20・やっぱり魔術師
カームが作業を終えて戻って来たが、サーニャが驚きで固まり、俺が気まずそうにしているのに気付いた。
「カーム・・・ミツルさんが甕を魔法で作ったって仰っていたんだけど、そんな魔法知ってる?」
「え!?甕を魔法で!?いや、俺も職業柄ある程度は魔法についても知っているが、現存する魔法にはそんな魔法は無かった筈だが・・・特殊魔法ならあるかもしれないな」
「特殊魔法って事は・・・」
驚きながら二人して丸くした目をこちらに向けてきた。さっき否定しておいて、非常に気まずいところだが・・・
「え、えーっと・・・土魔法で作りました・・・」
先ほど「辺境の地から来たので、常識がわからない」とも言っていたので、さっきの「特殊魔法は使えない」と言った否定を誤魔化す事にした。
なので、なるべく「何かいけない事をしました?」的に切り抜けるのが妥当だろう。
「土・・魔法・・?そんなのがミツルさんの居た所ではあったんですか?」
「はい、そうですが・・・珍しいんですか?(大嘘)」
「そ、そうなんですか・・・ミツルさんは知らないかもしれませんが、土魔法は特殊魔法なので・・・やはり、ミツルさんは魔術師様になります」
「そうだったんですか」
何とか切り抜けたようだ。しかし ふと思ったのだが、こうやって誤魔化したり隠したりするのは非常に疲れる。
かといって、隠す事を止めればあっという間に面倒臭い勧誘・恐喝・罠が待っているだろう。
それこそ面倒臭い。
どちらにしても面倒ではあるので、今後は隠しておいた方がいいだろう。
「それで、ミツルさん。その甕は何に使うんです?」
「さっきのイノシシの肉を凍らせて入れて置きました。甕には工夫して中に入れた物を凍らせて溶け難いようにしてあります。」
「ほー、生肉を保存できるって言うのは、やっぱり魔術師がいる旅は違うな・・・ところで―――」
「冷たいモノや中身を凍らせる想像をして魔力を甕に流せば、詠唱とか魔法を使う時のような難しい事は無いです。なので、魔力を流せる人なら誰でも使えます。」
カームの言いたい事はわかっている。甕にした工夫によって魔法使いじゃなくても使えるかどうかだ。
勿論隠す必要は無いので、正直に説明した。
若干ではあるが、バールの町に着いたらカームに売ろうと考えていた。
「マジか!って事は立派な魔法具って事じゃねーか!ミツルさん!これを譲ってくれませんか?」
「ええ、バールについてしまえば自分には邪魔になるだけなので、いいですよ。まあ、邪魔になったら土に戻せばいいだけですし」
「ありがとうございます!街に着いてお金が入ったら、お願いします!」
カームの持ち掛けに了承すると、こちらの手を握って上下に振りながら頭を下げてきた。
少し考えたが、こうやって物を魔法で作って売るのも悪くないだろう。
こういった便利な物を作って売れば、必ず複製をしようとするものは出てくるが、
まあ、複製しようにも同じものを作ることはまず無理だろう。
複製するにはそれぞれのルーン文字の正しい意味を理解し、一組の物として発動、一度定着させる必要があるからである。
日本語で言うなら熟語として正しく定着させなければいけないと言った方がわかりやすいだろう。
「ハガル」と「イス」には「冷やす」という意味は無く、「凍結」の意味も「イス」にしかない。
つまり、「ハガル」と「イス」で変化・凍結をイメージして定着させる必要がある為、意味を理解していなければ複製を作るのは不可能である。
他にもエアコンや掃除機のような家電的な物を作ったらきっと売れるだろう。
「みんなー。ごはん冷めちゃいますよー!」
そんな考え事をしていると、鵺が催促の声を掛けてきた。
「ああ、今行くよ」
サーニャの作った昼飯を食べた後、再び馬車に揺られて移動をしていた。
「Flammae illuminare et noctem,veni!」
ボウッ!
「おお!もう目を開けても出来るようになったのか」
「はい!ミツルさんのアドバイスのお蔭です!」
「ご主人のお蔭だって!」
移動を再開してから3時間。
ケイトは早くも照炎(フランマ)を使える様になっていた。
「じゃあ次は、旅にあると便利だから『流水(フルエンタ)』を教えようかな」
「いきなり2属性ですか!が、頑張ります!」
「がんばれー、ケイトー」
朝聞いた話の中で「通常は一人につき2属性の魔法を使えるようになる事も稀」と言っていたので、抵抗は少なからずあるのだろう。
しかし今日初めて魔法を発動出来たのだから、別に相性だとかは関係ない気がしていた。
「まず詠唱だが『Vitae, aquam mundam in manibus colligant』だ。意味は『命の源、清らかなる水よ我が手に集え』だ。」
「ヴィタェ、アクア・・・ムンダ?」
「『Vitae, aquam mundam in manibus colligant』だ。」
「Vitae, aquam mundam in マニバス こんがりと ですか?」
「『Vitae, aquam mundam in manibus colligant』だ。in manibus colligantで「我が手に集え」という意味だ。」
普段使わない言語を覚えるのは大変だという事はよくわかる。自分も中学で最初に英語を習った時は全くと言っていいほど出来なかったものだ。
「『Vitae, aquam mundam in manibus colligant!』ですか?」
ポタポタッ
「おお!すごい!おまえ、すごいな!今数滴だけだが水が出たぞ!」
「え?」
俺の言葉に驚きつつも自分の足元を見ると、確かに水が数滴落ちた跡があった。
「え?え?出来た?2属性出来た!」
実際に出来たケイト自身も驚いて、混乱しているようだった。
「すごいな!もしかして水魔法の才能があるんじゃないか?」
「え?水魔法のですか・・・こんな俺にも才能があったんですね」
最初は困惑していたが、次第にケイトの顔は自信を掴んだ表情をしていた。
「じゃあ『流水(フルエンタ)』も出来るようにして行こうか」
「はい!」
「ミツルさん!ちょっと来て下さい!」
ケイトと流水(フルエンタ)の練習をしようとしていたところでカームが声を掛けて来た。
「どうしたんですか?」
馬車の前方の幌から御者台に顔を出すと、前方の遠くに道を塞ぐように木が倒れていた。
「倒木ですか。あれ、退かしますか?」
「いや、どうもおかしいんです。この辺りは嵐の痕跡がないのに、都合よく木が道を塞いでいる。これは十中八九、盗賊の罠です」
盗賊か・・・この世界はそんな者までいるのか。
次はそんなに日が開かない内に更新します。
7/25・・・「15・薬剤師の仕事」の中にあった、サーニャの病状を少し修正しました。
良く読み返したら、呼吸に異常が無くて発汗しているのに麻黄湯を使うのはおかしい事に気が付きました。すみません。
今回はない事にしましたが、咽頭痛があれば天花粉と射干も入ります。
そういった細かい漢方調合は、もっと後にちゃんと書きます。