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4―2 うららが如く

 サイトウ(♂)

一人称:俺

特徴:欲望に忠実

身長:1.65m

体重:58kg

好き:女の子。楽しい人

嫌い:ムサイ男

特技:情報収集

備考:一年二組所属。仁井哉が緑校に入学してから、初めて出来た友達。情報を集められるという特技があり、信用性も高い。頭の回転が速いのだが、その性格から第三者からはバカとしか見えないかわいそうな子。スタンドで例えるならトーキング・ヘッド

 妹好き、妹萌え、シスターコンプレックス。世の中には特殊な性癖を持った方々も大勢いるとは知っていたが、『妹』好きに到っては全知全能である俺の大脳でも理解に苦しむね。いや、まだ実の妹に恋することならわかる。ひとつ屋根の下に住んでいる妹は非常に優しく人気物でとても有能な人格者――決定打で美人ならば、「ああ、なるほど」ぐらいの感想は出せそうだが、なぜ妹のいない奴らが妹好きになるのかが理解できない。「お兄ちゃん」とでも呼ばれたいのなら、「お兄ちゃん」に改名すればいい。特に妹好きを非難するつもりではないが、これから俺の前で妹好きと名乗る男らは戒めとして指一本切り落として欲しいね。

「お帰り! おにいちゃん! おねえちゃん!」

「たっだいまー!」

 龍円寺さんの性格がとてもうらやましく思える今日この頃。

 店内は外から窺ったときよりも、遥かに多くの客人どもで埋め尽くされていた。客層の大半は当然のことながら男だが、中にはちらほらと女性の姿も見受けられるのは意外だ。それにしても本当に人が多い。満席なので帰ってくださいこの野郎と言われても、いまなら悪態ひとつ漏らさずにハーレーダビットソンよりも疾く優雅にさっそうと移動できる自身があるが、

「あ、テーブルひとつ空いたよ! おにいちゃん! おねえちゃん!」

 現実はいつも非情だ。周波率を十パーセント上げたような甲高い声で応対する妹店員さんはあっさりと喜ばしくない知らせを伝えると、雅に踵を返し、

「こっちだよ! おにいちゃん! おねえちゃん!」

 タメ口は仕様なのかな? ふざけてるね。

 どうみても年上にしか見えない妹たちに「おにいちゃん」と呼ばれている奇怪な現象を分析しつつ、外から丸見え配置の席へと腰を落とした。俺は斉藤から奪ったシャレた帽子を深く被りなおし、龍円寺からお借りした薄朱のサングラスに手を添える。当然ながら斉藤、龍円寺さんの二方には愛沢さんの存在を報告していない。バレたら俺の命はそこまで……故意的に愛沢さんを呼び寄せ精神的仕打ちを仕掛けてくるに違いない。不幸中の幸いは、まだ愛沢さんが俺の存在に気づいてないということだ。

「仁井哉さーん、室内なんだから帽子を外したほうがいいんじゃないかなぁ? 社会のマナーに反するよん」

 メニューの隙間から顔を覗かせる龍円寺さんは、俺の気持ちなどお構いなしにNGワード「仁井哉」を連呼してくる。これが斉藤ならばその舌引きちぎるものの、龍円寺さんでは手の施しようがない。

「仁井哉さぁん、さっきからだんまりしちゃってどうしちゃったの? ウチは寡黙な男の人より、ハジけちゃってる仁井哉さんのほうが好きだよん。あ、それとも下痢かい? 我慢は身体によろしくないよん」

 女の子が下痢とか言わない。

「慣れない雰囲気に緊張してるだけだ……それに、斉藤だってさっきから黄昏れてるだろ?」

「………ん? 誰か呼んだか? いま俺は目を保養中だから、たぶんあんま反応できないぞ」

 そうだった……斉藤に緊張という感情が欠落していたんだ。口数が少ないのは妹店員さんたちの切磋琢磨せっさたくまと働く勇姿を網膜に焼き付けているからで、店内の雰囲気に呑まれたわけじゃない。ある意味勇者だな。

「仁井哉と龍円寺……あの女性ひと見てみ。あれは妹ってレベルじゃねーな……戦闘力53万はあるぞ」

 斉藤が横目で示した先にいる女性――お察しして貰いたい、愛沢さんである。全身のありとあらゆる汗腺かんせんが一気に開放された気分だ。他の店員さんとデザインの異なる赤を強く強調した制服に身を包み込んでいる愛沢さんは、仕草から接客の仕方までナチュラルにこなしている。

「あの身のこなしかた……間違いねえ。あれはメイド上がりに違いない。そうだよな、仁井哉?」

 それは腐っても使用人だからだろ……なんて言えるわけねぇ。てゆうか俺に振るな。

「メイド上がりの妹……どう考えても邪道だと思う。だが、それがいい!」

「わお、あの愛らしさは最高に反則だねぇ。鬼に金棒、いやいや、サミーにコルクバットぐらい反則的だよん。仁井哉さんはあの女性、どう想っちゃってる?」

「俺は、さっきの店員さんのほうがいいと思う」

 自分で自分に賞賛の言葉を贈ってもバチがあたらないほど、俺はいつもと変わらない平淡な声を絞り出すことができた。これで話の矛先が反れれば万事オーケーなのだが……。

「すみませーん。注文お願いしまーすッ!」

 まるで聞いてないね。

 しかも、よりによって龍円寺さんのオーダーに答えたのは、真紅のスカートをひらひらと翻しつつも絶対領域を確保している愛沢さんじゃあないか。いや、それほど慌てるような状況ではないし、ここで行動に出たら返って怪しまれる……愛沢さんの鈍感力に賭けたほうがやり過ごせる確立は高いとみた。

「お客さま………じゃなくてー、おにいさま、おねえさま、ご注文は決まりま――」

「ハンバーグセット、オレンジジュース」

 愛沢さんが言い終わる前にあらかじめ決めておいたメニューを声を落とし言い放つ。これも作戦の一種だ。下手に黙していたら、龍円寺さん辺りが「仁井哉さんはなに食べるん?」とか言いそうだからな。

「ウチはー………この『いもうとによるおにいちゃん、おねえちゃんのためのいもうとのてづくりちゃーはん』ってお姉さんが作ってくれるのかい?」

「えーっと……どうやらそうらしいでーす。あと仕事の都合上わたしのことは『れん』とお呼びくださーい。接尾語は、ちゃん、さん、たん……おにいさま、おねえさまのご自由にどうぞー」

 顔の角度を変えずに視線だけを愛沢さんに巡らせると、胸元に『れん』と記されたネームプレートが付けられているのが確認できた。偽名に違いないだろうが、俺は実際に愛沢さんのフルネームを訊いたことないので確証は持てない。考えてみれば、俺は愛沢さんの生い立ちも、過去もなにも知らないな。未梨の使用人――愛沢さんも特務機関とやらの一員なのだろうか?

「こらこらぁ、ダメだよん、『仁井哉』さん。れんちゃんの胸元ばっか見てちゃ、うららちゃんがものすーんごい嫉妬しちゃうよん」

 体内にアドレナリンが大量分泌する感覚がいまなら絵に書ける気がする。愛沢さんはネジ巻き式のおもちゃのように首をゆっくり回すとと視線をこちらにロックオン。はいはい、万事休す。

「奇遇ですねー。わたしのおともだちにも同じ名前のお方がいまーす」

 俺はどうやら愛沢さんの鈍感力を甘くみていたようだ。顔を隠しているとはいえ、服装や雰囲気やらで勘付くものだが、寂しいような嬉しいような。首の皮一枚なんとか繋がったが、まだ緊急事態(エマージェンシーであることに変わりない。そう自分に言い聞かせ、現状を挽回できる作戦を練ることとした。

「それはそれは、本当に奇遇ですね。きっとれんさんのおともだちの仁井哉さんは、こっちの仁井哉とは違って、さぞ素晴らしい人なんでしょうね」

 プレイボーイぶっている斉藤を殴り殺したい衝動に駆られて脳内血管が詰まりそうだ。まるで回転しない。

「仁井哉さまは本当にやさしいでーす。わたしがピンチなときは毎回駆けつけてきてくれまーす。見た目も中身も完璧にできている人間でーす。この前なんて、わたしが狂犬に食い殺されそうになったとき、どこからともなく現われた仁井哉さまがさっそうと追い払ってくれましたー」

 愛沢さんの言う狂犬とは生後一年にも満たないチャウチャウ犬のことであり、犬好きでもない俺の網膜でさえ、その姿はとても可愛らしく映った。スーパーの入り口付近の電柱にリードで繋がれていた子犬に吼えられ丸くなっていた愛沢さんをたまたま見かけ、リードの位置を隣の電柱にずらしただけである。いまの話を訊く限りでは、俺がまるで噛まれたら狂犬病が発症する狂犬を追い払ったみたいじゃないか。

「へぇー、カッコいいねっ。仁井哉さん」

 龍円寺さん。俺に話を振るタイミングがおかしいですよ。

「……ああ、カッコいいな。俺とは大違いだ」

「それと仁井哉さまは、」

「そこまでにしときなって、れんちゃん。愛しの仁井哉くんの話はいいからいいから、他のおにいちゃんたちが待ち侘びてるよ。ほら、ここはあたしが引き継ぐから、いったいった」

「ダメでーす。るりさまー、素が出てますよー」

「あんたなんて素で接してるようなもんでしょ……あーあ、キャット被んのも楽じゃないわねー。って危うく流されるところだった……ほらほらほら、さっさとキッチンのほうにいったいった」

 突如降臨したちょっと喋り方がルー大柴と似てる妹店員さんに言われるがまま、愛沢さんは名残惜しげにこちらを見やりながらとぼとぼと去っていった。その店員さんの胸元のネームプレートに『るり』と言う文字が刻まれている。るりさん、あなたの背には後光が差してます。

「それは、西日だからだよん、仁井哉さん」

 声に出したつもりはなかったのだが……これでまた俺はアルツハイマー予備軍の可能性が濃くなった。

「あー、ぃー、ぅ゛ー……ごめんね! おにいちゃん! おねえちゃん! ところで注文決まったッ? まだなら早く決めて欲しいなっ」

 早急に済まされたボイスチェンジに営業スマイルを振り撒いてくれるるりさんを見て「職人だな」と思いつつも、最後までCOOLで貫き通した俺はある種の才能があるのではないか、と思った。

「そういえば、オーダーまだだったねぇ。ウチは『いもうとによるおにいちゃん、おねえちゃんのためのいもうとのてづくりちゃーはん』と、ダージリン・ティーでお願いしまっすッ」

「じゃあ俺は……『いもうとがぶきようながらもあいじょうたっぷりそそいでつくっちゃうかもしれないすぺしゃるらんちせっと』と、ジンジャーエールを頼むわ。ちなみに『いもうとが(以下略)』って『るりちゃん』が作るんじゃないよな?」

 斉藤の口調は愛沢さんのときとは打って変わって、まるで十年来の親友と話すように親しげに言葉を投げかける。いくらこの妹店員さんのレベルが愛沢さんに劣るとはいえ、ちょっと露骨に態度変えすぎじゃないか?

「……安心して! おにいちゃん! るりはね、お料理係じゃないの!」

 顔の筋肉が引きつったような笑みを振舞いつつ、るりさんは喉を震わす。おい、ちょいキレてるんじゃないのか、これは。

「そうだよな。『るりちゃん』のお料理はちょっと食べられるものじゃないからな。ちょっとした生物兵器になりえるね」

 なぜお前はさっきから火に油を注ぐようなことばっかり言うんだ。恨みでもあるのか? 痴話喧嘩なら他所でやってほしいね。

 とりあえずここはトイレにでも一時非難し、ゆっくりと今後の作戦を練ることにしよう。十中八九、斉藤は『れん』さんが俺の知り合いと勘付いてるに違いないからな。いや、半信半疑と言ったところだろうか? 愛沢さんが話した仁井哉の武勇伝と俺を重なり合わせるには少々ムリがある。斉藤を出し抜く手立てを見出さなければ……。

「仁井哉さん、どこいくん?」

「ダブリューシー」

「トイレ? 案内してあげる! おにいちゃん!」

 わざわざトイレまで付き添って貰うのは多少の嫌悪感を感じるが、ここは従っておいたほうが無難かな? そう結論づけた瞬間、るりさんは鉄骨さえ粉砕できそうな握力で「逃がすまい」と俺の手首をがっちりと掴んできた。そこまでして俺をトイレに導きたいのか?

 行き着いた場所はすくなくとも用を足すような空間ではない。職員専用の更衣室といった感じの部屋――脱ぎ散らかっている洋服のなかには愛沢さんが朝、身に付けていたと思われるものもあるので、ほぼそうに違いないだろう。ここに呼ばれた理由? 検討もつかないね。もしや、これから淫らな行為が行われるというのか? いや、このりくつはおかしい。

「まあ、そんなナーバスしなくていいわよ。テキトーに腰がけて……別に取って食おうってわけじゃないからオールライト」

 つい数分前まで「おにいちゃん」と言っていた人物とは思えないほど、殺伐としたおねえさんキャラに早変わり。さすが職人さんであると感心しつつ、俺は正直な疑念をぶつけてみた。

「俺はあなたに恨みを買った覚えはないですよ。なんの用ですか?」

「つれないねぇ。さっきキミのことヘルプってあげたのに」

 俺がいつ、どこで、どのように、助けられたのだろうか? むしろ、拉致られた気分だね。

「とぼけるつもりなのかな? 察するにキミはれんちゃんの言う『仁井哉』くんでしょ? あーっと、まだ、とぼけるつもりならキミのそのキャップひっぺがしてれんちゃんの前に突き出すからね」

 ……なんなんだ、この人は? 思考の読めるエスパーか?

 疑惑の視線を送り込みつつ、俺は中が蒸れてきた帽子を外してみせる。

「………なんで、わかったんですか? 俺が『仁井哉』って」

「べっつにぃ、推理インファーってほどのことはしてないよ。まず、キミの名前は『仁井哉』である。前々からキミのことは知ってたよ。れんちゃんに仁井哉くんの武勇伝を耳にタコできるぐらい訊かして貰ってるからね。名前としては希少価値つくぐらいレアだし……。それと、キミの立ち振る舞い――ポーカーフェイス装ってたつもりでしょうけど、ノイズにどっぷりと脂汗浮き出てたわね。キミはれんちゃんに正体を隠しておきたかったんじゃないかな?」

 ずいぶん不確定要素の多い推理なことだ。蜂の巣のように穴だらけで、瞬間接着剤で傷口を措置するぐらい無理がある。が、勘任せにしてはあまりにも的確な場所を射抜いてくる。

「決定打になったのは、キミの付き添い、馬鹿者プリムヌ一名」

「斉藤、ですか」

「へぇー、知ってたんだ」

 さっきの会話を辿れば斉藤とるりさんは知り合いであることは一目瞭然。友達、にしては険悪な雰囲気を漂わせていたが、友達に似た関係であることは間違いないだろう。わからないこと言えば、愛沢さんと斉藤はどの程度、俺の個人情報をるりさんに横流ししているか、だ。

「あのプリムヌも、ときどきキミのことを話しててね。プリムヌが話してた『仁井哉』くんは緑校一年生、れんちゃんの言う『仁井哉』くんも緑校一年生。そしてキミはあのプリムヌの連れで、名前は『仁井哉』くん。これだけのインフォメイションがあって、気づかないのはよっぽどの鈍感ちゃんぐらいね」

「……それで、俺になんの用です?」

「やっぱキミ、つれないねぇ。キミはれんちゃんに正体をシークレットにしたいんでしょ?」

 できれば、同行者二名にも悟られたくない。

「それはインポッシブルね。ちんちくりんなガールのほうは知らないけど、プリムヌは確信犯、パーフェクトにバレてるわよ。れんちゃんがキミのアクウェイタンスってね」

 それが真実なら俺は鼻歌混じりに斉藤を撲殺しかねないぞ。

「ごめんねぇ。あたしがあのバカにぽろっとリークっちゃったのよ。いま思うとミステイクだわさ」

「……どんな風に伝えたんですか?」

「そうねぇ、うろ覚えだけど『ウチのショップにすんごいプリティな店員さんがジョインしたんだけど、そののアクウェイタンスに緑校に通う仁井哉くんっているらしいけど、あんたフレンドに仁井哉くんっていなかったっけ?』って感じで」

 うろ覚えどころか明確過ぎる情報ありがとうございます。

 さて、どうするものか? 一見偶然が重なったかのように見えるこの事件も全て斉藤の汚い手により創り上げられたシナリオだったわけだ。斉藤の目的を推測するに、俺の反応を楽しむといったところだろう。そういえば、あいつは人の不幸を糧にする根っからのサディスト属性を備え持つ奴だったな。最初から斉藤に踊らされていたってことか。愛沢さんにバレるのも時間の問題かな……やんなっちゃうね。

「そ こ で よ。キミの正体がれんちゃんにバレないようにヘルプしてあげようじゃないの!」

 もしや、この人も斉藤とグルなんじゃないのか? 甘い飴を与えれるだけ与え一気に突き落す巧妙な計画が仕組まれている可能性だって……いかんいかん、疑心暗鬼に陥るところだった。

「もちろん無償ただじゃないからね。ギブアンドテイク、等価交換、資本主義社会のカマンセンス。無料ただより安いものはない、同時に無料より怪しいものはない。キミにやってもらいたいことがあるのよ」

「内容次第では断りかねますよ?」

「拒否ったら、れんちゃんにバラすよ?」

 不条理だな。

「そんなフェイスしなくてもベリーイージーなことよ。名付けて作戦D! 作戦内容をエクスプラネイションすると、」

 縦社会の波がとうとう俺のところまで及んで来たと自嘲しつつ、るりさんの申し出に耳を傾けることにした。なけるね。



「ずいぶんとながいトイレだったねぇ。でっかすぎてつまっちゃったっ?」

 龍円寺さんとの会話に於ける教訓、スルーが大事。

 色素が抜けたような瞳で妹店員さんたちを黙々と観察している斉藤は、おそらくこちらの行動を全て悟っているだろう。愛沢さんのことも、俺がるりさんと密会していたことも。抜け目のない奴とは薄々把握していたが、いや、把握したつもりだった。るりさん情報によれば、斉藤の知能知数は150と東大もビックリな天才児らしい。が、俺は知能知数の平均を知らないのでさほど驚けない。それに、あらためて実物を見ても天才児と言うより、思春期による性の盛りに忠実な現代社会に生きる青年というキャッチフレーズがとてもよく似合う精神遅滞患者のほうが斉藤にピッタリだと思う俺は果たして知能知数はいくつなのだろう。

 とりあえず斉藤を注意マークするとして、不確定分子、龍円寺さんはどうするべきか。悩みどころだ。

「おっまたせー、えっとぉ、はい! ハンバーグセットのおにいちゃん! あとぉ、はい! 『いもうとによる(以下略)ちゃーはん』のおねえちゃん!」

 頭を抱える俺の眼前にハンバーグを差し出したのは、優しい笑顔を振り撒きながらも斉藤を見る目は笑っていない、どこか恐ろしさを感じさせるるりさんだ。斉藤は好きな女の子を苛めるときのような気持ち悪い笑顔でるりさんを一瞥すると、ニヤリと唇をほころばせる。

「俺のはまだかな、るりちゃん?」

「ごめんね! おにいちゃん! でもー、少しぐらいペイシェントして貰わないと、勢いでおにいちゃんの臓腑ぞうふずたずた引きずり出して、そのプリティなお口にぶっこんじまうかもっ!」

 さっそく素が出てますよ、るりさん。

「最近の妹は罵倒で客をもてなすのか? そんなんじゃあ、おにいちゃんたちは喜ばないなぁ」

 るりさんの引きつった笑顔のまま、俺を睨み据えてきた。きっと脳内では毛細血管がぷちぷちと切れているんだろうね……しょうがない、当初の予定通り作戦Dを開始しますか。

 ちなみにDの意味は特にないらしい。

 るりさん曰く、「あのプリムヌがあたしをプロボックしてきたら、キミは一ミクロンの躊躇ためらいいなく、バカの足をクラッシュして」と訊いてうなずいたのだが、クラッシュの定義がどれほどなものかわからないし、そもそもプロボックの和訳が俺の辞書には記されていない。インスピレーションを働かせ辿りついた結果「斉藤がるりさんをバカにしてきたら躊躇ちゅうちょなく、斉藤の足を踏み潰せ」となった。あながち間違いじゃないだろう。

 手探りならぬ足探りで斉藤の足位置を補足し、個人的な感情もだいぶ含めながら勢いよく踏み潰した。

「ィッテ! ……ルビウムって元素があるの知ってるか? 仁井哉?」

 大声を上げた誤魔化しとしては若干ムリがあると思うぞ。

 るりさんはざまあみろと言わんばかりの表情で斉藤を一瞥すると雅に一揖いちゆうし、軽快な足取りで去っていった。

 一方、斉藤は煮え湯を飲まされたように、

「やっぱ、なんか仕掛けてくるとは思ったけど、そうきたか……。あまりにも捻りがなさすぎて、まるで予想外だぜ。ま、『姉貴』らしいといえば――」

「ちょい待て、斉藤。姉貴って誰だ?」

 いや、訊かずとも想像はたやすいが、訊かずにはいられないこの感情は言語で表現できない。

「訊かされなかったのか? るりちゃんこそが俺の『姉貴』だ」

 こういう時に一番ツッコんでくれそうな龍円寺さんはといえば無反応のまま食事に嗜んでいるご様子、まるで興味をしめしてない。

「……まるで似てないな」

「血が繋がってるわけじゃないからな」

「マジんがー?」

「うそだ」

 死ねばいいのに。

「まあ、正直なことは誇らしいことだぞ。だいたい義姉なんて探しても、そうそう見つかるもんじゃない。ましてや可愛い義姉なんているわけない。義姉が可愛くなければ本物の姉が可愛いわけがない。とゆうわけで、姉貴は可愛くない。おーけー?」

 斉藤が義姉について語り出した辺りから、俺はハンバーグを咀嚼そしゃくさせて貰っている。いや、まじでうめぇ。まったりしていて、それでいてしつこくない。口の中で肉汁がシャッキリポンと踊るのがまたたまらん。

「まあ、姉貴のことなんてどうでもいい。それより、仁井哉、おまえずいぶんいい身分じゃあないか。瀬尾といい、椿といい……お前の隠れ特技はフラグ立てか?」

「なんのことだ?」

 と言いつつ、周りに愛沢さんの姿がないことを確認する俺はとことん臆病者チキンです。

「どうせ姉貴からほとんど情報が漏洩ろうえいしてるんだろ。れんちゃんとお前の関係を俺はすんごく知りたい。それはもう喉から手が出るほど。どうやったら、あんな舌足らずな声の女性とお近づきになれるんだ?」

「斉藤、愛沢さんはただの使用人で――」

「おまえんちはあんな美人ちゅらかーぎーを使用人として雇ってるのか? SNEG?」

「違う! 愛沢さんは未梨の使用人で――」

「椿だけでは遊び足らず欲求不満に陥った結果、使用人のれんちゃんまでに手を出したのか……SNEG? 仁井哉の人生はどうやらハーレムルートの傾向にある。これじゃあ、後ろから刺されても文句言えないよな?」

「人の話を訊かない奴は宇宙人にさらわれるって小学校のときに先生に教わらなかったのか?」

「この際、おまえとれんちゃんの関係はどうでもいい」

 話が成立しない奴だ。会話はキャッチボールと言うが、こいつの場合真逆の方向にボールを投げているので捕れるわけがない。

 愛沢さんの魅力について教鞭を振るう斉藤を軽くスルーして、俺は再び食事を嗜むことにした。いや、まじでうめぇ。

 それから、何度かひやひや場面にも遭遇したが、るりさんの手引きのおかげで難を逃れることができた。会計も済まし、愛沢さんとるりさんを含む五人の妹店員さんに見送って貰う際にもひやひやしている俺をよそに龍円寺さんは無邪気に手を振っている。微笑ましいね。

「よし、メシも食ったことだし、次行ってみようか」

 次ってなんだよ?

「なにって……仁井哉が喜ぶ場所に決まってるだろ」

 なにを言うかバカ者。またいかがわしい喫茶店に連れて行く気じゃないだろうな?

「バカはおまえだハーレム野郎。あそこはメシを兼ねて、れんちゃんを見に行くとゆう俺個人に行きたかった場所だ。姉貴に普段からのうっぷんを晴らすためでもあったけどな。本来の目的地は別。それともなんだ、もう一軒別の場所行きたいのか?」

「……本来の目的地の詳細を知りたい」

「断る。なぜ教えなきゃならん」

 全然意味不明な台詞なのだが、斉藤はまるでサヨナラホームランで勝負を決めたヒーローのように堂々と答えた。逆にこっちが問いたいね。

「ねぇねぇねぇねぇぇえ、仁井哉さん」

 妹喫茶に訪れてから、口数が妙に少なくなった龍円寺さんが久しぶりに口を開いた。正確には俺がるりさんと密会したあと、もっと正確に言えば斉藤が愛沢さんについて語りだした辺りだ。小さくくくられたふたつの髪束をぴょこぴょこ揺れらしながら、こちらへと急接近を仕掛けてくる。意外に身長が大きいことで隣同士並ぶと龍円寺さんの顔位置がそうとう近い。これは反則に近い技だ……未梨ならいざ知らず、龍円寺さんの場合は次元が違う。

「……なんだ?」


「愛沢さんのこと好きなん?」


 息を吹きかけるように囁かれた言葉。すぐさま風に掻き消された声、しかし、俺の脳内ではドップラー効果ように木霊リフレインしている。やがてそれも治まったところで、俺は考え始めることした。まず、龍円寺さんはなに口走っているのだろうか。俺が愛沢さんのことが好き? 好き嫌いの二択ならば、断然好きと即決できるが、龍円寺さんのニュアンス的に恐らく女性と見て好きか否かだ。いや、待て俺。KOOL……じゃなくてCOOLになれ。なぜ愛沢さんに抱く感情をわざわざ龍円寺さんにカミングアウトしなければならん。

「答える義務はないね」

 俺が導きだした返事に龍円寺さんはノンノンと指を振ると、

「ふっふっふっ、反発する仁井哉さんもいいねぇ。うららちゃん、青春ビンビン感じちゃうよん。だ、け、ど、お姉ちゃんに隠し事とはいけすかないよん」

 意味わからん。俺の周りにはまとも会話キャッチボールを成立させることができる人はいないのか?

「うららちゃんに隠された3つの特技、其の弐は読心術だよん。ウチの前では隠し事はノンノン。仁井哉さんはね……口ではとても言えないような淫らなことを想像中だねっ。若さゆえのなんとやらぁ。あ、は、は、は、」

 龍円寺さんとの会話に於ける教訓2、ほっといても話が進む。

 それからの龍円寺さんはいつもの調子に戻り、愛沢さんについて掘り返すようなことは口にしなかった。



 女心はわからん。特に龍円寺さんのは。

 今回は大分暴走気味で書いたので、意味不明部分が多いです。気にしないでください。登場回数を平均するとサブの愛沢さんの出番が多いような気がするのは、気のせいです。決して書きやすいとかの理由じゃありません。

 あと、SF連載するとか妄言を吐いたような気がするが、そんなことはなかった。



 ちょっと余談。

 4月1日。分裂するらしいです。夏には驚愕するらしいです。それより学校を出たいです……わかる人がいることを願います。


 これからもよろしくお願いします。

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