37・奴隷の身分
「ん・・・あれ?ここは・・・」
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
今までは目を覚ますと金属の檻の中か地下室のような石の天井だったが、見えたのは柵も何もない木製の天井だった。
光の方向へ目を向けると、柵のついていない窓から太陽の光が差し込んでいた。
(あぁ、夢の中なのかな・・・。檻から出られるなんてあり得ないのに・・・また、起きたら虐められちゃうのかな・・・痛いのはもう嫌なのに。ここまま、目が覚めなければいいのにな・・・)
「ん・・・」
「え?」
夢の中だと思って居ると、隣から声がした。
夢でも檻の中であっても、家族以外の他者が一緒の空間にいる事など今までなかった。
恐る恐る声がした方に目を向けると・・・
「・・・・・・っ!いや~~!」
パリッ!・・・バリバリバリバリッ!
隣にはなぜか裸の男性が寝ていた。
驚いて思わず大声と共に体に力を入れてしまった。
そのせいで無意識に高圧の電気が放たれた。
「イテッ!痛い痛い痛い!」
電気を受けた男性は起きて声を上げた。
いつもなら電気を受けた者は声にならない断末魔を上げて苦しむが、男性は痛がっているモノの大事には至っていなかったようだ。
(あぁ、またやってしまった!また酷い事される!痛くされる!痛いのはもう嫌だ!)
「痛てててて・・・。ん?あぁ、起きたのか」
急いでベッドから起き上り男性と距離を取ったが、男性が起き上るとゆっくりとこちらに向かって来た。
「いや!ごめんなさい!ごめんなさい!もうしないから、痛くしないで!酷い事しないで!」
泣きながら逃げるように部屋の隅へ行ったが、男性はそのままゆっくりと近づき手を伸ばしてきた。
「いや!来ないで!」
ッパーン!
「あ!」
酷い事をされると思い目を瞑って体に力を入れると、また電気が男性を襲った。
今度こそ男性に電気が直撃した事に気付き、慌てて男性を見ると男性は自分を抱きしめて来て頭を撫で始めた。
「え!?あ!ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だ・・・。大丈夫、俺はお前を痛くしないし酷い事もしない。だから怖がるな。大丈夫」
男性は「大丈夫」と繰り返して、何度も優しく頭を撫でてくれた。
最後に頭を撫でられてから5年ぶりの感覚だった。
その薄れた記憶の中の優しさに、涙が流れて来た。
「ご、ごめんな・・・さい。ヒックッ・・・ヒッ・・・」
「大丈夫。泣きたかったら泣いていい・・・」
「エーン、エンエン!エーン、エンエン!・・・」
その忘れかけていた優しさに、耐え切れず涙が零れて来た。
最初は我慢しようとしていたが、その間も男性は優しく抱きしめて頭を撫でてくれていた。
とうとう耐え切れず声を上げて泣き出すと、もう止める事は出来ずに泣き続けてしまった・・
~~~ミツル~~~
「・・・・・・っ!いや~~!」
パリッ!・・・バリバリバリバリッ!
隣で少し動いた感触があったので少女が起きたのだろうと思ったが、予想外の起こされ方をした。
「イテッ!痛い痛い痛い!」
正直、危なかった・・・昨日の手当の時に傷跡としてルーンを残して置いたので、電撃への防御は有効になっていた。
しかし、電気は熱量もあるので痛みは少なからず感じる。
今回は相当驚いたせいか、結構な痛みを感じた。
「痛てててて・・・。ん?あぁ、起きたのか」
「いや!ごめんなさい!ごめんなさい!もうしないから、痛くしないで!酷い事しないで!」
体を起こして少女の方を見ると、すでに泣きながら逃げるように部屋の隅へ行っていた。
何となくだが、これでは俺が虐めているみたいに見える。
とりあえず落ち着かせるためにも、少女の方へゆっくり近寄った。
「いや!来ないで!」
ッパーン!
「あ!」
ゆっくりと近づき手を伸ばした瞬間、再度高圧の電撃が襲ってきた。
(そうか。こいつの体中の傷を見る限り、今まで相当痛め付けられて来た事は理解していたが、それによって他者を怖がるようになっていたんだな・・・)
とにかく俺が自分に危害を加える存在では無い事を伝える為に、市場でしたように優しく抱きしめて撫でてあげる事にした。
「え!?あ!ご、ごめんなさい!」
「大丈夫だ・・・。大丈夫、俺はお前を痛くしないし酷い事もしない。だから怖がるな。大丈夫」
俺は「大丈夫」と繰り返して、何度も優しく頭を撫でた。
正直、自分で言っていて何が大丈夫なんだかサッパリだが、何となく『自分は君に危害を加えないから大丈夫。安心してくれ』という意味で頭を撫で続けた。
「ご、ごめんな・・・さい。ヒックッ・・・ヒッ・・・」
次第に少女の体が震えはじめたのがわかった。
まだ幼いのに優しさから離れると言うのは辛い事だと思った。
だから泣きたくなっても仕方ない事なのだ。
「大丈夫。泣きたかったら泣いていい・・・」
「エーン、エンエン!エーン、エンエンエン!・・・」
少女はとうとう泣き出し・・・思いっきり泣いた。
自分の胸にすがる様に背中へ手を回して苦しくなる程、強く抱き着いて泣いていた。
やはり、あの奴隷商人はあの時に殺して置いた方がよかったかもしれない。
「グスッ!・・・グスッ!・・・」
少女が泣き始めてしばらく経つと、次第に泣き止んできた様だった。
大分、落ち着いた所で様子を見ていた鵺が声を掛けて来た。
「おぉ~・・・流石ご主人。女の子を落とすのが上手いですね」
「人聞きの悪い事言うなよ」
「大丈夫ですよ。人はご主人しか居ませんから」
不思議なもので鳥な為に表情がわからない筈だが、明らかにニヤついているのは声色からわかる。
「本当にお前はいい性格をしているよ・・・。さて、落ち着いて来たところで少し話そうと思うのだが・・・そろそろ、いいか?」
既に泣き止んではいるようだが、一向に少女が離れようとしないのだ。
そろそろお腹も空いて来たので話をしがてら、飯を食いたいところだが・・・
少女に「そろそろいいか」と聞くと、黙って首を横に振って放そうとしてくれないのだ。
「うーん・・・」
「ご主人・・・僕、お腹空いてきました」
「俺もだが・・・困ったな~」
キュゥ~~~・・・
「ん?」
鵺と会話していると、かわいらしい音が聞こえて来た。
音は鵺では無く俺の下から聞こえて来た。
しかし、俺のお腹が鳴った訳ではなかった。
「もしかして・・・」
クゥ~~~・・・
顔を覗こうとすると少女は顔を隠す様に俺の胸に埋めたが、また音が鳴ると少女の抱きしめる力が少し強くなった。
「クッ!・・・アハハハハハッ!そうだよな!わかったわかった!みんなで飯を食おう!話はそれからだ!」
思わず俺が笑うと、少女は恥ずかしそうに少し首を縦に振って賛成した。
それと同時に背中からパリッと電気が流れて来たが、今朝の電撃から比べれば可愛いモノだった。
「鵺。悪いがイザックさんに、朝飯を部屋に持って来てくれるか聞いてみてくれ」
「わかりました」
「あぁ、あと。全部で同じものを2.5者分って伝えてくれ」
「え?・・・あぁ!クスクスッ。わかりました」
鵺に伝言を頼むと、窓から外に飛んで1階へ向かった。
この宿はカーム達が街に来た時に必ず泊まる、贔屓にしている宿だった。
それもあってか結構頼みごとを聞いてくれ、サービスをよくしてくれている。
特にイザックは気安い印象があり、昨日も使い走りを快く引き受けてくれていた。
バサバサッ
「イザックさんがすぐ持って来てくれるって」
「そうか、わかった。さて、この格好で居るのも中々に恥ずかしいし、これから宿の者が来る。もし怖かったり不安なら、ベッドに隠れて居るといい」
鵺が戻って来てイザックがすぐ来るとの事なので、少女に宿の者が来ることを伝えて提案すると、少女はまた黙って首を縦に振った・・・。しかし、一向に離れようとしないのだ。
このままでは俺は上半身裸で奴隷の少女に抱き着かれているという、なんとも恥ずかしい状況を見られてしまう。
しょうがないので、少女を抱えてベッドに連れて行くしかなさそうだった。
「仕方ない・・・よっと!」
「ヒャゥ!」
「とりあえず、ベッドに・・・プフッ!」
いきなりお姫様抱っこで持ち上げられた少女が、不思議な声を上げて驚いた。
その拍子に少女と目線があったが、あまりに顔が鼻水と涙で酷い事になっていたので思わず吹き出してしまった。
「や!」
「プッ!クククククッ・・・悪い悪い、恥ずかしいよな。見ない見ない」
よっぽど見られたのが恥ずかしいのか、顔を赤くして背けた。
しかし、そうやって反応する度に電流が流れてくるのは、早く何とかした方がいいだろう。
少女をベッドに置いてシーツを掛けてやると、丁度イザックが朝飯を持って来てくれた。
この世界にはあまりチップ制度は無いそうなのだが、良くしてくれて居るのもあって飯代と別に銅貨2枚を渡した。
イザックが部屋を出ると、ベッドの上から熱い視線を送っている少女に気付いた。
「さあ、おいで。一緒に食べよう」
「え・・・でも私用の、ない・・・」
「あぁ、いいんだ。みんなで同じ物を食べよう」
「え!?・・・でも!」
「大丈夫、気にしなくていいから食べよう。でないとスープが冷めてしまう」
鵺に前もって伝えて、置いて正解だった。
鵺もイザックに「本当に同じ物でいいのか?」と聞かれたそうだ。
別にイザックが悪い訳ではないが、昨日の服のやり取りでそんな気がしていた。
服のやり取りで「奴隷なんですから、古着とかでいいんですよ」と言っていた事から、身分によって食べる物も変える習慣があるのではないかと考えたのだ。
その予想は正しかった。食事を持って来た時にもイザックに
「お客様に奴隷用の食事を出す訳にもいきませんでしたので、通常のお客様用の食事をお持ちしましたが、本当によろしかったでしょうか?」
と確認で聞かれたがそれで構わないし、これからも俺の奴隷に対してはそう接してくれと伝えて置いた。
「今までがどうだったかは知らないが、今は俺がお前の主人だ。どうしても納得いかない場合は言ってくれて構わないが、俺は普通を知らないし合わせる気もないから、早く慣れてくれるとうれしい」
そういうと、少女は信じられないモノを見るように呆然としていた。
「ご主じーん!じゃあ、肉の増量を頼んで来ていいですか!?」
「お前は少し慎め!」
「え~!今『納得いかない場合は言っていい』って言ったじゃないですか!?」
「お前は、言わなくてもそうするだろ!大体、なんで頼んでいないのに生肉が小皿で一つだけ来てるんだよ!」
「え?それはイザックさんが『要りますか?』って言うので、『はい!』って答えただけです」
「お前な・・・」
「クスッ!クスクスクス!」
鵺の勝手さに呆れていると、やり取りを見ていた少女が笑い出した。
やはり元が可愛い顔なのだから、笑った少女の顔は凄く可愛いかった。
「はぁ~・・・。まぁこいつ程で無ければ言いたい事を言っていいし、面白ければ笑って悲しければ泣いて・・・感じた事をそのまますればいい・・・。そして、鵺!お前さっきから少しずつ肉を先に食うな!」
「え~。だってお腹空いちゃいましたよ」
「もう、こいつは!・・・とりあえずこいつもこんなんだし、飯を食うからおいで」
「は、はい!」
そうして、2者と一匹で朝食を済ませた。
朝食を食べ始めると少女が「おいしい」と言って泣き出してしまったハプニングがあったが、それ以外は特に問題なく飯を終えたので、お互いを知るところから話を始めた。
「まず自己紹介からだな!俺はミツル・ウオマだ。一応このでかい鳥の主人で冒険者・・・に昨日なったところだ。昨日、奴隷市場でお前が起こした騒ぎに首を突っ込んだら、いろいろあって君を購入して君の主人になった。よろしくな」
「あ!よ、よろしくお願いします!」
「僕は鵺です。一応鳥の姿しているけど、武器です。あとは・・・あぁ、そうだ!魔術師であるご主人の魔剣です!」
「魔術師!?え!?それに魔剣!?」
やはり、この囀る様に口が軽い鳥は要らない事を喋りはじめた。
最初は俺も言おうか考えたが、さっきまで不安定だった奴に恐怖心を与えるような事は言わない方がいいと思い、やめたのだが無駄だった。
「鵺!俺が言わなかった事をなんでお前が言うんだよ!」
「え?だって大事な事じゃないですか!この子だって、自分の主人が何者なのかは知って置いた方がいいです!それにご主人?まさか、人間である事も隠そうとしてません?」
「え!?に、人間!?」
「はぁ~・・・ホント、こいつは余計な事しかしゃべらねぇな・・・。まあしょうがない!こいつの言っている事も一理ある・・・。まあ聞いた通り、俺は人間の魔術師だ。まあ恐いかもしれないが、別に酷い事をするつもりはない。安心してくれ」
「は・・・はぁ・・・」
人間の魔術師である事を伝えると最初は恐がるかと思って居たが、少女は思考がついて行けていないように呆然としていた。
「さて、今度はお前の事を教えてくれるか?」
「は、はい!え~っと、私は雷獣族で16歳です。3年前、奴隷になりました。お願いします」
「「・・・・・・ん?」」
余りの自己紹介の短さに鵺と声を合わせてしまった。
まず、自己紹介をする上で大事なモノが無いのだ。
「え、え~っと・・・なんて名前なんだ?」
「あ、すみません・・・名前は奴隷になった時に剥奪されてしまったので・・・ありません」
悲しそうに少女は自分に名前が無い事を告げた。
これは思った以上に、奴隷の身分になるという事は酷いようだ。