32・冒険者ギルト、試験
「じゃあ、よろしくお願いします」
「任せて下さい!」
翌朝、カーム達はラーク商店で次の街で売る品物と魔法具の甕を積んで出発しようとしていた。
「じゃあ、先生行って来ます」
「ああ、魔法を使うときはくれぐれも気を付ける様にな。ケイトが使う魔法は無詠唱でも規格外なんだから」
「はい!肝に銘じます!」
「ミツルさんもお体などにお気を付けて」
「サーニャさん・・・それはあなたの事ではないですか?」
「フフフッ。鵺さんの言う通りでしたね」
「じゃあ、行って来ます!こっちに戻るのは一ヶ月後位だと思いますんで、よろしくお願いします!」
「えぇ、こちらこそお願いします。」
「せんせー!一ヶ月後にまた会いましょー!」
「ああ!元気でな!」
そのまま、馬車が街を囲む壁の外に出るまで手を振って見送った。
「なんだか、3日の間しか一緒に居ませんでしたけど・・・寂しいですね」
ふと、そう鵺が寂しそうに呟いた。
「そう寂しくなる事も無いだろ。1ヶ月後にはまた会えるし、ケイトが居るんだから魔物に襲われたって平気だろ」
「それもそうですね!なんて言ったってご主人の一番弟子ですから・・・」
「あぁ、そうだな・・・さて、俺らは俺らでやる事をやろう!」
「お!?いよいよ、冒険者デビューですか!?ご主人!」
「そうだな・・・俺ももっと強くならないとな!」
「ご主人だったら、世界征服も出来る気がします!」
「アホか!そんな事出来る訳ないだろ?」
そんな会話をしながら、慌ただしく動き始めたバールの街の中心、その丁度中央にある広場に向かった。
広場に到着すると、そこを囲むように大きな建物が5つ並んでいる。その建物は街全体の政治や自治を行っている。
商業ギルド・商店等が参加する商会組合、道具屋協会、奴隷商組合などを統括している。
魔法ギルド・魔法の研究や魔法使いの派遣、魔法具技師や魔法使いなどの取り纏めなどをしている。
騎士駐在所・街役場的な存在で、税金の管理等を行ったり、街に駐在している騎士の屯所となっている。
教会・普段は中にある聖堂まで誰でも入れるようになっている宗教施設だ。奥や上の階は国直属の役人や騎士などが出入りしている。
そして、俺たちが行こうとしている冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは雑用から魔物退治や超危険クエスト、賞金首になった犯罪者を倒す賞金稼ぎまで、大抵の事を請け負って登録者に紹介している。云わば派遣紹介所のような物だ。
この世界には身分証という物は無いので、奴隷の証である首輪をしていて、尚且つ主人がいない者以外、誰でも登録できる。
つまり、身元不明者の俺でも利用できる有難い施設なのだ。
「ここが、冒険者ギルドか・・・」
「大きいですね・・・」
ギルトの前に立って、鵺と建物を見上げた。
建物は高さ約30mはあり、幅は40m程あった。外見はベルギー風の建物の真ん中と両脇に煉瓦で出来た丸い塔が組み込まれたような姿をしていた。
「ギルドか・・・どんな所なんだろうな」
「あれ?ご主人、建物の大きさは驚かないんですか?」
「ああ、まあ俺の居た世界は雲の中に突っ込むぐらいの建物もあったしな。これぐらいは普通だ」
「む~、ご主人・・・。僕の事からかってませんか?」
「ん?そんな事は無い。本当の事だよ」
「そんなの信じられません!ご主人が元の世界に帰る時は絶っ対!連れて行って下さいね!」
「わかったよ」
そんな会話をしながらギルドの中に入ると、中は朝早いのにも関わらず沢山の獣人たちが居た。
「いっぱい居ますね・・・」
「とりあえず、受け付けは・・・っと」
辺りを見回していると、入って右側の真ん中に一つだけ誰も並んでいない窓口があった。
「お!あそこ誰も居ないから、とりあえず聞いてみよう・・・すみません」
「はい。なんでしょうか?」
声を掛けるとコロハとはまた違った、ダックスフントのような耳が付いた女性がいた。
「すみません。登録をしたいんですけど、何処の窓口に行けばいいですか?」
「登録ですか?・・・ああ、依頼書登録ならこの一番奥、柱の向こう側です」
「いえ。依頼書ではなく冒険者登録です」
「え!?」
登録をしたいと伝えると、なぜか依頼希望者だと思われたらしいので、ちゃんと伝えると女性が目を丸くして驚いた。
「あの・・・冒険者登録って、冒険者になる登録ですよ?」
「ええ、そうです。その登録をしたいんです」
なぜか、不安そうに再度確認してきた女性にちゃんと返答した。しかし、女性は眉間にシワを寄せてため息をついて来た。
「はぁ~・・・あの、食うに困ってならやめた方がいいですよ?ちゃんと戦えないと危険ですし」
「はー・・・そうは見えないかもしれないですけど、そこそこ戦えますよ?」
周りに居る奴の姿を見て、受け付けの女性の反応に何となくは理解した。どうやら服装があまりにも市民的な姿だったからである。
「わかりました・・・。そこまで仰るなら、試験の準備をしてきます。少々お待ちください」
そう言って女性は奥の方へ歩いて行った。
「何なんですか!あの受付!ご主人を場違いな者みたいに扱ってきて!」
「いや・・・実際に場違いな服装だからだよ。」
「え?」
「周りを見て見ろ。鎧や剣、でっかいハンマーを持って居る奴らばっかだろ?こんな鳥一匹肩に乗せて武器も持たない奴が、まさか戦闘能力があるとは普通は思わないだろ?」
「む!それは、偏見というモノでは?」
「違う。それが常識というモノだ」
「お待たせ致しました」
鵺と会話をしていると、先ほどの受付嬢が隣にあった扉から出て来た。
「ではご案内しますので、付いて来て下さい。あと、怪我をしても知りませんよ?」
「ご心配、ありがとうございます」
そう言って連れられたのは、建物裏手にある広場だった。
奥行と幅が共に40m程の屋外広場にはすでに剣を持った竜の様な角の生えた赤い髪の男が立っていた。
「では、登録試験としてあの方と戦って頂きますので、お願いします」
「わかりました。攻撃方法とかで禁止事項とかはありますか?」
「特にこれと言ってありませんが、相手を殺すのは禁止です」
「おいおい!ミリ!こんな奴に俺が負けるなんてありえないだろ!」
禁止事項について受付嬢に聞くと、立っていた男が口を出してきた。
「いえ。そうは思いませんが、一応ルールで話す事になっています。それはギコさんにも言える事ですよ」
「はいはい。殺さなきゃいいんだろ!」
ミリが男にもその事を伝えると、「それでは、ご健闘を・・・」と言って、ミリは危険があるからと建物の中に入った。
「さて、俺はギコってんだ。お前は?」
「ミツルといいます。手合せお願いします」
「ずいぶん余裕だな!身の危険とか感じないのか?」
「そこまで、危険だと思わないので・・・」
「は!上等!まあ、試験って事だからよ!簡単なルールだ!俺に、冒険者として問題が無いと認めさせる事が出来れば、合格だ!」
「なるほど・・・つまりギコさんに倒されれば私の負けという事ですか・・・」
「その通り!じゃ!はじめるぜ!」
そういうと、ギコは剣を構えながらこちらに向かって来た。しかし・・・
「はっ!はっ!やっ!は!は!てめ!よける!な!」
俺は構える訳でも無く、剣を躱し続けていた。
(うん・・・加速魔法(アクセラート)で運動能力を使えば余裕。使わなくてもギリギリ躱せそうだな)
盗賊を倒して以来、なぜか自分の体が軽くなった感覚があったので、経験値的な何かが出来たのかと思って居たのだ。今回、本気で剣を当てに来ている相手に試してみたが錯覚ではなく、思った以上に動ける事がわかった。
「くそ!ちょこまかと!仕方ない!」
苛立っていたギコがそう言いながら、俺との距離を取った。
その瞬間から、あたりの空気が変わったのがわかった。
(あいつ・・・魔法が使えるのか?)
「Ignis properate in manu mea(炎の精霊よ、我が手に集い来たれ)」
「ほう・・・火の魔法使いでしたか」
「Alba penetrare hostem!Flamma Arrow!(敵を貫け!炎射矢!)」
ギコが詠唱を終えて出した炎で出来た矢は6本だった。本によれば通常は4本か5本なので、強い方ではあるが・・・
「足りませんね・・・」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン・・・!
そう呟いて腕を振り、完全無詠唱で疾風刃を放って火の矢を打ち消した。
「な!お前!」
「そうです・・・。あなたと同業者と言った方がいいかもしれません。自分は魔法使いですよ」
「そんな・・・魔法名も無く、完全無詠唱だと・・?そんな奴聞いた事もない!」
「まあ実際に目の前に居ますがね」
ワザとらしく肩を竦めて、からかう様に言うとギコは距離を置いて警戒し始めた。
「それだけじゃない・・・杖も持って居ない魔法使いってのも、異常だ。」
「あなたも杖は持って居ませんが?」
「俺はこの剣の柄が杖なんだよ!」
(「何という事でしょう!匠は杖を剣の柄にして、姿を隠しながらもしっかりと補助をしてくれる。粋な計らいをしたのです!」・・・なんてナレーションでも聞こえそうだが。ケイトでさえ素手で魔法を使え居るんだから、本当は杖なんて要らないんじゃないのか?)
そんな事を考えて居ると、ギコが顔つきと構えを変えた。
(うん・・・少しからかい過ぎたかな?距離は30m程空いているが、殺気が飛んで来ているのが、ビリビリ感じるな・・・)
「侮って居た様だが・・・ここからは本気で行くぞ」
「あの・・・これって試験なんじゃ・・・」
「うるせぇ!ここまでコケにされて、黙ってられるか!『中の1級』冒険者の本気を見せてやる!」
「あらら・・・試験官のお兄さん、怒って角生えちゃってますよ?」
さっきまで黙っていた鵺が、さらにおちょくる様に声を掛けて来た。
「いや・・・あれは俺のせいじゃない。元からだ。そして、お前が喋るとロクな事にならないから黙ってくれるか?」
「え!?そんな、ひどいです!僕はちゃんと、さっきまで大人しくしてたじゃないですか!」
「ああ・・・じゃあ、もうちょっと大人しくしていてくれるか?」
「ぉぃ・・・」
「え~。ジッとしてるのも暇なんですよ?ご主人は楽しそうにしてますけど!」
「おい・・・」
「は?別に楽しくは無いぞ?正直面倒臭いし」
「おい!」
ギコの事を放ったらかしにして、鵺と話しているとギコが怒鳴って来た。
「こっち、無視して漫談してるんじゃねーよ!」
「別に漫談はしていませんが、失礼しました。じゃあ続きをしましょうか」
「ああ、そうか・・・本当に舐め腐った野郎だ!ぶっ殺してやる!」
「おぉ怖い。鵺!暇つぶしに付き合ってやる!」
「わーい!じゃ~・・・これで!」
カチャカチャ!
そう言って、鵺は小刀二本に変身して両手に収まった。
「な!!!」
黒い鷹の姿だった鵺が小刀二本に変身したのを見て、ギコが言葉を失っていた。
「じゃあ、魔法勝負は自分の判定勝ちだったので、今度は剣で勝負しましょうか」
「くそ、魔剣使いだったのか・・・どこまでも舐めやがって!うぉぉぉぉぉぉ!」
こちらが煽ると、イラついていたギコはとうとう顔を赤くして、こちらに走って襲ってきた。
ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!ガキン!
『加速魔法(アクセラート)』のお蔭で、何とか剣を捌きながら身を躱していった。正直『加速魔法(アクセラート)』が無ければ、剣を受ける事も間に合わない速度の攻撃を連撃でされていた。
「お?ごっ主じ~ん♪このお兄さん、なかなか早いですね~♪」
「ああ、確かに、早いが・・・それ以上に一撃が重いな・・・」
いくら『加速魔法(アクセラート)』で運動能力や筋力を補助しても、かなりの速度と重量のある攻撃を受ければ、手が痺れてくる。
このままでは、流石にこちらも疲労してくるので、相手の武器を封じる事にした。
「鵺!左、鎖分銅!」
「はい!」
ジャラ!
「は!?」
鵺に指示を出すと左手の小刀が鎖分銅に変わり、ギコの剣に絡み着いた。鎖を左足で踏み、完全に無防備になったギコの首元に右手の小刀を当てた。
「勝負ありで・・・いいですか?」
「あ・・・あぁ、俺の負けだ」
ギコが悔しそうではあったが負けを認めて、試合(試験)が終了した。