54・カリキュラム
一度宿に戻って部屋の移動を済ませた後、常備薬販売の話をする為に俺たちはラークの店に向かっていた。
最初は俺だけで行くつもりだったが、エレアが先日の一件を謝罪したいと言うので一緒に来る事になった。
当然そうなると、シンティラも一緒に来ると言って来たので全員で向かう事になった。
「し、しかし・・・わたしが言い出したモノの、許してくれるだろうか」
ラークの店に行く途中、エレアが不安げにしていた。
恐らく、今までは力で問題を解決して来たせいで、そういう事には慣れていないのだろう。
「大丈夫だろ。何かあったら、俺からも言うから」
「す、すまん。主・・・」
ラークの店に到着し、いつものように店の中へ入って行った。
「こんにちは。ラークさん居ます?」
「いらっしゃいませ・・・あ!ミツル殿!それにシンティラ殿と鵺殿もお元気そうで」
「こんにちは、ラークさん」
「こんにちは~」
「ん?」
それぞれにあいさつをすると、ラークの顔が疑問符と共に強張った。
「ミ、ミツル殿?その、大きい魔獣は・・・」
「あ!あぁ、紹介します。ゴブリンの巣を掃討した時に、色々あって俺の召喚獣になったフェンリルです」
「フェンリルと言う。よろしく頼む」
「は・・・はぁ」
「それと・・・あれ?」
エレアの事も話そうかと思ったがエレアの姿が見えなかった。
しかし、振り向こうとすると服の裾が引っ張られる様な感じがしたので背中を見ると、なぜかエレアが俺の後ろに隠れて居た。
「どうしたの?」
「いや、その・・・なんていうか、顔を合わせ辛いというか・・・」
「そうは言っても、自分で言い出した事だろうに・・・」
「ん?どなたか他にもいらっしゃるのでしょうか?」
俺とエレアが小声で話していると、ラークが声を掛けて来て、その声にエレアがビクッと反応した。
「えぇ、実は訳あってラークさんに顔を見せ辛いそうなんですけど・・・先にお願い出来るなら、あまり責めないでやって貰えると助かるんですが・・・」
「は?はぁまぁ、理由はわかりませんが、ミツル殿がそう言うのであれば私は何も言いませんが?」
「そうですか。ありがとうございます・・・そう言ってくれているから、隠れて居ないで出て来な。エレア」
「エレア?」
俺がエレアの名前を呼ぶと、ラークがその名前に反応してさらに不思議そうにしていた。
しかし、エレアが俺の後ろから姿を現すと、その表情は一瞬にして驚きの色に変わった。
「な!あ、貴方は!」
「この前は、大変失礼をした。申し訳ない」
俺の背中から出て来たエレアが深く頭を下げるとラークは驚きの余り、口をパクパクとさせて言葉が出て来ないようだった。
「え!?な!?ど、どうして!?あなたが、ミツル殿と一緒に!?」
やっと出た言葉は、持って当然の疑問の言葉だった。
「この度、主ミツルの奴隷になったのだ」
「はぁ!?ど、奴隷に!?ど、ど、どういう事ですか!?」
「まぁ、俺も今一説明し難いんですけど・・・決闘を申し込まれて、勝ったらエレアが奴隷になった・・・って感じです」
「・・・・・・はぁ!?つまり、どゆ事!?」
まあ、普通そうなるだろう。
ラークの反応から、決闘に負けたら奴隷になるなんて事が普通じゃないという事がわかって、俺は少し安心していた。
その後、エレアの口からどうしてこうなったかを説明して貰ったが、俺も再度聞いても全く意味がわからなかった。
同じくラークもその説明では、話は事実を全て言っているが内容がぶっ飛んでいて、頭の上には疑問しか浮かんでいなかった。
「な、なるほど・・・お気持ちはわかりました」
(わかっちゃうんだ!)
「ミツル殿からの口添えもありますし、私も不問に致しましょう」
(あ、謝罪したいってところにか・・・)
「すまない」
「それで、本日はその件で?」
「いえ、今日来たのはこの間話した常備薬の件で話を進めに来ました」
「おぉ!早速ですね!では、ミーナを呼びましょう!」
そういって、ラークは席を立って早歩きで部屋を出た。
「そういえば、主。その常備薬というのはなんなのだ?」
ラークが部屋を出ると、エレアが質問してきた。
「あぁ、常備薬というのはお金が無くて病気を悪化させている平民に、もっと早期に治療が出来るように副作用の少ない薬を安く販売しようというモノだ」
「なんと!・・・し、しかしそれでは薬師の仕事が減ってしまうのでは?」
「その心配は無いと思う。簡単な質問をして、常備薬で治るモノはそのままそれで治せばいいが、それ以外のモノに関して細かい診断が必要だろう」
「そ、そうなのか・・・」
「まぁ、どこまでを常備薬にするかはこれからの話し合いだな」
常備薬の案に関して大雑把に説明すると、エレアは戸惑うような表情をしていた。
「お待たせ致しました」
扉が開くとラークと、紙とペンを持ったミーナが入ってきた。
「改めて紹介しましょう。ウチの奴隷、ミーナです」
「ミーナです。よろしくお願いします」
「知っていると思うが改めて、俺がミツルでこっちが」
「鵺です!」
「シ、シンティラです」
「フェンリルだ」
「エレアだ」
「ラークさんに聞いていると思うが、今後簡単な薬剤の調合を教える事になる。よろしく頼むよ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ラークさん。とりあえず今後の予定を大雑把に話したいと思うんですが、いいですかね?」
「えぇ、お願いします」
一通り挨拶が済んだので、作る薬や問診項目について話を進める事にした。
「まず、調合する薬ですが、今のところ
麻黄湯・葛根湯・小青龍湯・人参湯・牡蛎散・桂枝湯・犀角地黄湯の7つを考えてます。
あとは、それに付随する加減して使う薬剤と単体で効用がある物を教えたいと思います。
今回は常備薬なので、完全に悪くなってしまった病では無く、まだ初期の段階で治療出来るモノを治療しようと言うのが目的です。なので、最長でも1週間の服用で改善が見られない場合は、すぐに薬師の方へ誘導します。
教える物は比較的、服用に禁止事項の少ない物ですので、よほど相性が悪い誤った服用をしなければ死ぬ事はありません。ここまでで何か質問はあるでしょうか?」
「・・・・・・」
「え~っと・・・何かの呪文みたいなモノが最初に出て来てから、わからなくなってしまったのですが・・・」
全員がポカンとして呆気に取られた表情をしていた。代表してラークがわからない事を口にすると、全員首を縦に振ってそれに同意していた。
確かに向こうの世界にあった漢方薬の名前を言っても、チンプンカンプンなのは当たり前だった。
「あ、すみません・・・とりあえず、簡単に言うと体温が異様に高くなったり鼻水が出たり、ケガをしたあとで血が足らなかったり・・・そういった、体が弱っている時は病気になりやすいので、それを薬で病気になる前に治そうという事です。
教える物は調合が必要な物以外でも単体で効果がある物も教えます。
あくまで、病になる前に手を打つ事が目的なので、病に完全になったら薬師にお願いするんです。
最初に言った呪文みたいのは調合した後の薬の名前なので、今は気にしなくていいです」
「そ、そうですか。では細かい使う薬草はどうすればいいでしょうか?」
「それはまた後日、紙に書いて持って来ます。
まずは、病気にはどういったモノがあるかや身体の基本を教えたいと思います。
俺も冒険者ギルドの依頼や魔法の練習をしたいので出来れば明日から、朝から昼までの時間で教えようと思います」
「わかりました。では、それでお願いします」
大雑把であるが、今後の予定を話した。そして、もう一つ付け加えるのを忘れていた事を思いだした。
「あ!あと、シンティラとエレアにも最初の方は一緒に受けて貰おうと思ってる」
「「え?」」
「特にシンティラ」
「は、はい!」
「シンティラには必要な事も多くあるから、しっかり学んで欲しい」
「主、わたし達も薬の知識が必要になる事があるのだろうか?」
俺がシンティラにも授業を受けて欲しい事を言うと、二人は困惑していたようだった。
「いや、薬に関しては学ぶ必要はないが、最初の身体については学んでいた方がいいだろう。これは、攻撃する上で敵のどこを攻撃すれば致命傷になるかがわかるし、逆に守らなければいけない場所もわかる。特に、シンティラの電気の攻撃は生き物全ての弱点と言える攻撃だ。その理由もちゃんと説明するが、しっかりとした知識と力加減を覚えれば、敵を無力化するのか、殺してしまうのかを分ける事が出来る」
「わ、わかりました」
「エレアは今後、誰かがケガをした時に応急処置が出来る様に最低限知って置いて欲しい」
「わかった」
二人が納得してくれたところで、今日のところは話し合いを終了した。
明日からは午前中は3者に生物学、午後はエレアに科学とシンティラの電気の特訓。そして、あとの時間は自分自身の魔法の練習と大忙しの毎日を始めようと思っている。
その後ラークの店が閉まる時間になると、一緒に夕食を食べないかと誘われたので、交流も含めてその日は特別にラークの奴隷達も一緒に食事する事になった。
話を聞くとラークのところの奴隷は、食事は自分たちで作って食べているそうだ。
使う食材は一般的な物ばかりで、ラークもそれを食べる事もあるそうだ。
ラークにその事を聞くと
「働く上で体は資本です。肉体労働だけじゃなく、見た目的にも貧相だと商売に向きませんので」
との事だ。
まあ、ラークも変わり者ではあるので、おそらくは普通より奴隷の待遇としてはいい方なのだろう。
夕食を終えて宿に帰ると、寝るのには丁度いい時間になっていた。
今日からはエレアも一緒の部屋なので、まずはエレアとシンティラに体を拭かせて、その後に自分も体を拭いた。
最初はシンティラに、エレアと体を拭いてくるように言うと、寂しそうな顔をしていたが、そこは色々と負けない様に頑張って諦めて貰った。
今までシンティラの体を拭いた事は何回もあるが、流石にエレアも一緒にいるとなると、やはり恥ずかしいモノがある。
それぞれが体を拭き終わったあと、エレアとシンティラに明日からの予定を話す事にした。
「え~っと、明日から薬関係の事を朝から昼にするのはラークさんのところで話したと思うけど、その他に昼以降はエレアに科学を教えるのとシンティラの電気の特訓をしようと思う。その二つの進行具合にも依るけど、討伐依頼とかで実践を含めてやりたいと思う」
「はい」「わかった」
「その日程を5日やったら2日は休みにしよう」
「「え?」」
俺が週休2日を提案すると、2者そろって首を傾げた。
「主。その休みとは何をする予定なんだ?」
「いや、休みなんだから好きにしていいよ」
「あ、あの・・・ご主人様はどうするんですか?」
「俺?俺は自分の魔法を練習するかな」
「あ、主は既に十分強いのでは?」
「いや、まだまだだろ。それに、試したい事もあるからな」
そう言うと、2者そろって驚いた表情のままだった。
「ご、ご主人様はさらに強くなろうとしているんですか?」
「あぁ、やっぱり広域魔法は覚えておきたいしな」
「こ、広域魔法!?」
俺の目標にエレアが驚いた。
そんなに驚く事は言っていないと思ったが、理由は相応のモノだった。
「あ、主。広域魔法と言えば、1つの属性だけでも使えれば魔術師と名乗れる程のモノだが・・・それを習得するのか?」
「ん?エレアだって、火の属性で龍とか出せるだろ?」
「あれは、アクアゴーレムぐらいの大きさの龍を出せるだけだ。森とか村で使えば、火が広がるが、魔法自体は大規模じゃない」
「なるほど・・・ちなみに広域魔法ってどの位の規模なんだ?」
「広域魔法は、それこそ一瞬で村を消す規模だ」
「なるほど・・・まあ、俺に出来るかどうかわからないが、行ける所までは行ってみようと思っている」
「きっと、ご主人なら出来ますよ!」
「わ、私もご主人様なら出来ると思います」
なんだか、段々シンティラが鵺に影響されて始めているようなので、そのうち何とかした方が良いだろう。
「それと、あと13・4日したらエド村に向かおうと思う」
「コロハさんの所に行くんですね!?」
「コロハさんってご主人様を助けた方ですか?」
今後の予定として、2週間ほどしたらゲンチアナの家へ一度戻ることを言うと、鵺がコロハの名前を出した。
その名前を昼間に聞いていたシンティラが首を傾げて聞いて来た。
「あぁ。実はバールの街に来るときに、コロハの祖母であるゲンチアナの婆さんに金を借りたんだ。それも返さなきゃいけないしな」
「主。その後は、早速旅に出るのか?」
「いや、またバールに戻ってくる。昼間に話した魔法を教えた行商人の子供、ケイトという奴がこの街に戻ってくる。その時に、もう少し科学を教えるつもりだ」
「なるほど」
「まあ、明日から忙しくなる事は変わらないから、今日は早めに寝よう」
そうして今後の予定について話したあと、俺達はそれぞれのベッドで寝ることにした。