49・増えた
「え~!終わっちゃったの!?」
「どうやら俺たちが出るまでも無かったようだな。流石我が主だ」
決闘が終わると、鵺の不満そうな声とどこか誇らしげなフェンリルの声が聞こえた。
「悪かったな。思っていたより強かったから、手加減が難しかったんだよ」
「そんな事言って・・・ご主人、本当は眠かったからさっさと終わらせたかっただけでしょ?」
「まあ、正直それもある」
「・・・ミツル。だ、誰と話しているんだ?」
鵺達とやり取りをしていると、姿が見えないのに声だけがする事に、エレアが恐る恐る聞いて来た。
「あぁ、もっと苦戦したら紹介しようと思っていたんだが・・・鵺、フェンリル。戻っていいよ」
「な・・・なんだと!」
俺が戦闘態勢を解除し元に戻っていいと言うと、鵺はいつもの鳥の姿に戻り、フェンリルは肩の印から出て来た。
しかし、フェンリルも戦闘に参加出来なかった為なのかサービス精神旺盛な様で、高さ30m体長60m程の超巨大な姿で現れた。
エレアは顔を青くしながら冷や汗を掻き、目を丸くして口を開けてその巨大な姿を見上げていた。
「あ~!フェンリルさん、ずるーい!僕ももっと驚かせたかったのに!」
「フンッ!これは俺の本来の姿なんだからいいんだよ」
「ム~ッ!ご主じ~ん、大きくなる魔法具とか無いんですか?」
「いや・・・そんなモノは無いし、作れん」
「え~~」
「まあ、いいじゃないか鵺。お前は俺より小回りが利く分、主と毎回一緒に戦えるのだから」
「そ・・・その魔獣」
なんだか、仲がいい兄弟みたいなやり取りだと思いながら放って置くと、やっとエレアが言葉を発した。
「そ、その魔獣。ミツルが使役したのか!?」
「あぁ、縁あってな。こいつが出した問いの答えを偶々(たまたま)、俺が持っていたんだ」
「な、なんだと!?では、遺跡の文字を読んでこの魔獣が何者なのかを、突き止めた訳では無いのか!?」
「あぁ、遺跡なんて見ていないな。あと、さっきから魔獣魔獣言うが、こいつは列記とした神の息子だぞ?」
「か、神の息子だと!?」
「あぁ。一応紹介すると、北の大地に居た神・ロキの長男だ。世界が一度滅んだラグナロクでは、当時の最高神であるオーディンを飲み込んだ正真正銘の神獣だ」
「ククククッ・・・そんな懐かしい話まで主は知っていたとは・・・やはり、我が主はミツルしかありえなかったな」
俺がフェンリルを神獣として紹介すると、フェンリルは嬉しそうに笑っていた。
「くそ!どっちにしても、そいつを手に入れる事は出来なかったのか・・・」
エレアが悔しそうに呟き、地面を拳で一回殴った。
「まあ、あんたの考えは大体わかるよ。遺跡の文字を解読すれば大体のフェンリルの正体がわかる。正体がわかれば、こいつの問いに答える事が出来て使役できる。だから遺跡に使われていた文字と酷似した甕を作った者に接触をしたかった・・・そんなところだろ?」
「クッ!」
俺の言っている事は大半があっている様で、エレアは悔しそうな顔をして顔を背けた。
「さて」
俺が一言呟いて近づくと、エレアはビクッと体を震わせた。
別に取って食おうとは思っていないので、その反応にため息を零しながらも近づき、目の前に降り立った。
「『生涯の忠誠を誓う』だったか?」
「あ、ああ・・・」
俺が問うと言葉を詰まらせながらも答えた。
「や、約束は守る・・・忠誠を誓う為に血を一滴くれ」
「え?あ、あぁわかった」
漫画とかで見る、血の契約とかそういったモノなのだろうか。
少し中二病をウズウズさせながら渡されたナイフで指先を切り、ナイフの先に数滴の血を乗せて返した。
するとエレアはポケットから輪っかの様なモノを出し、そこにナイフの血を付けた。そしてナイフに残った血を拭きとり、今度はエレア本人も指先を切って血を輪っかに付けた。
「わ、わたしが誓いを言ったら。ゆ、許すと言え」
「あ、あぁ。わかった」
そう説明すると何故かエレアは顔を赤くしながらも、輪っかを両手で掴みながら息を荒くしていた。
そんなに緊張するモノなのだろうかと思っていると、ふと何かの手順に似ていると思った。
なんの手順だったか、考えているとエレアが誓いの言葉を口にし始めた。
「わ、わたしは!ミツルの従属となる事を誓う!」
「・・・あ!あぁ、許す」
カシャ!
俺が許すと言った瞬間、輪っかはエレアの首に装着された。
その瞬間、俺もなんの手順かを思い出した。
「え!?ちょ、ちょっと!もしかして・・・それ、従属の首輪じゃないのか!?」
「・・・・・・」コクン!
俺が驚きと共に聞くと、エレアは顔を赤くしながら黙って首を縦に振った。
「わ、わたしは『生涯の忠誠を誓う』と言った!これが、証だ!」
「い、いや!そうは言っても、それって奴隷になるって事だろ!?いいのかよ!?」
「わたしは、自分より強い異性を求めていた。そして、わたしは決めていたのだ。もしも、そういう存在に正々堂々と戦って負けたらこうしようと」
「・・・・・・」
もう、なんというか・・・。開いた口が塞がらなかった。
まともな会話もあまりしていない。むしろ険悪だった相手に、付き合って欲しいといきなり言われるのなら、まだ若干の考える余地はあった。しかし、そんなモノを通り越していきなり奴隷になると来た。
もう、エレアが何を考えて居るのかが全く分からなかった。
「なんというか、思い切った事する方ですね。エレアさんは・・・」
俺が呆然としていると、鵺が声を掛けて来た。
「フー・・・俺からすると、思い切ったと言うよりぶっ飛んでるな」
続いてフェンリルもため息を付ながら感想を口にしていた。
正直、俺もそう思う。
「な、なあ・・・これって契約の解消は出来るのか?」
「わたしは首輪の期限を生涯とした。だから、わたしが死ねば契約は終わる」
何と言うか・・・酷いヤンデレと言えばいいのか、非常に重すぎる契約だった。
今思えば・・・
俺が負ければ、俺は洗いざらいの事を話して状況に応じては、エレアの手下となっていた。
そして俺が勝てば、俺はエレアと生涯を共にしなければいけない。
どう考えても、最初から色んな意味で“負けしか存在しない決闘”だったのだ。
段々頭が痛くなって俺が頭を抱え始めた頃、勝負が終わって池をグルリと回って来たシンティラが駆け寄って来た。
「ご主人様!大丈夫ですか!?」
「あぁ、精神的ダメージが大きいが大丈夫だ・・・」
そう言うと、シンティラは心配そうに顔を覗き込んできた。
今の精神状態にその仕草は、ひと時の癒しを俺に齎してくれていた。
「はぁ~・・・考えていてもしょうがないか・・・」
「すまんな、主」
「謝るなら、最初からこんな過激な事はしないでくれ・・・と言うか、なんだそれ?」
「それとはなんだ?主」
「その『主』っていうのだよ」
「当たり前だ。今日からミツルは、わたしの主になったんだから」
「え!?」
一連のやり取りを知らなかったシンティラが驚きの声を上げた。
「ご、ご主人様どういう事ですか!?」
「それには俺も聞きたいとこだが、どうやらエレアが俺の奴隷になったらしい」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ、よろしく頼む・・・。え~っと名前を教えて貰ってもいいか?」
「私はシンティラって言います」
「そうか、わたしはエレア、エレア・ノーランだ。よろしくなシンティラ」
「は、はい」
シンティラは戸惑いながらもエレアと握手を交わしていた。
「じゃあ、こっちも一応紹介して置くか」
そう言ってフェンリルに目を向けると心得たという様に頷き、体長3m程に小さくなって俺の横に来た。
「俺はフェンリルだ。エレアも知っていると思うが、俺の存在を主が知っており、俺の問いに答えた事でミツルの召喚獣になった」
「僕は鵺です!武器屋に居たところをご主人に選んで貰いました!」
「あ、あぁ。そうか、よろしく頼む・・・ところで、気になったのだが・・・フェンリルと鵺は何故喋れるんだ?」
会った奴は皆疑問に思う事を、エレアも口にした。
「フェンリルさんは召喚獣になった時にご主人との契約の効果で、言葉が通じる様になったそうです!僕はご主人の作った足に付いてる魔法具で喋れるようになりました」
「あ!ばか!」
「は?主が作った魔法具?」
まだ隠しているつもりだったが、鵺がまた余計な事をエレアに喋ってしまった。
「ちょっと見せてくれるか?・・・こ、これは!?」
「あ~、まぁ・・・うん。甕を作ったのも、それを作ったのも俺だ・・・」
諦めたように俺が言うと、エレアは目を丸くして驚いていた。
「ま、まさか!主が甕を作った魔術師だったのか!?」
「ああ、そうだ。まあ、詳しい話はあとで話そう。もう大分暑くなって来たし、今日は帰ろうか・・・」
空には大分高くまで昇った太陽が強い日差しを放っていた。
朝も早く、大分激しい動きと魔法を使ったせいか、体には疲労を覚えていた。やはり、基礎体力を上げる事は今後の目標にしていこう。
そんな風に考えながら俺たちは帰路に着いた。
「おい・・・どこまで付いてくる気だ?」
俺たちは宿の前に着いたのだが、そこで俺が疑問を投げかけた。
「え?ひょっとして、わたしの事か?」
「エレア以外に誰が居るんだよ」
宿に着いたのはいいが、なぜかエレアまで一緒に宿へ入ろうとしていた。
「エレアも自分の家に帰ったらどうだ?話はまた後でするから」
「そうは言っても、わたしは基本的に寝泊まりをギルドでしているので家と言うのはない」
「は?魔法ギルドは寝泊まりも出来るのか?」
「あぁ。ギルドに加盟すると部屋が一つ割り当てられるから、大体の魔法使いはその部屋で寝泊まりやそれぞれの研究をしている」
ギルドに登録するだけで、素泊まりの部屋を無償で与えられるとは、流石魔法使いの地位が高いだけあって、待遇も飛び抜けていいらしい。
「だから、特に戻る必要もない」
「いや、着替えとか私物とかが有るだろ?」
「え!?今まで着ていた服や私物を所持していてもいいのか!?」
「当たり前だろ」
エレアは完全に奴隷になる気だったらしく、持っている物をすべて破棄しようとまで考えていたようだった。
その為、俺が自分の荷物を取り上げたり破棄をしない事にエレアは酷く驚いていた。
「そ、そういえば、シンティラの服も靴も綺麗で新品のようだ」
「はい!ご主人様に買って頂きました!」
「主が?・・・主、もしかしてシンティラの服はシンティラの持ち物ではないのか?」
「あぁ、シンティラの服は俺がモフモフ(ヨウウの店)で買った物だ」
「モ、モフモフだと!?あそこは仕立て屋だろ!?まさか、新品を奴隷に買ったのか!?」
「あぁ、そうだが・・・」
やはりエレアの常識からするとシンティラへの待遇は奴隷のそれでは無いようだ。
「まあ俺は奴隷とは言っても、無下にするつもりはない。だから奴隷として扱う事もしないから、なにか納得出来ない事や頼みたい事があれば何でも言ってくれ」
「・・・な、なんと。主は器が大きいのだな」
エレアは目を丸くして驚きと称賛の言葉を口にしていた。
「そういう訳だから、自分の住んでいる所があるなら帰った方が良いだろ。確か、従属の首は主人から1週間まで離れられるんだろ?」
「そうだが、しかし・・・」
「まあ、今日は疲れているだろうから一度自分の部屋に戻った方が良いだろ」
「そ、そうか・・・主がそういうのであれば言葉に甘えるとしよう。また明日、部屋に行かせてもらう」
「そうか・・・じゃあ細かい事は明日な」
そう言ってエレアは今日のところは自分の部屋に戻って行って、俺たちも宿に戻ることにした。