4―3 シナファイ
斉藤の一人称が「俺」から「私」へと移り変わるときがある。
「考えても見ろ、仁井哉くん。私たち人間は実に不思議な生き物だとは思わないか?」
幾多の人影が闊歩するこの中、斉藤は前フリも前置きも何もなしにとんちんかんな禅問答を開き始めた。返事代わりに嘆息する俺の隣には、蠱惑的に微笑む龍円寺が崇高な菩薩の言葉を聞き入るように耳を傾けている。そんな必死に拝聴しなくてよろしい。猛烈に頭が悪くなるから。
「たとえばだな……あれを見てみるがよい」
斉藤が指差す先には、大脳を構成する重要なパーツをどこかに置き忘れなければ到底真似できないような姿をした二十台半ばぐらいの女性が道行く人々にチラシと笑顔を給仕していた。それがどうしたというのは、これから斉藤が説明してくれるだろう。
「彼女は何故あのような格好をしているんだと思う?」
「仕事」
俺は特に考えず反射任せにぶっきらぼうに答えた。斉藤は不気味に唇の端を吊り上げ、
「簡潔にまとまったいい回答だ。間違いではないが正解でもない」
「はいはーいっ。ウチが思うに……あの人は趣味でやっているだよん」
首尾よく龍円寺さんが答えた。
「ふむ、それも可能性のひとつだ。否定はできないが肯定もできないな」
「んー、正解はなにさっ?」
「正解などは存在せん。確率論なら仁井哉の説がもっとも正解に近いだろうが、それはあくまで確率での話だ。真実ではない」
何が言いたい。
「つまり……私たちが彼女の目的を推測したところで正解に辿り着くことはない、と言うことだ」
斉藤は同年代とは思えぬ老獪な笑みを浮かべ、
「仁井哉くんの説を採用して彼女は仕事であのような格好をしているとしよう。なら、彼女の目的はなんだ?」
「金が欲しい一心で働いているんだろうな」
ふむ、と首肯する。
「模範解答があるならば、確かに彼女は「金」の為に働いているのだろうな。しかし、私はそう思わん。もしかしたら、彼女は仕事のフリをしているライバル店のスパイ。店の破綻を目的とする輩かも知れぬぞ」
想像力豊かというかなんというか……。
「ありえないだろ」
「そう、ありえない。その通りだ。そもそも「仕事」という仮定が間違いならば、私たちが導き出したロジックは全て不正解となる。根本的な情報に齟齬があれば、以降の繋がり全てが狂うのだ」
思考をフル活動させている訳ではないが、まったくわからん。いや、たとえ俺が思考を巡らしたところで現段階の演算処理能力では、残りの人生を費やしても理解できる日がやってくる事はないだろう。見るところ龍円寺さんも理解していないらしい。
「簡単に言えばだな、人間は古今東西思案する生物として存在を確立するのだよ、仁井哉くん、龍円寺くん」
「せんせーいっ。意味がわからないよん」
右に同じ。
「大丈夫。俺もわかってない」
見慣れている道を百メートル歩くのと、見慣れない道を百メートル歩くのとでは、断然後者のほうが疲労が溜まりやすい。とゆうのは精神上のまやかしであり、実際そんなわけがない。同じ距離を歩けば、同じように疲れる。地元以外でいつもより足が鈍重と主張する奴は単なる体力不足野郎だ。よって、俺は単なる体力不足野郎に当てはまることになる。
ぶらぶらと足を引きずること数分、やたら面積の広い空間へと辿り着いた。外見は普通のデパートかのように見えたのだが、中に入ってまぁびっくりしたね。敷地面積の不有効活用としか思えない人形、人形、人形の山。
「ぉお。すんごーい品揃えっ。他では見られない珍品も多数っ。あーっとっ! この人形めっちゃ仁井哉さんそぉーっくりだよん。わぉっ、うららちゃんもびっくりの千円。むぅー、でもこの値段でミニチュア仁井哉さんが買えるのなら安いもんだっちゃっ」
龍円寺さんのテンションは俺の予想よりつねに斜め上を行く。
「ってちょっと待った、なにをテイクアウトする気だ」
「このミニチュア仁井哉さんだよんっ。ほらぁ、この目とか仁井哉さんそのものだよん。かわゆいよんっ」
「ダメ絶対くん」
「……ウチにはミニチュア仁井哉さんを持つ資格がないのかぁ。もう、いいよん……そうだよね……ウチって迷惑だよね……生きててごめんなさい……」
悄然とした口調とは対極的に、その表情は今日最高潮に達するに等しい笑顔だ。龍円寺さんは軽快な足取りでレジへと向かう。おい、台詞と行動が矛盾しているぞ。
「まあ、いいじゃまいか。お前はそれだけ龍円寺に好かれている。龍円寺はああ見えて一年女子のなかで彼女にしたいランキング文句なしのナンバーワン。緑校の男子どもは、どうやらはっちゃけ系が好みらしい」
俺の隣で両腕を組み、毅然と佇む斉藤がレジに並ぶ龍円寺さんを見やりながら批評家のように呟いた。何度も気になったが、そのランキングはどのように集計されているんだろうね。
「ちなみに、おまえの幼なじみふたりも上位ランカーだ。確か、椿が20位前後で、瀬尾が30位台前半。上位といってもあれだけ顔が良くて、この順位は異常だけどな」
開閉される口からは、訊いてもいないことをぺらぺらと発せられる。
「それより、斉藤。まさかここが目的地じゃないだろうな?」
「いや、ここだっちゃ」
珍しく会話が成立したのだが、とても腹立たしいのはなぜだろう。あと、その喋り方生理的に気持ち悪いからやめてほしい。
「俺がぬいぐるみに興味を示すとでも思ったんだったら、とんだ見当違いだな」
「だぁあれが、ここが目的地といったハーレム野郎。あと、俺にれんちゃんを紹介しろ」
どさくさに紛れて願望を口に出すな。気持ち悪い。
「斉藤、とりあえず自分の一個前の台詞思い出せ。お前の発言は全てが矛盾している」
「おーけー。よく訊け仁井哉。おまえの言いたいことは把握した。だから、黙ってろ」
脈絡のない発言に俺はこれ以上の情報は引き出せないと直感的に悟った。
「よしっ、キミの名前は………ミニチュア仁井哉さん、略してニィくん。わかったかいっ? うん、わかったぜ、龍円寺さん」
龍円寺さんは路上でやっても食べていけそうな腹話術で、俺によく似た人形とひとり楽しんでいる。辱めを受けている気分だが、心なしか嬉しいのはなぜだろう。
「ごめんねぇー、仁井哉さん。百八式まである欲望には勝てなかったよん。お詫びのしるしに、この中の人形ちゃんたちのひとつを進呈するよん」
差し出されたのはどれもどこかで見たことのある四体の人形たち。
刺すような鋭い目つきは、人形ながらも迫力のあるツインテール少女の人形。どことなく葉月に似ている。
赤縁眼鏡を掛け短い金髪に無表情のまま作られている少女の人形。どことなく未梨に似ている。
笑顔が燦然と輝く元気そうな少女の人形。どことなく龍円寺さんに似ている。
可愛らしい臙脂色の服がよく似合う、癒される顔立ちをした女性の人形。どことなく愛沢さんに似ている。
黒い陰謀を感じるのは、気のせいと信じたい。
「……いや、遠慮しとく」
「遠慮なさんなってっ、平成の純情ぼーいっ」
龍円寺さんは外人っぽいイントネーションで言い切ると、ぐぐっと四体の人形を胸元に突きつけられた。
どうやればここまで選びにくい人形たちをチョイスできるんだ? 四体の人形の中から一体を選択。どの人形を選出したとしても斉藤と龍円寺さんは、俺が抜擢した人形の人物に一番好意を抱いていると勘違いするのは必定事項だ。
いや、そうじゃない、仁井哉。逆を考えるんだ。
どれを選んでも結果は同じ。ならば、心理の裏を突けばいい。
「……じゃあ、これ、貰うわ」
「完璧フラグ成立だな。仁井哉。おまえはもうそのルート一直線だ。他のルートにはもう戻れない」
「へぇー、ふぅーん、はぁーん、その娘を選ぶとは……仁井哉さんは幼なじみ萌えかいっ?」
俺の手中に納まる人形――無愛想で金髪眼鏡っ娘の人形。前もって言っておくが、この人形は未梨ではないぞ。人形だ。
「いいよん、いいよん。ところで、斉藤さん、れんちゃん人形はいるかいっ?」
「オーケー。今日から俺の家宝にするぜ。これで俺もれんちゃんルートに一直線だ」
お前はナチュラルに受け取りすぎだ。少しは羞恥心を持つことも、人間として大切だぞ。気持ち悪い。
「ウチの手元に残ったのは、ニィくんとハヅキンとうらら二号……いやん、仁井哉さんのえっちっ。とゆうわけで、ちょっくらお手洗い行って来ますっ」
ここであえてツッコまないのが、ツッコミの玄人という奴だ。龍円寺さんは三体の人形を胸ポッケへと強引に詰め込み、さっそうと雑踏の中へ向かった。人混みと同化する直前、龍円寺さんの後姿に哀愁を感じたのは俺の錯覚だとしておこう。
「じゃあ行くか、仁井哉」
「……待て、龍円寺さんはどうするんだ?」
「龍円寺には行く場所をもう伝え済みだ。ほっといても勝手に来る」
それまで愛沢さんによく似た人形をイヤらしい顔で観察していた斉藤の目付きが唐突に鋭くなった。斉藤はこの世の全ての心理を理解したと言わんばかりのため息をつき、感情を消した声音で言葉を吐き出す。
「それより、仁井哉……龍円寺なんだが………」
まさか、龍円寺さんにデスティニーフィールしたから協力しろとか言う出すつもりじゃないだろうな。
「あいつ、何者だ?」
「………なにがだ」
「龍円寺うらら、青山中学校出身、十五歳、性格は明るく周囲の人望も厚い。容姿に到っては一流モデルにだって引けを取らないスーパー女子高生。趣味は人間観察、ソフトボール。なにやら、中学時代にソフト部でエース四番を一任されてたらしい。同じく中学時代はその際限のない恍惚とした美貌から、男子相手に愛のメッセージを受け取った数もバカにならない膨大な量だと言う。しかも、あろうもことか告白全てを一刀両断。男性経験はなし、と俺は見ている」
「……いつ調べたんだ?」
一個人としての情報収集能力を超えた内容に半ば呆れ気味に俺は訊いた。
「龍円寺は今まで俺が出会ってきた誰よりも異質極まりない存在だ」
「日本語で頼む」
「お前は龍円寺に対してなにか違和感を抱かないのか?」
上りエスカレーターに乗っているため、斉藤は俺を見下ろしている。
「思慕な心意気を感じる」
「それは十中八九、龍円寺が仁井哉に恋心を抱いてるからだ。他に何か気付いたことはないのか? 龍円寺うららの異彩さに何か気が付いた事柄は?」
「何も気付かん。てゆうかさっきからお前はなにを話しているんだ? 俺に理解できるように説明してくれ」
斉藤はただ首肯する。黙然と顎を撫でながら神妙な面持ちで何かに考え老け始めた。
斉藤と出会って約一ヶ月。決して長いとは言えない日数であるが、俺は斉藤の性格をそこそこ把握している――いや、しているつもりだった。今眼前にいる斉藤は、少なくとも二四時間古今東西鼻の下を伸ばしている斉藤ではない。
「……悪い癖が出ちまったな。すまん、仁井哉。俺の思い過ごしだっちゃ」
屈託のない笑みで斉藤はニヤリといやらしく微笑んだ。数秒前に屈託だらけの表情を窺わせていたのは幻想だと思わせるには充分なほど対極的である。
それを見て、俺は深く詮索するのはやめようと思った。
奏でる旋律在り。それ怜悧な音色。
また奏でる旋律に異種在り。旋律は旋律を産み、旋律消えぬ。
重なる旋律は旋律を相殺、更なる美を造形。人、耽美追求をやめる事無し。
と斉藤が言ってました。
どんなサプライズが用意されていようと驚くことはないと思っていたが、実際辿り着いた場所に、俺は驚愕を覚えられずにはいられなかった。驚きと言うより、懐疑心を覚える。
「どうだ、驚きの余りぐうの音も出ないかっ!」
粗雑に並べられているのは、ギターを始めとする膨大な数の楽器。高級ホテルのエントランスのように磨き掛かった空間に、さまざまな楽器類のみで三叉路を造形している。
すこぶる気分を良さそうに鼻を鳴らす斉藤を尻目に、俺は呆然と辺りを見渡した。奇妙な高揚感が身体の内側から込み上げてくるように、不思議と居心地がいい。ノスタルジーを感じる、悪くない雰囲気だ。
「お前の隠れ特技は俺も重々承知している。ハーモニカ、演奏できるんだろ? いやいや、何も言わなくとも俺は全てを把握済みだよ。推察するにお前は密かにギターに興味を抱いていたよな? お前は瀬尾と対話している時が、一番楽しそうな表情をしている。正確に言えば、音楽について語り合っているときか。その瞬間の仁井哉の表情と言えば、初代ポケモンでストライクが影分身を多用してきた時のウザさに匹敵するほどの物だ」
懐かしい気分、感慨さえも覚える。初めてハーモニカに触れたときのような……
「無視か? 英語で言うとディスリガード? ツッコミのない仁井哉なんてポケットがない猫型ロボットと同等の存在だ。そういえば、あの猫型ロボットって友達になりたいアニメキャラランキングトップらしいんだがな、投票した奴らは絶対ポケット目当てだよな?」
しかし、俺はもう音楽とは拘わらないと密かに誓った身だ。高らかに宣言した訳ではないが、誓いを無視すれば未梨に負担を掛けることになる可能性だって否定できない。なにより、そうほいほい自分の意見を棄却してしまったら、俺自身に一番しっぺ返しが来ることになるだろう。
そうだ、最初から答えなど決定付けられている。人生の必定事項にも既にそう記されているに違いない。
「……そこまで無視を貫き通すのか、まるで俺がイタイ子そのものじゃないか。自分世界に引きこもるのもほどほどにな、って訊いてないか。正直、寂しいです」
「なあ、斉藤」
「何用だ、愚者偏向野郎。観念奔逸状態で軽い躁鬱病にでも陥ってろ」
言うと斉藤はあからさまな渋面をつくる。よく解らない日本語はどうせ悪態を婉曲して言っているだけだろう。
「今日は他にどこか寄る宛てはあるのか?」
「いや、あとは安住の地へと凱旋するだけだ」
「……じゃあ、帰るか」
「ほぉー、そうか。なら、龍円寺が来たら帰るとしよう」
いつもと変わらぬ調子で斉藤は唇をほころばせ、律動的な足取りでベンチに向かい、腰を下ろした。
理由も何も追求してこない斉藤は、銀行口座の貯金がひとりでに増えていくように却って気味悪い。
「訊いたって教えてくれないだろ?」
心の内を見透かしてきたように斉藤が口を開いた。
「お前の見識力は大したもんだ。お前の推察通り俺は密かにギターに一抹の興味を抱いていたし、弾いてみたいとも思ってたよ。だが、買うとなれば話は別だ。金がない。ただそれだけの理由だ」
「いんや、違うね」
なぜ、断言できる。
「金が無いという理由は?決め手?に過ぎないはずだ。金が無いのを条件に真の理由を隠蔽しているんだろ? ってのは俺の推理だから気にせんでいい」
斉藤は唇の端をわずかに持ち上げる下品な笑みを浮かべ、顎を撫でる。
荒唐無稽極まりない推測だが、あいかわらず鋭いところを抉るように突いてくる奴だ。こっちが必要以上に口を開けば、その分斉藤確信に迫ってくる。
幸い斉藤もこれ以上追求する気はなさそうだ。
それから他愛も話をすること半刻。短いローテールをひょこひょこと揺らす、龍円寺さんの帰還である。女性が用を足すのにどれほど時間を要するか俺の知識には含まれてないが、いくらなんでも一時間近くも必要としないのは明白だ。しかし、それを問うのはあまりにも失礼、というより恥ずかしいのが本音です。
「ごっめんねっ。ちょっと迷子になって怪しいお兄さんに連れ去られそうになって、なんとか逃亡してきたものの途中でさらに宇宙人の襲が来てぇ、命からがらここまでやってきたんだよん。すまそんっ!」
話の信憑性は非情に疑わしいものだが、龍円寺さんはそれ以上なにも言いそうにない。まぁ、本人が無事ならそれでいいとしよう。
駅に戻った俺たちは、JRに乗り込みまた二十駅ほど逆戻ることとなった。肉体的にも精神的にも疲労困憊な俺を余所に、斉藤と龍円寺さんはまだまだエネルギーが有り余っているようで、こしあんとつぶあんのどちらが美味かというくだらないの一言に尽きる討論を交わし始めたのだ。そのとばっちりはコーラを飲んだらゲップが出るぐらい当たり前のようにこちらへと飛来、電車内ですら安らぎを得ることが出来なかった。
なので、待山駅に到着したときは溜飲が下がり、郷愁さえも感じられた。
「仁井哉、お前ここまでどうやって来た?」
「ウォーク」
「バカだろ。お前」
真面目に答えて何故バカ呼ばわりされなきゃならん。
「バスは金が掛かる。タクシーなら尚更だ」
「自転車という学生に必須アイテムがあるじゃあないか」
「……乗れん」
答えた瞬間斉藤の表情は一変。大げさに肩をすくめ、驚愕を顔に刻んでいる。
恥ずかしながらも、俺が自転車に乗れないと言うのは隠しおおせようのない事実。十年前、未梨の漕ぐ自転車の後部座席に座らせてもらったすぐ次の日から、俺は自転車を漕げるよう訓練をしたものだ。拙い運転でふらふらと公道に出た俺は自動車に轢殺されかけ、それ以来自転車に跨ろうとすればトラウマ(鳥肌、蕁麻疹、吐き気、頭痛)が発動するようになった。後部座席に座るだけなら問題ないのだが。
俺の心情を知らない斉藤はぼそぼそと龍円寺さんと顔を近づけ討論し始めた。
「高校生にもなって、自転車乗れない子なんて前代未聞ですよ。龍円寺さんはどう思います?」
「ウチは可愛いと思うよん。自転車に乗れない仁井哉さん。なんだか母性本能くすぐられるよん」
会話の子細がこちらまで明晰に届いている。ワザとだろ。
「冗談はさておき、歩きか、ファイトだぞ、仁井哉。残念ながら俺の自転車は後ろに荷台が付属してないんで、ふたり乗りは物理的に不可能だ」
お前になど最初から期待などしていない。
「じゃあさっ、仁井哉さん。ウチの後ろで良かったら家まで乗せてってあげよっかっ?」
予想外な事をさらりと言ったのは蠱惑の塊、龍円寺さんである。
「心遣いは嬉しいけど、俺ん家まで結構な距離あるし、大変だろ? 遠慮しとくよ」
「仁井哉さんこそお心使い無用さっ。ウチの交通手段はバイクなのだよん」
「中型免許持ってるのか?」
斉藤がささやかな疑問を訊く。
「オフコースなのだっ! ビッグなスクーターでさっそうと仁井哉さんを家まで送ってあげるよん」
「まぁ……そういうことなら、お願いしようか……」
龍円寺さんの提案を受け入れたと同時に、斉藤が「やれやれ」とボヤいた。
斉藤が違法駐輪をしていたのは言うまでもない。斉藤は別れを告げると同時に俺の耳元で「杞憂だと思うが一応龍円寺は警戒しとけ」と気になることを言い残したのだ。龍円寺さんのどこに気を付ければいいのか、できれば注釈付けてほしかった、と今度会うとき言ってやろう。
優雅なバイク旅、とまでは行かなかったが、快適であることには違いない。徒歩で一時間近く掛かる距離を数分で移動することができた。自転車も充分素晴らしい乗り物だとこれまで思っていたが、バイクは別格である。
「ほーほー、ここが仁井哉さんの家かぁ。可もなく不可もない、ノーマルスケールな一軒家。だが、それがいいっ!」
龍円寺さんはフルフェイスのヘルメットを頭からすっぽり外すと、天衣無縫な笑顔で我が家の感想を述べた。
「ここが仁井哉さんの家だと言うことは、このバブルに任せた勢いで建てちゃった系のマンションが未梨っちの家なのかいっ?」
「ああ」
龍円寺さんは宵闇を軽くライトアップする荘厳に聳え立つマンションを見上げ惚けている。いつまでも付き合う訳には行かない。
「それじゃあ……俺はそろそろ失礼するよ」
「ばいびーっ!」
近所の方々からクレームが来ないことを祈りつつ、俺は龍円寺さんに別れ告げ、玄関口に手を掛けた――
≪自分に嘘をついちゃ、ダメだよ、仁井哉さん。素直が一番!≫
途端、脳内に直接響き渡るような?声?が全身を駆けめぐる。
「龍円寺さん?」
「んー? どうかしたん、仁井哉さん?」
「……いや、なんでもない」
もう一度別れを告げ、俺は我が家へと顧みた。
今のは何だ? 幻聴? いや、?音?を捉えたのは鼓膜からでは無く、脳だ。耳から伝わった情報というより、直接脳内に電気信号を送られたと言う表現が正しいか? それとも脳内から直接発生したような……
今の出来事を反芻しつつ、俺は自室のドアを開け――
「やあ、お帰りなさい」
聞き覚えのない男の声に俺はドアノブを握りしめたまま膠着してしまった。自宅という条件下で、まさか自室に見知らぬ男が愛用のマイベットに腰を下ろしているなど、誰が予想できるだろうか。
「どうも、久しぶりだね。もしかして、僕のこと、忘れちゃったのかな?」
「ああ、忘れてたささ。昨日まではな」
誰かの笑顔を切り取り、そのまま貼り付けたような表情。今から葬式にでも行くような喪服のようなスーツに身を包んだ男は、瞼にちらつかせる長い前髪を掻き上げた。
「それは光栄な限りだね。キミが僕のことを忘れてたらどうしようかと思ってたところなんだ、フフ……」
「何の用だ」
「まあ、落ち着いてください。僕の隣にでもどうぞ」
「いいから、答えろ。俺に何の用だ」
半分演技半分本気で苛立ちげに俺は訊く。機械めいた笑みのまま「フフ……」と気味悪い笑いを声を漏らす男は、
「そういえば、まだ僕の自己紹介がまだだったね、仁井哉くん」
俺は警戒心を高めつつ、いつでも逃走できるようにと手筈を整える。
「僕の名前は愛沢滋。いつも椿と?妹?がお世話を掛けてるでしょう……以後お見知りおきを……フフ……フ」
一年前のあの日、未梨と苛烈な戦闘を繰り広げた張本人がそこにはいた。
戦闘シーン書きたい病。今回の話は文章的には私的に最悪の出来だと思っています。
しかし! 次は恐らく最高の出来が完成すると踏んでいます。思っているだけで自信はありません。
一回のBOOKOFFで五千円を使った負け組の私ですが、わずかながら宣言させて頂きます。
岩井恭平ブームは近いうちに来ると私は踏んでいます。すいません、それだけです。脈絡もなんもなくてすみません。
では、終わりまで残り半分ぐらいでしょうが、これからもよろしくお願いします。