45・ゴブリンの巣
今回は少しグロイ話が出て来ます。ご注意下さい。
「それにしても・・・おまえ、本当に魔術師なんだな」
しばらく洞窟の中を進んでいると、ふとギコが声を掛けて来た。
「なんですか?いきなり」
「いや・・・普通、洞窟の探索は慎重にゆっくりと進めてくモノなんだが・・・こうも普通に行けるとはな」
ギコがそう言って来たのは、俺が洞窟に入ってからやっている『照炎』の無詠唱を見てそう感じたのだろう。
洞窟に入ると、当たり前だが中は暗くて何も見えなかった。なので、俺たちの前後に5個ずつ、5m間隔で『照炎』を出して道を照らしていた。
「まあ、今の所は進んで名乗る事はしませんが、今回のシンティラの特訓で間違いなく魔術師にはなったと思いますよ」
「ん!?そ、それってまさか!」
「えぇ、シンティラの力を自分でも使える様にしました。なので小さい雷を撃つ事が俺にも出来ます」
そう言って片手で放電をさせてパリパリと小さなスパークを飛ばして見せた。
「な、なるほど・・・もう俺には、お前に挑む勇気はないわ・・・ん?」
ギコが口元を卑屈かせていると、前方から何かの気配が近寄って来た。
まあ疑問に思った所で、答えは解りきっている。何せここはゴブリンの巣なのだから、居るのならゴブリンか攫われた者だけだろう。
「メスの匂いがするな~・・・しかも、まだ純潔の匂いだ・・・」
声と共に次第にゴブリンが姿を現して、シンティラを涎を垂らしながらジロジロ見て来た。
「メスだ、メスだ・・・男を殺してメスを奪え・・・」
声が1つ2つと増えてい来た。
その気配から多量に居るであろう事が予想されたので『照炎』を前方に5つ追加した。すると俺たちから先頭まで10m距離があり、その後ろは見える限りギッシリゴブリンが詰まっていた。
「おいおい・・・こりゃあ、500じゃきかねぇんじゃねーか?」
ギコの言う通り。今見えている約50m範囲で既に400は超えていた。
「そのメスをよこ───」
ゴブリンがシンティラを寄越せと言おうとしたが、最後まで言葉が出る事は無く、首が飛ばされた。
「うちのシンティラをそんな下種な目で見るな!殺すぞ!」
「いや、ミツル・・・。もう殺してる・・・」
ギコがツッコミを入れて来たが、俺はムカついていた。
余りにも不愉快だったので、思わず無詠唱の『疾風刃』で首を刎ね飛ばした。
「シンティラ」
「はい!」
「練習だ。全力で敵に攻撃しろ」
「は、はい!」
「ギコさんは少し下がって、耳と目を塞いだ方がいいですよ」
「は?」
シンティラに指示を出してギコを後ろに下げると、シンティラは集中するように1度深呼吸をするとゴブリンの集団を睨みつけて、両手を向けた。
その瞬間からシンティラの体中からバリバリと放電が始まり、電圧を高めていった。
そうしている間にもゴブリンはこちらに向かって来ていて、もうすぐでシンティラの伸ばした手を掴もうとした瞬間。
眩い光と鼓膜が麻痺する程の音量を伴って、雷撃が放たれた。
光った瞬間に目を閉じていたからマシだが、若干視界が点滅する程の強烈なモノだった。
雷撃が放たれた先を見ると、『照炎』で視界が確保されている限りでは黒い影の様な跡はあるが、当のゴブリンは肉片も残らずに吹き飛んでいた。
「お疲れ様、シンティラ。よくやったな」
「はい!」
労いの言葉と共に褒めて頭を撫でてやると、満面の笑顔で嬉しそうに答えて来た。
ふとギコに目を向けてみると、耳を塞いでしゃがみ込んでいた。
「ギコさん?大丈夫ですか?」
「お、俺、雷は得意じゃねぇんだよ・・・。しかも、こんな恐ろしいモノを間近でなんて・・・」
「プッ!クククククッ・・・」
ギコに声を掛けると、いい大人が涙目で震えながら怯えていた。いつものギコからは想像出来ない姿に、思わず吹き出してしまった。
「なっ!笑うなよ!」
「すみません、あまりにも予想外の反応だったので・・・」
「他所に言うなよ」
「わかりましたよ」
「絶対だからな!」
「はいはい、さっさと行きますよ!・・・と言う訳で、シンティラ。ギコさんが怯えるからもう撃たなくていいよ」
「え?あ、はい。ギコさん、ゴメンなさい」
今日はもう攻撃しなくていいと言うとシンティラが落ち込んだように、俯いて尻尾を下げてしまった。
「大丈夫だよ、シンティラちゃん!ギコさんがヘタレなだけで、シンティラちゃんは悪くないよ!」
(あ!こいつ、俺が言わなかった事をさらりと言いやがった)
「鵺!てめー、誰がヘタレだ!」
「たかだか音と光が強かっただけで、いい大人が震えて泣いている人の事ですよ」
「て、てめー!」
「まぁまぁ、こいつの口の悪い所は今に始まった事じゃないですし・・・」
「ミツル!お前は自分の従者に甘過ぎだ!」
「うっ!」
そこは否定できない。特にシンティラに対しては親バカ並みだ。
「ギコさんが悪いんですよ!折角、シンティラちゃんが特訓を頑張って活躍したのに!」
「あ゛!?そんなこと・・・」
ギコが反発しようとしながらシンティラに目を向けた瞬間、言葉を詰まらせた。
シンティラは若干涙目になって落ち込みながらギコを見ていて、それと目があったのだ。
「・・・あ、えっと・・・そのなんだ!まあ、俺が悪かった!シンティラはよくやってくれた、偉かったぞ!」
(あ、ギコもシンティラの可愛さに落ちたな)
ギコが柄にもなく謝った後、シンティラを褒めた。
「ほ・・・本当に、お役に立てましたか?」
「あぁ!すっげー役に立った!」
「エヘヘヘッ」
ギコが褒めながら少し乱暴に頭を撫でると、落ち込んでいる表情から一転してハニカミながら嬉しそうにしていた。
「さて、シンティラの攻撃がどこまで行ったか分かりませんが、とりあえず周囲を警戒しながら進みましょう」
ここで立ち止まっていてもしょうがないので、先に進むことにした。
洞窟を進んで行くと、雷撃で跡形も無くなって居たり丸焦げになっているのは100m範囲だった。それ以外も高圧の電流で死んでいたり、気絶していたり麻痺して居る者が300m程続いた。今回はゴブリンの巣の掃討なので、麻痺して動かないモノや辛うじて生きてるモノを片っ端から首を刎ねていった。
そうして進んでいくとチラホラと奥からゴブリンが出て来るが、先行して宙に浮いている『照炎』から『炎射矢』を放って危険なく葬って行った。
そうして、500m程進むと広い空間の入口に出た。辺りには何とも言えない生臭い匂いが漂っていて、嫌な予感しかしなかった。
「シンティラ、悪いが電気を放ったままここに居てくれるか?」
「え?」
「この先は恐らく、お前にとってすごく残酷な光景になる。それに俺たちが挟み撃ちにされない様に見張っていて欲しい」
「で、でも!」
「大丈夫、心配はいらないよ。鵺!シンティラについてやれ!」
「はい!」
「わかりました・・・。ご主人様!どうかお気を付けて!」
「あぁ、シンティラも何かあったら敵を攻撃するんだぞ?」
「はい!」
念の為、シンティラを空間の出入り口に置いて来た。
何故だかわからないが、初めて嗅ぐこの匂いは“知っている”。
匂いを嗅いだだけで暗く、まだ見えないこの先の情景がわかってしまうのだ。
「シンティラを置いて来たのか?」
「えぇ・・・俺の予想が外れてくれればいいのですが・・・」
「残念だが、お前の判断は合っている」
しばらく奥に進むと、その光景は広がった。
人の様な腕や足、そして獣耳の付いた男の首。近くにはイノシシの様な獣の残骸もある。
「お前の判断は正しい。この空間に漂っている匂いは血と臓物の匂い・・・そして」
ギコが言葉を止めて目を向けた。その方向に俺も目を向けると、猫耳の女性が全裸で縄に縛られて壁に繋がれていた。
「ゴブリンの精液の匂いだ」
「っつ!」
余りの驚きに声が出なかった。
白濁した粘液のような物が女性の全身に付いており、お腹は少し膨れていた。
女性は目を開けているが、全く生気が感じられない。見るのもツライ、凌辱され続けた姿だった。
「おそらく、2週間前に依頼に失敗したチームの逃げ遅れた奴だろう・・・」
「・・・!」
俺は言葉を発する事無く激怒した。
他にゴブリンが居るなら皆殺しにしてやろうと思い、探知魔法を飛ばして敵を探した。
しかし、感知した生体反応は俺たちメンバーとこの女性だけだった。
「すでに、ゴブリンに孕まされたか・・・仕方ない」
ギコはそう言って、剣を抜いた。
「ギコさん!?何をするんですか!?」
「ゴブリンの子供は母体を中から食い破って出て来る。そして出て来たゴブリンはほぼ成体だ、すぐに被害が出る。そうなる前に母体ごと・・・始末する」
ギコの顔を見ると、すごく辛そうな顔をしていた。ギコだって本当は救いたい筈だが、救う手立てがそれしかないのだ。
しかし、俺は納得出来なかった。
「じゃあ・・・生まれる前にお腹の中から出せば、いいんですね?」
「は!?そんな事無理に決まっているだろ!過去に股から手を突っ込んで出そうとした奴も居たらしいが、血が噴き出して死んだと聞いている!」
(いや、そりゃそうなるでしょ・・・)
「そんな事は不可能なんだ!」
このやり取りでわかったと思うが、この世界の医療は遅れている。
この世界には今やろうとしている、帝王切開を含めた外科手術が無いのだ。それは治療魔法があるが故に発展しなかったと推測が出来る。しかしこのまま諦めて殺すしか出来ないのは、あまりにも残酷過ぎると思っていた。
「では、この女性を任せて頂けますか?」
「は?どうするんだよ」
「自分は魔術師の前に治療魔法師でもあります。正直、成功するかわかりません。そのままこの女性を殺してしまうかもしれませんが、このまま何もせずに殺すのだけは納得出来ません!」
「・・・」
しばらく、ギコと眼力の飛ばし合いが続いた。
「はぁ~・・・わかったよ!お前の好きにするといい」
時間にして2分程だろうか、睨み合っているとギコがため息と共に俯いて、了承してくれたようだった。
「すみません、俺のわがままで・・・」
「いいんだよ!俺だって救えるのなら救ってやりたい。もし成功したら、こいつは俺が面倒見てやるよ」
「ありがとうございます!」
俺がわがままを言った事を謝ると、ギコはこちらに背を向けてシンティラが居る方向へ歩き出した。そして、救おうとする事に賛同してくれた。
「鵺!来い!」
大きな声で鵺を呼ぶと、しばらくしてバサバサと翼音を立ててやって来た。
「はい!なんでしょう!」
「今からこの女性の手術を始める。縄鏢になってくれ」
「わかりましたが・・・シュジュツってなんですか?」
「この女性のお腹を切って、中のゴブリンの子を出す」
「え!?そんな事して大丈夫なんですか!?」
「失敗すればこの女性は死ぬが、何もしなくてもこの女性を殺さなければいけない。そうならない様に、これから手を打つ」
「そんな・・・!生きてる者のお腹を切って無事な訳ないじゃないですか!」
手術を知らない者からすれば当然の反応だろうが、理解されなくてもやるしかないのだ。
「大丈夫。お前の主人を信じてみろ」
「・・・わかりました」
何とか鵺は納得してくれた。
さて・・・自分も正直、確実な知識がある訳ではない。
今回やろうとしているのは膣式帝王切開と言って中絶の時にやる帝王切開だ。
現代では殆んど使う事は無いが、胎児を使う黒魔術などには母体を生かしたまま取り出す方法として載っている。
まずは、清潔な空間をつくる所からだ。
土魔法でドームを作り、一度中を『爆炎』で高温にして消毒する。そして『氷結』で冷やして中を無菌室に近い状態にしていく。ドームの中心には土魔法で圧縮させて作った大理石の様なテーブルに女性を寝かせた。
首筋と後頭部にあるツボに魔力を流して眠らせたあと『流水』と『水と二酸化炭素の元素を組み替えて作ったC2H6O』で下腹部を中心として、全身をきれいにして、鵺と一緒に消毒した。その後『治癒』で感染症対策もした。
最後に下腹部と股の体毛をきれいに剃って、準備が完了だ。
「すーっ・・・フー・・・。緊張するな・・・」
「ご主人なら大丈夫ですよ!」
深呼吸して無意識に呟いた一言に、鵺が応援の声を掛けてくれた。
「あぁ、ありがとうな・・・。じゃあ、膣式帝王切開・子宮頚部からの胎児摘出を始めるぞ!」
「はい!」
ここから母体に負担を掛けない為に、時間との勝負が始まった。