40・お出掛け その1
~~~シンティラ~~~
「ん・・・あれ?」
目を覚ますと、木製の天井が見えた。
今までは目を覚ますと金属の檻の中か地下室のような石の天井だったが、見えたのは柵も何もない木製の天井だった。
光の方向へ目を向けると、柵のついていない窓から太陽の光が差し込んでいた。
(夢じゃなかった・・・。檻から出られるなんてあり得ないと思って居たのに・・・いつもは、起きたらまた虐められたのに・・・。本当に、檻から出られるなんて・・・)
「シンティラ、起きたか?」
「あ・・・」
未だに現実を信じられないでいると、隣から声がした。
声のする方を見ると、すぐ隣には優しいご主人様の顔があった。
「お、おはようございます・・・ご主人様」
「あぁ、おはよう。シンティラ」
なぜか、ご主人様の顔を見ると顔が熱くなって来た。
昨日の夜の事を思い出そうにも、思い出せないのがさらに恥ずかしさに拍車が掛かってしまって、まともに目を合わせられなかったので思わずシーツに潜ってしまった。
「そんな恥ずかしがらなくても、大丈夫だよ。シンティラ」
「でも私、昨日の夜の事を覚えて居なくて・・・」
「あぁ、何もしてないよ」
「え?」
昨日の事を覚えていないと言うと、ご主人様が優しく笑いながら何もなかった事を口にした。
その言葉に何とも言えない気持ちが込み上げて来た。
今はもう居ないお父さんとお母さん以外で、優しく接してくれた初めての他者であるご主人様が恋しくてしょうがないのです。
しかしそれと同時に正直、私は焦っていました。
「あ、あの!すみません!」
「大丈夫。もう少し時間を置いて、落ち着いたらでいいから」
私が謝るとご主人様は、私を抱きしめて優しく撫でてくれました。
やはり、私はこの方から離れたくない。だからこそ、どうしても焦ってしまっているのだ。
~~~ミツル~~~
朝起きると、隣で寝ているシンティラの顔が眼に映った。
しばらくその可愛い寝顔を眺めていると、少し声を出して目をゆっくりと開けた。
目を覚ましたシンティラは寝ぼけているのか、ボーッと天井を見つめていた。
「シンティラ、起きたか?」
「あ・・・お、おはようございます・・・ご主人様」
「あぁ、おはよう。シンティラ」
声を掛けると、シンティラはこちらに顔を向けて挨拶をしてくれた。
こちらも挨拶を返すと何故か、段々と顔が赤くなって行き、次第にシーツに潜り始めた。
「そんな恥ずかしがらなくても、大丈夫だよ。シンティラ」
「でも私、昨日の夜の事を覚えて居なくて・・・」
「あぁ、何もしてないよ」
「え?あ、あの!すみません!」
恐らく昨日の夜に覚えていないだけで、何かあったのだろうと勘違いしているのだと思い、何もなかった事を伝えた。
しかし、なぜか慌てたように謝って来た。
きっと、いろいろと空回りしているのだろう。
「大丈夫。もう少し時間を置いて、落ち着いたらでいいから」
そう言ってシンティラを抱き寄せて頭を撫でてやると、気持ち良さそうにしていた。
着替えと出掛ける準備を済ませた後、昨日よりは落ち着いたシンティラを連れて1階の食堂で朝ごはんをみんなで食べる事にした。
食堂に行くと丁度朝食のピークだったらしく、数名の獣人が居た。
「お、今日は多いな・・・。大丈夫か?シンティラ」
「は、はい」
やはりまだ他者は恐いらしく、シンティラはずっと俺のシャツの裾を掴んで、隠れるようにしていた。
「おはようございます、ミツルさん」
「あ!おはようございます、イザックさん」
4者掛けの席へ向かうとイザックがこちらに気付き、挨拶をしに近寄って来た。
「シンティラ。この方はここの宿の方でイザックさんと言うんだ」
「お・・・おはよう、ございます」
イザックにシンティラを紹介しようと思ったが俺の後ろに隠れ、顔だけ出して挨拶を返していた。
やはり、まだ怖い様だ。
「すみません、イザックさん。今まで大分酷い目に遭っていたようで、他者に対して恐怖心があるようなんです」
「いえいえ、大丈夫ですよ。まあ、こんな子が犯罪者とは見えないので、何か事情があるのでしょう。気にして居ませんので、大丈夫です。あぁ、今朝食をお持ちします。待っていて下さい」
そう言ってイザックは厨房の方へ朝食を取りに行き、俺たちの座っているテーブルに置いたあと「ごゆっくり」と言って他の客の方へ行った。
食事中も近くを他の宿泊客が通る度に体を強張らせていたが、魔法具はしっかりと効いている様で電撃を発する事無く、朝食を無事終えた。
「さて、今日の予定を話して置こう」
「は、はい」
「昼前までに服屋とギルドに行って置こうと思う」
「あ!シンティラちゃんの登録ですね!?」
「あぁ、そうだな。その後、ラークさんの所に行って昼でも食べよう。午後は雑貨屋に行ってその後、街の外でシンティラの電気の扱いについて詳しく調べてみよう」
「お願いします!」
「じゃあ、早速行くか!」
そう言って席を立つと、そのまま部屋には戻らずに宿を出て、服屋に向かった。
「いらっしゃいませ。あ!ミツルさん!」
「ヨウウさん、こんにちは」
一昨日来た服屋に入ると、羊の角が生えた女性店員のヨウウが声を掛けて来た。
「まだ、ご注文頂いた服の仕上がりまでには2日は掛かりますが、今日は何か別の服ですか?」
「えぇ、実は既製品でいいのでこの子の服を買おうと思いまして」
「え!?」
ヨウウにシンティラの服を買いに来た事を伝えると、まさか自分の服を買いに来たとは思って居なかったらしく、キョロキョロと店内を見ていたシンティラが驚いていた。
「ご、ご主人様!そんな、私はすでに頂いた服で十分です!」
「いや、それだって2枚しか無いんだから、何着か買っておこう。そういう訳でヨウウさん、この子に合った服で幾つか見繕って貰えますか?」
「わかりました。じゃあ、こちらにお越し下さい」
「シンティラ。行っておいで」
「・・・・・・」
ヨウウの所に行くように言ったが、シンティラは不安そうな顔をして俺の方を見つめて俺の裾を握ったまま傍を離れようとしなかった。
次の目標は、俺からある程度離れて行動出来るようにさせた方がいいかもしれない。
「フー・・・仕方ないな。付いて行ってやるから」
「は、はい」
しょうがないので、俺も一緒に選んでやる事にした。
今回は既製品という事で、特に採寸などは無かった。
「あの、これでお願いします」
「お!決まったか・・・って全部真っ黒だな」
ヨウウの選んだ服の中からシンティラに3着選ばせたが、黒が好きなのか3着とも黒のワンピースを選ぼうとしていた。
「シンティラさん。折角買って頂けるのであれば、1着ぐらいは明るい色の方がいいのではないでしょうか?」
「黒が、いいんです・・・」
う~ん。
黒が好きと言うのであれば、それを無理に変えさせるのも可愛そうだ。
そこで、黒を基調として俺も服を選ぶ事にした。
「お!これなんかいいかもしれないな」
手に取ったのは薄くクリーム色掛かった半袖でショート丈のジャケットだった。
「シンティラ。ちょっと今選んだワンピースを着て、その上にこのジャケットを着てみてくれないか?」
「は、はい」
そう言ってシンティラを試着室に入れた後、着替えている間に次の服を選んでいく。
正直、自分には服のセンスなんてわからないので、アニメとかで見た服装でシンティラに合いそうな物を選んで行った。
「あ、あの・・・どうでしょうか」
服を選んでいると試着室から声がして、シンティラが出て来た。
「おぉ!いいじゃないか!」
「シンティラちゃんその方が可愛いです!流石、ご主人!」
俺たちが賞賛すると、シンティラは少し恥ずかしそうではあるが嬉しそうに笑っていた。
「じゃあこのセットと、あとは・・・。お!黒だったらこれもいいんじゃないか?」
次に渡したのは黒いスカートとベスト、襟付きの白い半袖ブラウスだ。
その後いくつか着せてみたがもう1セット、同じく黒いベストと襟付きの白い半袖ブラウスだがスカートは赤み掛かったオレンジのチェックスカートにした。
靴もそれに合わせて黒い革の靴にした。
「う~ん、俺のセンスだとこの辺が限界だな。ユウウさんはどう思います?」
「黒を基調として選ぶのであれば十分素敵だと思いますよ。私としては、折角の明るい髪と可愛らしい顔立ちなのでもう少し明るい色がいいと思うのですが、好みの問題であれば仕方ないですね」
「うん、よし!じゃあ、この3セットとでお願いします。おいくらですか?」
「合計で8103パルになります」
「じゃあ石貨3枚、銅貨10枚、銀貨16枚ですね。石貨3枚と銀貨17枚からでお願いします」
「え!?」
支払いをしようとすると、シンティラが驚きの声を上げた。
「ご主人様!そんな高価な服は──」
「大丈夫だから、気にしなくていいよ。あ!ついでにこれもお願いします」
シンティラが断ろうとしていたが俺はそれを遮る様に言って、俺も黒いコートみたいに長い丈の半袖の服を買って、会計を済ませた。
折角なので買った服をシャツの上から着て、シンティラも買った服に着替えて貰って店を出た。
こうすれば二人揃って黒い服なのだから、チームらしくなったはずだ。
まあ、鵺は元から黒いので全員黒くなってしまったのだが、手をつないで歩くシンティラは嬉しそうにしているのでこれはこれでよかったのだろう。