48・デートの申し込み
ギルドに届いた俺宛の封筒。
裏の差出人を見た瞬間、封筒の中身を見なくても間違いなく、面倒事だとわかってしまった。
差出、魔法使いエレア・ノーラン。
エレアと書いてあるところから間違いなく先日、ラークの店に襲撃した女だろう。
「誰からなんだ?ミツル。ひょっとして女か?え?」
「あぁ、間違いなく性別は女ですが・・・こいつからです」
「は?俺の知ってる奴か?・・・って、おい!」
ギコがからかう様に言って来たが、面倒臭そうに封筒を渡した。
その差出人の名前をやはりギコも知っていたようで、驚きの表情を浮かべていた。
「お、おい!お前!何やったんだよ!エレア・ノーランって『暴隊のエレア』だろ!?」
「えぇ、まぁ・・・ちょっと前に揉め事になって、そのエレアって人に攻撃しちゃったんですよ」
「はぁ!?おまえ!あの『暴隊のエレア』にケンカ売ったのか!?」
「はぁ~・・・面倒臭」
そのまま破り捨てようかと思ったが、後々さらに面倒事になるのも嫌なので中を開けてみた。
手紙に目を通した瞬間、俺は物凄い苦い顔をした・
「なんて書いてあるんだ・・・?」
「はぁ~・・・本当に面倒臭い・・・デートに来なかったら、街中で魔法をぶっ放すってさ」
「はぁ!?」
手紙に書かれていたのは決闘の申し込みだった。
『先日の一件、納得できない!明日の明け方、北門の外にある平野の池にて待つ。来なかった場合は、街中であっても見つけ次第攻撃する。』
何とも、過激なお誘いである。
「面倒だが、やるしかないですね・・・」
「まあ、ミツルなら楽勝だろ!」
確かに今の俺の戦力を見れば、鵺を使った剣術と3属性無詠唱魔法に加えて土魔法・魔力操作・電気魔法・フェンリルの召喚、ここまでの戦力であれば負ける事は無いだろう。
しかし俺が一番心配している事は、相手を殺さない様に手加減が出来るかどうかだった。
「まぁ、なるだけ加減しますよ」
「うわ!『暴隊のエレア』相手にそんな事言える奴が居るとは・・・しかし、エレアのこの癖も今回で終わりだろうな」
「癖?」
「あぁ、なんでも自分より強い男を求めて、喧嘩を売りまくっているらしい」
「うわぁ~・・・面倒臭いこの上ねぇ~」
「まあ、なんとかなるだろ!それより早く報酬貰おうぜ!早く帰らないと、色々心配だからな」
「え?あぁ、そうですね」
確かにギコのアパートに置いて来た女性を、長く一人にしておくのも心配ではあるので、さっさと報酬を貰う事にした。
「じゃあ、分配は金貨10枚づつでいいですか?」
「は!?ミツル、何言ってるんだ!?」
「え?」
「フェンリルはお前の単独だし、ゴブリンの巣だって殆んどシンティラが片付けただろ?俺は2枚もあれば十分だよ」
「そうですか・・・しかし、あの女性の事もありますので7枚は受け取って下さい」
「おいおい、それじゃあ貰い過ぎだ。じゃあ3枚でどうだ?」
「ねぇ、シンティラちゃん」
「ミ、ミリさん。なんでしょうか?」
俺とギコが報酬の分け方で話していると、ミリがシンティラに声を掛けて来た。
「あの二者のやり取り・・・普通は逆だと思うんだけど・・・」
「わ、私もそう思います・・・」
「まあ、ご主人とギコさんの性格があるから、ああいうやり取りになっているんじゃないですか?」
鵺とミリは呆れたように呟き、シンティラは戸惑いながら俺たちのやり取りを眺めていた。
「わかりました!5枚でいいですか!?これ以上は譲りませんよ!」
「くそ・・・わかったよ!ミツルがそこまで言うなら、5枚でいい!」
「ありがとうございます」
「まあ、また何かあったらよろしくな!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあな!」
そうして奇妙な交渉をした後、ギコは金貨を受け取ると足早に帰って行った。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
「はい!」
「イザックさんに言ってご飯多めにしてもらいましょうよ!お腹ペコペコです」
「確かに鵺の言う通り、腹が減ったな」
「ご主人!生肉頼んでいいですか!?」
「お前なぁ~」
「主、俺もお願いしたいのだが・・・」
「・・・・・・しょうがない!今日は食いたい物頼め!」
「やった~!ご主人大好き!」
「本当に調子がいいんだから、こいつは・・・」
少々賑やかにはなったが、こういうのも悪くないモノだと感じながら宿へ戻って疲れを癒す事にした。
翌朝、まだ日が上っておらず東の空が白んできた頃、寝静まった街の中をシンティラと俺は、北門へ向かって歩いていた。
鵺は小太刀二刀になって腰に差し、フェンリルは召喚獣として戦闘の手札にする為に召喚陣の中で待機して貰っている。
戦略とかそういう難しい事は全く考えて居ないが、こういうのは相手の意表を突く様に出した方がかっこいいだろうという、安直な考えからだ。
北門を抜けると平原が広がり、遠くに1つ池が見えた。
恐らく、その池が待ち合わせ場所なのだろう。
少し緊張しつつ、ラークから聞いていた話を思い返していた。
確か、エレアは水の4段階目アクアゴーレムと火の4段階目火の龍を呼び出す魔法が使える。そしてアクアゴーレムと火の龍と火の矢と氷の槍を使って攻撃してくる可能性がある事まで聞いている。
しかしそうは言っても、詠唱が必要な相手が完全に無詠唱で魔法が発動出来る俺に挑むのは無謀に近い。
相手も何かしらの策を講じて来るだろう。
「ご主人様・・・」
「ん?どうした?」
考え事をしていると、シンティラが心配そうな顔をして俺に声を掛けて来た。
「私はご主人様を信じてます・・・だけど、だけど・・・」
俺の強さはシンティラも少しは理解しているだろうが、心配してくれている様だった。
それを、安心させるように頭を優しく撫でてやった。
「心配してくれてありがとうな、シンティラ。だけど、お前の主人はそこまで弱くは無いぞ」
「は、はい・・・わかってはいるのですが、どうか無事に勝って下さい!」
「あぁ、わかった」
「シンティラ、そんなに心配しなくても主には俺と鵺も居る。なにがあろうと、主は守るから安心していろ」
「そうです!ご主人は僕たちが守りますし、それにご主人は最強ですから!」
シンティラを撫でていると、肩の印からフェンリルの声、腰に差している刀から鵺の声がした。
まあ実際、フェンリルは当てにしている所がある。
昨日の夜に聞いたところ、フェンリルの体は弓矢や剣・魔法による攻撃が効かないそうなのだ。その上、巨大な体と尻尾はそれだけで脅威となる。若干チート気味の存在なのだ。伝説の神犬は伊達ではない様だ。
そうこうしている内に、池に到着した。
辺りを見回してエレアを探すと、池の対岸に立っている木の陰から姿を現した。
前回見た時と同様に、魔法使いが被っていそうな広いツバの三角帽と夏も近いのに茶色いコートを身に着けていた。
「待っていたぞ、ミツルとやら!」
「あぁ、どうやら待たせたみたいだな」
「フンッ!」
俺が悪びれる様子もなく答えると、鼻で笑うと睨みつけて殺気を飛ばしてきた。
「おい、ミツル。何故そこの奴隷を連れてきている?まさか、そいつに戦わせる気じゃないだろうな?」
「あぁ、そんなことしたらあんたが死ぬからな。俺が相手するよ」
「はぁ?何を言っている。そんな奴隷でも私を倒せると?」
「楽勝・・・」
パリパリパリパリ!
俺がそう言うと、隣に居たシンティラが何故かやる気を出して、体中から放電を開始した。
池の縁に立っていたので電気は池に伝わり、中の魚が3匹4匹と浮いて来たしまった。
「シンティラ。今回は手を出さなくていいから、下がってな」
「は、はい」
そう言って30m程、シンティラを下がらせた。
再びエレアに目を向けると、その一連の威嚇行為だけで驚きと恐怖の顔になっていた。十分に脅しの効果はあったようだ。
「さて、朝も早いから帰って二度寝したいんだ。さっさと終わらそう」
「き、きさま・・・」
「そうだ。そういえば、聞きたい事があったんだ」
「なんだ!?」
「まず、あんたが何者なのかをあんたの口から聞いていない。そして、なぜ俺に挑むのかがわからない」
そう、向こうもこっちもお互いの名前を知ってはいるが、自己紹介はしていないのだ。
別に、戦国時代みたいに「や~!や~!我こそは何とかの国の誰々と申す者也~!」なんてやる必要もないが、やはり挨拶と言うのは文明を持つ種族であれば、最低限のマナーだろう。
「そうだったな。私は魔法使いギルド所属の中級魔法使い、エレア・ノーランだ。先日の一件、私は敗北したとは納得出来ない。改めてキサマに挑みたい」
「そうか。俺はミツル・ウオマ。魔法使い兼魔剣使いだ。冒険者ギルド所属でランクはMⅢだ。それで・・・俺がこの決闘を受けてメリットがあるのか?」
「私がもし敗れたならば、生涯の忠誠を誓おう!キサマが敗れた場合は、知っているなら甕の製作者を教えて貰う!もし知らなければ、あの店主に聞く事を邪魔しないで貰おう!」
何となく条件が釣り合っていない気がするが、別にこちらのメリットも本当に得かどうか微妙なところでもある。
「そうか。まあ、ラークさんより俺の方がその製作者を知っている。あんたの条件には満足に答えられると思うぞ?なんだったら、甕の秘密まで教えてやってもいい」
「なに!?キサマはあの甕に使われている文字を知っているのか!?」
「ああ、知っている。まあ詳しい事は勝負が終わったらな」
「ああ、絶対に聞き出してやる!アクアゴーレム!」
ザバーン!
エレアが叫ぶと、池の中から3m程の4体のアクアゴーレムが姿を現した。
(フム・・・前もって詠唱して、池の中に待機させていたのか。そして、それを可能にする為のこの場所だったのか・・・考えたな)
「フンッ!お前がいくら無詠唱でも、発動してしまえば問題ない!行け!」
エレアの号令と共に、こちらにアクアゴーレムが拳を振りかざして襲って来た。
それを『加速魔法』で回避し、無詠唱の『疾風刃』を放った。
疾風刃は腕を容易く斬り落とすモノのやはり元は水、すぐに戻ってしまう。
次を考えて仕掛けを施しつつ、ゴーレムの攻撃を回避し続けた。
「Flamma Arrow!」
ゴーレムに気を取られていると、エレアは『炎射矢』を詠唱し終わって放ってきた。
しかも三面からゴーレムの拳、後ろに逃げれば『炎射矢』に当たる状況だ。なかなかに厄介なコンビネーションだが、問題は無かった。
正面のゴーレムの拳を少し後ろに下がって交わした後、そのゴーレム丸ごと『氷結』で凍らせて、腕を駆け上ってエレアに向かって跳んだ。
「あ、ヤベ・・・」
「フフフッ・・・」
ゴーレムから跳んだ瞬間、思わず呟いてしまった。
目の前には『氷槍』を待機させて笑みを浮かべているエレアの姿があった。
「仕方ないか・・・」
「Famea glaciei!」
俺がため息を吐きながら呟くと、エレアは『氷槍』を撃ってきた。
ため息をついた俺は勝負を諦めた訳ではなかった。
本当はなるべく、3属性以外の魔法は撃たずに勝ちたかったのだが、この状況ではしょうがないと諦めて、使う事にした。
「Turres Invisibilium(不可視の強壁)」
ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!
「なに!?」
『不可視の強壁』は魔力操作によって、任意の場所に作る事の出来る見えない壁だ。
その壁を足元と正面に出し、空中で立ち止まった様に立ち、正面の壁で『氷槍』を全て防いだ。
「はぁ~・・・もっと簡単に終わると思ったんだが・・・真面目にやらなきゃいけないみたいだな」
挑発するように面倒臭そうに見下ろしながら言うが、エレアはそれに対して、驚愕の表情のまま固まっていた。
「き、キサマ・・・何をした?」
「また、その質問か?『そんなモノ、魔法を使ったに決まってるだろ。そんな事もわからないのか?魔法使い』」
まあ、わかりきった反応だ。何せ、風属性にもこんな魔法は存在しないだろう。だが、動揺させるには十分だった。
こういう奴は、グウの音も出ないほど力の差を、明らかに手を抜いて見せて、実感を待たせる様にしないと再戦を挑まれる可能性があるので、なるべく手を抜いて勝った方がいいのだ。
「そろそろ気温も暑くなる頃だから、終わりにしようか」
「な、何を言って・・・ッ!」
パチン! ッパーン!
俺が終わりにすると言って指を鳴らすと、凍ったゴーレムを含めて4体すべてのゴーレムが爆発した。
戦闘中にゴーレムに仕掛けていた仕掛けを発動させたのだ。
アクアゴーレムは名前の通り、水で出来ている。その水を水素と酸素に分けて、ゴーレムの体内に気泡を作って置いたのだ。そこに『電気魔法』で電撃を飛ばせば、引火して内部から爆発するのだ。
「さて、詠唱の時間を稼ぐ為のゴーレムは居なくなった。どうする?続けるか?」
「・・・そ・・・そんな・・・わ、わたしが・・・負けただと!?」
継続するか空中から見下ろして聞くと、エレアは目を丸くしたまま、ペタンと女の子座りになって腰を落とした。
決闘に決着がついた。