52・ケンカを売る相手
広場を横切ると、すぐそこにあるのはアメリカのホワイトハウスを茶色くして、1階増やしたような建物だった。
これが、魔法ギルドの建物だ。
魔法ギルドは魔術師・魔法使いと治療魔法師のみで構成されるギルドで、その手の依頼や道具・物資などを扱っている。
中に入るとメインホールは冒険者ギルドより大分小さく、床には赤い絨毯が敷かれていた。見える手すりやカウンター・扉など、木の部分は艶のあるウォールナット色(濃い茶色)で統一されており、全体的にシックで高級感のある雰囲気になっていた。
ホールの奥は2階のロフトになっており、そこへ上がる階段がカーブを描いて左右から1階に伸びていた。
その階段の中央、ロフトの下には大きな総合受付のカウンターがあり、そこには何人かの男性が居た。
「すみません」
「はい、どうされましたか?」
声を掛けると若い執事のような服を着た犬耳の男性が、迎えてくれた。
「今朝この手紙を頂いて来たのですが、どこへ行けばいいでしょうか?」
「左様で御座いましたか。恐れ入りますが、手紙を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」
「はい、この手紙です」
「失礼します・・・。あぁミツル様でいらっしゃいましたか、お待ちしておりました。どうぞ、こちらにお越し下さい」
男性が手紙を受け取ると、宛名を見てすぐに2階へ俺たちを案内した。
左右から伸びた階段を上がり、ロフトのようになっている2階部分に上がると、魔法使いっぽい服装の獣人が何人かいた。
その獣人たちは俺らが2階に上がると、一斉に俺たちに目を向けて何かをヒソヒソと話していた。
正確にはその視線の先を追うと、エレアを見ているようだった。
「すまない、主。わたしのせいで、嫌な思いをさせてしまっているな」
「確かに気に食わないが、それはエレアのせいじゃない。気にするな」
そんな会話をしながらそのホールのさらに置くへ進むと、応接室に通された。
「こちらで、少々お待ち頂けますでしょうか?」
「・・・わかりました」
「恐れ入ります」
パタンッ
「なんなんですか!ここの連中は!!」
案内してくれた男性が俺たちにこの部屋で待つように言って退室すると、今まで黙っていた鵺が不満を吐き出し始めた。
「ジロジロ見て来て!全くウザイったらありゃしないです!!」
「すまないな、鵺。わたしが奴隷になったからだろう。こういう事を考えて、わたしは外で待って居れば───」
「それはさっき関係ないといった筈だ。エレアのせいじゃない」
「し、しかし・・・」
「大丈夫だ。気にするな」
「大丈夫だ。気にするな」そうは言いつつ、俺が不機嫌になって殺気を漏らしているのは、全員が感じ取っていた。
コンコン
「失礼します」
声と共にドアが開かれると、先ほどの案内の男性とその後ろから如何にも魔法使いな白く長い髭を生やした男性がやって来た。
「お初にお目に掛かる、ミツル殿。ワシはここの魔法ギルド長、マニスと申す」
「こちらこそ、初めまして。ミツルです」
挨拶と共に握手を求められると、俺は椅子から立ち上がってそれに答えた。
その様子を俺以外のメンバー全員が呆けて見ていた。それもその筈、先ほどまで殺気を漏らして不機嫌モードだったのにピタリとそれが無くなり、普通に挨拶をしているのだ。
ここら辺は日本人の特技である、本音と建て前の切り分けの早さである。
「まずは急な御呼び立て、申し訳なかった。そして、ご足労に感謝する」
「いえ。急な訪問、失礼しました」
「いやいや、こちらが差し出した手紙じゃ。気にする事は無い・・・して、来て頂けたという事は返答に期待はして良いのかの?」
「いえ・・・残念ながら、お断りさせて頂く為に参りました」
「な、なんじゃと!」
俺がギルドへの登録を断ると、マニスは席を立って驚いた。
「エレアを圧倒したその実力、魔法使いとして有望どころか、魔法ギルドに入れば魔術師への道も間違いないじゃろ!?」
「その事でしたら、もう既に魔術師なので問題はありません」
「なッ!」
「ここに居る魔獣は私の召喚獣です。召喚印の中は退屈だと言うので、出しています」
マニスは驚きのまま固まっていた。どうやらエレアは俺の事などは一切ギルドには話して居ないようだった。
まあ、言うなとは言っていなかったが、状況を見る限りではエレアは信頼が置けそうだと思った。
「フーッ・・・これは、予想外じゃな。まさか、魔法ギルド以外から魔術師が出るとは・・・」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は魔法ギルドに登録する気はありません」
「・・・・・・」
再度キッパリと断るとマニスは下を向いて沈黙した。
2・3分だろうか。その状態が続いていたので話は終わったと思い、帰ろうとした。
「では、この辺で失礼致します」
「・・・・・・本当にいいのかね?」
俺たちが帰ろうとした瞬間、マニスが殺気と共に声を発した。
「それは、どういう事でしょうか?」
「ミツル殿。貴方は今、魔法ギルドを冒涜しようとしているのだ。つまり、魔法ギルドを敵に回そうとしているが、本当にいいのかね?」
ハッキリ言って今までの話の中で、どこら辺が冒涜に当たるのかが全く分からなかったが、間違いなく脅してきている。
「そうですか・・・」
俺は再度マニスに向き直って冷めた目で問い掛ける事にした。
「では、逆に伺いますが・・・魔術師を敵に回しても?」
「フンッ!魔法ギルド総出で叩き潰して───!」
マニスが言葉を言い切る事は出来なかった。
何故ならば、いきなり大きくなったフェンリルの口にその両腕と共に体を挟まれたからである。
「そうですか・・・そう言えば、南の街道に大きな犬が居たんですが・・・ご存じですよね?」
「ま、まさか!」
「えぇ、その犬はそこにいる魔物ですよ・・・さて、もう一度聞きましょうか?」
そう言うと、俺は片手で見せ付ける様にして、バチバチと音を立てて放電しながら再度問い掛けた。
「伺いますが・・・街全体を魔術師の敵に回しても?」
そういうと、マニスは顔を青くしてガタガタと震え出した。
「フェンリル。そいつを───」
「ミツル!!待て!」
一向に返答が無いので、俺がフェンリルに命令しようとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開いて大声が飛んで来た。
その声に目を向けると、そこにはなぜか冒険者ギルド長のブルホンが居た。
「あれ?ブルホンさん。なんでここに?」
「はぁ~・・・間に合ってよかった。ミリからミツルが魔法ギルドに呼ばれて行ったって聞いて、急いで駆け付けたんだ」
「そうでしたか、ご面倒をお掛けしてすみません」
「いや、いい。それよりそのバカを儂に免じて離しては、くれんか?」
「まぁ、最初から殺す気はありませんでしたから、いいですよ。フェンリル」
俺がフェンリルを呼ぶと、フェンリルは口からマニスを離した。
「すまん、ミツル。もっと注意して置くべきだった」
「いえ、ブルホンさんのせいじゃないですよ。このジジイが物騒な事を言うモンで、少しばかり寝たきりになって貰おうと思っただけです」
「そうか・・・すまんな。マニス!貴様は何をしようとしていたかわかっているのか!?」
俺に向かって謝った後、ブルホンは怒り心頭の表情でマニスの胸倉を掴んで持ち上げた。
「ブ、ブルホン!違う!ワシはただ、魔法ギルドの沽券を守ろうと───」
「貴様!たかがギルドのプライドの為に街を消す気か!?」
「な、何を言っている・・・魔術師の1者。ギルドの力を持ってすれば───グア!」
マニスが言葉を言い終わる前にブルホンはマニスを壁に投げ捨てた。
「では聞くが、マニス。ミツルの種族は聞いたか?」
「い、いや・・・知らん」
「はぁ~・・・」
その返答にブルホンは片手で頭を押さえて、ため息をついたあと俺に目を向けて来た。
「ミツル。すまんが、このバカにお前の種族名を言ってやれ」
「あぁ、俺の種族は・・・フマナだ」
「な!フ、フマナだと!?」
「あぁ、その通り。ミツルは正真正銘のフマナだ。マニス、いくら貴様がバカでもフマナの魔術師に手を出せばどうなるか、わからない訳ないだろ?」
俺の種族を言うと、マニスは呆然と魂が抜けたようになっていた。
それと同時に、シンティラとエレアとフェンリルが俺の後ろで首を傾げていた。
「「「フマナ?」」」
「ん?シンティラ。お前も、主の種族を知らなかったのか?」
「いえ、ご主人様の種族は知っていますが・・・」
「では、シンティラは主の種族をなんと聞いているんだ?」
「え~っと・・・その・・・」
俺の後ろで、俺の種族に関してエレアとフェンリルに聞かれてシンティラが自分で答えていいモノか困っていた。
「シンティラ。そこは俺から説明する」
「は、はい」
「主。フマナとはどういう種族なのだ?聞いた事は無いが、冒険者と魔法の両ギルド長の話からすると、特別な種族の様に聞こえるが・・・」
「あぁ、フマナは正確な種族名では無い。不要な混乱を避けるために、一部の者しか知られない様にする為の名前だ」
「ほう・・・では、主の正確な種族名は違うのか」
「あぁ・・・人間だ」
「にににに、人間!?」
「ほ~・・・なるほど、道理で懐かしい魔力の匂いを感じる訳だ」
俺が人間だと明かすと、エレアは腰を抜かした様に驚いて座り、フェンリルはそれを聞いて納得したみたいだった。
「フンッ!つまりこのギルド長は、歴史上で絶対にケンカを売ってはいけないと伝えられる、人間の魔術師にケンカを売ったのだ。ミツルがその気になれば、指一本動かさずにギルドごと消せるだろう」
(いやいやいやいや、ブルホンさん!?ちょっと盛り過ぎじゃない!?)
「マニス。こうして貴様が生きてるのは、相手がミツルだったからだ。そのミツルが完全に敵に回らずに済んだ事を、幸運に思う事だな」
「は・・・はい」
ブルホンに言われて現状を把握したマニスは、ズボンを濡らしながら辛うじて返事を返した。
そうして、ブルホンと共に俺たちは魔法ギルドを後にした。
「本当に済まなかったな、ミツル」
「いえ。先程も言いましたが、ブルホンさんのせいじゃないですよ。それに、ブルホンさんのお蔭で鬱憤は晴れましたから」
「ククククッ・・・そう言って貰えると助かる」
「さて、俺たちはこれで失礼します」
「なんだ。昼でも一緒にどうかと思ったんだが・・・」
「すみません。ちょっと、内々(うちうち)で話さないといけない事もあるので・・・」
「そうか・・・まあ、いつでも声を掛けろ。儂は基本的には暇だからな」
「わかりました。その時はお願いします」
「じゃあ、気を付けて帰れよ!」
「はい、ありがとうございました」
そう言ってブルホンの背中を見送ったあと、俺はみんなに振り向いた。
「さて・・・一度、宿に戻って色々と話そうか」
一度、宿に戻って俺の事を話す事にした。
前に鵺も言っていたが、自分の仕えている主人が何者なのかぐらいは、やはり知る権利があるだろう。
今回の話は少し短かったので、今日中にもう一話上げます。