1―1 ツインテール少女
ちょっと修正。11/05
「1−2」から「一年二組」
「我が高」から「我が校」
冬の名残りも消え、春がやってきた。毎朝布団から出るのが辛い季節とはおさらばだ。といいつつも未だ布団から出れない俺である。一分一秒でも、この暖かい空間に留まっていたい。
もうちょーっと寝ていたいところだがそうもいかない。俺は起きなければならない。なぜならば今日は俺の高校デビューの日だからである……
人間は死ぬ気になればできないことはないと言うが、本当にその通りだと思う。俺は無事に第一志望の緑山高校に入学でき、晴れて高校生になろうとしてた……が、俺は一つの悩みを抱えこんでいた。それは……俺が選んだ高校に『アイツ』がいた。
合格発表の日、俺は期待と不安を胸に高校へ行き、掲示板に俺の指定番号があること確認して、さぁ帰ろう! というときに『アイツ』と出会った。
俺は背後から誰かに背中をトントンと叩かれた。後ろを振り向けば、合格の喜びを分かち合いたいが知り合いがいないという人がいるに違いない。そしてそれが男だったら「お前も一人? まじ? 一人? じゃあこの喜びを分かち合おうじゃないか」という展開が待っているに違いない。そんなムサイ展開はお断りだ。しかし、これがもし女の子だったら振り向かないわけにはいかない。「あ…お一人ですか? そうなんですか。良かったら合格祝いにお茶でもどうですか?」っていうのは無理があるが、そんな展開を俺は希望する。
そして、後者の展開を期待しながら…後ろに振り向いた。
「………」
そこには黒いストレートロングヘアーで、膝まで届く長いコートにマフラー、紺色のボトムスをうまく身に着けている、そしてなんともかわいい赤い縁の眼鏡をつけた………未梨がいた。
今の気分を野球に例えると、9回裏2アウト、10点の点差でこちらの優勢、ノーランナー、バッターは今日いいところ無し、2ストライクでこちらが圧倒的に追い詰めている……ところから逆転負けされた気分だ。
「ていうかなんでいるんだ?」
「私もここ」
「……………まじ?」
頷く。
沈黙。
なーんてことが春休み前にあったからな。うんうん。もうなるようになれ。
ということで、食事を済ました俺は新しい学校の制服に着替え、お袋に渡された弁当をカバンに突っ込み、もう既に外で待っていると思われる未梨の為になるたけ急いだ。
全ての準備が終わり玄関を開けると予想通り未梨が……いない。その代わり…と言っては失礼だが、いつも未梨の定位置には見知らぬ少女がいた。見知らぬ少女はこちらをじーっと見ている。
「あー、えーと、どちらさまですか?」
少女の特徴は、未梨とはまるで違う。綺麗な金髪に髪型は…短めの……ウルフカットって言うのかな? 服装は俺と同じっぽいブレザーに紺色のスカート。首にはなにやら青いリボンらしきものを着けている。そして赤い縁の眼鏡が良く似合っている眼鏡っ娘である。
「椿 未梨」
少女は一言言った。
「未梨がどうかしました?」
「私が椿 未梨」
「……………まじ?」
頷く。
沈黙。
なにやらデジャヴのようなものが見えたのは気のせいではないだろう。
そして今、俺の心には震度12という関西大震災など比べ物にならないぐらいの大地震が起きている。あの(根暗、無口、意味不明、あんぱん好き、etc)未梨が、こんなふうになっていることが誰が予想できただろうか。これは断言できる。たとえノストラダムスでも予言できなかっただろう。これは……噂の高校デビューと言う奴か?
「迎え、来た」
この喋り方は未梨なんだろうな…と確信。見た目が変わっても中身は変わってなさそうだ。
「…あぁ、行くか」
俺らは今日から高校生。ちなみに制服は男子はブレザーに紺のズボンにネクタイ。女子は今知ったのだが、ブレザーに紺のスカート、それに青いリボンなのかな? 制服には文句はないが、女子の体育着がブルマーじゃないことに一言文句を言いたい。
ブルマーは男の浪漫だバカ野郎!
学び場はウチから歩いて15分ってところだ。本当なら後20分ほど家でのんびりしていられるのだが、未梨が無駄に早く行こうとするからそうもできない。ちなみに未梨を一人で行かせるという選択肢はない。なぜなら未梨はマイホームの鍵を所持しており、時間通りに俺が来ないと、俺の部屋まで未梨が来るからである。しかも部屋まで来たからといって何かしてくるわけじゃなく、ただ俺が起きるのを待っているだけである。最初にみたときは本気でびびった。想像してみろ。朝起きたら自分の部屋に無表情の女が本を読んでいるんだぞ。うわ……鳥肌たってきた。
そもそも何で未梨が家の鍵を持っているかと言うと、オフクロが原因である。俺があまりにも未梨を待たせていたのにオフクロが同情し未梨に合い鍵を渡してしまったのだ。オフクロ……それは余計なお世話って奴だ。
俺は歩きながら『前の未梨の姿』と『今の未梨の姿』を脳内でbefore、afterと切り替えていた。共通点は眼鏡だけ。どうみても別人じゃないか?
「なんで髪切ったんだ?」
当たり前な疑問を聞いてみる。今まで髪が長かった未梨がこうも短くするということは、俺にとっては違和感ありありであって、なんとなく別人と一緒に歩いているみたいで落ち着かない。
「髪、長いと死角、増える」
お前が言うとシャレにならない台詞だな。
「似合ってるぞ」
と一言褒めてみる。これは正直な感想であって前のに比べればかなり俺的にはいいと思うし、どうせなら眼鏡を外したところも見てみたいと思う。別に前のが悪いと思っているわけでなく、あれはあれで気にいる奴がいるだろう……荒木とかな…
「ありがと」
ちなみにコイツから『ありがと』という言葉を聞いたのは10年間の中でこれで2回目だ。平然を装っているように見える未梨も実は少し嬉しかったのだろう……多分。
などとたわいもない話をしていたら、学校についてしまった。校門のところにはクラスが書いてある掲示板はあちらですという別になくてもいいんじゃない的な掲示板があった。早めに家を出たというのにもかかわらず、掲示板周囲にはかなりの人盛りができており、視力1、0の俺ではここからじゃマイクラスを確認することができない。俺は遠くから目を細め自分の名前を探した。えーと……俺の名前は……
「一緒」
未梨が不吉なことを言ってきた。一緒? 何が? クラス? そんなことはノストラダムスの大予言並に決して合ってはならない。俺は目を細めて掲示板をよーく見た。一年二組に俺の名前が合った。その一個下には……椿 未梨。いやいや、最近ちょっと勉強のしすぎで視力が低下気味だからな。
「これが現実」
まるで未梨は俺の心を見透かしているように言ってきた。何でお前は眼鏡っ娘なのにここから見えるんだ、と突っ込みを言うだけ無駄だな。なぜなら未梨の眼鏡は伊達ちゃんだからな。なぜ伊達かっていう疑問についてはまた後に説明しよう。あー、後で説明することばっかだな。
掲示板を見た生徒がどんどんどこかへ移動していく。なになに…新入生は自分のクラスを確認したら体育館に移動すること……
「体育館だとさ」
「うん」
未梨は我関せずという感じで閉じていた分厚い本を読み始めた。
「楽しいか?」
「うん」
今更のことだが未梨が俺に対する大体の返事は『うん』である。
体育館の場所はわからなかったが、複数の生徒が同じ方向に向かっているのでその波に乗っていった。だから好きだと言って天使になって♪……いや…なんでもない。
未梨は本を読みながら歩いているというのに、何故人と一切接触しないのか、という謎を分析している内に体育館についてしまった。正直分析する気はなかったがね。
クラスで名前順で並べという先生様からのご指令があり、適当にそれっぽいところに並び、座った。
しらばくすると俺の前にツインテールの女の子が座ってきた。人生初ツインテールの目撃に感無量。後ろ姿なので顔が確認できない。これで顔が悪かったら……自殺もんだな。
予想通りに式は始まり順調と進んだ。我が校のハゲ校長が最近の経済について話しているときにおもしろいことが起こった。
「ねぇ、君名前なんていうの?」
俺の後ろで黙々と本をひたすら読んでいる未梨に隣のクラスの男子が話し掛けてきた。
「……」
ちらっと見てみるが未梨は男にまったく無関心な様子で本を読み続けている。
「その本楽しい?」
「……」
「僕の名前は田村。よろしくね」
田村とやら、いくらがんばっても未梨はお前と話そうとはしないぞ。
「君、どこ中から来たの?」
「……」
田村は式の最中ずっと未梨に話し掛けていたが、未梨は何一つ返事をしなかった。それはさすがにひどいと思うぞ。未梨。
式も終わり各自教室に行きホームルームが始まった。担任はガタイがよい男で、そのガタイは明らかに体育教師だということ物語っていた。どうやら名前は永田というらしく、俺の予想通り体育教師だった。自分の歳はキムタクと一緒だ、みたいなことを言っていたが比べる相手が悪いと思っているのは周りの様子から察すると俺だけではないらしい。
そしてありきたりな自己紹介が始まった。一人また一人自己紹介をしていく。笑いを誘う奴。彼氏募集中です、と言っている奴もいたが、お前じゃ一生彼氏できないよ、と思っていたのも周りの様子から判断してどうやら俺だけじゃないらしい。まぁ俺は無難かつ普通に済ますけどね。
自己紹介はどんどん進み………俺の前まで進んだ。
例のツインテール少女だ。
「瀬尾です。特技は……そうね、ギターとハーモニカなら演奏になら負ける気がしないわ」
「ほぉ」
と反射的に声に出してしまった。
瀬尾は後ろに振り向き、百獣の王もびっくりな眼光で俺を睨んだ。
「なによ」
正直に言おう。かなりの美人だ。
ていうか待て。俺は『なによ』と言われるほどのことは何もしていない。
「なんでもない」
周りがざわざわしてきたのが原因だろう。瀬尾は俺を睨みつけたまま席についた。さて、次は俺の番だ。
「青中から来ました……」
視線を感じる……と思ったらまだ瀬尾がこちらを睨みつけている。
なんでそんなに睨みつける? 基がいいんだから笑えよ。
「……よろしくお願いします…」
と自分でもなにを言ったかよくわからないまま自己紹介終了。
あー、これで最初で最後の自己紹介終わりか……瀬尾だっけ…俺は何も悪いこと言ってないだろ……。
バタン! と分厚い本を閉じたような音がした。ようなじゃなくてそうなのか。未梨は読んでいた本を閉じ、重そうな腰を上げた。
「青山中学校出身。椿 未梨」
未梨は淡々とそれでけ言うと席についた。それで終わりなの?
自己紹介が全員終わると永田が明日の日程について説明し出した。その間俺は瀬尾にずーっと睨まれていた。いや…睨まれているにしては殺気がないし……睨まれているというより……観察されている? まぁどっちでもいい。さすがにここまで見られといては気付かないフリっていうのも白々しいものがあるが……俺はひたすら気付かないフリをしていた。
「じゃあ今日はここまで。みんな気をつけて帰れよ」
永田がそう言うと、みんな帰りの支度を始めた。今だ瀬尾は俺のことを見ているが、さりげなく無視し、俺は後ろを振り向いた。未梨がとても綺麗な姿勢で本を読んでいたのだが、俺にとっては見慣れた風景だ。
「帰るか?」
と俯いてる未梨に言った。未梨は目線を本からゆっくりと俺に移動させた。
「帰宅」
未梨は帰りの支度を始めた。
その時である。
「ちょっとアンタ」
ずーっと俺のことを見ていただけの瀬尾が話しかけてきた。
ちなみに顔と口調がキレ気味な気がするのは俺の気のせいだと信じたい。
「なんだ」
「付き合いなさい」
その一言でクラス中の視線が集まった。待て、今何て言った?
「男ならグズグズしないの」
瀬尾は俺のネクタイを引っ張り、廊下を駆け抜けた。物凄い勢いで階段を駆け上がっていくので、ネクタイがすごいことになっている。俺が走るのを止めたらそのまま引きずられそうな勢いだ。
「で、なんなんだ?」
結局着いた場所は……なに? 音楽室?
『第一音楽室』と書いてある部屋の前まで連れてこられた。とりあえず俺は激しく乱れたネクタイ及び制服を直した。ドア越しに音楽室の中の様子を見てみると、なにやらすごい数の人たちが集まっていた。室内はかなり広そうで、ステージまである。そのステージではギターやドラムを持った人たちが演奏しているっぽいのだが、ここからではなにも聞こえない。防音システムだろうか? 恐らく軽音楽部とか言う奴がちょっとしたミニライブでもやっているのだろう。
もしかして瀬尾はこれを見たかったのだろうか? もしそうなら手遅れだな。見るからに中のテンションは最骨頂に達していて、今俺たちがこの中に入ったら………
ガラン!
あきらかに演奏中だって言うのに、しかもコイツは思い切りよく開けやがった。横に押す型のドアが一回開き一回戻りまた開いた。めったに見られない現象だ……なんて言ってる場合じゃない。
もちろん観客のみなさんは冷ややかな目でこちらを見ており、軽音楽部らしき皆さんは……あまりにも驚いたのだろう。演奏を中止してしまった。
「ねぇ、ベースでもエレキでもクラシックでも……ていうかギターならなんでもいいから貸してちょうだい」
この状況でなんてことを言うんだ。演奏中だったなんてことはコイツにとってはどうでもいいことなんだろう………が俺にとってはなんとも気まずい状況である。空気を読め、空気を。しかし、世の中なにが起こるかわからないものだ。ステージに立っている優しそうな女の先輩が瀬尾のところまでわざわざ歩きエレキっぽいギターを手渡した。
俺は今あなたのことが天使に見えます。
「入部希望者……かな?」
「違うわ」
おい、先輩が困った顔してるだろ。
瀬尾は周りの視線をミジンコほどにも気にせずにステージまで歩いて行った。
「ちょっとコイツがアタシのこと見下してるからっぽいからちょーーっとだけ演奏聞かせてあげるの」
なるほど、俺はそのために呼ばれたのか。ってちょっと待て。俺はお前のことを見下した覚えなどない。勝手な勘違いもいいとこだ。しかしこの空気で帰れるほど俺も強い人間ではない。しょうがない。付き合ってやるよ。
「ねぇ、なんかリクエストある?」
瀬尾は慣れた手つきでギターを軽くジャカジャカしている。
「なんでもいい」
「そう」
それは突然のことだ。瀬尾の目付きが変わり、激しいリズムを刻んでいく。あまりの音の大きさと突然の演奏に完璧意表を突かれた俺は腰を抜かした。なんの曲までかはわからないがどこかで聞いたことがある曲だった。そして既に瀬尾は高校生とは思えないギター捌きだ。たとえジョー・ペリーでも、ジョージ・ハリソンでも、加藤隆志でも、この演奏を聴いたら驚くだろう。冷たい目を送っていた人たちもなにやら目つきが変わった。指でリズムをとっている人たち、体全体を使ってリズムを取っている人たち、会場の冷めきった空気を瀬尾は変えてしまった。
その演奏は心を震え起たせるモノがあった。
ギターに無関心な俺の心さえも。
「どうよ!」
3分ほどだろうか。瀬尾の高校生を超越した演奏が終わった。
「すごいわね!」
ギターを貸してくれた先輩が小さく拍手をした。周りもそれに吊られて拍手の活性となった。
「これでアタシの実力が本物だってわかったでしょ」
瀬尾はまるで拍手など無視し、見下しているような目で俺を見た。
「俺にはよくわからないが…うまいんじゃないのか?」
褒めたのに何故か瀬尾はマンガのキャラクター並にほっぺたを膨らましていて不機嫌そうだ。瀬尾はほっぺたを膨らましたままステージを降り、ギターを貸してもらった先輩に返した。
「ねぇねぇ、私たちのバンド丁度ギターがいないのよ。入らない?」
先輩が瀬尾の歩く道を塞いで勧誘している。
あんな演奏したんだ。誰だって勧誘したがるさ。
「じゃ、俺はこれで」
「ちょっと待ち―――」
「ねぇ、どう? 入らない?」
瀬尾周りには人盛りが出来上がっていた。乗っ取りライブ大成功ってか。
音楽室を立ち去る直前に『覚えてなさいよ』と、声が聞こえたのは俺の幻聴ということにしたい。
窓から太陽の光も入ってこなくなり、外は大分暗くなっていた。春が訪れたといっても日が長くなるのはまだまだ先に思える。
俺はなんとも言えぬ独特のステップで階段を降りマイクラスに向かった。どっかの誰かさんの精でカバンを忘れちまったからな。もしかしたら盗られてるかもな。いや、しかしあんな微妙なセンスのカバンを盗る奴なんているだろうか? いやいや、考えたところで無限ループだ。
教室の前まで来るとなにやら男の話し声が聞こえる。まったくこんな時間まで残っているなんてよっぽどヒマ人なんだな。
ドアはガラガラと歴史を感じさせる音を立てながら開いた。ドアを開けると男が俺の席に座ってい、その後ろの席の人と話していた。男はこちらを一瞬見てきたがすぐに視線を反らされ話を続けた。
それにしてもどこかで聞いたことある声だな。
席に近づくと男の話し相手が見えてきた。特徴を上げるなら金髪のショートヘアに眼鏡っ娘……
「って未梨」
なぜか未梨よりも早く男が振り向いてきた。
「キミは……彼女の知り合いかい?」
思い出した! コイツは……式の途中未梨に必死に話し掛けてた奴だ……確か田辺だっけな?
「知り合いだな」
未梨はこんな奴の話し相手をするためにこんな時間まで残っていたのか。もしかして田辺に気があるのか? それはないか。まぁそんなことはどうでもいいとして俺のかぁーばんかばんは……ってねぇ!
「なぁ、ここの机の上に置いてあったカバン知らないか?」
「さぁ? 僕がここに来たときにはカバンなんてなかったけど」
はぁ〜……高校生活初日からカバンが盗られるなんてツイて………な……
「これ」
未梨は俺のカバンらしき物を持っていた。
「俺のか?」
未梨はコクンと頷く。未梨は指を俺に向けて、こう言った。
「ニィ、カバン置いてどこかへ連れられた。カバン盗られたらニィ困る。だから預かってた。待ってた。迷惑?」
未梨がここまで話すのは久しぶりだ。そして接続詞をあまり使ってない話し方はなかなかわかりにくいものがある。しかし伊達に未梨と幼なじみやってるわけじゃない。今のをわかりやすくすると……
「ニィが瀬尾に掠われてカバンだけ置いて有ったの。盗られるとニィが困ると思って預かってたの。ニィの戻ってくるのずーっと待ってたんだよ。迷惑だったかな?(一部妄想及び願望あり)」
やばい、そんなふうに言われたら一撃TKOだ。ちなみになんとなく卑猥な感じがする「ニィ」ってのは俺のことで……本名は「仁井哉、にいや」なんだけど、未梨が呼びやすいと言う理由でめでたく俺は「ニィ」になった。学校で呼ばれるとすごい恥ずかしいので是非やめてほしい。
「ありがとな」
俺は未梨の頭に手をポンと置いた。未梨は無反応無表情のまま微妙なセンスのリュックをしょい、立ち上がった。
「帰宅」
と言って俺のことを凝視する。恐らく俺も来いってことだろう。
「じゃ帰るか」
「うん」
「ちょっと待った!」
田辺が叫んだ。
「なんだ田辺」
「田村だ!」
「どっちでもいい」
「よくない! ところで……君達はもしかして……付き合ってたりす――」
「それはない」
即答。中学のときにもよく間違えられたもんだが……高校生活初日にそれを言われるなんてやっぱ付き合ってるように見えるのか? 冗談じゃない。俺はもっとおしとやかで、いつもニコニコ笑っている、『一緒にいても危険性ゼロ』の女の子がいいんだ。
「本当にか?」
「付き合う。利益から離れ、親しい間柄を保つこと。男女の交際を付き合うと言うこともある」
未梨が辞書モードに入った。未梨は一度読んだ本の内容は忘れないらしく、辞書の内容も全て暗記している。そして辞書モードとは特定不特定の単語の意味を口にすることだ。勝手に辞書モードなどと命名しているが辞書モードに入る奴なんてのは未梨を除いて地球上にいるとは考えられん。何故今未梨が辞書モードに入ったかなんてことは俺にはわからない。完全なアトランダムで発動する。きっと未梨にはなにか考えがあるのだろう……と、ちょっとフォローをしてみる俺がいる。
「俺と未梨はただ家が近いだけ。だから今も一緒に帰ろうとしたんだ。未梨のことが好きだったら勝手にしろ。俺は手をださん」
「それを聞いて安心した。じゃあ未梨ちゃん。今からどこかご飯食べに行かない? もちろん僕のおごりでさ」
いきなり名前呼び+ちゃん付けか、正直キモい。大体会った初日に食事に誘うのは積極的というよりキモい。誘い方も安いホストっぽいし……俺が女だったら絶対断るね。顔はカッコいいにカテゴリされるかも知れないが……未梨にとっては顔などどうでもいいことなのだろう。未梨は無表情のままなにも言いそうにない。
しょうがない。ここはダメもとで田村に協力してやろう。
「おごりだってよ。行ってこいよ。タダより安いものはないぞ」
俺は田村とアイコンタクトをした。
『貸し1だ』
『キミとは友達でやっていけそうだ』
俺が断るね。
未梨はロボットのようにカクカク首を曲げ俺を見てきた。
「ニィは?」
何故に俺に振る。何故俺が行かなければならない。俺が行ったら意味ないだろ。例えおごりでも俺は行かないけどね。大体何が悲しくて初対面の男と意味不明な女と食事に行かなければならない。
「俺は呼ばれてないからな、お前ら二人で――」
「帰宅」
まぁ……予想通りだな。未梨は黙って教室を出ていった。田村はそれを茫然と見送った。なんというか……哀れだな。
「やはり…キミは僕のライバルだな」
前言撤回。少しでもコイツのことをかわいそうと思った俺がバカだった。俺は未梨に続いて教室を出ていった。
「待て! キミの名前を教えろ」
廊下にまで聞こえてくるバカでかい声だった。ここで無視したらどこまでも追ってきそうだ。
「仁井哉」
「仁井哉か、いい名前だな。また明日会おう」
もうなにも言う気になれない。
今が何時かなんていうのはわからないしどうでもいい。何時だとしても外が真っ暗という事実は変わらないんだ。
俺は未梨と一緒に夜道を歩いている。外灯があるとはいえ、さすがの未梨も本は読んでいなかった。そのかわり未梨は前を見ずに俺の方をじーーーっと見ている。一応言っておくが断じて自意識過剰ではない。いや、ホントに。
「田村のことどう思っているんだ?」
俺と未梨の間には特に話題がないためこれぐらいしかネタがない。
「誰」
「さっきお前にメシ誘った奴だ」
「どうも思っていない」
「それはひどいんじゃないか? アイツは多分お前のこと好きなんだから。せめて友達程度の付き合いしてやれよ」
「彼、私のこと、好き、言ってない」
片言で喋る外国人を真似してる日本人みたいな喋り方しやがって。
「二人きりで食事に申し込まれるってことは『好き』って言われてるようなもんだ」
「そう」
俺は見た。未梨が微かに笑ったところを……。多分今の未梨の表情の変化に気付けるのはこの世に俺ぐらいだろう。他の人が今のを見たとしても絶対わからない。確かに今未梨の唇の右側が1ミリほどピクっと動いてた。ほら、また………不吉だ。
俺の15年の人生経験がなにやら悪い予感を告げていた。
書くのに2日、修正に3日かかりました。
ギャグで楽しむというより普通におもしろいと思える小説にしたいと思っています。