Rhapsody in the Rain 2
セオハヅキ(♀)
一人称:アタシ
特徴:ツンデレ。ツインテール
身長:1,57m
体重:45kg
好き:仁井哉の吹くハーモニカ。ゲーム
嫌い:うじうじしている人
特技:ギター。ピアノ。ハーモニカ。
備考:一年二組所属。音楽推薦で入学した十年前の幼馴染。最近出番がない。
夢の中とはいえ、黒髪姿の未梨は懐かしい。
痩身の身体には不釣合いな白のダウンジャケットに漆喰のレザーパンツ。ダウンジャケットの間から垣間見れる黒いシャツは、水が染み込んでいるためかぴっちりと身体に吸い付いており、C指定ぐらいは掛かりそうだ。
「お前……なにやってんだ?」
少しでも気を抜いたら吹き飛ばされそうな暴風雨のなか、そこに未梨は平然と佇んでいるのだ。《俺》は疑問さを感じられる面持ちで、ゆっくりと未梨に歩み寄り、借り物であるピンクの傘を差し出す。
「自然のシャワーもほどほどにしとけよな。風邪引くぞ」
「………ニィ?」
前髪の隙間から覗かせる虚ろな瞳が、わずかだが光を取り戻すと、未梨は今まさに《俺》の存在に気づいたかのような反応を示した。未梨の身体がふらっとよろめいたかと思えば、ひざまつくように崩れ落ちた。這い蹲るような体勢の未梨は、素人目で判断しても尋常じゃないだろう。
「おい、未梨、どうした!?」
「だいじょうぶ」
未梨は抑揚のない声で応答すると、何事もなかったかのように立ち上がった。
「ただの貧血」
今のが本当に貧血なのだとすれば、今頃は全国にいる貧血持ちの人々は大変なことになっているに違いないね。
しかし、気が動転している《俺》には、貧血などという嘘っぱちに疑念のひとつすら抱かずに、なんなりと受け入れてしまう。
「そんなびしょ濡れだから貧血になんてなるんだよ。シャワーなら家でいくらでも浴びれるだろ? 早く帰れ。愛沢さんだって心配してたぞ……」
最後の言葉をわずかに濁したのは、《俺》が咄嗟に浮かび上がったでっち上げだからだ。実際の愛沢さんは「未梨さまなら平気でーす」とか言ってたからな。色んな意味で使用人を超越した人ということを、改めて思い知らされたね。
「やること、ある。まだ、帰れない」
そう呟いた未梨の視線の先には、雨の中を駆け抜ける一人の男の姿が見受けられた。《俺》はその影に気付いた様子は皆無だが、俺の瞳には明晰に映し出されている。
あれが、例の変態‘能力者’なのだろうな。
「やる事ってなんだよ? 大切なことなのか? 今日やらなくちゃいけないことなのか? 別に急ぎの用事じゃなかったら――」
「今は、説明する時間、ない」
表情こそ無表情だが《俺》の言葉を遮った口調には、強い響きが含まれている。未梨は横目で《俺》を促すと、雨のカーテンを払い除けながら、闇の中に向かって疾走し出した。
徐々に闇に吸い込まれてゆく小柄な少女の後姿を見つめながら、《俺》は小さなため息を付き、意味も無く後頭部をぽりぽりと掻いた。
「………どうすっかな」
呟く《俺》は、まるで誰かに意見を求めるような言い草だった。もちろん、こんな暴風雨のなかにいるのは、俺を除けば《俺》だけであり、答えてくれる人など誰もいない。少なくとも俺の視界に収まる範囲には猫一匹見当たらないな。
いつもなら煌々と輝く外灯もこの暴風雨のなかでは、蛍火程度の明かりで弱々しい。
《俺》は眉間にしわを寄せ、考え込むように首を傾げる。見知らぬ他人ならともかく、知り合い――仮にも十年近くの付き合いになる幼馴染み、しかも、様子がおかしい状態で放っておくってのも後味の悪い話だ。かといって、追い掛ける必要性も特別あるわけではない。追い掛けたとしても、もしかしたら、その行為自体が未梨自信に迷惑を掛ける可能性も充分にある。未梨に限ってありえない話だが、もし、彼氏との密会現場を目撃してしまった場合、《俺》は気まずさ故に蒸発してしまうだろう。
「……まあ、平気だろ」
そう自分に言い聞かせ、我が家に身をひるがえしたときには、未梨の姿は完璧に闇に吸い込まれていた。
諦めがつき、熱い吐息を漏らした《俺》は我が家に歩を進める。すると、からん、と足元で金属音が微かに鳴り響いた。何気なく――名前を呼ばれたから振り向くほど何気なく、音がした足元に視線を落とすと、そこには、いささか住宅街に似合つかわない品物があった。
十年近くここに住まい《俺》は一度たりとも、このような物が落ちていると想像しなかっただろう。驚愕の品物を目の前に《俺》は唇を捲り上げ、大きく目を瞠った。わずかな灯りを漏らす外灯に反射した金属は白銀の光を煌びやかに輝かせている。
ナイフだ。
少なくともそのナイフは果物ナイフやペーパーナイフなどの生易しい物には見えない。もしこれが果物ナイフなどに見える奴がいるとしたら、そいつは今すぐ眼科に行くことを推奨する。
「なんだよ……これ」
困惑した表情のまま《俺》はしゃがみ込み、鋭い銀光を放つナイフを慎重に拾い上げた。包丁すらまともに触ったことない《俺》は、自分の手中にある凶器に視線が釘付け状態。鋭く湾曲している刀身は、銃刀法違反で禁じられている長さをゆうに超えているだろう。
趣味がサバイバルの漫画家が、突然散歩をしたくなり、たまたまここを通り過ぎて、たまたま持ち歩いていたナイフを落とし、たまたまそれを蹴り付けた《俺》が発見した、というのは、まあ、ありえないだろうな。どんなサバイバル好きでも、こんな物騒なナイフを所持できるとは思えない。となると……
未梨か?
確かにナイフが落ちていたところは、未梨がちょっと前までいたちょうど足元だ。が、それだけでこの所有者を決めるのもいささか早合点というものなのかもしれない。けれども、現段階の情報のなかでは、所有者候補は未梨しか存在してないことも確かだ。
もし、未梨がこの世にも物騒なナイフな所有者だとしたら、あいつはこれで何をするのだろうか? 日が出ているならまだしも、すでに辺りは闇が覆いつくしている。そのうえにこの雨だ。視界すらままならい状況で未梨は何をしようとしているんだ?
悪い予感しかしない。
思い立ったら行動に出る――そんなふうに考えてる奴は、単なる遊び人か考えなし。そう思っていた《俺》は、ピンクの傘を我が家の敷地内に放り投げ、獰猛なまでに鋭い切っ先を備えるナイフを剥き出しにしたまま鞄のなかに放り込み、刺すような寒さのなかを唇を噛みしめ耐え疾走した。
――これで、めでたくお前は単なる考えなしの一員だ。
別に未梨の行く場所に当てが合ったわけじゃない。だからと言ってがむしゃらに走っていたわけでもない。てゆうのは、今だから言える付け足しの言い訳であり、実際のところは当ても何もなく、ただただ未梨が駆け抜けていった方角に疾駆していただけだ。
全体の降水量に排水溝の処理速度がまるで追いついていない。それどころか、排水溝が処理できる許容値の限界は超えており、激しく溢れ出した水はアスファルト上にくるぶしまで浸かるちょっとした池を作り出している。一歩踏み出す度に足元の水溜りは激しく四散し、ただでさえ少ない体力を異常な速さで消費させていった。このとき唯一救いは、脇腹に突き刺すような痛みがなかったことだ。もし、愛沢さんの手料理を食べていたら、一分も経たないうちに、土に帰っていたことだろう。食べていたら、食べていたで、未梨には合わなかったかもしれない。
そんな疑念が脳裏に過ぎるが頭を横に振り、払い除ける。
筋肉が悲鳴を上げても、骨が軋むような感触を覚えても、肺にまともな酸素が送り込まれなくても、《俺》は無我夢中にアスファルトを駆け抜けた。
そこに未梨はいた。
見つけられたのは単なる偶然に過ぎない。何も考えず、ただ道なりに突っ走り辿り着いた結果、闇とは対蹠的な純白のダウンジャケットが視界に入っただけだ。
天に向かって聳え立つ巨大な建造物を正面に未梨は佇んでいた。いつもならば、そこでは多くの人が賑わい、遊び、勉学に励んでいる。しかし、いまでは人ひとりの気配すら感じられない。
そう、ここは俺の母校――青山中学の校庭だ。
水を吸い込めるだけ吸い込んだ土は許容範囲を超え、沼のようにぬかるんでいる。《俺》は呼吸がままならない状態で、喘ぎながら未梨に駆け寄っていった。
「どうやら、お客さんのようだね? 見た感じは高校生………中学生ぐらいかな? 忘れ物って感じには見えないけど、キミは何しにきたんだい?」
透き通った男の声が疲労困憊である《俺》の鼓膜を叩いた。激しい雨音が鳴り響くなか、まるで、声の発信元がすぐ傍らにあるように聴こえる。《俺》の視界に入るものと言えば、こちらに冷徹な視線を送り込んでいる未梨ぐらいであって、それ以外なにも見受けられない。
「逃げて」
何の前兆もなく、数メートル先に佇んでいたはずの未梨が《俺》の眼前に現れ、ひび割れた声で淡々と言い放つ。
「早く、逃げて」
「逃げてって……なんでだよ?」
たじろう《俺》の脳内では、様々な疑問が浮かび上がっているが、何一つ言葉が出てこない。――ナイフのこと、今の声のこと、なぜそんな慌てているのか、なぜここに来たのか、文学少女に瞬間移動はできるのか。
言葉を詰まらした《俺》の鼓膜に悪魔のような囁きが伝わってきた。
「もしかして、キミが噂の仁井哉くんなのかな?」
闇夜のなかから生まれ出て来たように、突然、男が数十メートル先に現れた。男の出で立ちは、まるで今から葬式にでも行くのか、喪服のようなスーツを身にまとっており、鼻筋が通ったしっかりした顔には、誰かの笑顔をそのまま切り取ったような気味の悪い笑みが張り付いている。その風貌から察するに歳は二十代といったところだろうか?
「誰だよ? あんた」
名指しで呼ばれたことに疑問を持った《俺》が訝しげに訊くと、男はただでさえ細い糸目をさらに細め、機械的な笑みを浮かべた。気味が悪いこのうえない。
「僕は……キミと同じ存在で違う存在。って言ってもわからないよね」
男の揶揄するような言葉を紡ぐと、前髪が垂れ下がった額を押さえ込み、小さく笑い出した。
「……なんで、あんたはこんなところにいるんだ? あんたが未梨を呼び出したのか?」
「どうだろうね? 別に僕が椿を呼び出したわけじゃないよ。ただ、椿と話をしたいと思っていたら、本当に椿が僕の元へ来てくれたんだ」
未梨がこんな暴雨風のなかでわざわざ学校に訪れた理由は、この男を追い駆けてきたからにまず間違いはない。問題は未梨が男を追い駆けた理由。その理由の知らない第三者がこの状況を見ればどう思うだろうか? 様子がおかしい幼馴染。短剣まがいのナイフ所持容疑。
浮かび上がる答えは全て良いものではない。
「なぁ、未梨。お前があいつにどんな恨みを持っているか知らな――」
「説明は、あとで、する。だから、今すぐ、逃げて」
またしても言葉を遮られる。
未梨は《俺》の疑惑の視線を一瞥すると、ダウンジャケットの胸元に手を突っ込んだ。出てきた手に握られていた物は、革製だと思われる漆喰の手袋。未梨は無表情のまま入念に手袋をはめる。
次の行動を思い巡らせていると、含み笑いの治まった男は人間味が欠落した笑みでこちらを見やった。
「そういうことで仁井哉くん。大人しく帰ってくれないかな?」
「……理由を聞いたらな」
十年近くも付き合った幼馴染が危ない状況に立たされているのに、理由も聞かずに帰れるわけがない。理由を聞いたとして、未梨に危害が及ぶような答えならば、どちらに非があるにしろ《俺》は男に殴りかかることだろう。
「僕は聞き分けの悪い子は嫌いなんだよ。せっかく見逃して上げるって言ってあげてるんだからさっさと帰ったほうがいいよ。いくらキミが椿のお気に入りでも、邪魔をするつもりなら………殺すよ?」
鷹揚な口調とは裏腹に、男は糸目を大きく見開かせ、尋常でない圧迫感を身体全体にまとい始めた。男の変化を敏感に感じ取ってしまった《俺》は、小刻みに身体を震わせ、小さく喘ぎ始めている。夢の住人の俺に強烈な圧迫感は伝わらないものの、男の変化は一目瞭然。
完璧な殺意。
肌が焼け付くような感覚を覚えたのはこのときが初めてだ。人生経験でも論理でもなんでもない。ただ本能が《俺》に危険を警告している。それもとびっきりに危険な奴を。
圧倒的な恐怖が闇と雨を支配するなか、未梨はその影響を受けた様子は見られず、威風堂々と男を睥睨している。その視線がゆっくり《俺》へと移動した。《俺》を見つめる双眸は、いつもの虚無とは違い、わずかな感情が垣間見れた。なにかを決意したような――
「ニィ」
《俺》の首筋に、するり、と白く細い指が伸びてきた。その指回しはまるで赤子を宥めるように優しい。
「……許して」
撫でるようなその動きが静止したかと思えば、次の瞬間《俺》の頚動脈に小さな親指がえぐり込まれた。青ざめた唇からは小さな嗚咽だけが零れ落ちる。《俺》は自分の身に何が起こったさえわからずに、まどろみの世界へと堕ちていった。
前のめりに倒れてくる身体を未梨はしっかりと支え、既に気を失っている《俺》に、声にならない声で――消え去りそうな声で――呟いた。
「ごめんなさい」
続きます。
前回の更新日より一ヶ月ぐらい遅いですね。第三者の状況を語る一人称ってムズすぎますよ(笑)。
更新の遅い言い訳は……最近脳内が「関西」で埋め尽くされつつあり、集中力が欠落しているのが原因です。わかる人はわかってください(笑)
ちょっと余談します。
私の本棚には大量の小説で埋め尽くされています。7対3ぐらいの割合で、ほとんどライトノベルですけど、そこは置いといて。買った小説にも拘わらず、いまだ手付かずの小説が何冊もあります。いつか読もうと思いつつも、その前にまた新しい小説を購入しちゃいます。その繰り返しが悪循環をつくり、いまに至ったわけです。一日72時間ぐらいほしいですね(笑)
次回は一週間以内に更新すると誓いますので、これからもよろしくお願いします。