36・電撃少女
鞭を打つような音と少女の悲鳴がこちらまで聞こえて来た瞬間。
俺の中の不快感がピークに達したと同時に『助けなくては』と思ってしまった。
ここが奴隷市場である事はわかっているが、声から察するに幼い子供だろう。
そんな子供を相手に鞭を打つ事が、許せなかったのだ。
気付けば俺は騒ぎの中心に向かって加速魔法全快で走っていた。
群衆をすり抜けて目的地に着くと、再度金髪の女の子に男が鞭を打とうと振り下ろしていたので、透かさず疾風刃で鞭を切り落とした。
スカッ
「え?あれ?鞭が・・・」
「おい、おっさん」
奴隷商が、振り下ろしたはずの鞭の柄から先が無い事に戸惑っていると、不機嫌そうな声がした。
「こんな子供に鞭打つ事はないんじゃないのか?」
奴隷商が声のする方を見ると、明らかに不機嫌そうな俺が立っていた。
「誰だか知らんが、これは私の商品だ。私がどう扱おうと勝手だろ!」
「こっちは、あんたのせいで不快なんだよ」
「そんな事は私の知った事ではない!もしやめろと言うのなら、こいつをあんたが買い取ればいい。もっとも、こいつは超希少な雷獣族の奴隷で罪重は4だ。金貨12枚がこの場ですぐに払えると言うのであれば────」
「12枚だな?」
奴隷商の言葉が言い終わる前に俺はポケットから、金貨を出して数えはじめた。
「ほら、12枚だ。こいつは俺が貰う」
そう言って奴隷商に金貨12枚を渡し、少女に近寄った。すると・・・
「そいつは今、危ない!」
近づこうと瞬間、奴隷商が叫んできた。
「そいつはさっきから、近づこうとする者に雷のような物を撃ってくる!しかもこいつ自体、制御が出来ていない。まともに食らえば、ただじゃすまないぞ!」
「そうか・・・」
奴隷商が言うには、先ほどのスパーク音と電光はこいつから出たモノらしい。
恐らく、恐怖心や痛め付けられた事に対する防衛本能なんだろう。
しかしこいつが電気しか攻撃が出来ないのなら、考えようもある。
「鵺」
「はい」
「縄鏢」
「え!?ご主人!縄鏢でも彼女に触れればご主人が!」
「いい」
鵺は反対したが、不機嫌度がメーターを振り切っている今の俺の温かみが無く、冷たくなった声に口答えが出来なかった。
「・・・・・・わかりました」
『え!?お、おい!あれって!』
『ああ、間違いない!魔剣使いだ』
『魔剣使いって、本当に居たのか!』
鵺が縄鏢の姿になると、外野が次々に驚きの声を発し始めた。
そして、さらに周囲の驚きが大きくなった。それは俺がシャツを脱いで、鏢の先端を自分の体に押し付けて傷つけ始めたのだ。
「お、おい!あんた、何を・・・」
「ご主人!何をしてるんですか!」
「黙ってろ!」
奴隷商と鵺の言葉を両断し、そのまま自分の体に線を刻んだ。
別に意味もなく自傷行為をしている訳ではない。
こんな使い方は普通しないのだが、急場凌ぎでルーンを直接体に刻んでいるのだ。
通常は、自身の体に半永続的に効果をもたらすルーンは刺青などで施す事が多いが、今回はそんな時間は無かった。
このままこいつの恐怖心が強くなれば、それこそ無差別に周りを襲う放電体になりかねないのだ。
今回使ったルーンは雷の意味を持つソーンと保護や防御の意味を持つエオローだ。
「クッ!・・・っつ!・・・フーッ・・・・よし、いくぞ」
痛みに耐えて胴体と両腕にルーンを刻んで準備が完了した。
「おい、おまえ」
パーンッ!
これは思ったよりひどい。まさか声を掛けただけで、電撃を撃ってくるとは思わなかった。
しかし、ルーンは有効になっているようで、電撃を受けてもダメージはなかった。
まずは、恐怖心をどうにかしなくては、ならないのだろう。
「フー・・・」
息を大きく吐いて、うずくまる彼女の前にしゃがみ込んだ。
「もう、お前を痛くする奴はいない・・・。顔を上げてくれないか?」
声を掛けると、何度かパリパリと放電音と火花が俺の体に向かって来たが、ルーン魔法のお蔭で電気は通じなくなっている。
しばらくすると少女はゆっくりと、涙と痛みでグシャグシャになった顔を上げた。
歳は12・3位で全体的に黄色い髪をしていた。瞳は赤く、耳は黄色くて少し長く頭から垂れて先っぽだけが黒くなっていた。
正直言うとそれを見た瞬間。ピカ〇ュウ?と思ってしまったが、顔は泣き顔で崩れていても可愛いと思った。
「痛かったな・・・。もう大丈夫だから」
バリバリバリ・・・!
そう言って頭を抱きかかえた瞬間、驚かせてしまった様で高圧電流を放ち始めた。しかし、そのまま優しく頭を何度も撫で続けていると次第に電流は収まり、ついには少女は脱力して寝てしまった。
「はぁ~、ご主人・・・前もって説明はちゃんとして下さい。寿命が縮んだじゃないですか・・・」
「わるいな・・・じゃあ、帰ろうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
無事、少女も寝て大人しくなったので帰ろうとすると、奴隷商が声を掛けて来た。
「なんだ?」
「ひっ!」
どうも俺はこの奴隷商が気に食わないので、先ほどの様に冷たい目線と声で返答した。
本当ならこの子にした事をこいつにもしてやりたい気分ではあったが、ここでこの子をまた起こす訳にもいかなかった。
奴隷商は小さく悲鳴を上げたが、続けて重要な事を話し始めた。
「お、恐れ入りますが。従属の首輪の契約を貴方様に主変更しませんと・・・」
「・・・・・わかった」
「ご主人・・・本当はわかってないでしょ・・・」ボソッ
鵺が耳元で呟いた通り、何もわかっていなかった。しかし、こいつにだけは説明を受けるのは癪だったので、さっさと返事をした。
「では血を一滴、こいつの首輪のここに・・・」
ボタッボタッボタッボタッ・・・
奴隷商が言葉を言い終わる前に、腕に刻んだルーンから止め処無く流れていた血を掛けてやった。
「これでいいか?」
「は、はい・・・では私の血は反対側のこちらに付けて・・・これで完了です」
「ああ、邪魔したな・・・」
とっとと手続きを終えると、座って待っているラークを見つけたのでそちらに向かった。
「あぁ、お帰りなさ・・い・・・っていろいろ酷いですね・・・」
「まあな・・・」
ラークの言う通り、無理矢理自分の体にルーンを刻んだせいで少女も鵺も俺の血まみれになっていた。
「ラークさん。とりあえず、今日は帰ります」
「そうですね・・・まあ、買い物に行って血まみれになる人は初めて見ましたよ・・・」
「ハハハハッ!俺もですよ・・・。すみませんが、今日はこんな状態ですし、また明日店に行きます」
「わかりました。今日はゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。じゃあまた」
流石に今日の所は宿に帰る事にした。
宿に帰る途中、血まみれの俺たちは周囲から視線を集めて目立っていたので、その帰路は来る時とは違い足早なモノになっていた。
「いらっしゃ、い!・・・み、ミツルさん!?ど、どうしたんですか!?」
フロントに居た雀族の従業員のイザックが、俺たちの姿に驚いて、背中の翼を後ろの棚にぶつけながら声を上げた。
「いろいろありまして・・・」
「いろいろって・・・どうなったらそういう状況になるんですか・・・」
「ハハハハ・・・」
イザックが頭を押さえて聞いて来た事に、カラ笑いで返して置いた。
「あぁ、あとすみませんが、この子に合った大きさの服と下着を適当に買って来て貰ってもいいですか?」
「この子の・・・って、この首輪。奴隷ですか?」
「えぇ、成り行きで買い取る事になってしまって・・・」
「成り行きで奴隷って・・・まぁいいです。客の内情に踏み込まないのが、ルールです。っで、服と下着ですね?予算はどのくらいですか?」
「とりあえず・・・これで、何とかお願いします」
そう言って、イザックに銀貨6枚(1万5千円相当)を渡した。
「ちょ、ちょっと!これは流石に多いです!これだと新品で二日分は揃えられますよ」
「二日分ですか・・・じゃあ、あと6枚を」
「そうじゃなくてですね!奴隷なんですから、古着とかでいいんですよ!」
イザックの言う通り、身分としては一番低い者なのだから、古着で十分なのだろう。
しかし、あからさまな貧相な容姿をさせると言うのは、自分的には気持ちのいいモノではなかった。
しかし、これ以上イザックに自分の価値観を押し付けてお願いするのもなんだか、悪い気がして来た。
「う~ん、そうですか・・・じゃあ、とりあえず新品で2日分お願いします。その後どうするか考えますので」
「はぁ~、そういう注文ならわかりました。じゃあ後程、部屋に届けますのでお待ちください」
「すみません」
イザックに服の使いを頼んで、3階の借りている部屋に戻る事にした。
部屋に戻り、少女をベッドへ横向きに寝かせた。
横向きにしたのは、ここまで抱きかかえている時に、鞭で打たれて背中が相当ひどい状態になっている事に気付いたからだ。
「フーー・・・疲れたな・・・」
少女をベッドに寝かせて近くのイスに腰掛けると、無意識にため息と一緒に声が漏れた。
肩に居た鵺が机に降りると、その言葉にワザとらしく笑いながら声を掛けて来た。
「なんだか今日は試験があったり市場で騒ぎがあったりで、ご主人は暴れまくりでしたね!ニシシシ・・・」
「本当だよ・・・俺は普通で居たいんだけどな」
「それは~・・・無理ですよ。何て言ったて、ご主人の普通は普通じゃないですから!」
「はぁ・・・気を付けるよ」
ため息をついた後、気怠い体を持ち上げて服を脱いだ。
改めて自分の体を見ると、苛立っていたとはいえバカな事をしたものだ。
痛みでルーンが歪にならない様に力を込めて刻んだせいで、相当傷は深くなっていた。そのせいで大分時間がたった今でも、傷口から血が流れていた。
このままでは着替えてもまた血で汚してしまうので、手当で傷口を塞いだあと、流水で濡らした布で体を拭いた。
手当を掛けて傷口は塞いだが、あとがクッキリ残る程度に留めて置いた。
この電撃少女はまだ不安定であったので、いつ電撃がまた飛んで来るかわからないからだ。
そして、少女もこのまま寝かせて置く訳にもいかない。
自分の手当が済んで体を拭いたあと、寝かせている少女を起こさない様にそーっと着ている服を脱がせた。
「え!?あ、ご主人・・・その、早速お召し上がりになるんですか?まあご主人も男ですし、僕ではお相手が出来ないので仕方ありませんが!・・・あ!僕は席を外した方が・・・」
少女の来ているボロ布で出来たワンピースのような物を脱がせて全裸にすると、鵺が勘違いをして慌てだした。
「お前は何を言っているんだ?こいつの背中が鞭の傷で酷い事になっているから、手当を掛けるだけだぞ・・・」
「あ、あぁ!そうでしたか!そうですよね。あははははは」
改めて見る寝顔は可愛く、胸は掌に収まる程度の小さいモノだった。
全体的に肌は白くて黄色いショートカットの髪に合っており、生傷や傷跡以外は痩せているがきれいな肌をしていた。尻尾も黄色で先っぽだけ黒く、その付近に3本のラインが入っていた。
体はまだ成熟仕切っていないモノの、ちょっと理性を飛ばせばすぐにでも手を出したいくらいだった。
「ちょっとご主じーん・・・。手当魔法を掛けるだけにしては、ジロジロ見過ぎだと思いますが?」
全裸にした少女を眺めていると、ジト目で鵺が突っ込んできた。
「いや・・・まあ、なんというか・・・かわいいな、って思って・・・」
「はぁ~・・・そんなんじゃ、コロハさんが泣きますよ?」
「ちょ!なんでそこでコロハが出て来るんだよ!」
「はぁ~これだからご主人は・・・」
「なんだよ」
「別に~なんでもないです♪」
「う・・うん~・・・」
ビクッ!
鵺との声が大きすぎたのか、少女が少し声を発した。
その瞬間、鵺と一緒になって体を一瞬硬直させた。
別にやましい事をしている訳では・・・多分ないが、この状況でパニックを起こされても厄介だった。
しかし、少女はまたスース―と寝息を立てて起きなかった。
「とりあえず・・・早い所手当して置きましょう」
「あぁ、そうだな」
そうして少女が起きる前に手当を手早く済ませた。
しかし少女の体は痩せていて体力も無さそうだったので、完全に傷跡を無くす所までは出来ずに終わった。
もともと手当は、魔力で細胞を活性化させて傷を治す魔法なのだ。
魔法を掛けている間は温かい感覚に包まれて魔力による治癒に感じられるが、魔法を使っている者の魔力だけではなく、自身の体力も消耗するのだ。
なので、この少女に長く手当を掛けるのは得策ではなかったのだ。
そうこうしていると、イザックが服を買って部屋に届けてくれた。
妙な勘違いされても困るので服は部屋の外で受け取り、お釣りの銅貨1枚と石貨8枚は銅貨3枚を加えてチップとしてイザックに渡した。
服を受け取ったあと、起こさない様に魔力操作で少女の体を浮かせて服を着せた。
一連の作業には薬剤を調合するより集中して行ったせいで、全て終わった時にはグッタリして夕飯も食べずに、そのまま少女と一緒に寝てしまった。
やっと!やっと、二人目(一人目?)のヒロイン登場!
長かったです。
そして、第3回オーバーラップWEB小説大賞に無謀にも応募!
その為もあって、少し投稿するペースを今月だけ上げます!
まぁ、上げるペースは気まぐれなので、眉に唾でも塗っておいて下さい・・・。