56・火の科学
午後に入り、エレアの科学の授業に入った。
その間シンティラは暇になってしまうので、魔法具を外した状態で電気を発生させたり、治めたりを繰り返し練習させる事にした。
「さて、エレアは水と火だとどっちが得意なんだ?」
「ふむ、どちらかと言うと火の方が扱いに自信がある」
「なるほど、じゃあ火の魔法を強化して行こうか」
「よろしく頼む」
「まず『火は何故燃えるのか』そこから考えていこう。エレアは何故火が燃えるのか、考えた事はある?」
「それは、火の妖精がモノを燃やしているのではないのか?」
エレアは、なぜ俺がそんな基本的な事を効いたのかわからないとばかりに、首を傾げて当たり前の様に答えて来た。
「実は、全く違う」
「え!?」
もしかしたら、本当に火の妖精という者が居るのかもしれないが、そんな者は見えないし扱いづらいので、ここはキッパリ否定して置いた方がいいだろう。
そして、俺がエレアの答えが違う事を言うと、エレアは驚きの表情をしていた。
「そもそも『火』というモノ自体、個体として存在しないんだ。では俺たちが『火』と呼んでいるモノは一体なんなのか。そこから徐々に『火の理』について教えて行こう」
「わ、わかった」
「まず、『火』と言うのは『熱』という力が目に見える形の事を言うんだ。じゃあ、その力はどうして一つの所に留まっているか。それにはこれを使った実験が解り易いだろう」
そう言って袋から取り出して机の上に立てたのは、さっきラークの店で買ったローソクだった。
「ローソク?」
「そう。まずはこのローソクに火をつける」
パチン!ボッ!
「!?」
俺が指を鳴らすと、机の上に立てたローソクに火が付いた。
その行動だけで、エレアとしては衝撃的だったようだが、気にせずそのまま授業を進める事にした。
「この燃えているローソクはこのまま放って置くとどうなると思う?」
「そんなの、短くなっていくに決まっている」
「そうだな。じゃあ何故短くなるんだ?」
「それは・・・それは~・・・うーん」
俺の質問にエレアは顎に手を当てて考え込み始めた。
予想はしていたが、やはりそこは考えた事も無かった様だった。
「ローソクが短くなるのは、ローソクが燃えているからなんだ」
「いや、ローソクが燃えているのはわかるが、なぜそれで短くなるんだ?」
「う~ん、なんて言えば解り易いかな・・・例えばパンがあって食べると無くなる。これは当たり前だよな?」
「ああ」
「それと同じで、火はローソクを消費して燃えているんだ」
「火がローソクを?」
「そう。火が燃えるには3つのモノが必要となる。
一つは燃えるモノ。今回の場合はローソクがそれにあたる。
次に、酸素。酸素と言うのは空気中にある、物を燃やす上で必要なモノだ」
「それは、今この場所にもあるのか?」
「あぁ、そこら中にある。その酸素の特性に関しては、体の授業でもう少し詳しく説明するが、今回は火が燃えるには必要なモノとして覚えてくれればいい」
「わかった」
「最後は、熱と言う力だ。これは最初に物が燃えるのに必要なモノだけど、一度物が燃え始めたら外から加える必要はない」
「最初だけしか要らないのか?」
「あぁ、物が燃えると熱が発生する。その発生した熱で次の物が燃え始める。その連続がすごい速さで繰り返される。だから外から加えなくても、ローソクの火は消えないんだ」
「なるほど、そういう事だったのか」
「さて、次はそれぞれが無くなるとどうなるか。その存在が実際にある事を確かめてみよう」
「え?ローソクは見えるが、それ以外のモノを見る事が出来るのか?」
「いや、直接見る事は出来ないけど、それを除いた時に火が消えれば、それは確かに存在するという証明になるだろ?」
「なるほど・・・」
「まずは、このローソクにコップを被せる」
そう言ってローソクにグラスを被せると、火はゆっくりと消えていった。
「消えた!?」
「うん。なんでだと思う?」
「火が燃えるには3つのモノが必要なのだろ?っと言う事は、熱?いや、酸素?」
「うん、酸素が無くなったからなんだ」
「しかし、そこら中にあるのだから、コップの中にも酸素が入ったんじゃないのか?」
「お?いい質問ですね~。実は物が燃えると酸素は消費されるんだよ。つまり、コップの中に入った酸素は火が燃えるのに使われてしまって無くなってしまうんだ」
「なるほど!つまり、新しい酸素がコップのせいで入って来れないから、無くなってしまうんだな!?」
「正解!ちなみに、この酸素が無くなってしまって途絶えてしまうのは火だけじゃなくて、生きてるモノは全部そうだ」
「それってわたし達もそうなのか?」
「あぁ、そうだ。その辺は体の授業で詳しくやるから、今回はそういうモノがあるとだけ覚えてくれればいい。さて次は熱だ」
そう言いながら、バールの街に来る時に持っていた荷物から鍋を取り出し、それ自体を氷結でキンキンに冷やした。
「さて、熱と言うのは力を加えれば熱くなり、力を奪えば冷たくなるんだ。これは逆にしても言える事で、冷やせば力が奪われて、熱くすれば力が加わるんだ」
「ん?どういう事?」
パチン!ボッ!
俺の説明にエレアは首を傾げていたが、確かに言葉だけで理解するには難しい事ではあった。なので、再度ローソクに火を点けて実験を進める事にした。
「実際にやってみよう。この氷結で冷やした鍋に、ローソクを入れるとどうなるか見てみよう」
そう言ってローソクを鍋に入れると、またもや火はゆっくりと消えていった。
「また消えた!今度は熱を冷やしたからなのか?」
「おぉ、正解。今回は冷やして力を奪ったので、連鎖的に存在していた熱が無くなってしまったから火が消えたんだ」
「なるほど、物が燃えるのは妖精の力ではなかったのか」
「まあ、イメージ的には酸素がその妖精に近い存在と言えるかもしれないな。じゃあ次はいよいよ火の魔法についてかな?」
「よ、よろしく頼む」
火の魔法について話すと言うと、さっきにも増してエレアの表情が真剣なモノになった。
「さっきの話から言うと酸素はそこらへんにあるからいいとして、火の魔法は何を燃やすか」
「やはり、魔力ではないのか?それしか思い付かないが」
「うん、そうだね。まあ、それ以外のモノは今度教えよう」
「え!?それ以外にもあるのか!?」
魔力以外にも燃料となるモノが火の魔法にあると言うと、エレアは驚きの声を上げていた。
「そうだね。例えば・・・そうだな。水素というモノがある」
「スイソ?なんだ、それは?」
「まあ『水の理』を教える時に詳しく説明するけど、そういうモノがある。それに火が付くと・・・」
ッパーン!
「「キャ!」」
俺が話ながら作り出した少量の水素をローソクの火に当てると、大きな炸裂音と共にエレアと電気の練習をしていたシンティラが驚いて悲鳴を上げた。
「ご、ご主人様。大丈夫ですか!?」
「あぁ、驚かせて悪かった。今のが水素というモノに火が付いた時の爆発だ。シンティラの電気と合わせると強力だから、その内シンティラにも教えようと思っている」
「え!?私にですか?」
シンティラにも水素を使った魔法を教えると言うと、本人は驚いていた。
「あぁ」
「あ、主。シンティラにも火の魔法を使える様にするのか?」
「いや、シンティラの場合は火の魔法を使う必要が無いんだ」
「どういう事だ?」
「シンティラには電気がある。電気は力の塊のような物だから、酸素と燃える物と電気
があればさっきみたいに爆発を起こす事も出来る」
「そ、そうだったんですね」
その説明だけで、シンティラとエレアは電気が特殊なモノだという事を再度理解した様だった。
「さて、基本的な授業はお終い!ここからは街の外で実践と行こう」
「え!?もうなのか?」
火の仕組みを聞いてるだけの短い授業をしていただけで、まだ何も具体的な火の魔法についての事を話していないのに、実践をすると言い出した俺にエレアが驚いていた。
「あぁ、もう大丈夫だ。シンティラ、一緒に行って次はシンティラの特訓もするぞ」
「は、はい!」
二人とも余りの授業の短さに戸惑いながら、出掛ける支度をし始めた。
宿を出て、俺たちは街の東にある平原にやって来た。
ここはシンティラの特訓をした時にも来た平原だった。
「じゃあ、まずはエレアに照炎を使って貰おうと思う」
「わかった」
「じゃあ、具体的にやり方を教えるよ?」
「あぁ」
「まず、目を閉じて片手を前に出して」
「杖はどうすればいい?」
そう言われてから、エレアが持って来た20cm程の杖に気が付いた。
基本的には俺の魔法は杖が無くても問題ない筈なのだが、今まで杖を通して魔法を使っていたエレアは『魔法は杖を使うモノ』という固定概念が染み付いているだろう。
今回はそういった事も無視できるのかを実験する事にした。
「最初は無くても大丈夫」
「わ、わかった」
俺が指示すると、エレアは緊張しながらも目を閉じて右手を前に出した。
「もしかして、緊張してる?」
「あぁ、すこしな・・・」
「じゃあ、深呼吸してみようか」
「ス~・・・ハァ~・・・」
「大丈夫。魔法使いのエレアなら照炎ぐらい、いつも使ってるだろ?」
「それは、そうなのだが・・・」
「いつもと変わらないよ」
緊張がほぐれる様に少し会話をした後、次の指示を出した。
「じゃあ、そのまま詠唱していた時にどうやって魔力が流れていたか思い出して・・・。想像は出来た?」
「あぁ」
「じゃあ、その力の使い方をイメージしながら、目の前に照炎が出る想像をしようか」
「わ、わかった」
ボゥッ!
エレアが返事をすると、すぐにエレアの右手の先から炎が出現した。
「はい。じゃあ、そのイメージをしたまま目を開けてみて」
「ん・・・え!?」
目を開いたエレアは、自分の右手の先に炎が出現しているのを見て驚いていた。
それもそのはず、俺が指示していた事に特別なモノなどなく、これから何かするであろう前準備だと思っていたモノで既に完全無詠唱が出来てしまったのだ。
「あ、主・・・。こ、これは」
「あぁ、完全無詠唱の成功だな」
「し、しかし・・・。どうして・・・杖も無いのに」
余りにもあっけなく成功してしまった事にエレアは戸惑いを隠せずに居る様だった。
「魔法と言うのは正しい知識と想像、あとは魔力の使い方さえ出来れば使えるんだ。今までは正しい想像と魔力の使い方は出来ていたが、知識が正確ではなかったんだ。ところがさっき『理』を知識として学んだ事によって全部がそろったんだ。だからエレアの実力があれば使えて当然なんだよ」
「ま、まさか。知るだけでこんなに違うとは・・・『理』とはそれほどのモノだったとは」
驚きながらも、自分の出した照炎をマジマジと見ていた。
「正しい知識があるならば、ただの照炎も強力な魔法になる」
パチン!ボッ!
指を鳴らして、俺も照炎を出した。
しかし、俺の場合は手を伸ばす事は無く、鳴らした指先に出現させた。
「例えば、この照炎をいくつか作る」
そう言いながら出した炎を分裂させていき、自分の周りに9つ程浮かばせた。
「そこから、炎射矢を発動すると・・・」
説明を言い終わると浮かばせた9つの炎から火の矢が前方に飛んで行った。
火の矢を放った炎はそのまま消える事無く、その場に残って浮いていた。
この魔法の使い方はゴブリンの巣を掃討した時にも使っていたモノだ。
「・・・っと言う様に、炎射矢を準備段階で止めて、撃つまでの時間をより短くする事が出来る」
「す、すごい・・・」
俺の一連の流れに、エレアは目を丸くしたままこちらを見ていた。
「じゃあ、折角エレアに照炎を出して貰っているから、それを大きくしてみようか」
「お、大きく?」
「そう。もうエレアはわかっていると思うけど、今出ている火は魔力を使って燃えている。だから大きくするなら力を入れて、酸素を多く使うイメージをすれば出来るはずだ」
「大きく・・・大きく・・・!?」
ゴオゥッ!
大きくしようと想像した瞬間、炎が火炎放射器並みに大きくなり、エレアは驚いて魔法をやめてしまった。
「今の、結構大きくなったな」
「び、びっくりした!」
「まあ、あとはなれる様に練習していくだけだな」
「わ、わかった」
「あ、あと大事な事を1つ」
「?」
エレアが練習を開始しようと頷いて平原に向かって手を伸ばすと、言い忘れていた事を思い出したように俺が口にした。
「くれぐれも、詠唱をする時は気を付けろよ」
「ん?それはなぜだ?」
「詠唱は元々、正しい知識が無くてもある程度補助するように出来ているんだ。今のエレアは正しい知識があるから補助が無くても強力な魔法が撃てるようになったが、まだ慣れていない時に強力な上に補助なんて入ったらどうなると思う?」
「どうなる?そうだな・・・あ。な、なるほど・・・気を付けよう」
俺の言葉に少し考えたエレアはすぐに答えがわかったようで、顔が引きつっていた。
「じゃあ、その事だけ気を付けて練習していてくれ」
「わかった。あ、主」
「ん?」
とりあえずエレアは無詠唱の練習をしてもらって、その間にシンティラの特訓をしようと歩き出すと、エレアが後ろから声を掛けて来た。
「ありがとう!」
俺が、エレアに向き直るとエレアは頭を下げてお礼を言って来た。
「気にするな。エレアが強くなればそれだけ俺たちも助かるんだ」
「主の役に立てるように強くなる」
「じゃあ、言葉に甘えて期待しようかな?」
「あぁ、任せてくれ!」
そう言うとエレアは早速、照炎を出して練習を始めた。
流石名の知られている魔法使いだけあって発動までに数秒掛かるモノの、すぐに照炎の完全無詠唱を使える様になっていた。
そんな姿を見届けて、俺はシンティラの特訓を開始した。