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other Episode 01:Gun Slinger2

 Ren Aisawa(♀)


Codename:Gun Slinger

First person:わたし

Age:15

Height:155cm

Ability:第五級指定、物体転移

 撃鉄ハンマーを起こしたのが、戦闘の合図だったのだろう。

 獰猛な牙を剥き出しに雄叫びを挙げた獅子は、恋に突進を仕掛けた。一歩踏み出す度地響きを響かせ、多少の障害物など物ともしていない。人間を襲わぬ獅子が何故こうも突撃してくるのだろう……極度の興奮、あるいは混乱状態におちいっているのか、しかし恋にそれを思案する時間的猶予が取り残されていなければ、もとより思案する気もさらさら無かった。

 恋は大地を踏み付け、宙を舞った。そのまま大木の枝を片手で掴むと腹筋の力で上体を回転させ、更に空高く舞い上がる。標的を見失い呆然と佇む獅子に回転式拳銃をロックオン。

 こちらを覗く翡翠色の双眸そうぼうに宿る感情は驚愕きょうがく激昂げっこう、歓迎されていないことは明白だろう。

「お許しを、ライオンさま」

 言い終えると同時に撃鉄が撃ち降ろされ、45口径の凶弾が吐き出された。意志を持たない銃弾は目標物に向かい一直線に飛翔する。

 一瞬、獅子は己の身に起こった変化に気付かなかっただろう。

 威風堂々たる肢体はゆっくり右側に傾倒し、獅子は万雷ばんらいたる雄叫びを挙げた。

 恋は腰に巻いてあるホルスターに回転式拳銃を収めると、獅子を一瞥いちべつし、

「安心して下さい。あなたさまなら一時間も経てば、移動に差し支えがないほどには回復しますと思います。全て素人考えですけど」

 獅子の左前肢には抉れるような形で大きく穿うがたれてあった。それが動けない原因となっているのだろう。

 ラバーバレット。

 恋の扱う銃器の弾薬は護謨弾ラバーバレットが基本装備となっており、殺傷能力、有効射程距離水準を故意的に極めて低くしてある。貫通能力に至っては皆無と言っていいだろう。

 しかし恋はそれで良かった。人を傷つけることを必要以上に忌み嫌う恋にとって、ラバーバレットほど適材な弾薬はない。万が一の状況に陥らない限りは、?能力?行使と被覆鋼弾フルメタルジャケットの装填は厳禁と、心の内で誓いを立てていた。

「それでは、お大事にです」

 うなり挙げ続ける獅子を尻目しりめに、恋はきびすを返し森林へと足を踏み入れた。

 獅子の目が届かない場所まで進むと足を止め、周囲に人気がないことを確認する。そして唐突に胸元へと手を忍び込ませ、ペンダントのようなアクセサリを取り出した。

 それは燦然と輝く銀色円形のペンダント。

 恋は大仰なほど緩慢かつ慎重な動作でゆっくりとペンダントの外蓋を開放させた。

 一枚の写真。

 お世辞にも鮮明とは言えない写真がペンダント内部に内蔵されていた。

 それにはふたりの男女がセピア色に活写されており、ひとりは言うまでもなく恋だ。嫌そうな表情を故意的に作り上げているつもりなのだろうが、心なしか笑っているのは押さえきれぬ感情が溢れ出してしまった証拠だろう。その恋と手を繋いでいる長身の男性は、恍惚とした柔和な顔立ちをしている。喪服じみたスーツは彼のトレードマークでもあるらしい。

 恋の知りうる人間の中では、もっとも人間性の読めない男でもあり、同時に尊敬している男でもある。加えて、派遣戦闘委員最強と謳われる能力者――コードネーム、《狂詩曲ラプソディ》。

 この世で恋が同じ血を共存する唯一無二の存在。

「兄さま……わたしをお守り下さい」



 恋は自然の遮蔽物しゃへいぶつを避けるように闊歩かっぽしながら、淡々と目的地へ向かう。進むも進むも、カメラに納めて照会しなければ解りそうにない似たような景色がひたすら続いている。森林内と言うことで日光こそは降り注いでこないが、蒸し蒸しとした暑さは恋の体力を着実に蝕んでいく。獅子と鉢合はちあわ せになってしまった時間を差し引いても、なんだかんだで三十分近くは足を動かしている。そろそろ目的地に到着しても疑わしくない頃合いだ。

 恋は腕時計もとい簡易デジタル地図に視線を落とした。地図に表記ミスが無ければ、目的地となる百獣の王エリアも相当近い位置にあるはずなのだが――

「やっとです……」

 木々の隙間から漏れだしている陽光。じめじめとしている蒸し暑さに恋の低い臨界点など、とうに突破していた。遮蔽物を蹴散らしながら小走りで恋だったが、ふとその歩みは制止する。

 見渡す限りのグラスランド。茫洋と広がる草原には獅子の姿もちらほらと窺えた。

「1、2、3…………8頭、です」

 恋は大木に身を隠しながら、獅子の頭数をカウント、計8頭。目を極限に細めて数えて直してみるが「8」と言う絶望的数字には変わりない。数刻前の戦闘は一頭のみだったので事を円滑に運べたのだが、8頭となれば話は別だ。

 恋の扱う回転式拳銃は基本性能は、元あったシングルアクションアーミーに自ら手を加えた45口径、最大弾数6発。ちなみに手を加えた部分はほぼデザイン部分だけであって性能に大した変化はない。

 単純計算、一発で一頭倒す計算でも2頭残ることになるのは勉学にうとい彼女でも暗算はかろうじてで可能であった。物陰ひとつ見当たらない地帯で装填リロードが可能かどうかも危惧きぐするところだ。それに8頭全てと応戦しつつ、前提となる一発で一頭を仕留める超絶技巧など、《拳銃屋》の称号を持つ恋にさえもともと持ち合わせていない。

 ムリです。不可能です。ジ・エンドです。

 思いつくだけの否定後を脳内に反芻しつつも、恋は状況の確認は怠らない。

 寝ている獅子も居れば、宛てもなさそうに彷徨く獅子もいる。呆然と虚空を見つめている獅子もいれば――

 倒れている男もいる。

 恋はレザージャケットに付属している通信器を一押しした。

「能力者と見られる男性を確認しました……寝ています。私的意見を述べさせて貰えば、青空に誘われた感じではなさそうです。気絶している線が濃厚のうこうだと思います。どうしたらよろしいです?」

『早急に能力者と接触を図れ、《拳銃屋》』

「ムリです」

 計ったようなタイミングで恋は口を挟み、苦情に近い抗議を訴え始めた。

「男性の周囲には、確認できるだけで8頭の獅子が徘徊はいかいしています。わたしが身を晒せば飛んで火に入る夏の虫でしょう。だいたいですね、何故わたしのような第五級指定能力者が二階級も違う第三級指定を連行しなければならないのです。わたしの記憶に障害がなければ前回のターゲットは第四級指定でした。前々回の任務も第四級指定でした。てゆうより、最近?能力?に目覚める人が多すぎませんか? わたしに回ってくる分のみで、一ヶ月に2件はあります。はっ、まさか、全ての能力者の処理をわたしに負担させるのが機関の魂胆こんたんなのでしょうか? あぁ! 最悪です! もう少し無垢なる乙女を労るお心使いは機関にはないのですか!」

『考慮しよう』

 通信を切られる覚悟をしていたが、その予想は裏切られた。まさか、頭でっかちのあのお方が……

狙撃銃スナイパーライフルの使用を許可する。さすれば問題はないはずだ』

「少しでもあなたさまに期待したわたしが愚かだったです。それと、狙撃銃の方は必要ありません。あれはゴム弾でも威力を殺しきれませんから、お好きになれません」

『卿の好きにすればいい。私の任務は《拳銃屋》のサポートだ。最終的な判断は現場に一任してある』

「言われなくとも好きにさせて貰うつもりです」

『卿の凱旋を祈る』

 通信が終了したところで、恋は肩を大仰に落とした。

 大見栄を張ってしまいましたが、どうしましょう?

 狙撃銃を必要ないと嘯いたものの、恋は獅子を対処するに到ってこれといった得策があったわけでもなかった。それに他にも気になる要点がいくつもある。

 ――何より男性は半裸な理由が不明です。下着一枚で出歩くことが趣味とする性癖の持ち主でない以上、あのようなふしだらな格好はしていないでしょう。

「あー! もう! なるようになれです!」

 頭脳労働を得意としない恋が奇抜な作戦を思いつく可能性は低い――なら、正面突破という選択を敢行しようではありませんか!

 恋は木陰から身を投げ出すように飛び出した。

 刹那――


「あぁぁぁああああぁあぁああ!」


 嬌声とは懸け離れた裂帛のような女性の咆哮が、恋の鼓膜を破る勢いで鳴り響いた。その咆哮は獅子たちにも多大な影響を与えたらしく、一目散に8頭が8頭全て、東奔西走、とゆうより恋に向かい猪突猛進。

「な、なんです!」

 身構えた恋など、獅子にとってはアウトオブ眼中、地響きを挙げながらそのまま横切り、森の深層へと姿を消していった。

 そして訪れたのは静寂。

 咆哮はかなり近くから訊こえた。にも拘わらず、声の発信源となる物体は何一つ見当たらない。身を隠す物体がない草原で、それは至難の業と言うより不可能と断言しておくべきだろう。


「お前か……! 我の身を弄ぶ愚者か!」


 突如、恋の眼前に芝生を巻き上げるつむじ風が発生し、次の瞬間には眼前に長身の女性が毅然と佇んでいた。

 先端恐怖症の人物が眼を合わせたらたちまち戦慄を起こしてしまいそうな鋭い翡翠色の瞳、背中まで伸びているブロンドヘアは人工では作り出せない色合いと艶が出ている。日本人ではないことは確かだ。そして……

 十中八九、《能力者》です。

「答えろ!」

 官能的な曲線を描くプロポーションだが、その身に纏っている衣類は上下とも仄暗い作業服。恋が即刻湧き出たイメージはガソリンスタンドの店員であった。

「ま、待って下さい!」

 恋は両手を挙げて、女性に制止を促す。

「とりあえず、落ち着きま――」

「答えろと言っておるだろうが!」

 褐色めいた右手が恋の頸動脈を疾風迅雷の如く押さえ込むと、人間離れした膂力で矮小な身体を軽々と持ち上げた。その時、恋が淑女ならざる下品な嗚咽を零してしまったのは不可抗力である。

 そんな危機的な状況でも、恋の頭脳が支障なく稼働し続けるのは十年近く機関に所属してきた経験の賜物だろう。外人女性の前後不覚な発言、?能力?の目覚めに思考が追いついてないのでしょうか? いや、今はそのような些末な問題は無視しましょう。まず、女性の抑圧を最優先とすべき順序です。

 能力――発動。

「動かないで下さい。動いたら……撃ちます」

 女性の背後へと空間転移を果たした恋はさっそうと回転式拳銃を引き抜き、ブロンドヘアが軽やかに靡く後頭部へ突きつけた。

「ゆっくり、こちらに振り返って下さい」

 振り返った女性の表情を改めて目にし、同性たる恋でも思わず見とれてしまった。憤怒と狼狽が錯綜さくそうした仏頂面ぶっちょうづらを除けば、深窓令嬢の留学生のようなグローバルな美貌を備え持っている。仄暗い作業服を着衣しているが、サイズ的にはどうやら一回りほど小さいらしい。七分丈のような灰色ズボン、おまけに綺麗なへそまで露出しているサービスショットだ。その風貌は二十歳前後といったところであろう。

「それを我に向けるな!」

 女性はひたいに突きつけられた銃口を躊躇ちゅうちょ無く握りしめる。暴発する恐れがあるにも拘わらず毅然とした振る舞いで回転式拳銃をふんだくると、嫌悪感を露わに鉄の塊を背後へと投げ捨てた。

 予想外だらけの一連の動作に恋は抵抗する暇もなく、ある種の感嘆さえ覚えていた。

 女性は一呼吸置くと、威厳に満ちた動作でその場に座り込んだ。あぐらをかくにしろ、髪を掻き上げる仕草にしろ、外人女性の取る全ての行動は無駄な威厳が溢れ、一枚の絵になっている。

「まず、先程の無礼は詫びる。悪かった」

「…………はい?」

 前フリもなく強襲してきたかと思えば、今度は武装解除させられたうえに謝辞を送ってくるとは誰が予想できただろうか。脈絡のない女性の振る舞いに恋はただただ呆然と突っ立っているだけで、漆黒の瞳を丸くした。

「我も突然の出来事で少々頭に血が上っていた。そうだな……八つ当たりと思ってくれて構わない。しかし、責任の全てが我にあるわけではない。責任転嫁をするつもりではないが、お前にも責任はあると我は思うぞ」

「あのですね……」

「心の内を露呈すれば、我はお前たちが嫌いだ」

「だからですね……」

「それはそうと、お前、我の腕からどのように抜け出したのだ? いくら疾かろうと我に悟られず背後に回り込むなど、不可能な芸当だ」

 語る女性からは数秒前の殺気は消失し、殺伐とした態度に変貌している。すっかり毒気を抜かれた恋も嘆息をつき、その場に座り込んだ。

「まず、わたしのお話を傾聴してもらいたいのです。よろしいでしょうか?」

「構わぬが、我の疑問にも答えて貰うぞ」

 威厳すらも感じさせる毅然とした態度に、恋の調子も狂いっぱなしである。

「……解る範囲であればいくらでもお教えしましょう」

 女性は胸元まで伸びている透き通ったブロンドヘアを指先で捻りつつ、首を縦に大きく上下させ肯定した。

 まず、何を話すべきでしょうか? ?能力?、特務機関……?

 それよりも個人的にこのお方が置かれている立場を把握したほうがよろしいかも知れません。

「お名前を訊かせて貰えます?」

「我の名か?」

「そうです」

「我には名という概念がない。お前の好きなように呼べば良い」

 怪訝そうに秀眉を寄せる恋。

 ?能力?に目覚めた大抵の能力者は浮世離れしている超然とした変人が大半を占めているのは恋も重々把握していた。実際に今まで恋が出会って来た能力者たちの9割方が、脳内にステロイドホルモン大量投与しなければ思い付かないような実にユニークな思考を持ち合わせている面々。そして残った一割が世間的に「普通」と呼ばれてもいい人種たちだ。

 今回のターゲットはもちろんのこと前者である。しかもその強者だらけの中で、三指には入る屈指の唐変木だ。

「そうなりますと、何とお呼びすればよろしいですか?」

「さっきも言ったはずだ。好きなように呼べ。我は気に止めん」

「では、気にしません」

 恋ははっきりと言い切る。風変わりな女性には変わりないが、今までの任務で接してきた能力者と比較すれば、戦闘にならないだけマシと言える。?能力?に目覚めたばかりである新米能力者の大部分は、自分の置かれた立場を理解できず、無自覚のまま自己暗示を掛け、発狂するケースが極めて多い。派遣委員が現地に到着した頃には、立派な「変人」がデキ上がっており、有無を言わずに襲いかかってくるワンパターンで統一されていた。

 この女性も色んな意味で出来上がっているが、正気はまだ保たれているようだ。

「まず、二日前ほどから、何か身体に異変が生じませんでしたか?」

 話を切り出し始めると、突如女性の表情が豹変した。尋常ではない殺気を放ちつつ、恋の胸ぐらを掴んだ。

「我の身体に何が起こっているのか、お前は知っているのか!?」

「詳しくは知りません。ただ?能力?に目覚めたのでしょう。それがどのような人体影響を与えたのか、わたしには知りようがありません」

 女性の激昂にも動揺することなく応じているように見えるが、内心ではハラハラ状態が胸ぐらを掴まれた辺りから続いている。

「我は元には戻れないのか?」

「?能力?喪失は前例がありません。一度目覚めさせた物を再び眠らすのは、今のところは不可能とされています」

「不可能……だと……?」

 ふっと、恋の胸ぐらを掴んでいた白皙の指先が萎びた花弁のように落下する。外人女性の端麗なる美貌には絶望が刻み込まれていた。挙げ句果てに、翡翠色の瞳には一筋の涙。それをきっかえに女性はか細い嗚咽を吐き出しながら、慟哭し出した。

 恋は理解に苦しんだ。?能力?は確かに常識という枠から飛び出した超常現象で一般人のお方が忌避するのは解りますが、何もそこまで精神的ショックを受ける物ではありません。嫌なら?能力?を行使しなければいいことです。

 泣き叫ぶ女性、目のやり場に困った恋は視線を彷徨わせた。結果、

「……男性の存在を忘れていました」

 下着一枚で仰臥している男性が目に飛び込んだ。

 恋は慟哭する女性をひとまず放逐して、半裸男性の元へと小走りで駆け寄った。ついでに回転式拳銃も拾い、腰に巻き付くホルスターに収める。

「脈はあり、外傷なし、呼吸あり」

 男性の安否を確認すると、見るに絶えない裸体にロングコートを被せた。風貌は三十代前半、無精髭を伸ばしている。髪には無頓着なのか恋よりも長く伸ばしており、ノミが沸いてそうなほど汚い。

 エセお嬢様と同僚から非難される恋とはいえ、半裸の男性をコート一枚被せ放逐し、そのまま能力者を連行するほど精神は歪んでいない。それに、今回の?能力?騒動に男性が巻き込まれている可能性大。口止めとして機関に連行するのが定石だろう。

 恋のショートとミディアムの中間に値する黒髪が一陣のつむじ風により、ふわふわと巻き上げた。

「その登場の仕方は控えて貰えると、個人的にはとても喜ばしいことです」

 つむじ風と共に現れたのは、能力者の外人女性。泣き出してから一分も経たないうちに理性を取り戻すとはなかなかの神経の持ち主だ。もしかすると人員不足な機関の一員としても一活躍できるかもしれない。

 それでも心なしか、翡翠色の瞳が充血しているのは、痩せ我慢に近い物だろう。

「この男性は、あなたさまの仕業ですか?」

「そうだ。我がいだ」

 一拍置き、

「…………ずいぶん積極的なことです」

 ぼそぼそと感想を述べる恋の表情は軽く湯気だっていた。痴漢に遭っちゃった、と嬉しそうに語る級友を見るようなねっとりした軽蔑の眼差しが外人女性に降り注ぐ。

「む、しょうがないであろう」

 潤んだ翡翠色の瞳がつり上がる。

「我も生物上は雌だ。裸体で出歩く訳にもいくまい。丁度そやつが通りかかった。だから剥いだ」

「意味が解りません。自分の衣類はどうなされたのです?」

「我がそのような物を持っているように見えるか?」

「見えます」

 恋が女性を見目に段々と変化が生じ始めた。最初は危険人物、唐変木、情緒不安定、そして今は天然の露出癖を持つ美人女性。いかがわしいステイタスの持ち主です。

「……男性に尋問したほうが良さそうです……」

 恋はしゃがみ込み、目をつむる男性の両頬を容赦なく平手打ちをした。

 小気味よい音と共に男性が飛ぶような勢いで起き上がる。

「おはようございます」

 本性を笑顔で包み隠し、見る物を惑わすような笑みを男性に向かい振りまくった。声も本来より周波率を十パーセント上げている。男性は自分の頬を抑えながら、焦点のズレた目をゆっくりと恋に移動させる。

「……ああ、どうも」

 目元に大きな隈が出来上がっている男性は万年微熱でうなされていそうな不健康そのものを象徴する顔立ちで鷹揚に口を開いた。

「キミは……誰だ?」

「通りすがりの美少女Aで結構です。それよりお聴きしたいのですが、あなたさまはこの女性をご存じでしょうか?」

 恋は背後に毅然と佇む女性に向けて指で促す。

「さっきまで裸だった女性だ……………って! 何で俺の作業着をそいつが着ているんだ!?」

「我が剥いだからな。許せ、人間。我の裸体を網膜に焼き付けることができたのであるから、充分であろう。普通なら万死に値する行いだ」

 何かを思い出したように男性の顔は、青ざめた表情とは懸け離れた頬を紅潮し出した。

「思い出すのは後にして下さい」

 男性のあからさまな態度に恋は猫を被るのを辞め、声も本来の物より周波率を五パーセントを下げたように低くした。それでも顔は笑っている……兄の遺伝子が組み込まれているだけある。

 あからさまな変化に男性はビクっと身体で反応をしめした。

「今からわたしが質問なさることに、あなたさまは忌憚も嘘も偽り無く正直にお話下さい」

 笑顔に圧力を感じたのか、男性は黙って大きく首肯する。

「まず、質問1です。あなたさまは何者ですか?」

「お、俺はここの従業員だ。……そろそろライオンのメシ時間だから、エサを持ってきたんだよ」

「そのような物は見当たりませんが、どこにあるのです?」

 周囲を見渡すが、エサも無ければ車やバスも滞留していない。

「お、おかしいな。そこに車を留めて置いたんだけど……」

 狼狽える男性は顔つきからして怪しい。

 こういう病弱キャラは実は敵と相場が決まっているのです。と、根拠のない考えを張り巡らしていた恋であったが、背後から響いた高音アルト声が現実に引き戻される。

「エサなら我がありがたく頂戴した。ついでにそやつが乗車していた車という物はどうやら我が破壊してしまったらしい」

「……何をいっているのです?」

 しばらく油を差さなかった機械のような無駄にカクカクした動きで立ち上がり、外人女性を四角い視線で睨め付けた。

「……破壊してしまった「らしい」とは随分他人事のような比喩ですね」

「それはだな――」

 甲高い風切り音が鳴り響いた、と恋が認識したときには理想的な曲線を描いている頬に一筋の線が刻み込まれていた。

「なんのおつもりです?」

 外人女性の褐色じみた右腕が白皙の頬を掠め取り、こめかみの真横を通過していた。恋が泰然と睥睨する先には、奇襲を仕掛けた張本人が目を見開き驚きをあらわにしていた。

 本当に奇襲なのだろうか? 恋は考える。今の攻撃は完璧に意表を突かれましたけれど、顔を目前にして不自然な動きで軌道が逸れたような気がします。

「……逃げた方がいい」

「どういうことです?」

「言葉通りの意味だ」

「それがわたしには理解できません」

「我の――」

 右拳が顔面に襲いかかってきたが、恋は音速に近い動きでホルスターから引き抜いた銃身で受け止めた。女性の拳はハンマー並の硬質があるのか、受け止めたにも拘わらず腕に来る負担が相当な物だ。

「理性が――」

 間髪入れる暇なく、入れ替わりで左拳が繰り出された。

 轟音。

 顔面に触れる間一髪のところで、コッキングとショットを同時に済まされた回転式拳銃からゴム弾が吐き出され、女性の左肩を穿った。拳の制止には成功したが、女性へのダメージは後方へと一歩二歩ふらついたのみだ。威力を殺してあるゴム弾とはいえど、これだけの近距離ならば脱臼ぐらいは確実に起こる。ふらつく程度のダメージで収まるはずがない。

 恋はひとり確信をした。

 肉体強化系能力。

 何事もないように屹立する女性は俯かせた顔を持ち上げた。

 翡翠色だった瞳が、紅く染まっている。

「我の理性が無くなるということだ。愚か者め、さっさと逃げれば良い物を。もう我は身体の自由をほとんど奪われている。自我も近いうち無くなるだろう」

 叫びになり損ねたような吐息が断続的に聴こえる。恋は音の聴こえる方向へ器用にも目だけを移動させると、そこには血の気が失せ、瞠目している浮浪者のような男性が腰を抜かしていた。

 事態を把握出来ていない普遍的人間が、この状況を目にすれば何も男性でなくとも腰を抜かす。銃刀法違反が政令されている日本で、回転式拳銃を扱う十五歳の少女と肩を撃たれたというのに平然と語る女性。

「あなたさまはこの場から出来るだけ離れて下さい」

「あ、ああああああ脚が震えてた、たたた立てないんだ!」

「じゃあ、そこで大人しくしていて下さい」

 宥めるように言うと、恋は前方に一歩踏みだし、女性の胸元に潜り込もうとする。女性は舞い踊るかのような淀みない動きをみせた。歴然とした身体能力の差、一瞬で背後に回り込まれた恋に、上段蹴りが襲いかかる。

「伏せろ!」

 女性の叱咤が耳に届くより速く、恋は身を伏せて一撃をやり過ごすと、上体をそのままに地とほぼ平行な前傾姿勢で女性の腹部へ全身を使い当て身を仕掛ける。

 女性は倒れるどころか、後ずさりさえしない。

 安定感が良い? 違う……これは――

「愚か者が!」

 女性がぎこちない動きで褐色の腕を持ち上げ、恋の痩身を激しく突き飛ばした。大地から靴裏が離れ、飛ぶように突き飛ばされた恋は、前方に突風を巻き起こすかかとが通過するのを目にした。そして本来仕留めるはずだった目標を見失った踵は大地と激突し、秘めたる破壊エネルギーは放たれる。踵を中心に芝が付着している土石が四散し、緑一色だった大地の一部が醜い肌を露出させた。

 改めて肉体強化系の恐ろしさを目の当たりにした恋は、戦慄を覚えずにいられなかった。しかし、戦いに於ける天賦てんぷの才と呼ばれるだけあって、驚愕しつつも思案は怠らずに現状分析をし続ける。

 ――とりあえず、第一段階、男性に被害が届かないまでの距離を稼ぐことができましたので良しとしましょう。それにしても、

「あなたさまに助けられました。けど、襲いかかったのもあなたさまですので、これはお礼を述べるべきところなのか正直微妙なところです」

 先程、外人女性が恋を突き飛ばしたのは、恐らく恋の身を庇った結果であろう。彼女が内なるもう一人の自分と葛藤しなければ、今頃恋は人間離れしたパワーに押し潰されていたに違いない。

「……次はない。我の目が届かぬところまで逃げろ。でないと、我はお前を殺めるに違いないだろう」

 吸い込まれそうな真紅の瞳は、悲しげに恋を見詰めてくる。

「わたしは黙っていいようにされるほど、大人しくないです」

「我を殺めるのか? できるならそうすればいい。我はお前を責めない。見たところ人間にしては、勿体ないほどの身体能力に恵まれている。しかし、そのような偽物では我を殺めることはできぬ」

「何を勘違いしているのです?」

 一歩、また一歩恋は後ずさりながら、女性との間合いを自分の有効範囲へと広げていった。

「わたしは死にません。あなたさまも死にません。一応加えて置きますがあそこで情けなく腰を抜かしている男性も死にません。てゆうより、あなたさまを止めないとわたしは減給処分……下手をしたら路頭ろとうを彷徨うことになるのです! ストリートチルドレンと言えば訊こえがよろしいでしょうが、わたしにはそのような称号は必要ありません!」

 一定の間隔を置いたところで恋は後退を止め、回転式拳銃をホルスターに収める。そして、胸に常備している通信機のスイッチを一押しした。

「ちょっとしたハプニングです。機関拳銃の使用許可を申請します」

『…………申請完了。許可は下りたはずだ、《拳銃屋》』

 通信先の男は要領の良さだけは無愛想さに反比例して、高い水準を重ね持っている。申請許可の速さ、仕事の要領の良さ――多数いる補助委員の中で恋が男をサポーターに選んだ最大の理由だ。

「ありがとうございます」

 恋は素直に礼治を述べる。今回ばかりは本当に助けられました……まあ、許可が下りなくとも勝手にやらして貰うつもりでしたけど。

 回転式拳銃に替わり、恋の手元に表れたのは二丁の機関拳銃マシンピストル。回転式拳銃に比べ、威力は劣るものの、連射性能は比較対象にならないほど高い。

 機関拳銃二丁は恋が一番得意とするスタイル。

 すなわち、本気だ。

「派遣戦闘委員、《拳銃屋》は買い被ったぐらいの過大評価が丁度いいのです」

 恋はこの場にそぐわない和むような笑みを女性に向かって振りまいた。

「愚か極まりない話だ。だが――」

 だが――

 続きはなんだったのだろう。

 訊くことはできない。何故なら、女性は女性であって女性ではない存在に遷移してしまったからだ。尋常ならざる殺気はひしひしと肌を通して伝わってくる。

 肉体強化系能力者。

 能力者の?能力?でも非常に稀有なカテゴリーに含まれるのが肉体強化系だ。何が稀有のかと言えば、千差万別といる能力者の中で肉体強化系は1割にも満たしていない。基本的な身体能力を増幅させ、人外のパワー、スピードを使えるようになる数ある?能力?の中ではアナログ的ものだろう。しかし、

 強い。

 無言の重圧……虚空を見詰める真紅の双眸に、恋の痩身が映し出された。



「派遣戦闘委員、《拳銃屋ガンスリンガー》。行きます」

 見直してないので誤字とか日本語的おかしい部分があるかも。


 では、ちょっくら5000マイル走って来ます。

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