26・水の魔法使い
「Congelatio!(氷結!)」
パキパキパキッ!
「おおぉぉ・・・もう大分慣れたもんだな」
「ケイト、すごーい!」
ケイトが鉄砲水のような『流水(フルエンタ)』を成功したあと、『氷結(コンゲラート)』が使える様になるまでに時間は掛からなかった。
最初に自分が魔法名のみで魔法が出来るようになるまでに、結構苦労していたのでケイトに若干の嫉妬を覚える程だった。
ケイトが鉄砲水のような『流水(フルエンタ)』をぶっ放したあと、丁度昼飯時だったので一度馬車を止めて飯を食べた。その後、最初だからと言っても危険があるので、カーム達から離れて『氷結(コンゲラート)』の詠唱と魔法名を唱えさせた。
「ここら辺まで離れれば大丈夫だろう」
「ミツルさん、いくらなんでもここまで離れる必要はなかったんじゃないですか?」
「ん?そうかもしれないが、一応保険だよ。さっきの『流水(フルエンタ)』でもわかったと思うけど、魔法にとって『理』と言うのは知るだけで何十倍にも威力が上がるんだ(と言ってもケイトが使って、初めて実証が出来たんだけどね)」
「た、確かに。無詠唱だったのに、詠唱した時の数十倍はありました」
「そうだろ?まあ、もともと『理』を知らなくても、詠唱とそれだけの技量があれば魔法は発動出来るんだ。それを『理』を知った上で詠唱を完全にすればどうなるか・・・わかるだろ?」
「・・・き、危険すぎますね」
「だろ?」
引き気味な苦笑いをしたケイトには、容易に威力が想像できたようだった。
「あ、でも一つ聞いていいですか?」
「ん?」
「ミツルさんは何度も完全詠唱していましたけど、なんで弱く使えたんですか?」
「あぁ、込める魔力をすごく弱くして調整していたんだよ。何も考えずにやれば、馬車全体が凍っちゃうからね」
「あ~・・・なるほど」
「さて、あまり話が長くなるとカームさんたちを待たせちゃうしさっさとやろうか。ここで一度『理』についておさらいしておこうか」
「・・・はい!」
さっきまで苦笑いで会話をしていたケイトの顔が真剣なモノに変わって返事を返してきた。
「まず、水はどうすれば氷になるんだっけ?」
「はい!熱という力を奪えば冷たくなって凍ります!」
「うん、そうだね。じゃあ『氷結(コンゲラート)』と言う魔法はどういう魔法だと思う?」
「え?どういう魔法・・・」
まだ、『氷結(コンゲラート)』の原理については教えていなかったが、こうやって考える事も練習していけば、自分と別れた後もきっと教えた3つの状態は役に立ってくる筈なので、今回は答えを待つ事にした。
「間違っててもいいから、思いつく事を言ってみな?」
「はい・・・えーっと、凍らせたいモノに水を集めて・・・それで凍らせる魔法ですか?」
「う~ん・・・水を凍らせるというのはあっているから、惜しいと言えば惜しいかな?」
「え?」
「まず、水ってどこにあるんだっけ?」
「水ですか?えぇっと・・・。水は気体の状態にもなっているから・・・。そうか!集めなくても、水はそこら中にあるのか!」
「おぉ、正解!つまり『氷結(コンゲラート)』は気体になっている水やすでに水を含んでいる物を凍らせる魔法だ。今回は地面を凍らせる事を考えればいい」
「なるほど!」
「じゃあ『氷結(コンゲラート)』の仕組みがわかったので、魔法詠唱をしてみようか」
「はい!」
「魔法詠唱は魔力の流れや使い方を補助するためにある。だから詠唱する時に、どうやって魔力が働いているか感じ取る様にやってみて」
「わかりました!」
注意事項を説明したあと、下手をすれば自分も危ないのでケイトの数歩後ろまで下がった。
「じゃあ、行きます!すーッはー・・・」
ケイトは自分を落ち着けるように深呼吸をして集中を始めた。
「『Glaciem frigore spiritus, communia durandam. Congelatio!』(凍てつく氷精よ、それを凍らせよ。氷結!)」
ペキッ・・・ベキベキバキバキバキ!
物凄い音を立てて、ケイトの前方約30m範囲が凍りついて白銀と化した。
「やった!できました!」
「うん。うまくいったみたいだね。じゃあその感覚を忘れないように覚えておいてね」
「はい!」
そうして『氷結(コンゲラート)』の詠唱を一度終えたあとは、感覚を忘れないように移動中の馬車の中で無詠唱の練習を行っていた。
「Congelatio!(氷結!)」
パキパキパキッ!
「おおぉぉ・・・もう大分慣れたもんだな」
「ケイト、すごーい!」
馬車の中では濡れた布や桶に溜めた水を凍らせていた。
『流水(フルエンタ)』の時に魔力を込めると威力が上がる事もわかっていたので、今は布程度の物を的確に凍らせる練習をしていた。
この調子ならば今日の夕方には『氷槍』ぐらいまで出来てしまいそうだが・・・
「ミツルさん!見えてきましたよ!」
御者台にいるカームの声がしたので前から顔を出すと、高い塀に囲まれた大きい要塞のような物が見えてきた。
「あれが、バールの街ですか?」
「わーい・・街だー!」
「はい。ミツルさんと鵺さんはバールの街は初めてですか?」
「ええ、こっちに来てから大きな街には行った事がありません」
「僕もないよー」
「そうでしたか。バールはこの国でも3番目に大きい街です」
「そうなんですね・・・カームさんは街に急ぎの用事とかありますか?」
「いえ、別に急がなきゃいけない用は無いですが、どうしてです?」
俺の質問の意図がわからずカームは不思議そうに聞いて来た。
「実は街に入る前に、出来るかわかりませんがやりたい事があるんです」
「はぁ・・・なにをされるんですか?」
「ケイトに『氷槍(ファメア・グラキエ)』を教えようと思います」
「え!?」
俺の発言にカームが驚いて馬車を止めた。
「ミ、ミツルさん!そ、それってケイトを魔法使いにするって事ですか!?」
「はい。まあ昨日今日で魔法を始めたばかりですので、出来るかわかりませんが才能はあると思いますよ」
「うん!ケイトすごいよー」
「はぁ~・・・あいつにそんな才能があったとは・・・」
カームが驚くのは無理もない。
この世界の地位では平民の中でも魔術師、魔法使い、治療魔法師、薬師、町村長、平民というランクがある。
つまり、魔法使いになるという事は町村長や薬師を飛び越えて高ランクになる事を意味している。
「まあ、ケイトは自分にとっても初めて魔法を教えた相手です。本当はもっと教えたい事がありますが、自分もやらなくてはいけない事があるので残念ですがそれも出来ません。それでも、教えた以上はケイトの『魔法使いになる』という希望を叶えて上げたいですしね」
「ミツルさん・・・ありがとうございます!俺からもお願いします!グスッ!」
カームは俺の提案に若干、涙を流しながらお礼を言って頭を下げて来た。
街道沿いに馬車を止めて、俺はしばらく馬車からケイトを連れて歩いていた。
「ミツルさん。もうすぐバールの街に着くのに、先にやりたい事ってなんですか?」
しばらく歩いているとケイトが聞いて来た。
ケイトにはここに連れて来た理由を「少しやりたい事があるから一緒に来てくれ」としか伝えていなかった。
「もうそろそろ、いいかな?」
「え?ここに何かあるんですか?」
ケイトは未だに連れて来られた意味が解らないようで首を傾げていた。
「ケイト。今からここで『氷槍(ファメア・グラキエ)』をケイトに教えようと思う」
「え!?」
俺の言葉にケイトは驚きのあまり、表情が固まった。
「え?え!?ちょっ!え?『氷槍(ファメア・グラキエ)』って・・・あの、えっと・・・盗賊を倒した・・・」
ケイトはまだ混乱している様子で、言葉が定まっていなかった。
「そうだね。普通の『氷槍(ファメア・グラキエ)』は多くても同時に撃てるのは5本程度だが、俺が使う『氷槍(ファメア・グラキエ)』の威力は比べものにならない魔法だ。本来ならば、もっと時間を掛けて教えてやるべきなんだろうけど、俺にはやらなくてはいけない事があってずっと教えてあげる事が出来ない。だから、今のケイトに出来るかわからないけど俺の『氷槍(ファメア・グラキエ)』を教えようと思う」
「え!?で、でも、俺は魔法を使い始めてまだ一日しか経って無いんですよ?そんな俺に・・・」
「大丈夫。ケイトは才能があるから、きっと今は出来なかったとしても近いうちに出来るようになる。自分でこういうのはどうかと思うが、魔術師の俺が保証してやる」
「・・・・・・」
俺の言葉にしばらく困惑の表情を浮かべていたが、次第に真剣な顔つきに変わっていった。
そして・・・覚悟を決めた顔つきに変わると
「お願い致します!」
ビシッと背筋を伸ばして頭を下げて来た。
「では『氷槍(ファメア・グラキエ)』を教えます!」
「はい!」
ケイトの気迫に影響しているのか、こちらも気合が入って来た。
「まず『氷槍(ファメア・グラキエ)』はどういう魔法か、間違えてもいいので言ってみてください」
「はい!・・・えーっと、氷の槍を作り出して飛ばす魔法・・・だと思います」
「その通り。では槍はどうやって作るか、それは大体わかりますか?」
「えーっと、気体になっている水を集めて槍の形で凍らせれば、作れる・・・はず、です」
後半部分が自信が無いのかさっきまでの勢いが弱まっていた。
「大丈夫、ケイトはちゃんと『理』を理解しているから自信をもっていい。その答えで合ってるよ。じゃあ次に作り出した槍を飛ばす方法だけど、これは『水の理』ともう一つ、『風の理』が関係してくる」
「え!?『風の・・・理』ですか」
まさか、ここで違う『理』が出て来るとは思っていなかったケイトは驚きと戸惑いの表情を見せた。
「大丈夫。『風の理』を知らなくても『水の理』だけでちゃんと出来るから」
「は、はい!」
「『風の理』が必要なのは氷で作った槍をより早い速度で撃つ時に必要になる。だけどそれは単純な魔力量と操作で補えるから俺の『氷槍(ファメア・グラキエ)』よりは遅いが、通常の『氷槍(ファメア・グラキエ)』と比べて劣る事はない。もし『風の理』なしで俺の『氷槍(ファメア・グラキエ)』を使おうとするのであれば、完全な無詠唱は出来ない。だから今回は短縮詠唱で教えようと思う」
「短縮詠唱ですか」
短縮詠唱とは呼んで字の如く、詠唱を短縮化したものである。
近代魔術書では盛んにこういった記述が出て来ている。自分の得意な魔法は詠唱を破棄して、必要なところだけ詠唱で補うという考え方だ。
今回は射出の所だけ詠唱を残して、一つの魔法名として発動させる方法を取る事にした。
「まずは詠唱をして、魔力の流れやどうやって魔力が働いているか感じ取る様に意識してみて」
「はい!」
「詠唱はCongelatio ab hasta,glaciem penetration albua。意味は『凍てつく氷の槍よ、貫け』だ。魔法名はFamea glacieiだ」
「Congelatio ab hasta,glaciem・・・えーっと」
「penetration albua」
「はい・・・Congelatio ab hasta,glaciem penetration albua」
「じゃあ魔力の量は意識しないで流れを感じ取る事に専念してやってみよう」
「はい!・・・スーッハーッ・・・よし、行きます」
「おう!」
ケイトが両手を頭上に上げて集中しだした瞬間、周りの空気の温度が冷たくなっていくがわかった。もうすでにケイトの頭では、どうやって氷の槍を作るかが科学的に想像できている証拠でもあった。
(これはもしかすると、本当に才能があるのかもしれないな・・・)
「Congelatio ab hasta・・・」
ケイトが詠唱をゆっくり始めると、周りの空中でパキパキと音を立てて氷の槍が姿を現し始めた。
「・・・glaciem penetration albua」
「おおぉ~」
詠唱が終わった時点で感嘆の声が出てしまった。
ケイトの周りには20本以上の氷の槍が姿を現していたのである。
「Famea・Glaciei!」
シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン・・・!
ケイトが魔法名を唱えて両手を前に振り下ろした瞬間、多量の氷の槍が前方へ飛んで行き・・・
ドスッ!ドスドスドスドスドスドス・・・!
あっという間に地面には氷の槍が多量に刺さった。
自分が教えた魔法ではあるが、末恐ろしい物を教えてしまったと思ってしまったほどに、ケイトは見事成功させた。
「やった・・・やった!撃てた!俺でも撃てた!」
「おめでとう。さて、まだ喜ぶのは早いぞ。最後に短縮詠唱が残っている」
「はい!」
よほどうれしかったのか、真剣に聞こうとはしているが、ケイトの口元はニヤケ気味だった。
「さて、今の感触を忘れない内に短縮詠唱をやってしまおう。」
「はい!」
「詠唱と言う詠唱はない。氷の槍を作り出すまでは、無詠唱で操作する。
発射段階になったら魔法名と合わせて短縮詠唱を詠唱する。
短縮詠唱はPer album Famea Glacieiだ。意味は『穿て、氷槍』だ」
「穿て、氷槍・・・ですか」
詠唱と意味を伝えると、ケイトは固唾を飲み込んで喉を鳴らした。
確かに説明している自分でも言っていて思ったが、意味が中二ロマンを感じさせるかっこ良さだった。
「まあ『氷結(コンゲラート)』と違って、魔法発動前段階で既に現象を開始するから難易度はかなり高い」
「どのくらい・・・高いんですか?」
「え~っと、まあ魔法名無しの完全無詠唱で『流水(フルエンタ)』と『氷結(コンゲラート)』を同時にやってるみたいなモノだから、普通に詠唱する『氷槍』と比べると2段階ぐらい高いかな?」
「え!うそ!?」
嘘は言っていない。だけど正直、段階なんてモノの基準があまりわかってないから正確かどうかもわからない。
「まあ、出来なくても安心していい。むしろ出来ない方が普通だから」
「は、はぁ」
「まあ、練習して今後使える様になればいいから今回は挑戦だけしてみれば?」
「わ、わかりました・・・出来る気がしないけど・・・」
ボソッと弱音を吐いたモノの、表情を見る限り真剣に挑戦するようだ。
「行きます・・・」
ケイトが目を瞑り、両手を上げて集中し始めると、先ほどより空気が冷たく、空気中の水分が霧のように集まり始めた。
しばらくすると6か所に水分が溜まっていき、氷の粒が出来て来た。しかし・・・
「カハッ!」
ドサッ!
息を吐き出した声と共にケイトが倒れ込み、出来ていた氷の粒も地面に落下した。
「はぁ、はぁ、はぁ、これは・・・無理・・・」
倒れ込んだケイトに近寄ると、疲れ切って「無理」と言っていたが、どこか満足げな笑みを浮かべていた。
「まあ、予想より出来ていたから、ケイトはすごいと思うよ」
「え!?」
自分で気付いていなかったようで、俺の言葉に驚いてこちらに目線を向けて来た。
「ほら、見てみな」
そう言って先ほど、6か所に集まって出来た氷の粒を拾い上げてケイトに渡した。
「槍の形まではまだまだだけど、完全な無詠唱で氷の粒を作るところまでは出来ていたんだ」
「え!?あ・・・これって・・・」
「まあ、練習すれば手が届くところにケイトは居るって事だね」
俺の言葉にケイトは両手を広げて大の字になり、
「そうかですか、もう少しですか・・・ははっ、もう少しでミツルさんの氷槍に触れる距離に行けるんですね」
疲れ切ってはいるがスッキリした笑顔を浮かべて、噛みしめるように生意気にそう呟いた。
「フンッ!まあ、俺の氷槍まであと5歩ぐらいにはなったんじゃないかな?」
「はははっ・・・厳しいな・・・」
「だけど、普通の『氷槍(ファメア・グラキエ)』より遥かに上の『氷槍(ファメア・グラキエ)』を撃てたんだ。胸を張って名乗っていい。」
「え?」
「おめでとう、ケイト・・・。お前は今日から魔法使いだ」
「え?・・・あ、俺が・・・魔法使い・・・なんか実感が・・・」
疲れ切っているのか、ケイトは目を瞑り、言葉が途切れ途切れになっていた。
「ありがとう・・・ございます。せん・・せい・・・」
そう言って、そのままケイトは疲れ切って寝てしまった。
こうして、一人の規格外的な水の魔法使いが誕生した。