50・希(こいねが)う
中頃までは今までの出来事についてのシンティラ目線をザックリ書いてあります。飛ばしても問題はありませんが、読んで頂けると嬉しいです。
私は焦っていた。
毎日叩かれたり鞭を打たれたりして、生きるのも辛い日々が続いていた。
そんなある日、夢にまで見た生活が突然訪れた。
ミツル様と言うご主人様に買われて目が覚めると、いつも目に入ってくる檻や暗い地下では無く、普通の家のベッドに寝ていたのだ。
最初は、また酷い事をされると警戒して攻撃してしまったが、ご主人様は優しく抱きしめて頭を撫でてくれました。
その後、ご主人様は私に普通の平民が食べる食事を与えてくれました。
久々のご飯は美味しくて嬉しくて、自然と涙が止まりませんでした。
ご主人様は用事があるという事で出掛けたあと、自分の着ている服が綺麗な事に気が付きました。
ご主人様の武器である魔剣の鵺さんに聞くと、ご主人様が新品の服を用意してくれて、しかも治療魔法で鞭の傷も癒してくれたと聞きました。
そんなに優しくしてくれるご主人様に対して感謝の気持ちと同時に、次第に不安も大きくなっていきました。
自分はここまで良くして貰って、期待に応える事は出来るだろうか・・・。
鵺さんにご主人様はどういう方か聞くと、とにかく優しくて強くてすごい人だと言っていました。
自己紹介の時にミツル様は人間の魔術師で、魔剣使いで、薬師・治療魔法師・魔法具技師・冒険者でもあると言っていました。
人間と聞いた瞬間に思い出したのは、私が幼い頃にお母さんが話してくれた恐ろしい怪物の様な人間でした。
しかし、目の前にいる方はそうはとても見えない優しい方だったので、私は不思議と怖いとは思いませんでした。
まだ、よくはご主人様の事を知りませんでしたが「きっと、この人以外には優しくしてくれる方はいないだろう」と強く思いました。
それだけに、ご主人様を喜ばせなくてはいけないと考え始めたのです。
ご主人様が帰って来た時に、思い切って体を捧げる事を伝えました。
しかし、ご主人様は優しくお礼を言った後「もう少し落ち着いてからでいい」と言ってくれました。
正直なところ、私も「男の方はそうすると喜ぶ」と話で聞いただけで、本当は恥ずかしくて怖かったので、残念でもありましたが少しホッとしたのも事実でした。
そしてそんなご主人様は、素敵な物を私に下さいました。
一つは素敵なチョーカー型の従属の首輪でした。
重い首輪の代わりに、見た目には素敵なアクセサリーの様な黄色い雫型の石が付いたかわいらしい物でした。
もう一つは、シンティラという私の名前でした。
ご主人様が言うには、私の出す電気の事を遠い国の言葉でそういうそうです。
お母さんとお父さんから貰った名前はもう名乗る事は出来ませんが、その名前に音が似ている事もあって嬉しくて思わずご主人様に抱き着いてしまいました。
そして、何度も名前を呼ばれると胸の辺りが熱くなり、自然と涙が流れて来て、そのまま眠ってしまいました。
次に目が覚めるとすでに空は夕方になってしまっていて、飛び起きるとご主人様は優しく声を掛けてくれました。
本当はもっと謝らなきゃいけないのに、名前を呼ばれると自然と嬉しくなって顔がニヤケてしまいます。
起きた私に待っていたのは、ご主人様の作った魔法具でした。
ご主人様の作った魔法具は私が制御出来なかった電気を、抑える事が出来たのです。
くすぐられて息が出来ず、ちょっと死ぬかと思いましたが、嬉しくもありました。
その後の夕食の時に、伝えられていなかった服と食事の事をご主人様に話すと「やりたい様にしてるだけだから気にするな」と言って頂きました。
その言葉に私は衝撃を受けました。そんなに自由で大きい方が、自分の主人であると知った瞬間、嬉しくもあり誇らしく思いました。
夕食を食べたあと、ご主人様の手伝いをしようとして一度断られてしまいましたが、鵺さんの後押しもあって、背中を拭かせて頂きました。しかし、今度はご主人様が私の体を拭くと言って、背中を拭いて頂いたので、なんだかお役に立てているのか不安でした。
その夜も頑張って体を差し出してみたモノの、急に眠気が襲ってきてしまって、捧げる事が出来ませんでした。
翌日、電気で他者を傷つける事が無くなったという事で、ご主人様と出かける事になりました。最初は周りの他者が怖くて仕方無かったですが、ご主人様と一緒にいるとどの方も優しく接して下さいました。
この日は本当に驚く事が多かったです。
まず最初に驚いたのは、ご主人様が「服屋に行く」と言って連れて行かれた先は、仕立て屋さんでした。
それだけで気が引けてしまって、黒が好きという事もありましたが、なるべく飾り気のない服を選びました。しかし、ご主人様は素敵な服を選び直してくれました。
そしてその値段に驚きましたが、ご主人様は「気にしなくていい」と言うのみでした。
続いて、ご主人様のギルド登録に私も登録して頂けるとの事で、手続きに行ったのですが・・・。
なんと、奴隷身分の制限を免除して頂ける冒険者奴隷のギルド証を、私に持っていていいと言って下さったのです。
それは奴隷にとっては最低期間内であっても、奴隷から解放されるのに近い状態になるもので、これを奴隷自身で持てるというのは大変な事だと聞いたことが有りました。
ギルドの受付の女性も「本当にいいのか?」と言っていましたが。ご主人様は困った様な笑みを浮かべて「いいんですよ」と言っていました。
次に行ったラークさんの店で起きた事がこの日一番の驚きでした。初めてご主人様の戦闘を垣間見て、本当に魔術師なんだと思い、すこし怖かったですがそれ以上にご主人様は強くてかっこよかったのです。
そして、怯えていた私を膝の上に乗せて、優しく撫でてくれたその優しさに、さらに惹かれて自分がいる事にも気付いたのです。
その日と翌日には奴隷となってしまった原因である電気の制御の方法も教えて貰い。本当に感謝しても仕切れなく、そして大好きになって行ったのです。
しかし、ゴブリンの巣を掃討して帰って来た翌日、ご主人様はラークさんのお店で暴れようとしていた魔法使い・エレアさんと決闘する事になりました。
少し心配ではありましたが、ご主人様なら絶対に勝てると思っていました。
実際、圧倒的な強さで勝てたのでよかったのですが、思わぬことが起きてしまったのです。
なんと、エレアさんがご主人様の奴隷になってしまったのです。
そこで私は、大きな焦りと不安を感じてしまいました。
自分はすでに奴隷の身分。必要が無くなってしまえば売られてしまう事もある。
それだけは、絶対に嫌でした。あんなに暗くて冷たい所で、毎日痛い思いをするのはもう嫌でした。
強くてかっこよくて、優しいご主人様に捨てられない為だったらなんでもしようと思っていました。
そして、決闘があった夜。
私は覚悟を決めて、鵺さんとフェンリルさんにお願いしてご主人様と二人にして貰いました。
今度こそこの身を捧げて、ご主人様の傍にこれからも居させて貰う為に。
決闘から部屋に帰ると、心地よい疲労と睡魔に襲われたので俺は一度寝る事にした。
そして昼過ぎに起きると、隣にはシンティラも一緒に寝ており、鵺もフェンリルも見当たらなかった。
あいつ等には、自由に動き回っていいと言ってあるので、2匹してどこかへ出かけたのだろう。
相変わらず可愛い寝顔をして気持ち良さそうに寝ていたシンティラを起こさない様に起き上り、魔法書とゲンチアナから貰った召喚魔法の本を広げて魔法の勉強をし始めた。
魔法書には詠唱と実際にどんな効果があるのかが書かれていて、そして発動のコツなどが書かれていた。
実際、俺には詠唱とどんな効果があるか、だけで十分だった。
どういう効果があるかが解れば、あとは科学的仕組みを考えればいいのだ。
実際の練習には、街の外に出なくてはいけないが、部屋の中でも魔力を出さない様に注意しながらイメージトレーニングはする事が出来た。
召喚魔法に関しては戦力的にフェンリルが居れば問題ないので、召喚魔法はしばらくは調べなくていいかと思っていたが。
しかし魔法印の中にフェンリルが入れる事から、物も仕舞えないかと思って召喚魔法に関しては勉強を進めていく予定ではあった。
「ん?・・・ふぁぁぁ~」
「お?おはよう、シンティラ」
「おはようございます。ご主人様」
そうして、3時頃になるとシンティラが起きてきた。
「ご、ご主人様。あ、あのですね」
「ん?」
起きて来たシンティラは突然、挙動不審になりながら言葉を発し始めた。
「あ、あの。フェンリルさんと鵺さんは明日の朝には、その、帰って来るそうです」
「ん?そうか。まあ、今日は自由にしていいって言ったし、フェンリルが一緒に居るなら大丈夫だろ」
「そ、そうですか・・・」
「そうだな。今日は2(ふた)者だけだし、外に飯を食べに行くか?」
「は、はい」
そう言って、髪をとかしたりして準備をした後、シンティラと近くの飯屋に行った。
「そう言えばすっかり忘れていたが、ヨウウさんの所に服を取りに行かなきゃな」
夕飯を食べている時に、ふとヨウウに頼んでいた洋服の事を思い出した。
「まだ時間は早いですので、帰りに行きますか?」
「ん~・・・そうだな。明日はエレアが来るって言っていたし、今日取りに行こうか」
「わかりました」
「何だったら、シンティラは先に宿に戻っても───」
「い、いえ!ご一緒します!」
「お、おう。そうか・・・」
宿へ先に戻ってもいいと言おうとしたら、なぜか慌てるように言って来た。
別にそこまで一緒に居なくてもいいような気がするが・・・本人がそうしたいと言うので、俺も無理には言わなかった。
「こんにちは~」
「いらっしゃいませ。あ!ミツルさん!お待ちしていましたよ!」
店に入るとヨウウが、待っていましたと出迎えてくれた。
「今回の服は自信作なんですよ!サイズを見るので、着てみて下さいますか?」
「わかりました。シンティラ、少し待っていてくれ」
「はい」
早速服とブーツを受け取り、更衣室に向かった。
「おぉ!中々、イラストと忠実だな」
渡された服を広げてみると、ファンタジーらしい黒い長ズボンと半袖の裾が長い黒い上着だった。
ズボンにはベルトのアクセントが付いており、腰の左右と後ろには鵺を差せるようになっていた。
上着にはところどころにアクセントの模様が刺繍してあり、内側にはいくつかのポケットが付いていた。
それに合わせる様に作られた黒い革のブーツもベルトのアクセントが決まっていて、すごくカッコいい物だった。
正直コスプレをしているみたいで、少し気恥ずかしい所はあるが異世界ならでは、という事で着てみる事にした。
「どうでしょうか?」
「まあ、思った通り!よく似合ってますよ!」
更衣室から出ると、ヨウウとシンティラが外で待っていた。
「そうですか。シンティラはどう思う?」
「すごく!すごくカッコイイです!」
シンティラにも聞いてみると、若干頬を染めながら笑顔で答えてくれた。
自分でも気に入ってはいるが、傍から見ても似合っている様なのでよかった。
「なかのシャツは今着ていらっしゃる普通の白いシャツでもいいですが、黒い袖なしのシャツでもカッコイイと思いますよ」
「ありがとうございます。全部でいくらでしょうか?」
「予備のズボンを合わせて21400パルになります」
「(10万7千円相当か、オーダーメイドにしては安いのだろう)わかりました。銀貨43枚からでお願いします」
「では、銅貨10枚のお返しですね。ありがとうございます。また是非来て下さい」
「こちらこそ、またお願いします」
代金を支払い、店を出て俺たちは宿に向かって行った。
「よ、よろしければ。上着をハンガーに掛けます!」
「あ、あぁ。ありがとうな」
部屋に戻り上着を脱ぐと、シンティラが部屋に備え付けてあるクローゼットからハンガーを出して服を掛けてくれた。
この何気ないやり取りだが、少し気になる事があった。
シンティラが何故か、モフモフから帰ってる最中から挙動がおかしいのだ。
妙に張り切っていると言うか、そんな感じだ。そして、目が合うと何故か逸らされてしまう。
なにか俺がしたのかと思ったが、いくら考えても原因が思い当たらない。
まあ明日になってもこの状態ならば直接聞いてみようと思って、今日は体を拭いて休むことにした。
しかし、そうはいかなかった。
「ご、ご主人様!」
「ん?どうし・・・シ、シンティラ!?」
シンティラより先に体を拭き終わってベッドに横になっていると、シンティラが声を掛けて来たので目を向けた。すると、そこには何も服を纏っていないシンティラが立っていた。
「シ、シンティラ!?ど、どうした!?」
「ご、ご主人様!お願いがあるんです!」
「あ、あぁ。いいが、とりあえず服を着てからにすれば───」
「いえ!今聞いて欲しいんです!」
お願いとやらを聞く前に服を着るように言おうとしたが、頬を赤く染めながらも真剣な眼差しで、寝ている俺に迫る様に乗っかって来た。
「お、おう・・・な、なんだ?」
「あ、あの!えっと・・・私は、ご主人様のお蔭で電気を制御できるようになりました!」
「あ、あぁ。がんばったと思うぞ・・・」
「そして、その事ですごく感謝しても仕切れないとも思っています!」
「は、はぁ・・・それは、気にしなくて──」
「いいえ、私はそう思ってます!私が名前を頂いてから、もうすぐ1週間です!」
「あ、あぁ・・・そうなるな」
「あの時、ご主人様は私に『もう少し時間を置いて、落ち着いたら』と言って下さいました」
「あ、あの時?」
なんだろうこの状況は・・・。
いつものシンティラとは違い、若干目は潤んでいるが真剣な眼差しを向けて迫って来ている。
俺は少しずつ上に逃げていたが、とうとうベッドの壁に追いやられてしまった。
「そうです!私はご主人様の奴隷ですが、私はミツル様が大好きです!」
「あ、あぁ。ありがとう」
「お願いします!どうか、どうか私のすべてを、ミツル様の物にして下さい!」
「あ、あぁ。別に構わないけど、シンティラは本当に・・・」
シンティラに本当にそれでいいのかの聞こうとしたが、言葉を最後まで言う前にシンティラの唇で口を塞がれてしまった。
シンティラの口付けは初めてだったらしく歯がぶつかって痛かったが、俺は壁に追い詰められているので離す事も出来ず、強引に唇を押し付けられ続けていた。
しばらくするとシンティラは俺の唇を解放してくれて、少し離れた。
すると、シンティラ突然泣き出してしまった。
「お願いします。私をずっとそばに置いて下さい。ご主人様がエレアさんを選ぶ事になってもいいので、どうか・・・どうか、ご主人様のそばに・・・」
その言葉で、シンティラがなぜこうしたのかを俺は理解した。
どうやらシンティラはエレアを奴隷に迎えた時に、自分は売られてしまうのではないかと思ってしまったようだ。
その怯えたような姿は少し状況は違うが、シンティラを買った翌日の朝と似ていた。
「シンティラ。不安にさせて悪かった・・・」
「ご、ご主人様・・・」
俺はシンティラをあの朝と同じように、抱きしめて頭を撫でてやった。
「大丈夫。俺はシンティラを売ったりはしないよ」
「ご主人様・・・」
「それに、こんなかわいい子を他の奴に渡す訳ないだろ?まぁ最低期間が過ぎて、お前が離れたいと思ったら言ってくれ。その時は奴隷から解放してやる」
「いえ!私はずっと、どこまでも着いて行きます!」
「そうか・・・ありがとう」
そういって、今度は俺の方から優しくシンティラに口付けをした。
するとシンティラは俺の首に手を回して、逃がすまいとして抱き着いて来た。
そして俺はシンティラをそのまま押し倒して、シンティラのすべてを受け取った。