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1―3 春先メモリー2

 誤字修正 10/31

「文庫サイズに」から「文庫サイズの」


 クラスが違っていたので修正 11/5

「1年3組」から「1年2組」


 くねくねとした廊下を師走のときのおばちゃんのように歩き、設計ミスを疑えざるおえない急な階段を78段登った俺はまるでドーバー海峡を横断したヒラリー・リスターのように疲れきっていた……っていうのは大げさな例えだが、春休み明けの鈍りに鈍りきった俺の体には辛いものがあるハイキングコースであり、明日の筋肉痛が約束されたようなものだ。

 階段を登りきった目の前には扉からして通常教室と比べて工事費用が倍ぐらい掛かったんじゃないかと思われる教室があった。なんでそう思うだって? 扉は横に押すタイプではなく取っ手タイプの時点でレベルが違うんだよ。扉の上には『第二音楽室』と書いてある。

 葉月はいきなり顔を扉のガラス部分にべったりくっつけ始めた。きっとあちらの部屋から見たらさぞかしおもしろい顔になっていることだろうが……その行動は女子学生としてどうかと思うのは俺だけであろうか。それにしても一体なにをしているんだかね。

「誰もいないわね……開いてるかしら?」

 どうやら中の様子を見ていたらしい。もうちょっとましな見方があると思うのだが、「なによ」と言われたら具体例を出せないので口にはしなかった。葉月はドアの取っ手を掴んだ。キィーっと、地面にこすれる音を起てながらドアが開いた。

「開いたわ」

「見ればわかる。それより……音楽室ここになにしにきたんだ?」

「決まってるでしょ」

 いつ、どこで、なにが、どのように決まったのかを400字詰め原稿用紙三枚までにまとめて提出してほしいもんだ。まぁ本当にそんなもんを出された日には俺は原稿用紙を読むことなく、その場で破り捨てることだろう。そんなどうでもいいことを考えてるうちに葉月は音楽室に入り込んでいった。無論俺も葉月に続いて音楽室に入り込んだ。仕方なくな。

 見た目通りに第二音楽室は工事費用がハンパなく掛かってるのか、かなり綺麗なところで、思わず上履きを脱いでしまうところだった。この音楽室には俺が見る限りでは高そうなグランドピアノが一つ設置されているだけで、それ以外は机も椅子も楽器もなに一つ置かれていない。第二音楽室は第一音楽室に比べると手狭なワンルームみたいな感じる。教室自体の広さは普通の教室とあまり変わらなそうだ。普通の教室との違いを強いて言うならばここはロッカーがないぐらいだ。

「勝手に入っていいのか?」

「アタシたちはいいんじゃない?」

 なんだそれは。お前はどうか知らないが、俺は特待生でもなんでもない。今の内に出て行ったほうがいいかな?

 そんな俺の心配をよそに葉月は高そうなグランドピアノをなにやら調べだした。覗き込んだり、単音を出したり……「猫踏んじゃった」まで弾きだした。葉月は1分もしないうちに弾くのを止めた。あきっぽい奴だ。グランドピアノに飽きた葉月は今度はグランドピアノの椅子の上に立ち教室を見渡し始めた。

「ねぇ、これ見てよ」

 葉月はグランドピアノの横の壁を見つめていた。なにを見ろと言うんだろうか。

「どうみても壁だな」

「違う! もっとこっちにきなさいよ」

 なんだなんだ? 壁におもしろい虫がついてるってオチはないよな?

 期待値ゼロ、むしろマイナスという心境の中、俺は葉月様の意味不明な発見の為に5メートルもの距離を歩いた。

「………」

 不自然なことに壁にドアノブがついていた。扉でもないのにドアノブがついている。だからどうしたと言われたら反論のしようがない。

「なんか秘密の臭い……しない?」

 まるで夏休み中に特大のオオクワガタを見つけて友だちに自慢する日を待ちわびている子どもの表情だな。葉月。

「全然しない」

「あんたの眼はなんの為についているの!?」

 本当に意味がわからない。

「壁にドアノブよ? ドアノブ? わかる? きっとこの先はお宝がいっぱいよ!」

 いきなりなにを言い出すのかと思いきや、非現実的なことを語り出しやがった。このドアノブのどこをどうやって見ればその斬新な発想が出るのか聞きたいもんだ。聞いたところで俺の納得できる答は返ってくるはずないので聞かなかったけど。俺はもう一度ドアノブを見てみるが……本当に壁にドアノブがついているだけで扉ではなさそうだな。接着面もなさそうだが、無駄に鍵穴だけはきっちりついている。

「設計ミスとかじゃないのか?」

「それじゃあーつまんないでしょ」

 お前はなにを求めているんだ。

「開けてみればいいだろ」

「そうね。あんた開けなさいよ」

 なぜ俺が? と言う疑問は胸の奥底にしまい込み、俺はこの怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくない、どうせ設計者の気まぐれか設計ミスでついてしまったのだろうと思われるドアノブを掴んだ。

 ドアを開けようとするが鍵がかかっているらしく、それとも元々開かない設計なのか、とりあえず無駄にカチャカチャと音がするだけで開く気配はさらさらない。

「開かないな」

「そんなはずないでしょ」

 なぜそこまで自信を持って言い切れる。

「きっと選ばれた人にしか開けられないのよ!」

「そーですか」と、適当に肯定し、「で、ここになにしに来たんだ?」

 入念に謎のドアノブを調べている葉月の姿はまるで自宅の鍵を失くしてしまってどうしようかと悩んでいる少女、もしくは遊ぶお金が欲しいがための空き巣狙いの少女か、どちらかというと後者のほうに見えるのはなぜだろうか。

「えーっと、なにしに来たんだっけ? まぁそんなことはどうでもいいのよ。今はこのドアノブよ!」

 やってられんな。

「ねぇ、仁井哉。アバカム使える?」

「………」



 5分後、昼休みの終わりを告げると同時に授業まで後5分ということを知らせる予鈴が鳴った。

 ほら、葉月。いつまでもそんな無駄なことしてないで帰るぞ。そんな時間があるんだったら地域のゴミ拾いにでも参加しなさい。そっちの方が将来履歴書にも書けるし、もしかしたらご褒美におばちゃんからお茶を貰えるかもしれないし、色々と便利だぞ。少なくとも開かないドアノブをいじってるよりかはな。

「もう! このままじゃ気になって授業に集中できないわ!」

 言ってろ。少なくとも俺の眼には今日お前が授業を集中しているようには見えませんでしたけどね。俺を巻き添えにして教師に何回注意されたもんだか。えーと……1回、2回、3回、4回、5回………

「ネチネチとうるさいわね……」

「うるさくて結構。大体お前はなにしにきたんだ?」

「だから……」

 葉月はブレザーの胸ポケットに手を突っ込んだ。そこから出てきたのは一枚のプリント。

「これ読めばわかるわよ」

 と、一枚のプリントを渡された。というかなんでさっき聞いたときに出さなかったんだ? 考えたところで仕方ないか……。 

 なになに……




『スクールカウンセラーだより』


 他人に相談できない悩みの相談を承けます。イジメや恋の悩み。教師には言えない相談。なんでも相談に乗ります。


 日時 四月二日の昼休みから放課後まで


 場所 講義室




「……」

 さて、こういう場合はどう反応するべきだろうか、わかる奴がいたら教えてくれ。なんだったら立場を交換してあげてもいいぞ。リアクション芸人を目指してるのならともかく、一般人の俺は特別なボケをする必要がないことは確かだ。そもそもコイツに悩みなどあるのかどうか疑わしいね。もしあると仮定してのことだが、なんの悩みだろうか? 女子学生らしく恋の悩みーとかか? いやいや、コイツは恋心以前に人としての心が存在しているか妖しいもんだ。とまぁ色々突っ込みどころ満載なのだが、常識人としてまず来ている場所が違うというところを指摘すべきだろう。

「なぁ、カウンセラーが来るのはここじゃないぞ」

 葉月の視線はドアノブから俺に写り、さらにそこからプリントに移り、もう一度俺に視線を戻した。

「バカ」

 予想外の返事とはまさしくこういう事を言うんだろうな。

「この状況をボーダフォン改めソフトバンクのCMにするといい」

「なに意味わかんないこと言ってるの? アンタの見てる場所違うわよ。その裏よ」

 プリントを裏返してみると俺といい勝負が出来るんじゃないか的なミミズ文字が並んでいた。

「そういうことは先に言うもんだ」

 と言ったものの、再びドアノブとにらめっこをしている葉月には、俺の言った言葉など右耳から左耳通り抜けたように聞こえてないんだろうな。

 そんなことはさておき、俺は手書きの文字に眼をやる。

 「瀬尾葉月さんに渡してください」と前置きされており、その下には「昼休みに第二音楽室に来て下さい」と汚いミミズ文字で並んであった。

 そういえば今朝のホームルームで担任の永田が葉月になにかを紙きれを渡していたな。まぁ、なんだ、その紙切れがこれで、内容は葉月に対する呼び出しの手紙ってわけだ。

「なんか悪いことでもしたのか?」

「まだ入学して二日目よ。そんなのできるわけないじゃない。それにしてもなんなのかな? 呼び出されるほどのことはしてないと思うけど」

 お前にはないかもしれないが、俺には心当たりがあるぞ。昨日の占領ライブとか。これは教師が来る前に関係のない俺は撤退すべきだろう。ということで、さらばだ。葉月。悪く思うなよ。これは戦略的撤退である。チャンスは葉月がドアノブとにらめっこをしている今だ。

「ごめんなさい。ちょっと会議があって遅れちゃった」

 遅かった――。

 時すでに遅しと言う言葉は今の俺の状況のために出来たと言っても過言ではないだろう。

 葉月を呼び出したと思われる女性教師の登場だ。教師が来たということにもかかわらず、葉月は妙にいやらしい中腰の状態でドアノブとにらめっこを続けていた。気付いてないのか無視をしているのか。どちらにしても一つだけ言えることがある。コイツはバカ。以上。

「えーと。あなたが瀬尾 葉月さんかな?」

 と、女性教師に俺の肩をポンッと手を置かれる。なぜ俺と葉月を間違える。「葉月」ってのは名前的に女だろ。

「いえ、葉月は――」

「アタシが瀬尾 葉月よ。アンタがアタシを呼び出した教師なの?」

 葉月は中腰状態のままこちらを見てきた。後でコイツには尊敬語と丁寧語について深く語り合う必要がありそうだな。

 女性教師は葉月の口調など気にしてない様子でにっこり笑った。いや……苦笑いか。

「瀬尾さん。あなたは音楽推薦ここにできたんでしょ?」

 音楽推薦? この学校はそんな制度があるのか? 初耳だぞ。この野郎。

「そうよ」

 なにが「そうよ」だ。かっこつけちゃってさ。その中腰状態まま言っても全然かっこよくないぞ。

「今年はギターがプロレベルの子が入ってきたって聞いてね。瀬尾さんの演奏がどれほどのものか聴いてみたくなっちゃって……聴かしてくれるかしら?」

 へぇー、プロレベルの子がねぇー。誰が? 葉月? いやいや、あり………うる、かも。昨日の乗っ取りライブの演奏は確かに……上手かった、と思う。そういえば乗っ取りライブの件についてはスルーですか。

 一方の葉月はこれおいしいよ、と言われて渡されたお菓子が、全然おいしくなくてフテクしている子供のような顔をしていた。

「すいません。アタシたちはこれから授業なので帰らしてもらいます」

 皮肉さがたっぷりと籠っている棒読みだが、珍しくまともなことを言っている。ていうか葉月。ドアノブの件はどうなったんだ?

「授業のことなら平気よ。担当の先生に言っといたから。そっちのキミは早く戻った方がいいわ」

 言われなくてもそうさせてもらいますよ。

「まぁ、がんばれよ」

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 なんでなん。

「すいませんが今日はギターもなにも持ってきてないので明日にしてください。それではさようなら」

 葉月この台詞をアナウンサー顔負けの3秒ちょいで言い切った。計測はしていないが多分そのぐらいだろう。

 このあとの葉月の行動は神速と言っていいほど恐ろしく速かった。俺のブレザーの裾をアトム並のパワーで握りしめた葉月は、教師などまるで無視しつつ「押」と書いてある扉を右足で蹴り開け、そして一言こう言った。

「風と共に去りぬ!」

 意味不明過ぎて、凡人の俺には理解できない台詞で――などと考えていたら既に階段を下っている自分に驚いた。もうどうにでもなれ。




「一つ疑問に思ったんだが聞いてもいいか?」

「アタシのスリーサイズ?」

 なんでお前のスリーサイズを疑問に思わなくちゃならん。

「……なんでお前はこんなに高校ここの地理に詳しいんだ?」

 葉月に裾を引っ張られてついた場所は屋上であって、授業をしている教室ではない。しかも階段を下っていたような気がするのになぜ屋上なのだろうか。言うまでもないが5限はもうとっくに始まっている時間だ。早くもサボリ1だ。

「アタシはね、入学前から高校ここの見取り図を頭に入れといたの。それで昨日は一日下回りしたから、頭の中に地図は完成してるわ」

 胸を張る葉月の姿を見て、あんだけ食ってたのに80なさそうだな、と俺は悠長なことを思った。

「それで……音楽推薦ってなんだ?」

「え……? なに言ってんの?」

 かわいそうな子を見るような目で俺を見てきた。

「だから音楽推薦ってなんだ?」

「意味わかんない」

「そのまんまの意味だ」

「……もしかして…仁井哉…音楽推薦じゃないの?」

「当たり前だ。俺は音楽推薦の存在すら知らないんだ」

 葉月はオーバリアクションにも程がある溜息をつき、

「じゃあなにを基準にこの学校選んだのよ!」

 キレ気味葉月。

「家からの距離」

「あんたバカじゃないの?」

 怒られました。

「ちょっと運命っぽいの感じてたアタシがバカみたいね。しょうがないわね。この高校について一から説明してあげる」

 葉月の話によると、

 この学校は実は音楽校であるらしく、全国から優れた実力を持った学生を集めているらしい。事実上は県立高校なのだが、どこからかの支援によって私立など比べ物にならないぐらいの最高の設備が整っているとかいないとか、やっぱいるみたいな。この学校からはプロアーティストもかなり出ているらしい。安い学費で高度な技術を身につくということで音楽推薦の倍率は100倍までに上がったとか。

 なるほどね。モヤモヤ感の正体がわかってすっきりしたな。ようするに葉月は俺がここの学校を音楽推薦で受けていた、と勝手に勘違いしてたってわけだ。

「100倍を勝ち上がった戦士ねぇ……」

 チラリと葉月を見る。

「なによ。アタシはイカサマなんてしてないわよ」

 別に疑ってないし、昨日の演奏を聞かされれば嫌でも信じるしかないさ。ただ、お前がそこまで真面目に音楽しようとしていることに驚いているだけさ。

「ねぇ、仁井哉。まだハーモニカやってるの?」

「ハーモニカねぇ……俺が辞めたと思うか?」

「質問を質問で返すんじゃないわよ!」

 普通さ、こういう時さ、ちょっと俯きがちな顔でさ、思ってない、とか言うもんだよな。

「ハーモニカだろ? やってるに決まってるだろ」

「……リアリー?」

 さっき英語の時間で使った単語をさっそく使っている。

「ホントだ」

 俺はブレザーの内ポケットから『ハーモニカ』を取り出した。

「良かった……音楽は続けているんだ」

「そういうお前はどうなんだ? 俺が渡してやったハーモニカはどうした?」

「アタシのは家に置いてあるわよ。盗られたら困るしね」

「誰も盗らねえよ」

「甘いわね、仁井哉。アタシは既に三回盗られかけたことがあるわ」

 そんなん盗るんだったら財布とか盗んだほうがいいと思うけどな。

「本当にあの時は鳥肌っていうものが立ったわ。アタシが小学生の時……体育の授業のあとに教室に戻ると変な気持ち悪い眼鏡男子がアタシのハーモニカを吹こうとしてたのよ。あー、気持ち悪い」

 そのあとの男子がどうなったか気になるな。まぁ葉月のことだし、病院送りか、不登校ぐらいにはさせただろう。

「あのときほど殺意が芽生えたことはないわ。もしかしたら今頃アタシは刑務所だったかもね」

「結局そいつはどうなったんだ?」

「顔面に右ストレート一発。眼鏡ごと粉砕させたわ」

 充分悪質。

「まぁ……そういうことだから今はないの」

 そうか、と適当に相槌をとる。

「ねぇ! 久しぶりに聴かしてよ!」

「主語を言え」

「ハーモニカよ。ハーモニカ」

「1演奏500円」

「はい、500円」

 マジで渡してきやがった。ジョークが通じない奴だ。と思いつつ自嘲しつつ財布に500円を入れる俺がいるわけだ。

「先に言っておくが、昔となに一つ変わっていないからな」

「そうなの? そのほうがアタシにとっては嬉しいんだけど」

 しょうがなく俺はハーモニカに口を付ける。そして当たり前のことだが音も出る。二人きりの屋上にハーモニカの音色が響き渡る。その音色は十年前となに一つ変わっていない、世界一うまく演奏できている、と、少なくとも俺はそう思っていた。

「……んー。なんか、ねぇ」

 葉月は歯切れの悪い返事だ。

「なんか不満でもあるのか?」

「不満というより……違和感があるのよ」

「違和感?」

「今の演奏……確かに上手かったわよ……。けどね……十年前とはなにか違うわ。なんだろ……心に響かない……みたいな」

「……それだけお前が成長したんだろ」

「そうなのかな?」

 春風に葉月の長いツインテールがなびく。

「……そろそろ教室に戻るぞ。俺はお前と違ってサボリなんだからな」

「しょうがないわね」

 葉月様先導のもと、俺は教室に向かうのであった。



 ウカツだったと言うしかない。

 葉月と一緒に授業中の教室に戻った俺はクラスメイトの視線を独占してしまった。お前等は独占禁止法と言う言葉を知らないのか? ……なんて言ってる場合じゃないか。葉月は俺の隣でツンっとした顔で立っているだけだし、教師までもが俺のことを凝視している。理由なんて考えなくてもわかる。お前等二人っきりで消えてなにをやっていたんだ、とでも言いたいんだろう。俺も俺の立場ではなかったらそう思うことだろう。ツン顔の葉月はクラスメイトの視線など気にせずに自分の席まで戻っていった。正確に言うと葉月は誰かと視線が合うたびにそいつを睨みつけていた。葉月に睨まれた人たちは肉眼で確認できるほど体をビクっとさせていた。俺にはそんな葉月みたいなブレイブはないので夏場のペンギンのような足取りで席までちょこちょこと歩いた。そこからしばらく無言の状態が続き、教師がハッとなにかに気付くような動作をして、やっとのことで授業が再開されたわけだ。

 そんな感じなことがあり、授業が終わった今、俺は……正確には俺と葉月は物好きなクラスメイト四人ほどに囲まれている。人気者も辛いもんだ。

「なんだ? 俺はさっさと帰りたいんだが」

 我ながら演技が下手くそだ。誰が見てもわざとらしさMAXだろう。とりあえず状況把握のために周りを見渡して見る。簡潔に述べると、男一人、女三人、誰一人名前を知らないメンツだ。相手もそうだろう。俺の名前など知ってるはずがない。

「さっきは二人でどこいっていたんだい?」と眼鏡っ

 四人メンバーの男性人代表が最初に口を開いた。葉月は眼鏡っ漢を生ゴミを見るような目つきで睨み、

「アンタには関係ない! さっさと消えて。気持ち悪いから」

 眼鏡っ漢の目頭に光るものが見えた。どうやらガラスのハートだったらしい。

「ねぇねぇ、もしかして付き合ってるの?」と、縦にも横にもデカい、デカ女。

「うっさい! デブ! あんた見てるとこっちまで熱くなるでしょ」

 デカ女は両手で顔を覆い隠した。俺の耳にはぽっちゃり系なのに……と呟いているのが聞こえた。そこにはフォローできないな。

 そこからしばらく質問責めに合っていた俺と葉月だが、質問に答えているのは葉月だけである。ただし質問を毒舌に変えて返していたがな。

「ニィ」

 どこから聞こえてくる小さな声。眼鏡っ漢とデカ女の間からもそもそと出てきたのは――言うまでもない。未梨だ。

「いい加減に――」

 こつん。

 小気味よい音が鳴った。

 なんでだって? 俺が葉月の頭にチョップしたからだ。

「んもぅ! なにすんのよ!」

「お前がいい加減にしろ。色々と言い過ぎだ」

 眼鏡っ漢、デカ女より頭一つ分は小さい未梨は十年前から愛用しているリュックサックをしょい込んでいて、俺を凝視し、

「帰宅」

 と言った。まぁ俺は早く帰りたかったし、なによりもこの状況から抜け出したかった。

「んじゃあ。帰るか」

「うん」

「仁井哉……ちょっと待ちなさいよ!」

 さよならは突然に、だ。グッバイ葉月。健闘を祈る。

 俺は5限中に帰りの準備を済ましておいたカバンを持ち、未梨のおかげで出来たスペースから巧みに抜け出した。物好きグループもさすがに俺を止めようとはせずに、あっさりと教室から退散できた。

「ありがとな」

「なにが?」

 相変わらずの無表情。

「理由なんて気にすんな。とりあえず助かった」

「……うん」

 大抵の奴は高校に入ると革靴などで登校するものだが、俺は普通の運動靴だ。革靴だとイザって時に素早く行動できないだろ? だから俺は運動靴なんだ。と、靴を履き替えた俺は当たり前だが校門に向かう。俺の半歩後ろには未梨が文庫サイズの本を片手で読みながら歩いている。

 さて、ここでクエスチョン。何故校門に葉月がいる? 

 クラスから昇降口まで俺は一度も葉月を見なかった。別ルートで昇降口まで行ったと考えるのは不自然すぎるな。そんな回り込むように俺を待ち伏せする理由なんてのはない、はず。大体回り込む余裕があったら普通に追うのがセオリーだろ?

 昇降口から校門までの距離は推定でも50メートルないので、見間違えると言うことはまずないだろう。あれは間違いなく葉月だ。校門に寄り掛かりながら腕組みをしているツインテール少女……を見間違えるわけがない。葉月が不機嫌な表情がここからでもはっきりとわかるね。近づいていくにつれはっきりとしてくる葉月の姿。何故か上履きを履いたままである。

「ねぇ、仁井哉」

 そのまま葉月を無視して校門を通る作戦だったが、やはり呼び止められた。

「なんだ?」

「その娘、だれ?」

 葉月は指先を未梨に向けた。指を向けられた未梨は視線を本から葉月に移した。

「椿 未梨」

 と、律儀に自己紹介をする未梨。

「ふぅん……。で?」

「で? ってのはなんだ?」

「あんたと彼女の関係」

「……近所付き合い」

「で?」

「……主語を言え。なにが聞きたいのかをはっきりさせろ」

「ただ近所付き合いだから一緒に下校してるの?」

 今の葉月の発言を具現化したら確実にトゲトゲした謎の物体がでてくるだろう。

「そうだ」

「ホントに?」

「ホントだ」

「付き合ってるとかじゃないの?」

 一緒に下校しているぐらいで付き合ってると勘違いしないでほしいな。幼なじみが恋人同士なんてのはアニメ、マンガ、ドラマのフィクションワールドだけで充分だ。まぁフィクションワールドの幼なじみなら「そんなことないよぉ」と、顔を赤らめて可愛く言ってくれたりするかもしれないけど、未梨コイツは眉一つ動かさず読書中だもんな。少しは恥らえ。

「全力で否定する」

「ホントに?」

「しつこい」

 そんな俺の冷たい応答にもかかわらず、葉月はふぅーっと息をつき、表情は柔らんでいる。さっきまでのトゲトゲ葉月はどこへ行ったのだろうか。

「そうなんだ。まぁそういうことなら仕方ないわね」

 なにが仕方ないんだろうか。

「アタシはまだ授業あるからここら辺で退散させてもらうわね。気をつけて帰んなさいよ」

「待て」

 今度は俺が葉月を呼び止める。俺の頭にある疑問を解消しないと今夜は眠れそうにないからな。

「なによ」

「なんで俺らより早く校門にいるんだ? どうやって先回りした?」

「そんなの簡単よ。そこから来たのよ」

 葉月が「そこ」と言って指を向けた場所はありえない場所――1年2組の窓、即ち俺たちのクラスだ。しかも1年2組の窓全てから、クラスメイトがこちらを覗いていた。

「あそこからどうやってきたんだよ」

「飛び降りたに決まってるじゃない。たかが2階よ、それに下が芝生だから意外と余裕だったわ」

 なんとなく想像ができた。目撃者となるクラスメイト数人はさぞかし驚いたことだろう。何人かは卒倒したに違いない。窓から飛び降りる人なんて自殺願望者かラリってる人ぐらいだからな。もしかしたら葉月もラリってる部類に入るかもしれないが、そこは考えないことにしておこう。

「聞きたいことはそんだけ?」

「あぁ」

「それじゃあね。えーっと……未梨だっけ? もしものときは仁井哉を盾にしていいからね」

 そう言うと葉月は小型台風、もしくは大型つむじ風のように去っていった。未梨は葉月の姿が確認できなくなるまで小さく手を振っていた。

「帰るか」

「うん」




 今日は妙に長い一日だった。前に座っているツインテール少女が実は葉月で、その葉月は音楽推薦というのでここに入学して、さらに葉月は窓からダイブということまでしやがった。クラスメイトからも俺と葉月の関係をなにやら勘違いしているっぽいしな……。俺は断じて葉月などに興味はない。俺の好みは葉月と真逆の性格の人である。俺も一般的の男子高校生なので、彼女が欲しいものだ。

 まぁなんだ。焦る必要はないか。



 まだまだ時間はあるからな。

 やべぇ。もう大学受験ではないか。と思いつつ今だFFXIIををやっている自分が悲しいです(笑)

 話は変わりますが、今回のお話、少し文字数多いいですね。自分的には一話に比べて格段にうまくなっていると思います、と、ちょっと呟いてみました(笑)

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