宿の戻る頃には全員疲れ切っていた。
こうして、集中強化週間が始まったのだった。