21・対盗賊戦
盗賊か・・・やはりそんな者までいるのか。
「わかりました。鵺!」
「は~い、なんでしょう!」
「あの倒れている木の周りに物騒な奴とかがいないか、ちょっと見てきてくれ」
「は~い、わかりました~」
「は~・・・言葉がわかると便利なんだな~」
空間把握魔法ソナーを使うとまた面倒なので、鵺に誰か隠れていないか確認して貰おうと頼むと、そのやり取りを見ていたカームが関心のため息をついていた。
「ただいま~」
「おう、どうだった?」
「なんか、脳筋さんっぽい人が5人と杖を持った細い人が1人いたよ~」
こいつの言う脳筋さんというのは筋肉だけあって頭の悪そうな奴らの事を言っている。
しかし、杖を持った細い人というのが良くわからなかった。統率をしている長老的な奴だろうか。
「なるほど、魔法使いがいるのか・・・」
「魔法使い?」
カームが今の報告を聞いて「魔法使いがいる」と呟いた。今のどこに魔法使いの要素があったのだろう。確かに「魔法使い≒杖を持っている」というのは小説や中世ヨーロッパの記述でも書いてある。しかし逆の杖を持っているからと言って魔法使いとイコールではない筈だ。
「そういえば、ミツルさんは魔術師様ですが、杖は使わないんですね。」
「魔法使いは必ず杖を使うものなんですか?」
「はい。むしろ魔法使いしか杖を持ちません」
なるほど、どうやらこちらの世界では「杖を持っている=魔法使い」らしい。
「とりあえず、どうしますか?」
「相手が6人居て、そのうち1人が魔法使いとなると面倒です。正直今からでも引き返した方が得策だと――――」
「あ、言うのを忘れてました!あと、後ろからも3人来てるよ」
カームが引き返す事を提案しきる前に鵺が言い忘れていた事を補足し、カームが黙ってしまった。
「・・・」
「・・・どうやら、得策は取らせてくれないみたいですね。」
「ああ、神様助けて下さい。」
「いい言葉です。世界の名言集に載ってもいいくらいだと思いますよ」
流石に相手が9人居て、尚且つ挟み込まれた事を知るとカームが神に祈り始めた。
しかし、俺は余裕を感じていた。
ゲンチアナの家の裏で魔法と刀の練習をしていた頃、ゴブリン15匹を相手にした事があった。その時は焦ったが意外とあっさり倒せたのだ。
そのあっさり倒せた自分の力にも驚いたが、何より惨殺した事への罪悪感がまったく無かった方が驚いた事を覚えている。
流石に人の言語を話す相手には気引けるが、言ってみればボブリンとの差はそれしかないと思っている。
「ご主人、戦闘ですか!?」
ようやく出番が来たかと鵺が張り切っているが・・・
「鵺、悪いが今回はお前を使うことは無い」
「え~~ご主じ~ん。ひどいです~使って下さいよ~」
「悪いな、まだ人を切る勇気は無いんだ」
ゴブリンを相手に罪悪感は無かったが、流石に言語を話す相手となれば話は別になる。
正直自分でもヘタレだと思うが、今一つ踏ん切りが着かないのだ。
コロハ達から聞くところでは殺人は身近であり、コロハでさえ襲われそうになった時に他人を殺めた事があるという。
「ご主人の玉無し(ボソ)・・・」
「あ゛?なんか言ったか?」
「いえ?なにも~♪」
呟いた鵺を睨んだモノのその通りである。
「まあ、魔法の方が感触とか薄いからそのうち慣れるさ」
「な、なぁミツルさん。落ち着いているが何とかなるのかよ?」
挟み打ちの状況にも関わらず暢気に会話をしている俺たちに、カームが心配そうに声を掛けてきた。
「まあ大丈夫だと思いますよ。とりあえず後方の奴からやっつけましょうか」
「そ、そうなのか・・・まあ魔術師様なら大丈夫だろうが・・・」
俺には気安く話すようにお願いしたが、未だに「魔術師」には「様」付である。
とりあえず後方の3人を先に片付ける魔法を、威力を高める為に詠唱で打つ事にした。
「Congelatio ab hasta,glaciem penetration albua。・・・Famea glaciei!
(凍てつく氷の槍よ、貫け・・・氷槍!)」
昼にイノシシに向かって無詠唱で打った時は3本だったが、今回は詠唱と魔法名付で発動させた。
魔法名を言えば3倍程度、詠唱のみで6倍程度威力も数も変わる。
つまり詠唱と魔法名をしっかり唱えれば・・・
「まあ・・・こんなモンだろ」
「すっげぇ量~・・・数は30を超えてるだろ・・・」
ケイトが感動に満ちた声を上げていた。作り出した氷の槍の数は50本強。
後方3人には少々オーバーキルかもしれないが、殺されるのはごめんだ。
すでに3人の姿はこちらからも確認できる距離まで来ており、こちらに向かって走っているのが見えた。
「じゃあ、とりあえず・・・Go!」
シュンシュンシュンシュンシュン・・・!
氷の槍は合図と共にミサイルのように盗賊3人に向かって行った。
3人は途中で気付いて足を止めたようだが、時既に遅し、氷の槍が敵の腹や頭に刺さる瞬間がここからでもハッキリ確認できた。
「うっ・・・これはなかなか来るな・・・」
余りにも生々しい光景に、昼に食べた物を戻しそうになった。
「大丈夫ですか!?」
顔色が悪くなったせいもあり、サーニャが心配そうに駆けつけてくれた。
「大丈夫です・・・なにぶん、魔物ではなく他者を手に掛けたのは初めてだったモノで・・・」
「そうでしたか・・・お優しい方なのですね」
サーニャの言うほど自分自身は優しいなどと思った事は無いが、きっとそうなのだろう。
そしてこの世界に居る限りは、これから徐々にそういった感情は無くなって行くものだと思った。
「とりあえず、後ろは片付いたな」
「ミツルさんの魔法がこれだけすごいんだから、向こうに魔法使いが居ても楽勝じゃないですか!?」
ケイトが興奮気味に言って来たが、確かに自分の魔法の威力は通常のモノと比べると強力らしい。
まだ氷槍(ファメア・グラキエ)を覚えたての時、イメージでどこまで数が増やせるか試していた所、最大で70本の槍を作り出す事が出来た。
その事をゲンチアナに話すと、「お主はやはり人間なんじゃのー」と言われた。
通常の氷槍(ファメア・グラキエ)は1・2本、多くても5本程度の氷の槍を放つ魔法だそうだ。
そして、もう一つ。
魔法の習得が嬉しくてすっかり自分も忘れて気付かなかったが、魔力切れというモノが自分には無かった。
通常、術者は魔力の消耗を代償として魔法を施行出来る。そして当然ながら体力に限界がある様に、魔力にも限度があるはずだった。しかし、そういった兆候が自分には無かったのである。
まさにチート。
そのことについてもゲンチアナに聞いたが、それについても「お主は人間じゃからのー」と言われた。
ケイトが楽勝と言っていたが、俺は不安に感じていた。
さっき倒した3人はまだ距離があったので平気だったが、前の連中はそう距離はない。
しかも、下手をすれば初めて他の魔法使いと魔法を打ち合う事になるのだ。
出来る事ならば戦いを避けられるに越したことはないのだ。
そんな風に考えていると、妙な事に気づいた。
「なぁミツルさん。なんかおかしくねーか?」
カームも気づいたようだ。
「カームさんも気付きましたか・・・」
「ああ、もうそろそろ前に居る6人が姿を現してもいいと思うんだが、一向にその気配がねぇ。森の中をこっちに向かって移動しているなら、ここまで警戒しているのだから気配でわかる。ところがそういった感じもねぇ。どうなってるんだ?」
カームの言う通り、前方に居るはずの盗賊がなかなか姿を現さないのだ。
「鵺。ちょっと見てきてくれるか?」
「は~い」
再度、鵺に見に行ってもらった。
「ただいま~」
「どうだった?」
しばらくして鵺が戻ってきた。
「う~ん・・・それが、誰も居なくなってました」
「は?」
「逃げたって事なのか?」
「カームさんが言う通りだと思いますよ?ご主人、それしか考えられません」
「ミツルさんの魔法を見て怖気づいたんじゃないっすか?」
ケイトが言うように怖気づいて引いてくれたのならば、こちらとしてはありがたい話だ。
とりあえず、警戒は解かずに倒木の場所まで馬車を進めた。
道の脇を見ると、つい先ほどまで身を潜めていたのだろう。草が一部だけ刈り取られて、足跡がいくつも残っていた。
「まぁ、ともかくだ。居なくなってくれたのはありがたい事だ。早い所、倒木を退かしちまおうぜ」
「ああ、それなら大丈夫です」
カームが倒木を退かそうと倒木に手を掛けたが、それを止めた。わざわざ魔法があるのに疲れてする作業でもないだろう。
「一応、埃とか土煙が舞うので布か何かで口を覆っておいて下さい」
「どうするんですか?」
「魔法で片付けちゃおうと思います」
一瞬、炎魔法で焼き払おうと思ったが、森の中で大規模な炎魔法はこっちにも危険が及ぶ可能性があるので、風魔法の疾風刃(ガレ・ラミナ)で刻んで小さくして退かす事にした。
「Quam ventus et ignis vacuum persona in herbis atque ferro invisibilium.・・・Gale lamina!(虚空より風を起こせ、不可視の刃で彼の者を刻め・・・疾風刃!)」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン・・・!
ゴオオォォォ・・・!
先ほどの氷槍(ファメア・グラキエ)と同じく、詠唱と魔法名を付けて最大威力で倒木に向かって無数の風の刃を発動させた。
瞬く間に倒木は小さな欠片になっていった。
するとケイトとサーニャは目を瞑っていて気づかなかったが、カームはずっと倒木が小さな欠片になっていくのを見ていた。その時、ある事に気づいて何か声を上げていた。暴風の轟音でよく聞こえなかったのでそのまま、倒木を切り刻み続けていた。
しかし俺も最初は気付かなかったが、途中である事に気づいてしまった。
木片や土煙が赤いのだ。
その理由は言うまでもない。6人の盗賊は撤退したのではなく、積み上げた倒木の陰に隠れて居たのだ。
竜巻並みの暴風の音で聞こえなかったが、きっと断末魔を上げていたことだろう。
退かすだけであれば十分小さな木片になっていたが、原型を留めた部位があったりすると嫌なので、さらに魔力を込めて丁寧に粉々にしていった。
ある程度粉々になったところで、強風(フォルティス・ベントゥス)で森の方に飛ばしてきれいに掃除を終えた。
「ミツルさん・・・」
「いや、きっと気のせいです。倒木の隙間にウサギかねずみが居ただけですよ」
「でも、剣とかが落ちてますけど・・・」
「いえ、きっと気のせいです」
カームが顔を若干青くしながら何かを言って来たが、気にしないことにした。
盗賊といえども、他者を原型が解らなくなるほどのミンチにしたなど、自分でも恐ろしい事をしてしまったのだ。
暴風のせいもあり、ケイトとサーニャが目を閉じていてくれたのは非常に助かった。
いくら殺す殺される情景を目にして来た者でも、自分のした事は常軌を逸脱している行為だった。
結局の所、盗賊は俺たちを挟み打ちにしようとしたが、退路を塞ぐ組が異常な氷魔法によって抹殺されたのを見てプランを変更したのだ。
積み上げた倒木に隠れて俺たちが警戒を解いたあと、多量の氷の槍でも流石に木を粉々にする事は出来ないので、木を退かすタイミングで奇襲をしようと考えていたようだ。しかし、またもや異常な風魔法を発動。倒木が粉々になっていく中、ただでさえ狭い隙間に居たこともあり、身動きが取れないまま自分たちも粉々になってしまった。
盗賊にとっては全くの不幸としか言いようのない状況で殺されていき、
“そして誰もいなくなった”のだ。
真実を知る者はここにはいない。