55・授業の初日
スー・・スー・・スー・・
「ん・・・ん?動けん・・・」
やけに近い寝息の音に目を覚ますと、窓からの光からまだ朝の早い時間だとわかった。
そしてなぜか両腕に柔らかい感触があり、腕を動かす事が出来なかった。
左右を見ると、片方は見慣れたシンティラの寝顔だった。
そして反対に顔を向けると、なぜか間近にエレアの寝顔があった。
たしか、昨日の夜はそれぞれのベッドで寝ていた筈だ。
3者部屋には3つの内一つはダブルサイズのベッドだった。
俺としてはどのベッドでもよかったのだが、シンティラとエレアに俺はここで寝るべきだと言われ、この一つだけ大きいベッドで寝ていた。
しかし現状では、ダブルサイズに3者寝ている状態なので少し狭い。
それだけでなく、熱帯夜とまでは行かないがなかなかに暑いのにも関わらず、俺にピッタリとくっ付いて2者は寝ていたので、俺はさらに狭さを感じて居た。
俺だけでも起きようと思い二人から腕を抜こうとすると、シンティラの方は問題なく抜けたが、エレアの方は腕を動かした瞬間、ピクリと反応した。
(もしかして・・・)
「エレア・・・起きてるだろ」
「バレてしまったか」
俺が起きてる事を指摘するとエレアは片目だけ開き、ペロッと舌を出して白状した。
「なんで、お前ら俺のところに居るんだよ・・・」
「夜中にシンティラが用を足した後、自分のベッドに戻らずに主のベッドへ入って行ったのだ。夜這いならば一緒にと思ったのだが、シンティラはそのまま寝てしまってな。わたしは、しばらくしたら自分のところに帰ろうと思っていたんだが、そのまま寝てしまったんだ」
「はぁ・・・まあ、いいや」
何となく責める気にもならなかったので、考える事を放棄する事にした。
恐らく、シンティラは何も考えずに今までの様に俺のベッドへ入って来たのだろう。
「さてと・・・ちょっと行って来るかな」
「主、どこか行くのか?」
「あぁ、ちょっと体を動かしにな」
時間的には朝飯まで少し時間があるので、基礎体力を付ける為に体を動かそうと思い、ベッドから出た。
「わ、わたしも行く」
「いや、シンティラが起きた時に不安になるだろうから、エレアは一緒に居てやってくれ」
エレアがついて来ようとしていたが、シンティラが起きた時に誰も居ないのはかわいそうだと思い、エレアには留守番して貰った。
魔法書を片手に宿を出て、更に街の南門を通り過ぎる。
加速魔法を少し使いながらなので、一流冒険者の中でも足が速い程度の速度で走って門の外に出た。
そこから、加速魔法を解除して街道とは別方向に向かって走り始めた。
何故朝からこんな事をしているかと言うと、これには訳があった。
ゴブリンの巣の時やエレアとの戦いで、つくづく体力が無い事を実感していたのだ。
基本的には戦闘中は加速魔法で俊敏に動けるが、やはり魔法は頭を使うので体力が削られる。それに、加速魔法無しでも咄嗟に動けるようにはして置くべきだと考えて居た。
道無き草原を走る事1時間。
ある程度街や街道から離れた所で足を止めた。
実はここまで来たのにはもう一つ理由があった。
それは魔法の練習である。
ゲンチアナの家に居た時は大型魔法は練習できなかったので、俺は3段階以上の魔法が使えていない。
なので、今後の俺の予定としてはこうだ。
早朝・自分の魔法練習と体力作り
午前中・薬学と治療、身体などの生物学と薬学の授業
午後・エレアへの科学の授業とシンティラへの電撃の特訓
夜・魔法(召喚魔法も含む)の本を読んで勉強
こんな感じにする予定だ。
まずは、エレアが使っていたアクアゴーレムと、同クラス魔法である焔旋風(フランマ・トゥーボ)を習得することにした。
ゲンチアナから渡された魔法書を開いて目を落とすと、しっかりとアクアゴーレムも焔旋風(フランマ・トゥーボ)も書かれていた。
「まずは、アクアゴーレム始めるか。え~っと・・・うん、詠唱もちゃんと載ってるな」
詠唱を確認したあと、深呼吸して2体のゴーレムをイメージする。
「Templum hortus aqua.(水宮殿よ)」
呼びかける様に詠唱を始めると、早くも水が目の前に二ヵ所集まり始めた。
「Et milites sequerentur,extinguetur!(兵を出して我に従え!)」
詠唱を終える頃には、身の丈4mはあるゴーレムが2体出来上がった。
「お!成功したな!・・・ん?」
成功したかと思ったが、大事な事に気付いた。
ゴーレムの動かし方がわからないのだ。
「これ、どうやって攻撃するんだ?うーん・・・やっぱりそれもイメージか?」
っと言う事で、とりあえずはゴーレムに右手を上げさせるイメージをした。
すると、ゴーレムは右手をちゃんと上げた。しかし、右手を上げたのは1体だけでは無く、2体とも手を上げてしまった。
「マジか!二重操作が必要になるのか・・・ん?待てよ?」
よくよく考えてみれば、エレアはさらにもう2体加えた4重で操作を行っていた事になる。しかし、そんな複雑な事を考えながら、その間に違う魔法の詠唱を出来るのだろうか?
単純に考えればそんな事は不可能ではないが、限りなく無理に近い。
では、どうしているのだろうか?
考えられる方法としては2つ。
1つは目的を持たせて、それに攻撃するという命令、またはプログラムをしている。
もう1つは、最低限の知性を持たせて独立して動いている。
この2つだが、可能性としては前者だろう。
しかし後者のゴーレムが出来た場合、数を増やして行けば巨人の軍隊と言える。
もしも多量の敵に襲われて、その時に俺しか動ける者が居なかった場合、この上なく頼りになる戦力になるだろう。
思い立ったら即実践。
一度アクアゴーレムを消して、今度は無詠唱で2体のゴーレムを作る。
今度はいかにもなゴーレムではなく、巨大な男をイメージする。
戦闘する上で最低限の指示に従い、共に連携を取るコンビの様なイメージしていく。
そして片手を前に伸ばし、イメージと共に一言呟いた。
「出て来い。アクアゴーレム」
言葉と共に、先ほど詠唱した時と同じように魔力を流し、発動させた。
すると、急速に水の塊が人型に集まり、身の丈4m程の2体のゴーレムがその姿を現した。
「なかなか悪くないな・・・さて、ちゃんと動くかな。アクアゴーレム!演習だ!2体で連携を取って、俺に攻撃しろ!」
加速魔法を使って攻撃をよける練習も兼ねて命令してみた。
すると・・・
ヒュオン!
「うお!」
エレアのアクアゴーレムより早い機動で、ゴーレムが拳で攻撃してきたのを躱した。
どうやら、実験は成功した様だった。
俺が攻撃を躱すと、もう一体のゴーレムが横から攻撃してきた。
『連携を取る』とイメージはしたが、所詮は水。こんなモノかと思って避けると、避けた先にさっきのゴーレムの拳が迫っていた。
「あっぶな!自分で作っといてなんだけど、うお!敵にすると厄介だな!」
寸前のところで、拳を躱すと今度はそのまま裏拳で攻撃して来た。
それも屈んで躱すと、拳が通り過ぎた瞬間にもう一体のゴーレムの拳が上から迫っていた。
「いや!ちょ!はは!これ!マジできっつ!」
もう、ここまで休みなく連撃されると、自分の命令とか魔法の規格が酷過ぎて笑えて来た。
10分程攻撃を躱し続けて、今日の練習を終える事にした。
結果から言うと、アクアゴーレムの魔法は問題なく習得出来た。
機動は図体がデカいくせに、ギコ程では無いが俊敏だった。その上2体の連携も問題無いどころか敵に回すと非常に厄介で、加速魔法を使っても、3回もまともに拳を食らってしまった。
演習という事で拳の水は圧縮していないのだが、当たると非常に痛かった。
魔法である程度服を乾かしたあと、あまりにも時間を使ってしまった事に気付いたので、帰りは加速魔法で急いだ。途中で依頼しなくてはいけない事もあったので、そこに寄ってから宿に戻った。
「ただいま~」
「ご主人様!おはようございます!」
「ゴフ!あ、あぁおはようシンティラ」
宿に帰り、部屋のドアを開けると勢いよくシンティラが抱き着いて来た。
さっきまでゴーレムの拳を避けていた俺には、それ位は避けられるのだが、避けちゃいけない気がしてシンティラを受け止めた。
しかし身長差のせいで抱き着かれた瞬間、肺の空気が一気に押し出される威力があるので、地味にダメージが大きい。
「あ、ある──」
「いや、エレアまでする必要はないぞ」
「またもや、バレてしまったか」
エレアが体をこちらに向けて、俺を呼びながら走り出そうとしていたのでその前に止めると、少し寂しそうに呟いて諦めてくれたようだった。
みんなで朝食を食べた後、俺達はラークの店に向かった。
今日から漢方薬の授業・・・の前段階の授業を始める。
授業は商談用の部屋で行うことにした。
幅広の長机に3者が座り、その前に俺が立って授業をする形だ。
「さて、今日は最初という事で、体の基本的なところから説明しようと思う。まずはこれを見て欲しい」
そういって布の袋から出したのは、理科室に必ずと言っていいほど置いてある人体模型・太郎君(仮)である。
勿論、俺の土魔法で作ったお手製だ。
「主、それは?」
「これは、俺達の体の中を模型にした物だ」
「わ、私の体もそうなっているんですか?」
「あぁ、シンティラの体もこうなっている。もちろん、エレアやミーナも一緒だ。
まずは、内臓と血管と筋肉について教えておこうと思う。ところで、みんなは臓器についてどこまで知ってる?」
「え~っと、心の臓しかわかりません」
ミーナの返答にみんなも同様だと頷いていた。
「なるほど。じゃあ、まずは食べ物を食べた時に体の中をどうやって通るのか。順番に説明して行こうと思う。まずは口からだ・・・」
その後、休憩を挟みながら3時間の授業が終わった。
今日の所は消化器系のそれぞれの位置・特徴を教えたが、みんな知らない事ばかりだったせいもあって、授業の進行は遅めではあった。
3者とも紙にメモを取り、疑問に思ったところはその場で質問をしている所を見ると、意欲的に学んでくれている様ではあった。
「お疲れ様です」
「あ、ラークさん」
授業を終えた所でラークが様子を覗きに来た。
「どうですか?」
「まぁ初日なのでわかりませんが、問題なく今後も授業は出来そうですね。ただ、俺の方がみんなに解り易く教えられるかが不安ですよ」
「ハハハハッ!ミツル殿ともあろう方が弱音とは、らしくないですね」
「今まで、他者に教えるという事をした事が無いので、自信が無いんですよ」
「いや、主の教え方は丁寧で解り易かったよ」
俺が自信無さげにラークと話していると、エレアが授業の感想を言って来た。
「そう言ってくれると助かるよ。今後も頑張らないとな」
「どうぞ、これからもよろしくお願いします。さて、お昼を用意しているので2階へどうぞ」
「ありがとうございます」
ラークに用意して貰った昼飯をみんなで食べた後、俺たちは宿に戻った。
次はエレアの科学の授業だ。
「さて、エレア。一日に沢山の事を覚えるのは厳しいだろうし、それに今日は初日だから基本的なところだけにしよう」
「よろしく頼む」
エレアは自分の戦闘力に直結するという事もあって真剣な表情で返事をして来た。