28・商人
27話が短かったので、2話同時更新です。
「じゃあミツルさん、ちょっと行って来ます。申し訳ないんですが、ケイトを見ていて下さい」
「わかりました。元々は俺のせいですから気にしないで下さい。カームさんもサーニャさんも気を付けて行って来て下さい。」
「ありがとうございます。では行って来ます」
「いってらっしゃーい!」
バールの街に入った翌日、まだ起きないケイトを俺と鵺に預けて、当初の目的である運んで来た品物を売りに行った。
ついでにと、サーニャに使う予定だったカンゾウとマオウが余ってしまったので、困らない程度の量を手元に残して商品や甕と一緒に売ってもらう予定だ。
「ふふふっ」
街中をゆっくりとした速度で進んでいた馬車の御者台で、カームの隣に居たサーニャが突然笑い出した。
「ん?どうした?サーニャ」
「いや、一晩経っても未だに信じられなくて・・・」
「あぁ、ケイトの事か・・・確かに、あのケイトが2・3日で魔法使いになっちまうとはな~」
二人して未だに信じられないようだと、笑っていた。
「あの子にそんな才能があったとはね~」
「いやー、それもそうだがケイトに教えたのがミツルさんだったからっていうのが大きかったんじゃねーか?」
「クスクスッ・・・確かに。何て言ったって魔術師様だものね~・・・」
サーニャは笑って上を見上げてそういうと、黙り込んでしまった。
「サーニャ・・・お前、まだあの村を襲った魔術師を恨んでいるのか?」
「え?あぁ・・・でも、あの魔術師はもう死んだんでしょ?」
「ああ、それは間違いねぇ・・・だが、ミツルさんはそんな魔術師とは───」
「わかってるわ!・・・でも」
カームの言葉を遮ってサーニャが言い返し、少し間を空けてまた空を見上げ、言葉を続けた。
「・・・でも不思議よね。ミツルさんって・・・魔術師なのに別に偉そうにもせず、私たちと同じ平民・・・いや、それ以上に優しいお方だもの。知ってる?あの方、盗賊を殺した事を酷く嘆いていたのよ」
「あぁ、ここに居ても少し聞こえていた。まったく・・・魔術師らしくない方だ」
「ふふふっ!今まで魔法使いや治療魔法師、薬師とかを見て来たけど、あんなに『様』を付ける事を嫌がった方も初めてだわ」
「ハハハッ、俺もさすがに初めて会ったぜ・・・なあ、サーニャ。」
「ん?なに?」
問いかけにサーニャがカームに顔を向けると、カームが真面目な顔をしていた。
「もし、もしもの話だが・・・いや、俺が勝手に勘違いしているだけで、そんな事はあり得ないと思うんだが・・・そのミツルさんがだな、いや・・・もう大昔の存在だから、あり得ないと思うんだが・・・」
歯切れ悪く、なかなか本題をカームは言い出せずに居た。
「・・・プっ!フフフッ、アハハハハ・・・」
それを見ていたサーニャが突然吹き出して、お腹を抱えて笑い出した。
「お、おい・・・俺は真剣に・・・」
「いや、フフフッ・・・ごめんなさい。まさか、貴方も気付いて居たとは思わなかったわ」
苦しそうに、笑い涙を指で拭いてサーニャがカームの予想しているであろう事を肯定した。
「え!?じゃあ・・・まさか、ミツルさんは・・・」
「えぇ、間違いなく人間よ・・・ただ、おとぎ話に出て来るような、凶悪な人間じゃなくて心優しい怪物だけどね」
そう、この二人はミツルが人間だという事に気付いて居たのだ。サーニャが確信を口にすると、カームも次第に口元がニヤケ始めた。
「ああ、そうだな・・・心優しい怪物か・・・クッ!アハハハハ!確かに違いない!」
「でしょ?」
「だけどよ、腹を抱えてまで笑う事ねぇじゃねーか!」
「いや、貴方がミツルさんに対してそんなに怯えているなんて、可笑しくて。フフフッ!」
「べ、別に怯えてなんか・・・」
「フフフッ、そういう事にしておきましょう♪そうだ!帰りに帽子を買って行きましょう!」
「お!そいつはいい案だ、そうしよう。ミツルさんの事だからよ、魔法使いらしくないモノとかにしようぜ」
「そうね」
そんなお土産について話していると、あっという間に得意先の商店の前に着いてしまった。
馬車を店の裏の方へ着けて、いつものように裏手から建物に入った。
「おーい、ラークさん!居るか!」
「あ?ちょっと待ってな、今行く!」
声が帰って来てからしばらくすると、奥からウサギの耳を生やして眼鏡をかけた、栗色の髪の毛をボサボサにした男が出て来た。
「おー!誰かと思ったら、カームじゃないか!元気そうだな!」
「ラークさんも元気そうで!」
お互い同時に握手を交わして背中を2・3度叩き合うように挨拶を交わした。
「ご無沙汰してます。ラークさん」
「おー!サーニャさんも元気そうで何よりだ!・・・ん?そう言えば今日は、あの坊主が見当たらないな。どうした?」
サーニャと握手のみの挨拶を交わした後、ケイトが居ない事にラークが気づいた。
「あぁ、ちょっと昨日いろいろあって、宿でまだ爆睡しているよ」
「そ、そうか!まあ~、みんな元気そうで何よりだ!で?今回は何を持って来てくれたんだい?」
ラークは挨拶を一通り交わすと早速商談に入った。
「あぁ、今日はコメが10袋・麦が20袋・塩が5袋あと胡椒が中袋で1つと薬草を少しだ」
「ん?薬草?お前いつの間に薬草まで扱うようになったんだ?」
カームの持って来たモノの中にいつもは扱わないモノが入っていたのでラークは不思議そうに聞いて来た。
「ちょっとな、実は治療魔法師の方と途中で知り合ってな、馬車に同乗する代金として貰った物なんだ」
「なんだ、そういう事か。薬草は良し悪しがわかり難いから、下手に手を出すモンじゃねぇよ。まあ今見てやるよ、ちょっと待ってな。おーい!誰か荷を降ろすの手伝ってくれ!」
「「はい!ただいま!」」
ラークが大声で店の中に呼びかけると、首にはチョーカーのような物、頭に丸いネズミの様な耳をした若い男が2人出てきて、馬車から荷物を店の中へと移しだした。
しばらくして、降ろした荷物の袋をラークが1つづつ開けては中の状態を確かめて行った
「うん相変わらず、物はいいな。ただ・・・一足遅かったな。昨日の朝マウボロ商団が街に着いて入ったところだ」
「嘘だろ?!あぁ、畜生!遅かったか!」
マウボロ商団とはこの時期になると、地方から30台余りの馬車で多量に穀物や調味料を売買しに来る店舗を持たない大商会だ。一回で多量の穀物を売りに来る為、相場は一気に下がるので商団の着く前と後だと大きく利益が違うのだ。
「まあ残念だったが、ここまでいい状態の物だ。相場よりは高くなるだろう」
「そうか・・・で?いくらだ?」
「そうだな。今日の麦の相場が100kgで3698パルだ。まあこの状態なら3780パルで買い取ろう。あと、米の相場だが100kgで5466パルだ。こっちは特段いいって訳でもなく、まあ普通よりは売れるだろから5500パルってところだ」
「そうか・・・」
通常の商団が来る前なら麦は4000パル、米は6000パルは確実だったが、商団の後ではこの位かもっと低い値段になっている事もあった。
ラークは長い付き合いという事もあって、信用が出来る相手なので値段は妥当な物であろうが、商団の来る時期を見誤っていた事が大きな誤算となってしまった。
「あと胡椒と塩の相場だが・・・胡椒は10kgで2240パル。塩は10kgで7700パルだ」
「え?」
一緒カームは耳を疑った。通常でも胡椒は10kgで2200パル前後、塩に関しては10kgで7200パル前後だ。しかも今はすでに商団が来た後だ。それが意味している事は・・・
「まさか・・・商団は塩と胡椒を持って来なかったのか?」
「あぁ、そういう事だ。運が良かったな!」
そういって、ラークは意地悪そうにニカっと笑った。
「ラークさん・・・やめて下さいよ。心の臓に悪いじゃないですか・・・」
「アハハハハッ!カームもまだまだだな!」
「ラークさんにはかなわねーな」
「それとな、治療魔法師に貰ったって薬草だが・・・その治療魔法師はどんな奴だったんだ?」
「え?」
一頻り(ひとしきり)カームをからかったラークだったが、薬草の話になって真剣な顔つきで聞いて来た。
「どんなって・・・なぁ?」
カームはミツルの事をどう言えばいいか、サーニャに話を振ってみた。
「え?まあ、そうですね・・・治療魔法師の方にしては凄く優しくて気の良い方でしたよ。その薬草がどうかしたんですか?」
「いや、そうだな・・・。まあお前さん達だからこっちも正直に商売をしよう・・・こいつはとんでもなく上物だ」
「「え!?」」
ラークが真剣になるのも無理はなかった。この世界の大抵の薬師より地位が高い者は上に行けば行くほど、自分勝手で平民の事など気に留める者は少なかった。ましてや、売れば高値になる上物の薬草を只で他者に与えるなど、考えられない事だった。
「こいつは甘草と麻黄って薬草だ。この二つは治癒魔法が無くても病気を治せる薬に使う物で、普通は人があまり行けないような山の岩場に生えている草だが、こいつはその中でも匂いもいいし乾燥がしっかりとしている。こんな物を馬車の同乗代金にするなんて、考えられないんだよ」
力説するラークにカームとサーニャは呆気に取られていた。
「もしそんなお方が居るなら、是非贔屓にして欲しいと思ってね!その方はもう街を出ちまったのか!?」
アツく語るラークの目は真剣と尊敬に満ちていた。
「あ、あぁ・・・まだ、居るよ」
「ホントか!その人に伝手を付けて貰う事は出来ねぇか!?」
余りのラークの気迫にカームが戸惑い気味に気圧されていた。
「え~っと・・・サーニャ。どうすればいいと思う?」
「そうね・・・。ラークさん」
「はい!」
サーニャが声を掛けると、物凄い勢いで体を向けて返事をして来た。
「あ、あぁ。え~っと。その方は余り目立つ事が好きじゃない方なので、私たちで勝手に教える訳にはいかないから・・・一度聞いてみてから答えるって事で───」
「はい!是非お願いします!」
サーニャが言葉を言い終える前に、サーニャの両手を掴んで頭を下げて来た。
若干、サーニャはラークの暑苦しさに引き気味ではあった。
「あ~、え~っと、ラークさん?その・・・一応その薬草の売買もお願いしたいんですけど」
「あ!これは失礼!そうでしたね!さて・・・ゴホン!」
ワザとらしく咳払いをして、先ほどと同じ振る舞いに戻る様にして取引を再開した。
「いや、私もここまで上物は久々に見たよ。さて、甘草の根が6本と麻黄の根が5本あるが。相場としては甘草の根が100gで4200パルで、麻黄の根は100gで5320パルってところだ」
「は?おいおい。なんか桁が間違ってないか?今1kgじゃなくて100gって言ったか?」
「ああ、間違いじゃない。カームは薬草は専門外だから知らないだろうが、薬草は凄く貴重で扱いが難しい。それに、薬草は物の良し悪しを見極めるのも難しいから『欲を掻いた奴が騙されて大損したり、扱いを間違えてダメにしてしまった』なんて話も珍しくない。それこそ魔石や貴金属程ではないが、相当な高価な品物だ」
カームの専門は穀物や香辛料であった為、ある程度知っているつもりではあった。しかしそれは『薬草にも使われる香辛料』であって、薬草その物ではなかったのだ。なのでこの時、初めて薬草の取引をする相手がラークでよかったと心底感じていた。
「さて、話はまだ終わっちゃいない。その中でもこいつは上物だと言っているんだ。価格にして甘草の根が100gで4620パルで、麻黄の根は100gで5850パルがいい所だな」
「ちょ、ちょっと待ってくれラークさん!え?こいつって俺らが運んだ品物より高いって事か!?」
「当たり前だろ、薬草なんだから・・・。まあ、だからと言って手を出そうとするなよ。今のお前には早すぎる」
一瞬カームは薬草を商うのもいいかもしれないと思ったが、ラークに見抜かれ釘を刺されてしまった。
しかしラークの言うように、カームにはここに持って来るまで全く価値を知らなかったのも事実であった。今の時期は時間が無く、すぐに次の街へ行かなくてはいけないが、時間がある時にミツルと再会出来たなら、薬草の事を教えて貰おうと密かに思っていた。
「そういえば馬車に白い甕が乗っていたが、あれの中はいいのか?」
「ああ、あの甕は空なんだ」
「は?中身が無いのになんで甕だけ持ってるんだよ。なんだったら俺ん所で買い取ろうか?」
「いや、ラークさんに申し訳ないが、こいつはラークさんの専門外の物なんだ」
「は?だって、ただの甕だろ?」
そう、誰だって甕だけを持って居ると言えば不思議に思う。そもそも、カームはこの街に来てまだ商品を売っている所なので、品物を仕入れるには早すぎる。つまり中身は売ったという事なのだ。普通は甕に入れて運ぶような物を売ったのであれば、甕ごと渡すのが普通である。そう普通の甕ならば。
「ラークさん。これは魔法の甕なんだよ」
「お前、なに言って・・・ん?・・・あ!」
途中で何かに気付いたのか、ラークが声を大きくした。
「カーム!お前、昨日の夕時に表通りのガルん所の肉屋に、凍ったイノシシ肉を売っただろ!」
「あれ?ラークさん、なんで知ってるんですか?」
「知ってるも何も、今朝早くからあいつが『昨日か今日、白い甕の魔法具が売りに出されなかったか』って聞いて回ってたんだよ。そのおかげでここらの道具屋はその噂で持ち切りだ」
「あぁ、なるほど」
昨日、イノシシ肉を売りに行った時に、甕から肉を移して甕は返して貰うように言ったのだ。当然不思議に思った肉屋は理由を聞いたところ、カームは『中身を凍らせる魔法具』だと説明したのだ。もちろんそんな便利な物を肉屋が欲しがらない訳はなかったが、カームも専門外の品物で相場を知らなかったので「売るところがもうある」と言って断っていたのだ。
「『あぁ、なるほど』じゃねぇよ。
ったく・・・俺も最初に聞いた時は正直眉唾だったが、そんな物が存在して、しかもそれを持った奴がカームだったとは・・・
はぁー、そいつの相場はもう今朝の内に道具屋の協会で決ってるよ!」
「は?なんで道具屋の協会で値段を決めるんだ?」
ラークがため息をつくと気になる事を言っていた。普通は道具の値段なんて物は各商店が決める物だ。だが今回はそれを取りまとめる協会が動くと言うのは異様な事なのである。
「はぁー、お前は穀物に関しての腕は一流だが、本当に何も知らねぇんだな」
再度ラークがため息をつくと、その詳細を教えてくれた。
この時までカーム達はもちろんだが、ミツル本人ですら思い付きで作ったこの甕の異常さを理解していなかった。